最強ギルドマスターは十年前のゲーム世界に転生した 〜未来知識だけを武器に、見習い傭兵から王座を目指す〜   作:窮北の風

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第68話 朝

「次……次元収納袋《じげんしゅうのうぶくろ》?トーヴ、どうしてそんなものを持っているんですか!?」

 

「ああ、ケリィ叔母さんがくれたんだよ」

 トーヴはあっさりと言った。

 まるで、まったく驚くようなことではないとでも言いたげだった。

 

「誰にもらったかを聞いているわけではありません」

 俺は辛抱強く言った。

「俺が聞きたいのは、どうしてあなたが次元収納袋なんて魔法の品を持っているのか、ということです」

 

「へえ、これって次元収納袋っていうんだ?」

 トーヴは小首を傾げ、竹筒を目の前に掲げて二度ほど眺めた。

「でも、私はやっぱり“小さな竹筒”って名前のほうが好きかな。そっちのほうが可愛いし」

 

「名前のことを聞いているわけでは……」

 俺はため息をついた。

 彼女とこの話題について議論するのは、完全に無駄な会話になりそうだった。

「まあいいです。機会があったら、ケリィ叔母さんに聞いてみます」

 

 トーヴは反論しなかった。

 ただ小さく頷くと、竹筒をまた腰に掛け直す。

 どうやら、さっきの問題などまったく気にしていないらしい。

 

 俺も、それ以上は追及しなかった。

 だが内心では分かっていた。

 普通の農村の女性が、こんなものを持っているはずがない。

 

 記憶の中のケリィ叔母さんに、特別なところはなかった。

 背丈は中くらい、容貌も平凡。

 いつもトーヴに、俺のような“将来性のない傭兵”から離れるよう、それとなく匂わせていたこと以外、目を引く点は何もない。

 無理にでも合理的な説明を探すなら、彼女がどこかで運よくこの竹筒を拾い、その本当の価値を知らないまま、玩具代わりにトーヴへ渡した、というところだろうか。

 

「ところで、トーヴ」

 俺は手の中のパンを下ろし、その竹筒を指さした。

「その――小さな竹筒の中の空間は、どれくらいの大きさなんですか?」

 

「大きくはないよ。たぶん、うちの裏庭にある水甕くらいかな」

 トーヴは少し考え、両手で大きさを示してみせた。

 

 俺は記憶を辿る。

 チカ町では、どの家の庭にも水を溜めておく水甕が一つ置かれていた。

 満杯にすれば、三人家族が一週間は使えるほどの量が入る。

 容積にして、およそ一立方メートル前後だろう。

 この程度の大きさの次元収納袋は、決して大容量とは言えない。

 だが低級冒険者にとっては、それでも喉から手が出るほど欲しい宝物だ。

 旅に出るにも、物資を運ぶにも、戦利品を保管するにも、ほとんど必需品と言っていい。

 唯一の欠点は、奥術粒子同士が干渉し合うため、亜空間の中では開くことができない点くらいだった。

 

「コロン」

 トーヴの声が、ふいに少しだけ低くなった。

「皆、双流城《トゥー・リバーズ・シティ》まで来られたのに、コロンはずっと何か考え込んでいる気がするの。ゴブリン大軍のこと?」

 

 俺はパンを噛む動きを止めた。

 少し迷ったが、最後には正直に言うことにした。

「双流城は、守りきれないかもしれません」

 

「そっか……じゃあ、私たちはまた逃げるの?」

 

 俺は数秒だけ黙った。

 視線をゆっくりと周囲の天幕へ巡らせる。

 そこにいるのは、苦難の道を越えてここまで辿り着いた人々だった。

 故郷を失った老人。家族を失った子ども。まだ夢を抱いている若者。

 今、彼らは深く眠っている。

「はい。もっと多くの人を逃がさなければなりません」

 

 ……

 

 翌朝、食糧の問題が、真っ先に全員の前へ突きつけられた。

 

 野営地にある大鍋はいくつも底を見せていた。

 昨夜、最後の粥を配り終えた後、鍋底まできれいにこそげ取られている。

 数人の男たちが営門の前にしゃがみ込み、困り果てた顔で通りの先を眺めていた。

 まるで、空から小麦粉か米の袋が降ってくることを期待しているかのようだった。

 

 午前中、最初にやって来たのはアルベルトだった。

 彼は清潔で動きやすい平服を身につけていた。

 後ろの従者は、いくつかの袋を背に載せた小柄な馬を引いている。

 門の前にいたペトラを見つけた瞬間、アルベルトの目がぱっと輝いた。

 

 彼は足早にこちらへ歩いてくる。

 まず袋を下ろし、中身を皆に見せた。

 薬品だった。

 包帯、数瓶の軟膏、そして熱下げに使う薬草がいくつか。

 だが食糧は、粗い小麦粉が小袋に一つだけだった。

 見たところ、三、四十人が一食食べればなくなってしまう程度しかない。

 

「今、城内では食糧も薬品もひどく不足しています。普通の小麦粉でさえ、値段は以前の五倍にまで上がっていました。ほかのものはさらに高いです。肉や野菜に至っては、市場でほとんど見かけません」

 アルベルトは額の汗を拭った。その声には、少しだけ誇らしげな響きがあった。

「でも、僕にも少し個人的な伝手がありまして。何とかこれだけは買うことができました」

 

「よくやってくれたね、坊や」

「ありがとう!本当に助かったよ!」

 難民たちは次々と集まってきた。

 食べ物は相変わらず心もとない。

 それでも、その礼の声には少しも上辺だけの響きがなかった。

 

 アルベルトは明らかに、こういう場面に慣れていなかった。

 人々の中心に立った彼の顔は、たちまち耳まで赤くなる。

 それでも胸を張り、拳で自分の胸を叩くと、先ほどより少し明るい声で言った。

「皆さん、安心してください!もし食べ物がまだ足りなければ、父に頼んでみます。とにかく、絶対に皆さんを飢えさせたりはしません!」

 

 その様子に、人々の間から低い笑い声が起こった。

 誰かが彼の肩をぽんと叩く。

「いい子だね。その気持ちだけで十分だよ。君の家だって楽じゃないだろう。これ以上、お父さんに迷惑をかけちゃいけない」

 

 何しろ、彼らが知り合ってからまだ数日しか経っていない。

 ここまで助けてくれただけでも、十分すぎるほどの情だ。

 それ以上、彼を困らせたい者など誰もいなかった。

 

 髪の白い老婦人が、火のそばにしゃがみ込んだ。

 彼女は匙で、底の見えた粥鍋を軽くかき混ぜる。

 その声はかすれていたが、温かかった。

「大丈夫さ。私たちは少し食べる量を減らして、何日か堪えればいい。外へ出してもらえれば、それで何とかなるよ」

 

 そばにいた数人も、つられるように頷いた。

 口元には、無理やり浮かべた笑みがあった。

 だが視線が空っぽの食糧袋に落ちた時、その笑みは少しずつ消えていった。

 誰にも分からなかった。

“外へ出してもらえる”その日が、一体いつ来るのか。

 

 レオナルドは人群れの後ろに立ち、眉を深く寄せていた。

 彼は俺のそばへ歩み寄ると、声を潜めて言った。

「コロン旦那様、皆はもともと農家の出です。手持ちの金なんて、ほとんどありません。チカ町が襲われた時もあまりに突然で、逃げる時に持てるものはほとんど失いました。たとえ外へ出してもらえたとしても、食糧を買う金は恐らく……」

 

 俺は頷いた。

 気分も重かった。

 

 物価が上がるという状況は、俺の予想にはなかった。

 ゲームでは、たとえ城が攻め落とされても、商人たちは逃げない。

 商品の値段も、決して変わらなかったからだ。

 だがこの本物の世界では、その規則はすべて変わっている。

 

 そして、俺をさらに不安にさせているのは別のことだった。

 もしゴブリン大軍が押し寄せてきた時、俺たちが十分な食糧を蓄えられていなければ、たとえ逃げ出せたとしても遠くまでは逃げられない。

 ゴブリン大軍に追いつかれれば、この人たちは恐らく、一日も持たない。

 

 野営地は静まり返った。

 全員が眉を寄せている。

 誰もが心の中で計算しているようだった。

 だが、どう計算しても、まともな答えなど出てこなかった。

 

 俺がまだ口を開く前に、ペトラが訓練営の門のほうから足早にやって来て、俺のそばで足を止めた。

 

「コロン、外に傭兵の一団が来ている。先頭の者が……あなたに会いたいと言っている」

 その声には、かすかな警戒が混じっていた。

 指はすでに、剣の柄に掛かっている。

 

「心配しなくていい」

 俺は彼女の肩を軽く叩いた。

「食糧が来ました」

 

 俺は数人を連れて営門へ向かった。

 遠目にも、ダグが外に立っているのが見えた。

 

 今日は清潔な革鎧に着替え、髪もきちんと整えている。

 だが顔色は相変わらず、まるで大病を終えたばかりの人間のように青白かった。

 彼の背後には二台の荷車が停まっている。

 車上には、ぱんぱんに膨らんだ麻袋が積み上げられていた。

 その横には、欠伸をしている傭兵が五、六人ほど立っている。

 

「ご主人様!」

 俺の姿を見るなり、ダグはすぐに腰を屈め、小走りで駆け寄ってきた。

 顔には媚びるような笑みがびっしりと貼りついている。

「こちらがご命令の食糧でございます。私の使える伝手を総動員しまして、どうにかかき集めました。決して多くはありませんが、皆様が七、八日は食べていける量かと」

 

 俺は少し驚いて、荷車の麻袋を見た。

 そこには少なくとも七、八袋の小麦粉があり、干し野菜の袋もいくつかある。

 それどころか、油紙に包まれた大きな燻製肉まで何塊か積まれていた。

 この状況でこれだけのものを集められるとは、正直、少し見直した!

 

「よくやりました」

 俺は頷いた。

「ただ、顔色がずいぶん悪いですね。昨夜、よく眠れなかったんですか?」

 

 その言葉を聞いた瞬間、ダグの表情が一気に崩れた。

 彼は腹をさすりながら、泣きそうな顔で声を潜める。

「ご主人様、正直に申し上げますと、眠れなかったからではございません……昨夜帰ってから、ずっと腹が痛くて、何かが詰まっているようで落ち着かず、座っても立ってもいられなかったのです。昨日、ご主人様が私に飲ませたあの丸薬……もしや、薬効が早めに出始めたのでは?」

 

 その怯えた顔を見て、俺は危うく笑いそうになった。

 薬効が早めに出た?

 どう考えても、丸ごとの橡の実を飲み込んだせいで消化不良を起こしているだけだ。

 

「安心してください」

 俺は口元の笑みを必死に押し殺し、顔には何も出さずに言った。

「あなたがきちんと俺のために働く限り、健康でいられるようにはしておきます」

 

 そう言って、俺は手を上げ、彼の頭の上にそっと置いた。

 そして密かに【聖火浄化】を発動する。

 

 ダグは、頭上から温かな流れが注ぎ込んでくるのを感じた。

 ちょうどよい温度の湯に全身を浸したような感覚。

 座っても立ってもいられなかったあの息苦しい腹の詰まりが、一瞬で消え去る。

 腹が楽になっただけではない。

 精神まで先ほどよりずっと冴えたように感じられた。

 この調子なら、今夜帰って妻ともう一度頑張れば、もしかするとまた丸々とした男の子を授かれるのではないか――そんな気さえしてくる。

 

「こ、これは……」

 彼は呆然と自分の腹を撫でた。

 そして俺を見る目は、まるで歩く神像でも見ているかのようだった。

 

「真面目に働けば、悪いようにはしません」

 俺は手を下ろし、彼の背後にいる傭兵たちを指さした。

「あの傭兵たちは、あなたの部下ですか?」

 

「はい、ご主人様」

 ダグは背筋を伸ばした。

 その声には、少しだけ自信が戻っている。

「隠すほどのことでもございませんが、私は傭兵団【森狼団《しんろうだん》】の団長でございます。配下は全部で五、六十名。双流城では、それなりに名の知れた傭兵団でして」

 

「森狼団?」

 俺はその名を繰り返し、笑みを浮かべて彼を見た。

「ですが、どうもあなた方の仕事場は、主に城内のように見えますね」

 

 ダグの顔が一瞬こわばった。

 すぐに、気まずそうな笑みが浮かぶ。

「城内中心でございます、城内中心で……たまには城外にも出ますが……」

 彼の声はどんどん小さくなった。

「とはいえ、主に情報収集や商隊護衛が中心でして。斬った張ったは、あまり得意ではございません」

 

「昨夜のような仕事も、あなた方の主業務の一つですか?」

 俺は天気の話でもするような平坦な口調で尋ねた。

 

 ダグの額に、細かな汗が浮かんだ。

 声にもわずかな緊張が混じる。

「あ、あれは……事故でございます!普段は決して、あのような真似はいたしません!」

 

「ふん。以前のあなたがどうだったかは知りません。ですが今後、その手の話を俺の耳に入れないようにしてください」

「は、はい、ご主人様」

「それで、昨夜あなたと一緒に動いていたあの大男も、あなたの傭兵団の者ですか?」

「いえ、違います。あの男はボニーと申します。私ども【森狼団】の人間ではございません。奴は傭兵団【血骨団】の団長です。昨夜もあの野郎が無理やり私を――」

 

「血骨団?」

 俺は相手の弁解を遮った。

 真相がどうだったかなど、俺には誰よりも分かっている。

 

「大した人物というわけではございません」

 ダグは声を潜めた。

「ただ、あの男は以前、傭兵団【至福の刻】にしばらく在籍していたことがありまして、その時にいろいろと顔をつないだようです。その関係を笠に着て、双流城ではずっと横暴に振る舞っておりました。私とは、もともとあまり仲がよくありませんで……」

 

「傭兵団【至福の刻】。彼らは強いのですか?」

 

「はい。双流城最大の傭兵団でございます」

 ダグは何度も頷いた。

「私どものような小さな連中とは、まったく格が違います。鉄級戦士だけでも十一名いるそうですし、団長に至っては、すでに“銅”級に達しているとか」

 

“銅”級戦士!

 その四文字が、小石のように俺の心へ投げ込まれた。

 俺の職業認定任務には、厳格な条件が一つある。

【抜きん出た実力】――自分より等級の高い者を、少なくとも三名撃破すること。

 これまで俺は、どこで自分と戦ってくれる高位の実力者を三人も探せばいいのか、ずっと頭を悩ませていた。

 レシオは逃げた。

 マーラも逃げた。

 オリアンはたとえ昇格に成功したとしても、本気で殴り合うには惜しい。

 だが今、目の前に都合よく、銅級戦士という存在が現れた。

 

「銅級で間違いないのですか?」

 俺はできるだけ何気ない口調になるよう意識して尋ねた。

 

「詳しいところまでは、私にも分かりません」

 ダグは頭を掻いた。

「あちらほどの格の方々が、私どものような小さな傭兵団など、相手にしてくださるはずがございません。普段であれば、言葉を交わす機会すらないほどです。」

 

「団長の名は?どこへ行けば会えますか?」

 

「彼らの駐屯地は、城北の傭兵商業街にございます。見つけるのは簡単です。金色の旗を掲げているところがそうです」

 ダグは少し考えた。

「団長は、かなり若い女性だと聞いております。容姿も整っているそうですが、性格はひどく冷淡で、誰も気軽に近づけないとのことです」

 

「名前は?」

 俺はさらに問うた。

 

「ああ、彼女の名はキャサリンです」

 

 俺は二秒ほど沈黙した。

 キャサリン!!

 

 あの手紙の中で、“双流城城主の娘”を名乗っていたキャサリン。

 昨夜、地下牢で部下を叱責していたキャサリン。

 そして今、さらに一つの肩書きが加わった。

 双流城最強の傭兵団【至福の刻】の団長。

 ——“銅”級戦士!!

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