最強ギルドマスターは十年前のゲーム世界に転生した 〜未来知識だけを武器に、見習い傭兵から王座を目指す〜 作:窮北の風
何の意外性もなかった。
朝食はいつもどおり、一人につき腌黄瓜が一本。
それに、硬くて表面が妙に光っている黒パンが二切れ。
ハリンがわざとそうしているわけではない。
単純に、教会にはもうほとんど金が残っていないのだ。
教会を修繕するだけで、これまでの蓄えはすべて吹き飛んだ。
それどころか、巨額の借金まで抱えることになった。
毎年、教廷から下りる金は、ほとんど利息の返済に消えてしまう。
さらにライチェ主教の精神状態では、『祝福《しゅくふく》』や治療によって教会に追加の収入をもたらすこともできない。
そのせいで、もともといた牧師や修女たちは、少しずつ辞職して去っていった。
今では、この広い教会に残っているのは、ライチェ主教のそばにいるハリン一人だけである。
二人の暮らしはとても貧しかった。
それでも、つまずきながら、何とか二年の歳月を歩んできた。
いつもと同じように、朝食を終えると、ハリンはライチェ主教を連れて街を歩き始めた。
これが彼らの一日の仕事である。
人々に『祝福』を与えること。
もちろん、『祝福』自体は無料だ。
ただし、教会製の『神聖な』蜜糖を一つ食べたい者は、別途銅貨二枚を支払う必要がある。
そして、それこそが現在の教会の主な収入源だった。
「昨日、ライムおばさんが言ってたの。私に酒場で給仕として働かないかって。日当は銅貨二十枚だけど、気前のいいお客さんに当たれば、チップももらえるんだってめぇ」
「今の双流城《トゥー・リバーズ・シティ》は、もうたくさんの人が先に逃げ出しちゃったし、物価もどんどん上がってるめぇ。蜜糖を売ったお金だけじゃ、黒パンもそろそろ買えなくなりそうなんだめぇ。……私、試しに働いてみようかな?でも私が行ったら、誰があなたの世話をするんだめぇ?あなた、一人で教会にちゃんといられる?」
そこまで言って、ハリンは後ろを歩くライチェ主教へ振り返った。
相手がきょろきょろと辺りを見回しているのを見ると、また静かにため息をつく。
そして小声で呟いた。
「めぇ……。あなたの頭がうまく働かないって分かってるのに、どうしてこんなこと話してるんだろ。私って本当に馬鹿だめぇ。仕方ないめぇ。やっぱり、ライムおばさんには丁寧に断るしかないかな」
実のところ、一年前からすでに、彼女に教会を離れるよう勧める者はいた。
双流城は内陸の都市ほど栄えているわけではない。
それでも、たとえ洗濯女中の仕事であっても、今の生活よりはずっとましだろう。
そう言われるたび、ハリンはただ微笑んで礼を言い、その後またあの教会へ戻っていった。
ほかの仕事を見下しているわけではない。
三年前、ライチェ主教が激流の中から彼女を助け上げてくれたあの日から、彼女はこの恩をきちんと返すと決めていたのだ。
たとえ相手が、今ではすっかり狂人のようになってしまっていたとしても。
半日は瞬く間に過ぎた。
双流城の半分以上を歩き終えていた。
蜜糖は予想どおり、一つも売れていない。
それどころか、ライチェ主教が贈り物として二つ配ってしまった。
相手は、両親を亡くした二人の孤児だった。
ライチェ主教の口にする『小さな友達』である。
「これ以上あげたら、私たちの晩ご飯は水だけになっちゃうめぇ!!」
ハリンは腰に手を当て、地面にしゃがんで石ころ遊びをしているライチェ主教へ、頬を膨らませて言った。
「それからめぇ!私が人に『祝福』している時は、その場でおとなしく立っていて。余計なことを言わない。へらへら笑わない。分かっためぇ?」
ライチェ主教がにこにこと頷いたのを見て、ハリンはようやく少しだけ安心した。
それから、一人の傭兵らしい少年のもとへ歩いていく。
その少年のことは、しばらく前から観察していた。
彼は傭兵商業街に来てからずっと、辺りをきょろきょろ見回している。
どう見ても、双流城へ避難してきた外地の人間だった。
彼なら、ライチェ主教の精神状態を知らないはずだ。
もしかすると、『祝福』を受けた後で蜜糖を二つ買ってくれるかもしれない。
そうすれば、彼女とライチェ主教の夕食にも何とか目処が立つ。
……
午前中に食糧を運び終えた後、俺はこっそり野営地を抜け出した。
城北の通りに沿って進み、傭兵商業街へと曲がる。
ゴブリン大軍の脅威の下、このかつて賑わっていた通りも、今ではずいぶん寂れていた。
残っているのは、鍛冶屋から聞こえてくるカンカンという金属音くらいだ。
あとは、薬草や魔獣素材を売る露店が、ぽつぽつと店を開けている程度である。
通りの傭兵も、見るからに少ない。
たまに通り過ぎる数人も、最近の物価の上がり方が早すぎると愚痴をこぼしていた。
俺は足を止めず、歩きながら街路沿いの建物に目を配った。
ダグの話では、傭兵団『至福の刻』の駐屯地はこの通りにあるらしい。
目印は、金色の旗だという。
だが、その旗を見つける前に、俺は一人に行く手を遮られた。
「こんにちは!勇敢な傭兵さん、お邪魔しますめぇ!『祝福』はいりませんか?」
俺は視線を下げた。
目の前に立っていたのは、小さな女の子だった。
背は高くない。
洗いざらしで白く褪せた修女服を着ている。
裾には泥の跡が少しついており、足元の布靴もかなり古びていた。
灰色のふわふわした巻き毛の中からは、緩く曲がった羊角が一対のぞいている。
その角には、可愛らしい太陽花が一本挿されていた。
俺は一瞬、目を瞬いた。
古羊族《こようぞく》?
この種族には少し覚えがある。
彼らは北西部の灰岩《かいがん》の谷一帯でよく見かける種族で、性格は温和。
農耕や料理作りを得意としており、自分たちの領地から離れることは滅多にない。
それなのに、目の前の少女はなぜロニクス王国の最南端にいるのか。
しかも、修女になっているとは。
「祝福?」
俺は疑わしげに彼女を眺めた。
「教会で受ける、あの『祝福』のことですか?」
ゲームにおいて、祝福は教会が提供する専属サービスだった。
プレイヤーが一定の費用を支払い、牧師に祝福系法術を施してもらう。
それによって、一時的な増益状態を得るのだ。
値段は祝福の種類によって違う。
安ければ銅貨数枚、高ければ十数枚の金貨にもなる。
俺の身にある『生命本源損傷』を解除するために必要な『聖光浄化』も、本質的には祝福の一種と言っていい。
だが問題は、祝福というものは普通、教会の中で行われるはずだということだ。
プレイヤーは聖像の前に跪く。
牧師が頭に手を置く。
祈祷文を唱える。
聖光が全身を包む。
それから立ち上がり、金を払い、去る。
傭兵の多い都市では、祝福を受けるために一、二日前から予約や列待ちが必要になることさえあった。
その光景は、限定版の手办を奪い合う時と大差ない。
それなのに双流城では、祝福が『大通りの商品』になっているのか?
修女が自分から街頭で営業している?!
「めぇ!あなたの思っている、それです」
小さな修女は軽く身を折り、両手を胸の前で組んだ。
その態度は実に敬虔だった。
「でも、祝福というのは、普通は教会で行うものではありませんか?」
俺はまだ少し疑っていた。
「あ……それはですね……」
小さな修女の目が揺れた。
必死にもっともらしい理由をでっち上げようとしているのが分かる。
「今日は……うちの主教の誕生日なんですめぇ!だから特別に街へ出て、皆さんに祝福をお届けしているんです。ええと……福利活動ですめぇ!」
「福利?」
「そうですめぇ!今日の祝福は、全部無料ですめぇ!」
彼女は力強く頷いた。
まるで、自分自身を納得させようとしているかのようだった。
無料?
俺は彼女のきらきらした瞳を見た。
だが胸の内の疑念は、むしろさらに深くなる。
この世に無料の昼飯などない。
この小さな修女は、見たところ十四、五歳ほどにしか見えない。
たとえ修女服を着ていたとしても、まともな祝福を行えるとは考えにくかった。
それに、俺が本当に必要としているのは、普通の増益状態ではない。
『聖光浄化』だ。
これは少なくとも二環牧師でなければ施せない高位祝福である。
ゲームでは通常、各地の教会主教だけがこの実力を持っていた。
しかも、この魔法は一度使うたびに、施術者自身の魔力上限を下げてしまう。
そのため、進んで使いたがる牧師はほとんどいない。
それに、どうせ数日以内に俺は一度教会へ行くつもりだった。
ここで目先の得に飛びつくより、教会できちんと正式な祝福を受けたほうがいい。
「すみません。今日はほかに用事があります。改めて教会へ伺います」
そう考え、俺は遠回しに断り、踵を返そうとした。
ところが、俺が一歩を踏み出す前に、小さな修女が素早く回り込んできた。
両腕を広げ、俺の前に立ちはだかる。
「めぇ!待ってください!傭兵さん、試すだけでもお願いしますめぇ!本当に無料なんですめぇ!」
「俺が必要としている祝福は、等級がかなり高いものです」
俺は泣き出しそうな彼女の顔を見下ろし、思わず少し笑った。
「恐らく、あなた方の主教でなければ施せませんよ」
「待ってくださいめぇ!」
俺が本当に去ろうとしているのを見て、彼女の声が一段高くなった。
「主教をお探しなら……実は、そんなに面倒ではないんですめぇ!」
「?」
「ライチェ主教も来ていますめぇ。あそこです!」
彼女は背後のほうを指さした。
俺はその指の先を追って見る。
街角の陰になった場所に、確かに太った老人が立っていた。
彼は純白の主教服を身につけている。
布地は少し古びていたが、きちんと手入れされ、清潔に整えられていた。
胸元には、銀色に輝く環状の胸牌が留められている。
白髪交じりの髪は、一筋も乱れなく梳きつけられていた。
顔には慈愛に満ちた微笑みが浮かんでいる。
その視線は、少し離れた場所で地面にしゃがみ、石ころ遊びをしている二人の子どもへ、じっと注がれていた。
今度は俺が驚く番だった。
双流城教会の主教が、本当に自ら街へ出てきているのか?
まだ疑いは残る。
だが、あの主教服と胸の徽章は偽物には見えなかった。
しばらく考えた後、俺は改めて小さな修女を見る。
「それなら、お二人にお願いします」