最強ギルドマスターは十年前のゲーム世界に転生した 〜未来知識だけを武器に、見習い傭兵から王座を目指す〜 作:窮北の風
「それなら、お二人にお願いします」
俺は軽く衣の裾を整え、それ以上迷わず、あの丸々とした主教のほうへ歩いていった。
教会の外で主教本人に出会うことになるとは、確かに少し予想外だった。
だが考えてみれば、いずれは関わる相手である。
今ここで出会った以上、挨拶もせずに通り過ぎるほうが、むしろ失礼だろう。
それに、相手の雰囲気を見る限り、決して付き合いにくい人物ではなさそうだった。
彼はずっと、そばで遊んでいる子どもたちを見つめている。
その眼差しは穏やかで、ひどく優しい。
きっと善意を持った主教なのだろう。
子どもが好きな人間の心根が、そう悪いものであるはずがない。
胸の内に不安はあった。
それでも俺は、わずかな希望を抱いていた。
もしかすると、彼なら俺に【聖光浄化】を施してくれるかもしれない、と。
だが俺が近づくより早く、先ほどの小さな修女が慌てて走ってきた。
そして俺と主教の間に立ちはだかる。
「あ、あのめぇ!……ライチェ主教は、人に邪魔されるのがあまり好きじゃないんだめぇ!何かご用があるなら、私が代わりに伝えるめぇ!」
俺は足を止め、彼女を見下ろした。
それから少し離れた場所にいるライチェ主教へ視線を向ける。
俺たちの距離は、十メートルほどしかない。
これだけ近ければ、普通ならとっくにこちらへ気づいているはずだ。
だがライチェ主教は、相変わらず遊んでいる子どもたちを一心に見つめている。
まるで俺の存在など、まったく察していないかのようだった。
もしかすると、小さな修女の言うとおり、本当に邪魔されるのが嫌いなのかもしれない。
「それなら、代わりに聞いていただけますか。ライチェ主教は、俺に聖光浄化を施すことができますか?」
「何ですめぇ!?聖光浄化!?」
小さな修女は思わず声を上げた。
俺が口にしたのが、そこまで高位の祝福だとは思っていなかったのだろう。
「はい。以前、ゴブリン大軍との戦いで重傷を負いまして、身体に深刻な後遺症が残っています。根治するには【聖光浄化】が必要です。どうか、お願いします」
「で、でも……それは、とても高い等級の祝福だめぇ……」
「そのとおりです。ですから、無理にとは言いません」
俺は静かに言った。
「もし主教様が俺に術を施してくださるなら、提示された条件にはできる限り応じます。無理なら、それでも構いません」
「う……分かっためぇ……。ライチェ主教に聞いてみるめぇ」
ハリンは何度か唇を開閉させた末、ようやく苦しそうに頷いた。
それからライチェ主教のそばへ行き、小声で何かを話す。
だがライチェ主教は、何の反応も示さなかった。
視線はずっと、遊んでいる子どもたちに注がれたままだ。
まるで今の言葉など、最初から耳に入っていないかのようだった。
その光景を見て、俺の胸は一気に冷え込んだ。
どうやら、相手には同意する気など少しもないらしい。
まさか俺は、まだしばらく『全属性60%低下』のバフを背負い続けなければならないのか?
だが同時に、ライチェ主教の態度には妙な違和感もあった。
断るにしても、普通は依頼をしてきた相手を一目くらい見るものではないか?
もしかして……あの小さな修女は、そもそも俺の言葉をちゃんと伝えていないのではないか?
駄目だ。
自分で直接聞くべきだ。
少し無礼かもしれない。
あの小さな修女の気を悪くするかもしれない。
それでも、今後双流城を離れる計画のためには、もうそんなことを気にしている余裕はなかった。
そう考え、俺は小さな修女が戻ってくるのを待たなかった。
そのまま足早にライチェ主教の前へ進み出る。
「失礼します、お二人とも」
俺は少しだけ声を張り、軽く身を屈めた。
「え? めぇ! そこで待っていてって言ったのに!」
小さな修女は、俺が直接歩いてくるとは思っていなかったらしい。
たちまち慌て始めた。
「大変失礼しました。ただ、少し特殊な事情がありまして、ライチェ主教に直接お願いしたいのです」
俺はハリンへ軽く頭を下げた。
それからライチェ主教のほうを向く。
「主教様、初めまして。俺はコロンと申します。どうか俺に【聖光浄化】を施していただけませんか」
ライチェ主教は答えなかった。
それどころか、俺の視線の前で、急に興奮した顔になり、ゆっくりと身を屈める。
そして俺の足元の土の中から、丸い小石を一つほじくり出した。
「主教様?」
俺は眉を寄せ、もう一度声をかけた。
相手はやはり俺を見ていない。
代わりに、にこにこと笑いながら隣の小さな修女を見る。
「ダンカンおじさん、僕も君の息子と一緒に石弾きで遊んでいいかな?」
「ライチェ主教めぇ!私はハリンだめぇ!鍛冶屋のダンカンおじさんじゃないめぇ!」
つい先ほどまで控えめで緊張していた小さな修女が、突然顔色を変えた。
もはや隣にいる俺のことなど気にしていない。
彼女は爪先立ちになり、ライチェ主教の耳を掴んで大声で叫んだ。
「それに、さっき言ったでしょ!動かないめぇ!喋らないめぇ!」
「はいはい、分かった、分かったよ!」
ライチェ主教は痛そうに顔をしかめた。
ようやくハリンの手から逃れると、何とそのまま身を翻し、子どもたちのほうへ走っていく。
走りながら叫んでいた。
「ちょっとだけ! ちょっとだけ遊ぶから! ありがとう、ダンカンおじさん!」
ハリンの顔は、完全に鍋底のように黒くなった。
そして俺もこの時、ようやく理解した。
このライチェ主教は『人に邪魔されるのが嫌い』なのではない。
『そもそも誰にも邪魔されない』のだ。
終わった。
俺の【生命本源損傷】を解除する計画は、完全に水の泡になった。
精神がまともではない主教に、【聖光浄化】のような高位祝福が施せるはずがない。
「めぇ……ごめんなさい……私、あなたを騙しためぇ」
横から、ハリンの声が聞こえた。
蚊の鳴くように細い声だった。
「本当は、主教は……少し、頭の調子がよくないんだめぇ」
俺は振り向き、彼女を見る。
小さな修女は俯き、両手で修女服の裾をぎゅっと握っていた。
「二年前、教会で爆発が起きたんだめぇ。主教は顔に傷を負って、頭もやられてしまっためぇ。それから……あんなふうになったんだめぇ」
俺はその場に立ったまま、静かにため息をついた。
「では、さっきあなたが言っていた祝福は?」
「もしよければ」
ハリンは顔を上げた。
無理に笑顔を作ろうとしていた。
「私が、簡単な祝福ならできますめぇ。主教がするみたいにすごいものじゃないけど……でも、ちゃんと効果はあるめぇ。もちろん、もし蜜糖を二つ買ってくれたら……あ、いえ、一つでもいいめぇ」
そこで彼女は一度言葉を切り、声を小さくした。
「それで……私たち、明日の晩ご飯が食べられるめぇ……」
俺は彼女を見つめた。
胸の奥を、何かがそっと触れたような気がした。
少し、酸っぱいような感覚だった。
値段を聞こうと口を開きかけた、その時。
背後から、酒気を帯びた軽薄な呼び声が飛んできた。
「よう、これはこれは、うちのハリン小修女じゃねえか。また道端で祝福を売ってんのか?」
俺は振り返った。
通りの向かいにある酒場から、二人の傭兵がふらふらと出てくるところだった。
革鎧はだらしなく開き、顔にはまだ酒の赤みが残っている。
先頭を歩いているのは、背の高い痩せた半獣人だった。
腰には幅広の剣を下げている。
その後ろには、背の低いがっしりした人間が続いていた。
肩には両手斧を担いでいる。
痩せた半獣人はハリンの前まで来ると、彼女を上から下まで眺め、口を裂くように笑った。
「そんな老いぼれの狂人について回るのはやめて、うちの傭兵団に来いよ。うちの小隊長は、お前みたいな小羊が大好きでな。腹いっぱい食わせて、暖かい服も着せてやるぜ。今の暮らしよりずっとましだろ?」
ハリンの顔が、一瞬で真っ赤になった。
だが彼女は相手に答えなかった。
ただ俺へ向かって頭を下げる。
「ごめんなさいめぇ……私たち、まだ用事があるので、これで失礼しますめぇ」
彼女はライチェ主教のもとへ駆け寄り、慌ててその手を取った。
「行くめぇ。もう帰るめぇ」
「おいおい、そう急ぐなよ」
背の低い傭兵が一歩横へ出て、二人の前を塞いだ。
にやりと笑う。
「さっき祝福って言ってただろ?ほら、俺たちにも一つくれよ。ちょうど最近、どうにもツキが悪くてな」
「あなたたちには祝福しません」
ハリンは唇をきゅっと結んだ。
声は大きくなかった。
だが、はっきりと固いものがあった。
「これ以上続けるなら、街の守衛を呼ぶめぇ」
二人の傭兵は顔を見合わせた。
そして突然、そろって大笑いする。
痩せた半獣人が額をこすり、嘲るように言った。
「守衛?!呼んでみろよ。この街の守衛が、蜜糖一つ売れない小修女のために、傭兵団『至福の刻』の人間を捕まえるかどうか見ものだな」
ハリンは唇を噛み、それ以上何も言わなかった。
彼女の手は、ライチェ主教の手を強く握っている。
小さな肩が、かすかに震えていた。
そして彼女の後ろにいる太った主教は、相変わらずぼんやりと空を見上げている。
まるで、すべてが自分とは無関係であるかのように。
俺はため息をついた。
そしてハリンを自分の後ろへ引き、二人の傭兵の前に立つ。
「誰が売れていないと言いました?」
俺は平静な声で言った。
「俺は甘いものが、特に好きなんです!」