最強ギルドマスターは十年前のゲーム世界に転生した 〜未来知識だけを武器に、見習い傭兵から王座を目指す〜   作:窮北の風

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第71話 希望の潰える時

「それなら、お二人にお願いします」

 俺は軽く衣の裾を整え、それ以上迷わず、あの丸々とした主教のほうへ歩いていった。

 

 教会の外で主教本人に出会うことになるとは、確かに少し予想外だった。

 だが考えてみれば、いずれは関わる相手である。

 今ここで出会った以上、挨拶もせずに通り過ぎるほうが、むしろ失礼だろう。

 

 それに、相手の雰囲気を見る限り、決して付き合いにくい人物ではなさそうだった。

 彼はずっと、そばで遊んでいる子どもたちを見つめている。

 その眼差しは穏やかで、ひどく優しい。

 きっと善意を持った主教なのだろう。

 子どもが好きな人間の心根が、そう悪いものであるはずがない。

 胸の内に不安はあった。

 それでも俺は、わずかな希望を抱いていた。

 もしかすると、彼なら俺に【聖光浄化】を施してくれるかもしれない、と。

 

 だが俺が近づくより早く、先ほどの小さな修女が慌てて走ってきた。

 そして俺と主教の間に立ちはだかる。

「あ、あのめぇ!……ライチェ主教は、人に邪魔されるのがあまり好きじゃないんだめぇ!何かご用があるなら、私が代わりに伝えるめぇ!」

 

 俺は足を止め、彼女を見下ろした。

 それから少し離れた場所にいるライチェ主教へ視線を向ける。

 

 俺たちの距離は、十メートルほどしかない。

 これだけ近ければ、普通ならとっくにこちらへ気づいているはずだ。

 だがライチェ主教は、相変わらず遊んでいる子どもたちを一心に見つめている。

 まるで俺の存在など、まったく察していないかのようだった。

 もしかすると、小さな修女の言うとおり、本当に邪魔されるのが嫌いなのかもしれない。

 

「それなら、代わりに聞いていただけますか。ライチェ主教は、俺に聖光浄化を施すことができますか?」

 

「何ですめぇ!?聖光浄化!?」

 小さな修女は思わず声を上げた。

 俺が口にしたのが、そこまで高位の祝福だとは思っていなかったのだろう。

 

「はい。以前、ゴブリン大軍との戦いで重傷を負いまして、身体に深刻な後遺症が残っています。根治するには【聖光浄化】が必要です。どうか、お願いします」

「で、でも……それは、とても高い等級の祝福だめぇ……」

 

「そのとおりです。ですから、無理にとは言いません」

 俺は静かに言った。

「もし主教様が俺に術を施してくださるなら、提示された条件にはできる限り応じます。無理なら、それでも構いません」

 

「う……分かっためぇ……。ライチェ主教に聞いてみるめぇ」

 ハリンは何度か唇を開閉させた末、ようやく苦しそうに頷いた。

 

 それからライチェ主教のそばへ行き、小声で何かを話す。

 だがライチェ主教は、何の反応も示さなかった。

 視線はずっと、遊んでいる子どもたちに注がれたままだ。

 まるで今の言葉など、最初から耳に入っていないかのようだった。

 

 その光景を見て、俺の胸は一気に冷え込んだ。

 

 どうやら、相手には同意する気など少しもないらしい。

 まさか俺は、まだしばらく『全属性60%低下』のバフを背負い続けなければならないのか?

 だが同時に、ライチェ主教の態度には妙な違和感もあった。

 断るにしても、普通は依頼をしてきた相手を一目くらい見るものではないか?

 

 もしかして……あの小さな修女は、そもそも俺の言葉をちゃんと伝えていないのではないか?

 駄目だ。

 自分で直接聞くべきだ。

 少し無礼かもしれない。

 あの小さな修女の気を悪くするかもしれない。

 それでも、今後双流城を離れる計画のためには、もうそんなことを気にしている余裕はなかった。

 

 そう考え、俺は小さな修女が戻ってくるのを待たなかった。

 そのまま足早にライチェ主教の前へ進み出る。

「失礼します、お二人とも」

 俺は少しだけ声を張り、軽く身を屈めた。

 

「え? めぇ! そこで待っていてって言ったのに!」

 小さな修女は、俺が直接歩いてくるとは思っていなかったらしい。

 たちまち慌て始めた。

 

「大変失礼しました。ただ、少し特殊な事情がありまして、ライチェ主教に直接お願いしたいのです」

 俺はハリンへ軽く頭を下げた。

 それからライチェ主教のほうを向く。

「主教様、初めまして。俺はコロンと申します。どうか俺に【聖光浄化】を施していただけませんか」

 

 ライチェ主教は答えなかった。

 それどころか、俺の視線の前で、急に興奮した顔になり、ゆっくりと身を屈める。

 そして俺の足元の土の中から、丸い小石を一つほじくり出した。

 

「主教様?」

 俺は眉を寄せ、もう一度声をかけた。

 

 相手はやはり俺を見ていない。

 代わりに、にこにこと笑いながら隣の小さな修女を見る。

 

「ダンカンおじさん、僕も君の息子と一緒に石弾きで遊んでいいかな?」

「ライチェ主教めぇ!私はハリンだめぇ!鍛冶屋のダンカンおじさんじゃないめぇ!」

 つい先ほどまで控えめで緊張していた小さな修女が、突然顔色を変えた。

 もはや隣にいる俺のことなど気にしていない。

 彼女は爪先立ちになり、ライチェ主教の耳を掴んで大声で叫んだ。

「それに、さっき言ったでしょ!動かないめぇ!喋らないめぇ!」

 

「はいはい、分かった、分かったよ!」

 ライチェ主教は痛そうに顔をしかめた。

 ようやくハリンの手から逃れると、何とそのまま身を翻し、子どもたちのほうへ走っていく。

 走りながら叫んでいた。

「ちょっとだけ! ちょっとだけ遊ぶから! ありがとう、ダンカンおじさん!」

 

 ハリンの顔は、完全に鍋底のように黒くなった。

 

 そして俺もこの時、ようやく理解した。

 このライチェ主教は『人に邪魔されるのが嫌い』なのではない。

『そもそも誰にも邪魔されない』のだ。

 

 終わった。

 俺の【生命本源損傷】を解除する計画は、完全に水の泡になった。

 精神がまともではない主教に、【聖光浄化】のような高位祝福が施せるはずがない。

 

「めぇ……ごめんなさい……私、あなたを騙しためぇ」

 横から、ハリンの声が聞こえた。

 蚊の鳴くように細い声だった。

「本当は、主教は……少し、頭の調子がよくないんだめぇ」

 

 俺は振り向き、彼女を見る。

 

 小さな修女は俯き、両手で修女服の裾をぎゅっと握っていた。

「二年前、教会で爆発が起きたんだめぇ。主教は顔に傷を負って、頭もやられてしまっためぇ。それから……あんなふうになったんだめぇ」

 

 俺はその場に立ったまま、静かにため息をついた。

「では、さっきあなたが言っていた祝福は?」

 

「もしよければ」

 ハリンは顔を上げた。

 無理に笑顔を作ろうとしていた。

「私が、簡単な祝福ならできますめぇ。主教がするみたいにすごいものじゃないけど……でも、ちゃんと効果はあるめぇ。もちろん、もし蜜糖を二つ買ってくれたら……あ、いえ、一つでもいいめぇ」

 そこで彼女は一度言葉を切り、声を小さくした。

「それで……私たち、明日の晩ご飯が食べられるめぇ……」

 

 俺は彼女を見つめた。

 胸の奥を、何かがそっと触れたような気がした。

 少し、酸っぱいような感覚だった。

 

 値段を聞こうと口を開きかけた、その時。

 背後から、酒気を帯びた軽薄な呼び声が飛んできた。

「よう、これはこれは、うちのハリン小修女じゃねえか。また道端で祝福を売ってんのか?」

 

 俺は振り返った。

 

 通りの向かいにある酒場から、二人の傭兵がふらふらと出てくるところだった。

 革鎧はだらしなく開き、顔にはまだ酒の赤みが残っている。

 先頭を歩いているのは、背の高い痩せた半獣人だった。

 腰には幅広の剣を下げている。

 その後ろには、背の低いがっしりした人間が続いていた。

 肩には両手斧を担いでいる。

 

 痩せた半獣人はハリンの前まで来ると、彼女を上から下まで眺め、口を裂くように笑った。

「そんな老いぼれの狂人について回るのはやめて、うちの傭兵団に来いよ。うちの小隊長は、お前みたいな小羊が大好きでな。腹いっぱい食わせて、暖かい服も着せてやるぜ。今の暮らしよりずっとましだろ?」

 

 ハリンの顔が、一瞬で真っ赤になった。

 だが彼女は相手に答えなかった。

 ただ俺へ向かって頭を下げる。

「ごめんなさいめぇ……私たち、まだ用事があるので、これで失礼しますめぇ」

 彼女はライチェ主教のもとへ駆け寄り、慌ててその手を取った。

「行くめぇ。もう帰るめぇ」

 

「おいおい、そう急ぐなよ」

 背の低い傭兵が一歩横へ出て、二人の前を塞いだ。

 にやりと笑う。

「さっき祝福って言ってただろ?ほら、俺たちにも一つくれよ。ちょうど最近、どうにもツキが悪くてな」

 

「あなたたちには祝福しません」

 ハリンは唇をきゅっと結んだ。

 声は大きくなかった。

 だが、はっきりと固いものがあった。

「これ以上続けるなら、街の守衛を呼ぶめぇ」

 

 二人の傭兵は顔を見合わせた。

 そして突然、そろって大笑いする。

 

 痩せた半獣人が額をこすり、嘲るように言った。

「守衛?!呼んでみろよ。この街の守衛が、蜜糖一つ売れない小修女のために、傭兵団『至福の刻』の人間を捕まえるかどうか見ものだな」

 

 ハリンは唇を噛み、それ以上何も言わなかった。

 彼女の手は、ライチェ主教の手を強く握っている。

 小さな肩が、かすかに震えていた。

 

 そして彼女の後ろにいる太った主教は、相変わらずぼんやりと空を見上げている。

 まるで、すべてが自分とは無関係であるかのように。

 

 俺はため息をついた。

 そしてハリンを自分の後ろへ引き、二人の傭兵の前に立つ。

 

「誰が売れていないと言いました?」

 俺は平静な声で言った。

「俺は甘いものが、特に好きなんです!」

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