最強ギルドマスターは十年前のゲーム世界に転生した 〜未来知識だけを武器に、見習い傭兵から王座を目指す〜   作:窮北の風

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第72話 これは失礼な行為です

「ああ?」

 半獣人は赤く濁った目を細め、俺を上から下まで眺めた。

 口元を歪めると、黄ばんだ犬歯が半分だけ覗く。

「どこから湧いて出た貧乏小僧だ?俺たちが誰か分かってんのか?」

 

「おい小僧!小説の読みすぎか?ここで勇者様が姫を救う芝居でも始めるつもりかよ?」

 もう一人の人間傭兵が鼻で笑い、肩に担いでいた両手斧を下ろした。

 ガン、と斧の柄が地面に突き立つ。

「血を流したいなら、俺様が望みどおりにしてやるよ!」

 

「傭兵さん……傭兵さんめぇ……ここはあなたには関係ないめぇ。先に行ったほうがいいめぇ……」

 ハリンが俺の袖を引き、震える声で小さく諭してきた。

 

 俺はその場から動かなかった。

 目の前の二人の傭兵にも構わない。

 ただ少しだけ顔を横へ向け、ハリンを見る。

「蜜糖ですか。正直に言うと、もう長いこと食べていませんね。あの味が懐かしいです」

 それから、彼女へ微かに笑いかけた。

 腰の革袋を開き、中から銀貨を二枚取り出す。

「あなたの蜜糖はいくらですか?ちょうど俺たちの難民隊は人数が多いんです。もし全部買うとしたら、この金で足りますか?」

 

「十分足りるめぇ……じゃなくて!今はそんな話をしてる場合じゃないめぇ!」

 ハリンは、俺がまだ自分の蜜糖を買おうとしているのを見て、ますます焦り始めた。

 

 相手の背後にいるのは、双流城第一の傭兵団【至福の刻】である。

 しかも、その団長は城主と非常に親しい関係にあるという噂まである。

 外から来た一介の傭兵が、軽々しく敵に回していいような相手ではない。

 自分は聖白教廷の修女という身分があるから、相手もそこまで踏み込んだ真似はできない。

 だが、何の後ろ盾もない普通の傭兵なら話は別だ。

 彼らは本当に殺しにくる。

 

「早く行ってくださいめぇ!私が少しだけ止めるめぇ……」

 ハリンはそう言いながら、必死に俺へ目配せした。

 焦りのあまり、顔は真っ赤になっている。

 

「ほう!小僧、なかなかやるじゃねえか!本当に死ぬのが怖くないらしいな!」

 背の高い半獣人傭兵は、俺が自分たちを無視しているのを見て、怒りのあまり笑い出した。

「ははっ、ここまで命知らずな奴は久しぶりだ。ちょうどいい。おい、こいつに教えてやれ。ここ双流城で、誰が物を言うのかをな」

 

 そう言うと、半獣人は両腕を組み、隣のずんぐりした傭兵へ顎をしゃくった。

 斧を持った矮躯の傭兵は命令を受けると、地面に突き立てていた両手斧を再び持ち上げ、獰猛な笑みを浮かべて一歩踏み出す。

 

「あなたたちは知っていますか?」

 俺はゆっくりと視線を下げた。

 矮躯の傭兵には一瞥もくれない。

 代わりに、ハリンが呆然と見つめる中、銀貨を一枚、彼女の手の中へ押し込んだ。

 そしてもう一枚の銀貨を、指先に挟む。

「人が会計している最中に邪魔をするのは……非常に失礼な行為なんです」

 

「失礼もクソもあるか――」

 

 矮躯の傭兵が言い終えるより早く。

 目の前の少年が、突然こちらへ向かって凄まじい速さで腕を振った。

 

 次の瞬間。

 ヒュン――!

 

 鋭い爆音が鳴り響く。

 銀白の光が、彼の耳元を掠めるように通り過ぎた。

 そして彼と半獣人の間の隙間を、一直線に突き抜ける。

 

 半秒後。

 二人の背後から、ごく小さな、かちりという音が聞こえた。

 一瞬で、二人の傭兵はその場に固まった。

 

 後ろに立っていた半獣人が、ぎこちなく眼球だけを動かし、背後を見る。

 狩人特有の鋭い視覚が、すぐに後ろの状況を捉えた。

 

 十メートルほど先の花崗岩の壁面に、小さな銀貨が深々と突き刺さっている。

 銀貨は、その半分以上を壁の中へ沈めていた。

 周囲の滑らかな石面には、細かな亀裂がびっしりと走っている。

 

 冷や汗が、一瞬で額を覆った。

 彼はその瞬間、自分の頬を死神にそっと口づけされたような気がした。

 次の瞬間、足から力が抜け、そのまま地面に尻もちをつく。

 

 矮躯の傭兵が受けた衝撃は、さらに大きかった。

 手にした大斧は半空で固まり、太い両腕はがくがくと震えている。

 彼は確信していた。

 自分の頭蓋骨は、決して花崗岩より頑丈ではない。

 あの白光がほんの少しでもずれていれば、自分の命はなかった。

 

「お、お、お前……」

 矮躯の傭兵は唇を震わせ、恐怖に満ちた目で俺を見た。

 

「行きましょう」

 俺は手についたはずもない埃を軽く払った。

 そして振り返り、ハリンへ笑いかける。

「どうやら彼らも、自分たちの先ほどの振る舞いがどれほど失礼だったか、理解したようです」

 

「めぇ?」

 ハリンはその時になってようやく、呆然と俺を見上げた。

 それから何かを思い出したように、慌ててライチェ主教の手を取る。

「そ、そうだめぇ!早く離れたほうがいいめぇ!こっちへ来てくださいめぇ!」

 そう言うなり、彼女は一足先に通りの向こうへ駆け出した。

 

 俺は振り返り、二人の傭兵をじっと見た。

 彼らは俺の視線に気づくと、慌てて目を逸らし、決してこちらと目を合わせようとはしなかった。

 それを確認してから、俺もようやく後を追った。

 

 だが二本の通りを走り抜けたところで、俺はようやく悔しさに気づいた。

「馬鹿だな……自分の銀貨、回収するのを忘れました……!」

 

 ……

 

 それからどれほど経ったのか。

 先ほどの通りの端から、重い足音が響いてきた。

 

 あの半獣人傭兵が戻ってきたのだ。

 背後には七、八人ほどの人影が続いている。

 歩調は揃っており、革鎧は磨かれて鈍く光っていた。

 一目で、正規の編制だと分かる。

 

 先頭に立つのは、中肉中背の若い男だった。

 彼は半身の鎖帷子を身につけ、腰には長剣を下げている。

 眼差しは落ち着いていた。

 胸元には、鉄製の徽章が留められている。

 鉄級戦士。

 彼は花崗岩の壁の前まで来ると、目を細め、そこに嵌まり込んだ銀貨を見た。

 

「ここか?」

「はい、隊長。ここです」

 

 若い戦士は手を伸ばし、銀貨の縁を指でつまんだ。

 軽く力を込める。

 だが、銀貨はすぐには抜けなかった。

 彼は少し意外そうに眉を上げる。

 それから、さらに強く力を込めた。

 かちり、と音がして、ようやく銀貨が抜ける。

 

「隊長、あの小僧については調べがつきました。どうやら昨日入城した難民の一団にいた者らしいです……」

 背後にいた半獣人傭兵が、若い戦士の後ろへ近づき、小声で報告する。

「あの小僧、ひどく生意気でしてね。俺が【至福の刻】の者だと教えてやっても、まったく手を止める気がありませんでした。このまま済ませるわけには――」

 

「黙れ。お前たち二人がどういう連中か、俺はよく知っている」

 若い戦士は背後へ片手を上げ、まだ喋り続けようとしていた半獣人の口を止めた。

「あの者は、お前たちを傷つけなかった。すでに十分手加減している」

 

「ですが、隊長……」

 半獣人はまだ何か言おうとした。

 しかし、若い戦士に一瞥されるだけで、言葉を飲み込む。

 

「この件は把握した」

 若い戦士は銀貨を見下ろしながら言った。

「だが、相手があの難民たちの中の者なら……この件は、団長様に報告しておいたほうがよさそうだ」

 

 彼は踵を返し、部下たちを連れて去っていく。

 半獣人はなお小声でぶつぶつ言っていたが、若い戦士に脛を蹴られ、よろめきながら後を追った。

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