最強ギルドマスターは十年前のゲーム世界に転生した 〜未来知識だけを武器に、見習い傭兵から王座を目指す〜 作:窮北の風
「ああ?」
半獣人は赤く濁った目を細め、俺を上から下まで眺めた。
口元を歪めると、黄ばんだ犬歯が半分だけ覗く。
「どこから湧いて出た貧乏小僧だ?俺たちが誰か分かってんのか?」
「おい小僧!小説の読みすぎか?ここで勇者様が姫を救う芝居でも始めるつもりかよ?」
もう一人の人間傭兵が鼻で笑い、肩に担いでいた両手斧を下ろした。
ガン、と斧の柄が地面に突き立つ。
「血を流したいなら、俺様が望みどおりにしてやるよ!」
「傭兵さん……傭兵さんめぇ……ここはあなたには関係ないめぇ。先に行ったほうがいいめぇ……」
ハリンが俺の袖を引き、震える声で小さく諭してきた。
俺はその場から動かなかった。
目の前の二人の傭兵にも構わない。
ただ少しだけ顔を横へ向け、ハリンを見る。
「蜜糖ですか。正直に言うと、もう長いこと食べていませんね。あの味が懐かしいです」
それから、彼女へ微かに笑いかけた。
腰の革袋を開き、中から銀貨を二枚取り出す。
「あなたの蜜糖はいくらですか?ちょうど俺たちの難民隊は人数が多いんです。もし全部買うとしたら、この金で足りますか?」
「十分足りるめぇ……じゃなくて!今はそんな話をしてる場合じゃないめぇ!」
ハリンは、俺がまだ自分の蜜糖を買おうとしているのを見て、ますます焦り始めた。
相手の背後にいるのは、双流城第一の傭兵団【至福の刻】である。
しかも、その団長は城主と非常に親しい関係にあるという噂まである。
外から来た一介の傭兵が、軽々しく敵に回していいような相手ではない。
自分は聖白教廷の修女という身分があるから、相手もそこまで踏み込んだ真似はできない。
だが、何の後ろ盾もない普通の傭兵なら話は別だ。
彼らは本当に殺しにくる。
「早く行ってくださいめぇ!私が少しだけ止めるめぇ……」
ハリンはそう言いながら、必死に俺へ目配せした。
焦りのあまり、顔は真っ赤になっている。
「ほう!小僧、なかなかやるじゃねえか!本当に死ぬのが怖くないらしいな!」
背の高い半獣人傭兵は、俺が自分たちを無視しているのを見て、怒りのあまり笑い出した。
「ははっ、ここまで命知らずな奴は久しぶりだ。ちょうどいい。おい、こいつに教えてやれ。ここ双流城で、誰が物を言うのかをな」
そう言うと、半獣人は両腕を組み、隣のずんぐりした傭兵へ顎をしゃくった。
斧を持った矮躯の傭兵は命令を受けると、地面に突き立てていた両手斧を再び持ち上げ、獰猛な笑みを浮かべて一歩踏み出す。
「あなたたちは知っていますか?」
俺はゆっくりと視線を下げた。
矮躯の傭兵には一瞥もくれない。
代わりに、ハリンが呆然と見つめる中、銀貨を一枚、彼女の手の中へ押し込んだ。
そしてもう一枚の銀貨を、指先に挟む。
「人が会計している最中に邪魔をするのは……非常に失礼な行為なんです」
「失礼もクソもあるか――」
矮躯の傭兵が言い終えるより早く。
目の前の少年が、突然こちらへ向かって凄まじい速さで腕を振った。
次の瞬間。
ヒュン――!
鋭い爆音が鳴り響く。
銀白の光が、彼の耳元を掠めるように通り過ぎた。
そして彼と半獣人の間の隙間を、一直線に突き抜ける。
半秒後。
二人の背後から、ごく小さな、かちりという音が聞こえた。
一瞬で、二人の傭兵はその場に固まった。
後ろに立っていた半獣人が、ぎこちなく眼球だけを動かし、背後を見る。
狩人特有の鋭い視覚が、すぐに後ろの状況を捉えた。
十メートルほど先の花崗岩の壁面に、小さな銀貨が深々と突き刺さっている。
銀貨は、その半分以上を壁の中へ沈めていた。
周囲の滑らかな石面には、細かな亀裂がびっしりと走っている。
冷や汗が、一瞬で額を覆った。
彼はその瞬間、自分の頬を死神にそっと口づけされたような気がした。
次の瞬間、足から力が抜け、そのまま地面に尻もちをつく。
矮躯の傭兵が受けた衝撃は、さらに大きかった。
手にした大斧は半空で固まり、太い両腕はがくがくと震えている。
彼は確信していた。
自分の頭蓋骨は、決して花崗岩より頑丈ではない。
あの白光がほんの少しでもずれていれば、自分の命はなかった。
「お、お、お前……」
矮躯の傭兵は唇を震わせ、恐怖に満ちた目で俺を見た。
「行きましょう」
俺は手についたはずもない埃を軽く払った。
そして振り返り、ハリンへ笑いかける。
「どうやら彼らも、自分たちの先ほどの振る舞いがどれほど失礼だったか、理解したようです」
「めぇ?」
ハリンはその時になってようやく、呆然と俺を見上げた。
それから何かを思い出したように、慌ててライチェ主教の手を取る。
「そ、そうだめぇ!早く離れたほうがいいめぇ!こっちへ来てくださいめぇ!」
そう言うなり、彼女は一足先に通りの向こうへ駆け出した。
俺は振り返り、二人の傭兵をじっと見た。
彼らは俺の視線に気づくと、慌てて目を逸らし、決してこちらと目を合わせようとはしなかった。
それを確認してから、俺もようやく後を追った。
だが二本の通りを走り抜けたところで、俺はようやく悔しさに気づいた。
「馬鹿だな……自分の銀貨、回収するのを忘れました……!」
……
それからどれほど経ったのか。
先ほどの通りの端から、重い足音が響いてきた。
あの半獣人傭兵が戻ってきたのだ。
背後には七、八人ほどの人影が続いている。
歩調は揃っており、革鎧は磨かれて鈍く光っていた。
一目で、正規の編制だと分かる。
先頭に立つのは、中肉中背の若い男だった。
彼は半身の鎖帷子を身につけ、腰には長剣を下げている。
眼差しは落ち着いていた。
胸元には、鉄製の徽章が留められている。
鉄級戦士。
彼は花崗岩の壁の前まで来ると、目を細め、そこに嵌まり込んだ銀貨を見た。
「ここか?」
「はい、隊長。ここです」
若い戦士は手を伸ばし、銀貨の縁を指でつまんだ。
軽く力を込める。
だが、銀貨はすぐには抜けなかった。
彼は少し意外そうに眉を上げる。
それから、さらに強く力を込めた。
かちり、と音がして、ようやく銀貨が抜ける。
「隊長、あの小僧については調べがつきました。どうやら昨日入城した難民の一団にいた者らしいです……」
背後にいた半獣人傭兵が、若い戦士の後ろへ近づき、小声で報告する。
「あの小僧、ひどく生意気でしてね。俺が【至福の刻】の者だと教えてやっても、まったく手を止める気がありませんでした。このまま済ませるわけには――」
「黙れ。お前たち二人がどういう連中か、俺はよく知っている」
若い戦士は背後へ片手を上げ、まだ喋り続けようとしていた半獣人の口を止めた。
「あの者は、お前たちを傷つけなかった。すでに十分手加減している」
「ですが、隊長……」
半獣人はまだ何か言おうとした。
しかし、若い戦士に一瞥されるだけで、言葉を飲み込む。
「この件は把握した」
若い戦士は銀貨を見下ろしながら言った。
「だが、相手があの難民たちの中の者なら……この件は、団長様に報告しておいたほうがよさそうだ」
彼は踵を返し、部下たちを連れて去っていく。
半獣人はなお小声でぶつぶつ言っていたが、若い戦士に脛を蹴られ、よろめきながら後を追った。