最強ギルドマスターは十年前のゲーム世界に転生した 〜未来知識だけを武器に、見習い傭兵から王座を目指す〜 作:窮北の風
ハリンが俺の袖を軽く引き、思考を中断させた。
「コロンさん、さっき自分はこっそり抜け出してきたって言っていましためぇ。でも今度は、私たち、どうやって中へ入ればいいんですかめぇ?」
その問いかけで、俺は目の前の問題へ引き戻された。
正直に言えば、これは俺の落ち度だった。
来る前は、ハリンに営地の負傷者たちへ祝福を施してもらうことばかり考えていた。
肝心なことを、すっかり忘れていたのだ。
そもそも俺自身が、こっそり壁を越えて抜け出してきたのである。
俺一人なら、来た道をそのまま戻ればいい。
だが、ハリンとライチェ主教はどうする?
この二人は、双流城《トゥー・リバーズ・シティ》ではそれなりの『有名人』だ。
たとえ俺について壁を越えたとしても、遅かれ早かれ誰かに見つかるだろう。
そうなれば、難民が無断で外出した挙げ句、修女と狂った主教まで連れ帰ってきたことになる。
どう説明しても、筋が通らない。
それ以上に、もう一つ気になっていることがあった。
つい先ほど、二つ目の騎士認定任務が、訳も分からないまま達成されたのだ。
どうにも妙な感覚だった。
ついさっきまで、どうやって達成すればいいのか悩んでいた。
それなのに次の瞬間には、システムから任務達成の表示が出たのである。
喜ぶ暇すらなかった。
胸の奥では、すでに薄い不安が膨らみ始めている。
まさか、俺がいない間に営地で何か起きたのではないだろうな?
自分の知らないところで、誰かが俺の代わりに大事件を起こしたような感覚が、どうしても消えなかった。
何にせよ、まずは中へ入らなければならない。
「ハリン、二人はここで少し待っていてください」
俺は声を潜め、営地の大門がある方向を指さした。
「しばらくして俺が門の前に現れたら、こちらへ来て合流してください」
「分かりましためぇ。ここで待っていますめぇ」
俺は頷き、営地の裏手にある林へ向かった。
壁を越える作業は、すでに慣れたものだった。
着地した時も、小さな鈍い音が一度しただけだ。
何列かの天幕の間を抜けていくと、操場から掛け声と木剣がぶつかり合う音が遠く聞こえてきた。
学生たちは、ちょうど訓練中らしい。
俺は様子を見に行かなかった。
姿勢を低くしたまま空き地を迂回し、足早に大門のほうへ向かう。
門へ近づけば近づくほど、俺の心は落ち着かなくなっていった。
さて、何と言えばいい?
もともとハリンと知り合いだったことにするか?
それとも、難民たちに祝福を施してもらうため、わざわざ人を通じて呼んだことにするか?
いっそ哀れっぽく頼み込み、門番に見逃してもらうほうがいいかもしれない。
こちらが十分に低姿勢なら、相手もそこまで厳しくはしないだろう。
はあ。
人に頼み事をするのは難しい。
剣でゴブリンを斬るより、よほど難しいではないか。
遠くから大門が見える位置まで来た時だった。
ライチェ主教が突然ハリンの手を振りほどき、そのまま訓練営の入口へ走り出した。
「止まれ!」
前後に並んで走ってくる二人を見て、門番の民兵はすぐに腕を伸ばして遮った。
そして相手の顔をよく見るなり、すぐに正体へ気づく。
「ハリン修女?どうしてライチェのあの狂人を連れて、民兵訓練営へ来たんだ?」
「こんにちはですめぇ!」
ハリンは慌ててライチェ主教を掴み、深く頭を下げた。
「はあ、はあ……ここに難民の方たちが来ていると聞いたので、祝福が必要な人がいないか、見に来たんですめぇ」
「確かに、営地には難民が一団来ている」
民兵は眉をひそめた。
口調には少し迷いがあったものの、前へ伸ばした腕は下ろさない。
「だが、ここは軍事管理区域だ。関係者以外は入れない」
もう一人の民兵は、さらに直接的だった。
「ハリン修女、ライチェをちゃんと見ていたほうがいいぞ。いつも勝手に走り回らせるな」
「でも……」
ハリンは何か言おうとした。
だが、どう頼めばいいのか分からないようだった。
「申し訳ありません。少しよろしいですか」
俺は慌てて歩み寄り、二人の民兵へできる限り自然な笑みを向けた。
「ハリン修女は、実は俺がお願いして来てもらったんです。営地には負傷者が何人かいます。煎じ薬は飲ませているのですが、なかなか傷が良くなりません」
俺はなるべく丁寧な口調で続けた。
「そこで、彼女に祝福を施してもらい、少しでも早く回復してもらおうと思ったのです。ゴブリン大軍はすでに双流城へ迫っています。傷や病を抱えたままでは、今後何かと不便も多いでしょう。どうかお二人には、事情を汲んでいただければと思います。よろしくお願いします」
そこまで言い終えた俺は、心の中で自分の説明にぎりぎりの合格点を与えた。
二人の民兵は俺の声に引かれ、そろって振り向いた。
そして、頭の先から足元まで俺を眺める。
「ハリン修女は、あなたが呼んだのか?」
一人が疑わしそうに尋ねた。
「あなたも営地の人間なのか?昼に人数を確認した時、見かけなかった気がするが」
「ああ、はは……」
一瞬、胸の内で慌てた。
だが表情はどうにか保つ。
「失礼しました。自己紹介が遅れましたね。俺はコロンと申します。以前負った傷がありまして、ずっと天幕の中で休んでいました。お二人が俺を見ていないのも当然でしょう」
今日一日、俺はずっと外を歩き回っていたのだ。
見かけていたら、そちらのほうがおかしい。
「そうなのか?いや、でも……」
先ほど質問した民兵は、まだ疑わしそうな顔をしていた。
だが言い終える前に、隣の仲間がその腕を掴み、少し離れた場所へ引っ張っていった。
「おい、お前は馬鹿か?あの人、自分をコロンだと言ったんだぞ!」
「聞こえてたよ。コロンがどうした――待て!」
その民兵は、突然大きく目を見開いた。
「レオナルドの師匠って、確かその名前じゃなかったか?」
「だからお前は馬鹿だって言ってるんだ!よく見ろ。年は俺たちとほとんど変わらない。腰には剣を差していて、本人も傷を負っている。あの人がコロン旦那様でなければ、他に誰だっていうんだ!」
「まずい、まずいぞ……さっきの俺の言い方、少し失礼じゃなかったか?恨まれたりしないよな?」
「ふん。普段から言葉遣いには気をつけろと、前から言っていただろ。ほら見ろ、こんなことになったじゃないか」
「じゃ、じゃあ俺はどうすればいい?」
「どうするも何もないだろ。あとで隙を見て、すぐに謝るんだ!」
二人の民兵は少し離れた場所で、早口に何やら囁き合っていた。
こちらには、途切れ途切れにいくつかの言葉が聞こえてくるだけで、事情はまったく分からない。
俺は不安になった。
まさか、本当に中へ入れるつもりがないのだろうか?
どうやら、もう少し頼み込む必要がありそうだ。
そう考え、俺はハリンへ安心させるように笑いかけた。
それから、二人の民兵へ歩み寄る。
「本当に申し訳ありません。どうか事情を汲んで――」
言い終える前に、二人のほうが先に走ってきた。
先ほどまでの厳しい表情は、跡形もなく消えていた。
代わりに浮かんでいるのは、満面の笑み。
どこか媚びるような雰囲気すらある。
「コロン旦那様、俺たちにそこまで丁寧に話していただく必要なんてありません!謝らなければならないのは、こちらのほうです!」
「そうです、そうです!ハリン修女を呼んだのが旦那様だと分かっていれば、最初からすぐにお通ししました!」
「ええ、先ほどの俺たちの態度は、あまりにも傲慢でした!どうかコロン旦那様、気になさらないでください!」
「全部、俺が悪かったんです!わざわざ旦那様ご本人に足を運ばせてしまうなんて、本当に申し訳ありません!」
二人は口々にそう言いながら、素早く大門を開いた。
ハリンとライチェ主教を中へ通す。
そのうち一人など、いそいそと前へ出て、自分からライチェ主教の腕を支えた。
まるで自分の父親を介助するかのように、ひどく慎重な手つきだった。
ハリンは驚きで目を丸くしていた。
視線を俺と二人の民兵の間で、何度も素早く行き来させる。
普段は傲慢で鼻持ちならない貴族の子弟たちが、どうしてコロンへこれほど恭しく接するのだろう?
彼は、自分のことを難民だと言っていたはずだ。
だが、いったいどこの難民が、このような待遇を受けられるというのか。
「コロン旦那様、こちらへどうぞ!」
一人の民兵が俺へ頭を下げ、案内しようと前へ出た。
「い、いえ。そこまでしていただかなくても大丈夫です。道は分かりますから」
「そんなわけにはいきません!旦那様をご案内できるなど、こちらからお願いしたいくらいです!」
「そ、そうですか。それでは、お願いします」
俺は引きつった笑みを浮かべ、二人の後ろについて歩き出した。
足取りだけは平静だった。
だが頭の中は、完全に混乱している。
この二人とは、間違いなく初対面だ。
以前に会ったことなど、一度もない。
それなのに、彼らの口ぶりは、まるで俺のことを昔からよく知っているかのようだった。
俺はふと、先ほど表示された騎士認定任務の達成通知を思い出した。
まさか、この二つの出来事には何か関係があるのだろうか?
くそっ。
俺がたった半日留守にしていただけで、この営地ではいったい何が起きたというのだ?