ゴブリンを甘く見るな!――元最強ギルドマスターの俺がゲーム序盤に転生、未来知識を武器に見習い傭兵から成り上がって王になるまで   作:窮北の風

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第8話 ゼス村への帰還

 カッセは、数日前のあのよく晴れた午後のことを、はっきりと覚えていた。

 

 ルクたちを連れてチカ町の冒険者ギルドへ行き、東側の掲示板で手頃な依頼を探していたときのことだ。受付係に案内されて、一人の若い男が自分の前まで連れて来られた。

 まだあどけなさの残る、気弱そうな青年だった。

 

 そいつは、自分にはエルフの血が流れていて、普通の見習い傭兵より体も頑丈だと何度も熱心に語っていた。だが、カッセはその言葉をほとんど本気にしていなかった。

 

 コロンみたいな青臭い若造は、王国の辺境に連なる山の中でも、今のチカ町でも、嫌というほど見てきたからだ。

 

 こういう片田舎育ちの若者は、たいてい吟遊詩人の歌う英雄譚に自分を重ねている。相手から銅貨を何枚か払って買っただけの「戦闘の秘伝書」とやらを適当に振り回し、ちょっと真似事をしただけで、自分にも冒険へ出る資格があると思い込む。

 

 そうして、魔王を倒すだの、姫を救うだのという夢を胸に、こっそり家を飛び出し、そのまま大陸中の森や秘境へ突っ込んでいく。

 

 そして、その九割以上は土へ還る。

 植物を育てる肥やしになるだけだ。

 

「職業者」。

 それは、すべての冒険者にとっての最終目標だった。

 

 ただ強さを証明する肩書きというだけじゃない。その称号があれば、周囲の誰もが理解する。この冒険者は、それで食っていけるだけの実力があるのだと。

 なにしろ、冒険者ギルドに出される高額報酬の依頼の大半は、本物の職業者にしか解放されない。

 

 だからこそ、正式な「職業者」の称号を得ることは、冒険者にとって何より重要であり、同時にとてつもなく難しいことでもあった。

 

 野外で生き残るための知識、魔物や動植物の見分け方、そういった技能を大量に身につける必要がある。だが、それ以上に必要なのは、圧倒的な実力だ。

 民兵あがりの自分みたいな古株ですら、レンジャー協会の職業認定には四回連続で落ちている。

 

 大都市の名家に生まれた貴族の子弟でさえ、家が大金をはたいて名の知れた職業者を雇い、小さい頃から厳しく鍛えられて、ようやく認定に手が届くくらいなんだ。

 

 それなのに、弓にすらろくに触れたこともなさそうなこの若造が、人を救う英雄になるつもりでいる。

 笑わせるにも程がある。

 

 まず鏡でも見て、自分に何ができるのか考えろ。

 

 ――当時のカッセは、心の中ではそう思っていた。

 だが、長年底辺を這い回って生きてきた経験が、とうに彼の棘を削り取っていた。だから顔には一切出さなかった。

 

 むしろ彼は、臨時隊員として自分の隊に加わることになったコロンを、妙に愛想よく迎え入れた。おまけに「大枚をはたいて」、町のいちばん東にあるスズメ酒場で蝙蝠肉炒飯まで奢ってやった。

 

 理由は単純だ。

 

 普段、自分たちが受ける程度の任務なら、三人の戦力だけで十分足りている。だがその一方で、雑用や使い走りをさせる要員は確かに欲しかった。

 

 それに、もし本当にどうにもならない事態が起きたとき、森の地形に不慣れな新人がいれば、逃げる時間を少しくらいは稼げるかもしれない。

 

 ところが、カッセの予想に反して、この荷馬代わりにしか見ていなかった若者が、思わぬ土産を持ち帰ってきた。

 ただ同然で戦利品を拾える、という土産を。

 

 任務が終わったら、余った銀貨で娘に布人形でも買ってやれるかもしれない。

 そう思うと、カッセの口元は自然と緩んだ。

 

 ……

 

 冒険者にとって、金貨や銀貨というものは、あらゆる行動を加速させる最高の触媒だ。

 

 だから、俺たちみたいな「ろくでなし」パーティーが、大きな利益の可能性を前にすると、驚くほどの行動力を見せた。

 

 わずか十分足らずで、三人は極めて単純な計画を立てた。

 今すぐ出発する!

 誰よりも早くゼス村へ到着する!

 

 それだけだ。

 

 同時に、今のコロンはろくに動けない状態だということも考慮され、荷物はひとまず全部ルクが背負うことになった。その代わりとして、半獣人は戦利品を二つまで優先的に選んでいいことになり、残りは全員で山分けするという話に落ち着いた。

 

 話がまとまると、俺たちはすぐゼス村へ向かった。

 

 夜の森は静かだった。

 聞こえるのは、俺たち冒険者パーティーの足音だけだ。

 

 俺は体が弱っているせいで、自然と隊のいちばん後ろに回されていた。だが、おかげでようやく、他人に気づかれずに動ける時間ができた。

 

 視線だけは前の仲間を追っているふりをしながら、意識は目の前に浮かぶ自分の属性画面へ向ける。

 

【名前:コロン】

【種族:人間】

【職業:見習い傭兵(Lv3)】

【経験値:3/20】

【筋力:3(6)】

【知力:1.5(3)+1】

【敏捷:2(4)】

【耐久:3(6)】

【天賦:無畏】

【技能:基礎剣術Lv1(4/10)、基礎格闘Lv1(6/10)、応急手当】

【スキルポイント:20】

 

「やっぱり予想通りだな……」

 

 衰弱の効果で各能力値が半減している以外に、二回のレベルアップによってスキルポイントも20点増えていた。

 ゲームと同じなら、このスキルポイントは技能のレベルアップに使える。

 

 たとえば今の俺が持っている《基礎剣術》や《基礎格闘》は、日頃の鍛錬や実戦で熟練度を積んで伸ばすこともできるし、スキルポイントを直接消費して、一気に引き上げることもできる。

 

 この仕組みは、序盤の生存率に直結する。

 

 Lv1の基礎剣術は、せいぜい剣を二年ほど習った一般人程度の腕前だ。だが、Lv2になると一気に質が変わる。戦場で場数を踏んだ古兵に近い感覚になる。

 実のところ、ゴブリンとのあの戦いで二度続けてレベルが上がってから、俺はずっとそのことが気にかかっていた。ただ、逃げることしか頭になくて、今まで確認する余裕がなかっただけだ。

 

「……いつものやり方でいくか。スキルポイントは温存して、必要になったら振ればいい」

 

 理屈では、それが正しいと分かっている。

 だが、指先を動かすだけで剣の腕が手に入る。そう思うほど、どうにも落ち着かない。

 またあの、力が一段跳ね上がる感覚を味わいたい。

 

 そんな欲がむくむくと湧いてきて、最後には俺は半ばむきになって、属性画面そのものを閉じた。

 

 見えなければ、少なくとも気にはならない。

 

「おい、坊主」

 

 俺がずっと黙っていたせいで、隊長のカッセは、俺がまだ不機嫌でいるとでも思ったらしい。

 わざと歩調を落とし、俺が横を通りかかったところで声をかけてきた。

 

「ルクとシモンズ、あいつらの事情を知ってるか?」

 

 俺は何も言わず、ただ反射的に首を横へ振った。

 すると意外なことに、カッセも肩をすくめた。

 

「実を言うと、俺も知らん」

 

 そこで一拍置いて、低い声で付け足す。

 

「ただ一つだけ分かってることがある。俺たちみたいな歳になっても、まだ命を張ってあちこち駆けずり回ってる奴はな……貧しいからそうしてるんだ」

「お前にはまだ家族もいない。女房も、子どももいない。ただ熱だけはあって、誇りだの正義だのを胸に抱えてる」

「だがな、熱意も誇りも、腹は満たしてくれない」

「だから、俺たちのやり方が冷たく見えたとしても、少しは分かってやってくれ。まあ、俺の言葉なんざ屁みたいなもんだと思っても構わん」

「それでも忠告しておく。少しは俺たちを見習って、金を貯めろ。たぶん、あとになって感謝する日が来る」

「隊長……俺、本当に分かってます。怒ってなんか――」

 

 そこまで言いかけて、俺の声は途切れた。

 

 なぜなら、その一瞬前だった。

 遠くの霧の向こうで、銀色の閃きが走ったのを、この目ではっきり見たからだ。

 その光は薄い靄を切り裂くように飛び、次の瞬間にはドワーフのシモンズの脇まで到達していた。

 

 そして、ぷすっ、と湿った音がした。

 矢か、あるいは細い投槍か。

 それはそのまま、シモンズの右肩へ深々と突き刺さった。

 

 ドワーフの体がぐらりと傾き、そのまま分厚く積もった枯れ葉の中へ、棒みたいにまっすぐ倒れ込む。

 

「待ち伏せだ!!!」

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