ゴブリンを甘く見るな!――元最強ギルドマスターの俺がゲーム序盤に転生、未来知識を武器に見習い傭兵から成り上がって王になるまで 作:窮北の風
カッセは、数日前のあのよく晴れた午後のことを、はっきりと覚えていた。
ルクたちを連れてチカ町の冒険者ギルドへ行き、東側の掲示板で手頃な依頼を探していたときのことだ。受付係に案内されて、一人の若い男が自分の前まで連れて来られた。
まだあどけなさの残る、気弱そうな青年だった。
そいつは、自分にはエルフの血が流れていて、普通の見習い傭兵より体も頑丈だと何度も熱心に語っていた。だが、カッセはその言葉をほとんど本気にしていなかった。
コロンみたいな青臭い若造は、王国の辺境に連なる山の中でも、今のチカ町でも、嫌というほど見てきたからだ。
こういう片田舎育ちの若者は、たいてい吟遊詩人の歌う英雄譚に自分を重ねている。相手から銅貨を何枚か払って買っただけの「戦闘の秘伝書」とやらを適当に振り回し、ちょっと真似事をしただけで、自分にも冒険へ出る資格があると思い込む。
そうして、魔王を倒すだの、姫を救うだのという夢を胸に、こっそり家を飛び出し、そのまま大陸中の森や秘境へ突っ込んでいく。
そして、その九割以上は土へ還る。
植物を育てる肥やしになるだけだ。
「職業者」。
それは、すべての冒険者にとっての最終目標だった。
ただ強さを証明する肩書きというだけじゃない。その称号があれば、周囲の誰もが理解する。この冒険者は、それで食っていけるだけの実力があるのだと。
なにしろ、冒険者ギルドに出される高額報酬の依頼の大半は、本物の職業者にしか解放されない。
だからこそ、正式な「職業者」の称号を得ることは、冒険者にとって何より重要であり、同時にとてつもなく難しいことでもあった。
野外で生き残るための知識、魔物や動植物の見分け方、そういった技能を大量に身につける必要がある。だが、それ以上に必要なのは、圧倒的な実力だ。
民兵あがりの自分みたいな古株ですら、レンジャー協会の職業認定には四回連続で落ちている。
大都市の名家に生まれた貴族の子弟でさえ、家が大金をはたいて名の知れた職業者を雇い、小さい頃から厳しく鍛えられて、ようやく認定に手が届くくらいなんだ。
それなのに、弓にすらろくに触れたこともなさそうなこの若造が、人を救う英雄になるつもりでいる。
笑わせるにも程がある。
まず鏡でも見て、自分に何ができるのか考えろ。
――当時のカッセは、心の中ではそう思っていた。
だが、長年底辺を這い回って生きてきた経験が、とうに彼の棘を削り取っていた。だから顔には一切出さなかった。
むしろ彼は、臨時隊員として自分の隊に加わることになったコロンを、妙に愛想よく迎え入れた。おまけに「大枚をはたいて」、町のいちばん東にあるスズメ酒場で蝙蝠肉炒飯まで奢ってやった。
理由は単純だ。
普段、自分たちが受ける程度の任務なら、三人の戦力だけで十分足りている。だがその一方で、雑用や使い走りをさせる要員は確かに欲しかった。
それに、もし本当にどうにもならない事態が起きたとき、森の地形に不慣れな新人がいれば、逃げる時間を少しくらいは稼げるかもしれない。
ところが、カッセの予想に反して、この荷馬代わりにしか見ていなかった若者が、思わぬ土産を持ち帰ってきた。
ただ同然で戦利品を拾える、という土産を。
任務が終わったら、余った銀貨で娘に布人形でも買ってやれるかもしれない。
そう思うと、カッセの口元は自然と緩んだ。
……
冒険者にとって、金貨や銀貨というものは、あらゆる行動を加速させる最高の触媒だ。
だから、俺たちみたいな「ろくでなし」パーティーが、大きな利益の可能性を前にすると、驚くほどの行動力を見せた。
わずか十分足らずで、三人は極めて単純な計画を立てた。
今すぐ出発する!
誰よりも早くゼス村へ到着する!
それだけだ。
同時に、今のコロンはろくに動けない状態だということも考慮され、荷物はひとまず全部ルクが背負うことになった。その代わりとして、半獣人は戦利品を二つまで優先的に選んでいいことになり、残りは全員で山分けするという話に落ち着いた。
話がまとまると、俺たちはすぐゼス村へ向かった。
夜の森は静かだった。
聞こえるのは、俺たち冒険者パーティーの足音だけだ。
俺は体が弱っているせいで、自然と隊のいちばん後ろに回されていた。だが、おかげでようやく、他人に気づかれずに動ける時間ができた。
視線だけは前の仲間を追っているふりをしながら、意識は目の前に浮かぶ自分の属性画面へ向ける。
【名前:コロン】
【種族:人間】
【職業:見習い傭兵(Lv3)】
【経験値:3/20】
【筋力:3(6)】
【知力:1.5(3)+1】
【敏捷:2(4)】
【耐久:3(6)】
【天賦:無畏】
【技能:基礎剣術Lv1(4/10)、基礎格闘Lv1(6/10)、応急手当】
【スキルポイント:20】
「やっぱり予想通りだな……」
衰弱の効果で各能力値が半減している以外に、二回のレベルアップによってスキルポイントも20点増えていた。
ゲームと同じなら、このスキルポイントは技能のレベルアップに使える。
たとえば今の俺が持っている《基礎剣術》や《基礎格闘》は、日頃の鍛錬や実戦で熟練度を積んで伸ばすこともできるし、スキルポイントを直接消費して、一気に引き上げることもできる。
この仕組みは、序盤の生存率に直結する。
Lv1の基礎剣術は、せいぜい剣を二年ほど習った一般人程度の腕前だ。だが、Lv2になると一気に質が変わる。戦場で場数を踏んだ古兵に近い感覚になる。
実のところ、ゴブリンとのあの戦いで二度続けてレベルが上がってから、俺はずっとそのことが気にかかっていた。ただ、逃げることしか頭になくて、今まで確認する余裕がなかっただけだ。
「……いつものやり方でいくか。スキルポイントは温存して、必要になったら振ればいい」
理屈では、それが正しいと分かっている。
だが、指先を動かすだけで剣の腕が手に入る。そう思うほど、どうにも落ち着かない。
またあの、力が一段跳ね上がる感覚を味わいたい。
そんな欲がむくむくと湧いてきて、最後には俺は半ばむきになって、属性画面そのものを閉じた。
見えなければ、少なくとも気にはならない。
「おい、坊主」
俺がずっと黙っていたせいで、隊長のカッセは、俺がまだ不機嫌でいるとでも思ったらしい。
わざと歩調を落とし、俺が横を通りかかったところで声をかけてきた。
「ルクとシモンズ、あいつらの事情を知ってるか?」
俺は何も言わず、ただ反射的に首を横へ振った。
すると意外なことに、カッセも肩をすくめた。
「実を言うと、俺も知らん」
そこで一拍置いて、低い声で付け足す。
「ただ一つだけ分かってることがある。俺たちみたいな歳になっても、まだ命を張ってあちこち駆けずり回ってる奴はな……貧しいからそうしてるんだ」
「お前にはまだ家族もいない。女房も、子どももいない。ただ熱だけはあって、誇りだの正義だのを胸に抱えてる」
「だがな、熱意も誇りも、腹は満たしてくれない」
「だから、俺たちのやり方が冷たく見えたとしても、少しは分かってやってくれ。まあ、俺の言葉なんざ屁みたいなもんだと思っても構わん」
「それでも忠告しておく。少しは俺たちを見習って、金を貯めろ。たぶん、あとになって感謝する日が来る」
「隊長……俺、本当に分かってます。怒ってなんか――」
そこまで言いかけて、俺の声は途切れた。
なぜなら、その一瞬前だった。
遠くの霧の向こうで、銀色の閃きが走ったのを、この目ではっきり見たからだ。
その光は薄い靄を切り裂くように飛び、次の瞬間にはドワーフのシモンズの脇まで到達していた。
そして、ぷすっ、と湿った音がした。
矢か、あるいは細い投槍か。
それはそのまま、シモンズの右肩へ深々と突き刺さった。
ドワーフの体がぐらりと傾き、そのまま分厚く積もった枯れ葉の中へ、棒みたいにまっすぐ倒れ込む。
「待ち伏せだ!!!」