最強ギルドマスターは十年前のゲーム世界に転生した 〜未来知識だけを武器に、見習い傭兵から王座を目指す〜 作:窮北の風
『ダグ? もう戻ってきたのですか?』
俺は胸の内でそう思い、すぐに身体を回した。
そしてオリアンへ目配せする。
オリアンはわずかに頷き、何食わぬ顔で俺の後ろについてきた。
営地の門まで来ると、ダグは柵の外で行ったり来たりしながら待っていた。
俺の姿を見るなり、その顔には隠しきれない興奮が浮かぶ。
彼は小走りでこちらへ迎えに来た。
「コロン旦那様、ご命じられていた件ですが――」
そこでダグの声が、不意に喉で詰まった。
警戒するような目で、俺の背後にいるオリアンをちらりと見る。
「ああ、そのまま話して大丈夫です」
俺は軽く手を振り、身体を少し横へずらしてオリアンを示した。
「こちらはオリアン。一環魔法師であり、俺の従僕です。今後、俺に関することは彼の前で話して構いません。隠す必要はありません」
オリアンは何も言わなかった。
ただ、わずかに顎を上げ、唇を一直線に結んでいる。
しかし、口元がほんの少し吊り上がっているのを見る限り、本人はかなり気分がよさそうだった。
ダグはその言葉を聞き、オリアンの胸元にある六芒星徽章へしばらく目を留めた。
瞳の奥に、畏敬の色がよぎる。
そしてすぐ、懐からきちんと折り畳まれた羊皮紙を取り出し、両手で差し出してきた。
「旦那様、今朝ご指示いただいた件ですが、手がかりが見つかりました」
彼はそう言いながら、その紙を指で軽く叩いた。
「『あまり権勢を持たない』という条件に当てはまる貴族を、この中にまとめてあります。全部で八家です」
「八家?」
俺は羊皮紙を受け取り、上から下まで目を通した。
そこには各家の姓、住所、おおよその財産状況、そして背景が記されている。
字は多少歪んでいたが、内容は整理されていた。
かなり手間をかけて調べたことが分かる。
だが、双流城《トゥー・リバーズ・シティ》全体には二十万を超える人口がいる。
それなのに、条件に合う貴族が最後にこれだけしか残らないなど、あり得るのだろうか。
「漏れはありませんか?」
俺は顔を上げ、眉を寄せてダグを見た。
「旦那様はご存じないかもしれませんが、以前の双流城には落ちぶれた貴族がそれなりにいたんです。少なくとも二十家ほどはありました」
ダグは少し気まずそうに手を擦り合わせ、腰を低くして説明した。
「ですがこのところ、ゴブリン大軍が国境へ迫っているという噂が広まりすぎましてね。少しでも余裕のある家は、とっくに北へ逃げています。今残っているのは、全財産が双流城の屋敷や土地に縛られていて、どうしても捨てられない家か、あるいは――」
「旅費すら出せないほど貧しい家、ということですね」
俺は彼の言葉の続きを引き取った。
ダグは苦笑し、頷いた。
「おっしゃるとおりです、旦那様」
俺は羊皮紙を折り直し、指先に挟んだ。
表情にはあまり出さなかったが、胸の内では素早く計算していた。
この名簿を集めさせた目的は、騎士職業認定任務の第一項目――『正当なる名分』を達成するためだ。
つまり、少なくとも三名の貴族に、俺が貴族身分を有していると証明してもらう必要がある。
城外で虎視眈々と機を窺うゴブリン大軍。
そして、城内にいる底知れない城主。
どちらも今の俺に、背中へ刃を突きつけられているような危機感を与えていた。
できるだけ早く実力を高めなければならない。
だからこそ、俺はこの抜け道を思いついたのだ。
身分はあっても立場の弱い貴族を探し出し、取引によって、俺のために保証人となってもらう。
そして法的効力を持つ身分証明書を作成してもらう。
ゲーム内でも、これはかなり抜け道じみた方法だった。
決して正々堂々とは言えない。
しかし、今の俺が思いつく中では、最もよく、最も早い方法でもある。
八家しかないのは少ない。
だが、十分でもあった。
そのうち三家を説得できれば、任務は大きく前へ進む。
「よくやってくれました」
俺は羊皮紙を懐へ収め、ダグへ頷いた。
「これほど短い時間で、この名簿を手に入れてくれたのです。苦労をかけました」
「旦那様、とんでもありません! 旦那様のお役に立てることこそ、私の幸運です!」
ダグの目がぱっと輝いた。
それから彼は羊皮紙のほうを指し、補足する。
「あ、そうだ、旦那様。名簿の順番ですが、私が家の困窮具合に合わせて、貧しい順に並べてあります。もし本当に彼らへ用事を頼むなら、まずは一番苦しい家から当たるとよいかと」
「なるほど。俺も同じことを考えていました」
俺は少し驚いてダグを見た。
まさか、こちらの目的をある程度察していたとは思わなかった。
さすがは、長年底辺で揉まれてきた人間だ。
細かなところまでよく気が回る。
「行きましょう」
俺は名簿をきちんと折り、ダグとオリアンに声をかけた。
「急いだほうがいい。今から一軒目へ向かいます」
ダグは慌てて頷き、いそいそと前へ出て道案内を始めた。
オリアンは俺の横につき、指先で魔杖入れの金具を軽く叩いている。
いつでもご主人様のために働く準備はできている、という姿勢だった。
だが、俺たち三人がちょうど営地の大門を出ようとした時。
一つの人影が緊張した様子で横へ踏み出し、俺たちの前を塞いだ。
「お、お待ちください!」
道を遮ったのは、若い民兵だった。
年はまだ若く、顔は丸い。
せいぜい十八、九歳といったところだろう。
彼は顔を真っ赤にし、二本の眉をぎゅっと寄せている。
まるで大変な勇気を振り絞って、ようやく俺の前に立ったようだった。
「あの……コロン旦那様……」
彼の声はだんだん小さくなり、最後には蚊の鳴くような音になった。
「規則では、旦那様は現在、難民の身分ですので、しばらくは勝手に営地を離れることができません。わ、私も命令で動いているだけでして、本当に申し訳ありません――」
俺は一瞬呆気に取られた。
そこでようやく思い出す。
そうだ。
俺がまだ難民扱いであることを、すっかり忘れていた。
「すみません、すみません」
俺は少し悔しさを覚えながら、自分の額を軽く叩いた。
そのまま踵を返し、別の方法を考えようとする。
やはり壁を越えるしかないか。
一度やったことなら、二度目も難しくはない。
そう考えた、その時だった。
もう一人の見張りの民兵が、足早に近づいてきた。
年は二十歳を少し過ぎたくらいだろう。
顎が尖っており、丸顔の少年よりはいくらか老成して見える。
彼は何も言わず、いきなり手を上げた。
そして丸顔の少年の後頭部を、ぱしんと叩く。
乾いた音が響いた。
「お前、ここで何を勝手に止めているんだ!」
尖った顎の民兵は、凶悪な顔で叱りつけた。
「誰がコロン旦那様を見たっていうんだ? 俺には見えないぞ?」
彼はそう言いながら、必死に仲間へ目配せしている。
目玉が飛び出しそうなほどだった。
すぐに彼は顔を上げ、何事もなかったように空を見上げる。
そして、わざとらしいほど軽い口調で大声を出した。
「いやあ、今日の雲は実に綺麗だなあ。お前、コロン旦那様を見たか? 少なくとも俺は、誰かが営地を出入りするところなんて見ていないぞ。お前も見ていないよな?」
丸顔の少年は後頭部を押さえながら、最初はぽかんと仲間を見ていた。
だが、ようやく意味を理解したらしい。
激しく首を横に振る。
まるで太鼓のばちのような勢いだった。
「そ、そうです! 見ていません! 私たちは何も見ていません! この大門の前は、昼から今まで、人影一つありませんでした!」
尖った顎の民兵は満足げに頷いた。
そのまま空を見上げ続けている。
姿勢は悠然としており、まるで民兵訓練営の門番ではなく、ただ空を眺めているだけの人間のようだった。
ただし、背中に回した片手だけが、小さくこちらへ振られていた。
早く行け、という意味だ。
俺は思わず口元を緩めた。
二人の民兵の背中へ、わずかに頷く。
それ以上、余計な言葉は一切口にしなかった。
俺はオリアンとダグを連れ、足早に営地の大門を出る。
背後から、丸顔の少年が声を潜めきれないまま、緊張と不満を混ぜたように呟くのが聞こえてきた。
「さっき、どうして叩いたんですか。私だってコロン旦那様のことを知らないわけじゃないのに……」
「馬鹿者!!俺はお前のためを思ってやったんだ。お前の姉さんの顔を立てていなければ、俺だってわざわざ面倒は見ないぞ……」