最強ギルドマスターは十年前のゲーム世界に転生した 〜未来知識だけを武器に、見習い傭兵から王座を目指す〜   作:窮北の風

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第87話 あなたが発明者ですか?

「コロン旦那様、本当に作れたんですか!?」

 ジャックとラムは同時に鼻を鳴らすように香りを嗅ぎ、それから互いに顔を見合わせた。

 

 その目には、今にも溢れ出しそうなほどの驚きが浮かんでいる。

 ダグは酒のことなど分からない。

 だが、この香りが何を意味しているのかは、さすがに理解できたらしい。

 固く握り締めていた拳が、少しずつほどけていく。

 掌はすでに汗でびっしょりだった。

 それでも口元は、自分でも抑えられないほど耳元まで吊り上がっていた。

 

 一方、アシュビー男爵の顔色は、また別の意味で見ものだった。

 丁寧に整えられた二本の口髭が、激しく震えている。

 何かを言おうとしているようだったが、口を開いたまま、しばらく一文字も吐き出せなかった。

 

「……本当に、こうやって作るのか?」

 彼は勢いよくウェバー先生へ顔を向け、声を潜めて尋ねた。

 

 ウェバー先生は答えなかった。

 その目は、蒸留器の出口に伸びる細いガラス管を、死んだように見つめている。

 額からは豆粒ほどの汗が一つ、また一つと転がり落ち、花白い鬢を伝って長袍の襟元へ染み込んでいった。

 

 時には、沈黙のほうが言葉よりも正直だ。

 

「ウェバー先生?私は聞いているのです。この酒は、本当にこうやって作るものなのですか?」

 アシュビー男爵の声が、さらに少し高くなった。

 

 ウェバー先生の全身がびくりと震える。

 まるで、茫然自失の中から急に引き戻されたようだった。

 彼は慌てて額を拭い、無理やり硬い笑みを作る。

「ま、前半の手順については、この小僧がいくらか偶然当てただけだ」

「だが、酒はまだ完成しておらん。最後にできあがるものがどんな味になるかなど、誰にも分からん」

「今の段階で成功などと言うには、まだ早すぎる」

 

 そう言いながらも、彼の身体は自分でも抑えきれないように半歩後ろへ下がった。

 

 俺は作業台の前へ進み、蒸留を終えた収集瓶を外した。

 それを燭光にかざして眺める。

 瓶の中の酒液は、わずかに黄色を帯びた透明色をしていた。

 火竜の涙特有の、あの翠緑で透き通った姿には、まだ最も重要な一手が足りない。

 

「実を言えば、ここまで来れば、この酒は八割方完成しています」

 俺は身体を向け、ウェバー先生の顔へ視線を落とした。

「あとは最後の一歩だけです」

 

 俺は薬棚の前へ歩き、格子の中から月歌草を三本取り出した。

 

 その草薬の葉は三日月の形をしている。

 表面には銀白色の細かな綿毛が覆い、燭光の下で淡い蛍光を帯びていた。

 ロニクス王国南部にしか生えない、独特の草薬だ。

 

 俺は三本の月歌草を乳鉢へ入れ、丁寧にすり潰していった。

 しばらくすると、鉢の底に墨緑色の汁液が小さく溜まる。

 蜂蜜のように濃く、清冷でわずかに渋みを含んだ草木の香りを放っていた。

 

 俺は乳鉢を持ち上げ、その墨緑色の汁液を、淡黄色の酒液が入った瓶へゆっくりと注ぎ込む。

 次の瞬間――

 かき混ぜてもいない。

 再び熱を加えたわけでもない。

 それなのに、酒液はまるで内側から何かの力に火を灯されたかのように、中心から外へ向かって急速に色を変えていった。

 

 浅い黄色から淡い緑へ。

 そして、淡い緑から少しずつ沈むように、翡翠めいた碧緑へ。

 燭光の下で、瓶全体が、溶かされてから再び固められた緑宝石のように輝いていた。

 透き通っていて、濁りは一筋もない。

 

 俺は酒瓶をゆっくりと卓上へ置いた。

 それから、ウェバー先生のほうへ軽く押し出す。

「どうぞ、ウェバー先生」

 

 ウェバー先生の唇が激しく震えていた。

 何かを言おうとしているようだったが、喉からはまともな音節一つ絞り出せない。

 手の中の空の酒杯も滑り落ち、どん、という音を立てて絨毯の上へ転がった。

 続いて、彼自身も全身の力を抜き取られたように、ぐったりと椅子へ崩れ落ちる。

 

 誰も何も言わなかった。

 だが、周囲の複雑に変わった視線を見れば、その場にいる全員がすでに答えを得ていることは明らかだった。

 

「ははっ!」

 最初に前へ出たのはトール男爵だった。

 彼は多くを尋ねず、執事に新しい清潔なガラス杯を持ってこさせた。

 そこへ新しくできた酒を小半杯ほど注ぎ、唇へ運んで一口含む。

 そして、目を閉じた。

 しばらくして、トール男爵は再び目を開け、長く息を吐いた。

「同じだ」

 

 その声は大きくなかった。

 しかし、工房全体にはっきりと届いた。

 

「ウェバー先生が持ってきた試供品と、味はまったく同じだ」

 

 ジャックとラムが同時に歓声を上げた。

 執事も真っ先に拍手を始める。

 次の瞬間、工房全体が拍手に包まれた。

 

 最後に味を確かめたのは、アシュビー男爵だった。

 彼は酒杯を持ち上げ、一口だけ含む。

 その後、何も言わず、ただ鉄のように青ざめた顔で杯を卓上へ戻した。

 

 俺はその時、改めて酒瓶を持ち上げ、軽く揺らした。

 碧緑の酒液が瓶の内側に浅い酒痕を残す。

 香りも、揺れに合わせてさらに濃くなった。

 

「この酒は、大半の酒とは違います」

 俺は静かに口を開いた。

 まるで、ごく基礎的な知識を説明しているかのような口調だった。

「熟成を必要としません。むしろ、作り終えた直後こそが最も味わい深い時期です。置いておく時間が長くなるほど、あの爆ぜるような口当たりは少しずつ薄れていく」

 俺は椅子の中でぐったりしているウェバー先生へ顔を向けた。

「この点については、ウェバー先生もよくご存じのはずです。ただ、おそらく自分から皆様へ教えることはなかったでしょうが」

 

 それを聞いた執事は、慌てて俺の前へ寄ってきた。

 顔いっぱいに愛想のよい笑みを浮かべ、恭しく頭を下げる。

「コロン旦那様。この酒の製法にまで、これほど精通しておられるとは。もしや、樅郡《もみぐん》にもご親戚がいらっしゃるのでしょうか?それとも、この酒を発明なさったウェバー先生と、同じ師に学ばれたことがあるのでしょうか?」

 

「同じ師?」

 俺は酒瓶を置き、ウェバー先生を一瞥してから、首を横に振った。

「いいえ。火竜の涙は、樅郡で発明された酒ではありません。そして、このウェバー先生も、そもそも発明者ではない」

 

 拍手が、ぴたりと止まった。

 工房全体が死んだように静まり返る。

 ウェバー先生が勢いよく顔を上げた。

 その顔色は、一瞬で灰白色に変わっている。

 

「き、君は……何を言っている?」

 アシュビー男爵は衝撃を受けた顔で俺を見た。

 その表情から察するに、彼もこの酒の本当の来歴までは知らなかったのだろう。

 

「火竜の涙の歴史は、皆様が知っているものより、はるかに古い」

 俺はその場にいる者たちを順に見回した。

 最後に、すでに焦点が少し揺らぎ始めているウェバー先生の目へ視線を止める。

「最初の製法は、人間の手によるものではありません。地底ドワーフ族によって生み出されたものです。ドワーフは火を扱うことに長けている。彼らが造る酒もまた同じでした」

「口に含めば溶岩のようであり、余韻は煙塵のようだった」

「その後、この製法は上古エルフ国へ伝わりました。エルフ族の酒造師たちは月歌草の汁液を用い、ドワーフ烈酒に含まれる過度に荒々しい火の性質を和らげた」

「そうしてようやく、今のように、先に涼しさが来て、後から熱が立ち上がり、口に含んだ瞬間に爆ぜる独特の味わいが生まれたのです」

 

 俺は酒瓶を卓上へ戻した。

 瓶底が木の天板に触れ、澄んだ軽い音を立てる。

「ただ、あまりにも長い年月が流れたため、この歴史はすでに世の人々から忘れ去られている。今になって、誰かが古籍の残巻から偶然欠けた製法を見つけ、それを少し再現しただけで発明者を名乗る」

「なるほど、確かに悪くない商売です」

 

「でたらめを言うな!」

 ウェバー先生が勢いよく椅子から立ち上がった。

 椅子の脚が床の上を大きく滑り、耳障りな摩擦音を立てる。

「認めよう。先ほどまで、私はお前を侮っていた!お前が酒を造れることは否定せん!だが、今の歴史とやらは完全な出まかせだ!」

「私こそが火竜の涙の発明者だ!当家には、王国より発行された製法特許状もある!お前に何が――」

 

「そこまで言い張るのなら」

 俺は身体を向け、彼の充血した目を静かに見つめた。

「ただ、あなたが見聞が狭いだったというだけです」

 

 ウェバー先生は口を開けたまま、後半の言葉を喉に詰まらせた。

 

「なぜ俺が、ここまで断言できるのか……」

 俺は一度言葉を切り、卓上に残っていた半瓶の緑色の酒液を持ち上げた。

 その場にいる全員の視線が、俺の手元へ集まる。

「それは――俺が、本物の火竜の涙を醸せるからです」

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