ゴブリンを甘く見るな!――元最強ギルドマスターの俺がゲーム序盤に転生、未来知識を武器に見習い傭兵から成り上がって王になるまで 作:窮北の風
「待ち伏せだ!!!」
ドワーフのシモンズが倒れ込むのとほぼ同時に上げた絶叫が、まだ森の中に響いていた、その直後だった。
少し離れた森の奥で、四つの蒼白い火がぼうっと灯った。
続いて、薄霧の中から四体の骸骨がゆっくりと姿を現す。手には農具を握り、身にはぼろぼろの布服をまとっていた。骨の擦れ合うカタカタという音を鳴らしながら、一歩、また一歩とこちらへ迫ってくる。
その特徴的な姿を見た瞬間、俺は相手の正体を見抜いた。
――スケルトン兵だ。
まあ、分からないはずがない。
こんなアンデッド族の低級雑兵なら、俺にとっては見飽きるほど馴染み深い相手だったからだ。昔、ゲームをやっていた頃は、Lv1からLv10までの大半の経験値を、こいつらを狩って稼いでいたくらいだしな。
こいつらは見た目の不気味さと、そこそこ強い膂力こそ持っているが、致命的な弱点もはっきりしている。
動きが鈍いこと。
ほぼ本能だけで動いていること。
判断力に欠けること。
そういう理由もあって、ゲームプレイヤーたちはたいてい、この手の鈍重な“的”を好んで狩った。連中はよく、「歩く経験値」なんて呼ばれていたものだ。
だが、こうしたアンデッドやスケルトン兵に関する知識は、今の時代の人間に知られているはずがない。
なにしろ、アンデッド族が本格的に人々の前に姿を現すのは、六年後――第二次シャープピーク戦争の時代に入ってからのことだからだ。
だからこそ、初めてアンデッドを目にした人間がどんな反応を見せるかといえば、それはまさに、今の隊長カッセの様子そのものだった。
顔色は真っ青にこわばり、手にした狩猟弓はわずかに震えている。
長年戦ってきた本能からか、右手は無意識に矢を取り出していた。だが、何度やっても、矢をうまく弦に番えることができない。
もっとも近い位置にいたルクなど、さらにひどかった。
相手より頭半分も大きい図体をしているくせに、腰が引けて後ずさりし、両手斧を盾みたいに胸の前へ構えている。その縮こまった様子では、戦闘力の一割も出せていないだろう。
それも当然だ。
人間にとって、未知への恐怖ほど厄介な敵はない。
その点、アンデッドは生まれつきその弱点を持たない。恐怖を克服しているどころか、あいつら自身が恐怖の源なんだ。
一体一体が、最も忠実な兵士になれる。迷いもなければ、考える必要すらない。ただ命令に従うだけでいい。
森の中には、荒い息を呑む音だけが断続的に響いていた。
青白い光を眼窩に揺らめかせた四体のスケルトン兵は、目の前の冒険者たちの蒼白な顔を見て、それを愉しんでいるようにさえ見える。
だが、そのときだった。
その場に似つかわしくない、余計な声が響いた。
「ルク!その両手斧は飾りか!?何を待ってる!」
じりじりと後退していたルクは、その声にびくりと足を止めた。
聞き覚えがあった。
その声の主は、自分たちがさっきまで足手まとい扱いしていた、あの若造――コロンだったからだ。
だが、ルクが振り向くより早く、さらに次の声が飛ぶ。
今度の声は落ち着いていて、ぶれがない。
静かで、断定的で、妙に人を従わせる自信がこもっていた。
「斧を握り直せ。柄で打ってから、横薙ぎだ!」
勇気っていうのは、案外ちょっとした合図で火がつくものだ。
生きるか死ぬかの場面では、たった一言、ほんのわずかなきっかけだけで、人間は驚くほどの力を絞り出せる。
ルクの肩が、びくっと震えた。
さっきまで力なく垂れていた筋肉が、急に使い方を思い出したみたいに張りを取り戻す。
次の瞬間、本人は半ば反射で動いていた。
一歩踏み込み、腕を伸ばし、目をぎゅっと閉じたまま、両手斧の柄頭を真正面のスケルトン兵の胸骨へ思い切り叩きつける。
ガラガラッ!
その一撃を受けたスケルトン兵の全身の骨が派手に鳴り、二歩ほどよろめいて後ろへ下がった。
そして、その二歩分の後退が、ルクの前にちょうど一人分の空間を作った。
目を閉じたままのルクは、その隙間へぴたりと体を合わせるように腰をひねる。
そのまま、手にした両手斧を半円を描くように振り抜いた。
遠心力を乗せた、恐ろしくきれいな横薙ぎだった。
ドガッ!ドガッ!ドガッ!
三つの重い音が立て続けに響く。
残る三体のスケルトン兵が、その一撃でまとめて吹き飛ばされた。
場が、一瞬で静まり返る。
普段は落ち着き払っている隊長カッセですら、口を半開きにして呆然としていた。あの不器用なルクが、あんな見事な反撃をするなんて、どうしても信じられなかったんだろう。
だが、すぐに彼は我に返った。
そして視線を、最初から最後まで冷静さを失わなかった少年――俺のほうへ向けてくる。
まるで、見知らぬ人間を見るような目だった。
「やるじゃねえか、ルク!」
その隙を突いたみたいに、さっきまでぴくりとも動かなかったシモンズが、いきなり草むらから飛び起きた。
肩にはまだ矢が刺さったままだというのに、声だけはやたら元気だ。
「ひゅーっ!今の見たか!?お前、意外とできるじゃねえか!」
ルクはその声でようやく目を開けた。
地面に散らばった骨をちゃんと確認してから、ぶるぶる震えつつ振り返り、シモンズへ親指を立てて見せる。
ただし本人は気づいていないだろうが、股間はもうかなり派手に濡れていた。
だが、俺はそんなことを気にしている余裕はなかった。
視線は、もっと奥――暗い森の中へ向いていた。
たしかに今のところ、状況はこちらが押しているように見える。
だが、最初に矢を放った敵はまだ姿を現していない。
それに、ゲーム時代の知識が正しいなら、さっき地面へ吹き飛ばされた四体のスケルトン兵も、まだ完全には倒せていないはずだ。
ゲームの中で、墓地から召喚されたスケルトン兵が本当に死ぬときは、全身の骨がその場で灰になって崩れる。
今みたいに、ただばらばらに散らばって終わるわけじゃない。
「みんな!まだ安心するな!戦いは終わってない!」
「はぁ!?まだ終わってねえのかよ!?」
いちばん早く反応したのはシモンズだった。
情けない悲鳴を上げると、肩の傷を押さえながら、またすぐ草むらへ転がり込む。
一方のルクは、さっきより少しだけ落ち着きを取り戻していた。
たぶん、十六分の一だか何だかの獣人の血が、ちょっとは役に立ったんだろう。
両手斧をぎゅっと握りしめたまま、血走った目で周囲を見回している。
わずかに伸びた犬歯。
明らかに膨張し、赤みを帯びた筋肉。
その様子から見て、この半獣人は今、何らかの戦闘状態へ入りつつあるらしい。
そして隊長カッセも、すでに元の沈着な中年男に戻っていた。
俺が叫んだ、そのほぼ同時だった。
彼は長弓を背へ回し、両手両足を使って、背後の太いオークの木へ驚くほど素早く登り始める。
引き締まった体が枝葉の陰へ消える直前、こちらに向かって「上を取る」とでも言いたげな手振りを見せた。
言うまでもなく、あいつも気づいたんだ。
敵はまだ全滅していない。
少なくとも、姿を見せていない弓兵が一人、暗闇に潜んでいる。
「ルク!今のうちに、その斧でスケルトンどもの頭蓋を砕け!」
俺は続けて、次の指示を飛ばした。
別に、自分で加勢したくないわけじゃない。
ただ、今の俺の体は戦闘に向いていない。
無理に前へ出て足を引っ張るくらいなら、自分がいちばん役に立てるやり方を取るべきだ。
ルクは俺の声を聞くと、ためらいなく両手斧を振り上げ、地面に転がるスケルトン兵の頭蓋へ叩きつけようとした。
その動きは驚くほど滑らかだった。
さっきまでの情けない姿とは、まるで別人だ。
今のルクにとって、スケルトン兵はもう「見た目が不気味なだけの相手」に変わりつつあった。実際にぶつかってみれば、思ったほど強くない――そう理解したんだろう。
だが、冷たく光る斧刃が頭蓋へ落ちる、その直前だった。
十数歩先の一本の木の幹の脇に、またしても蒼い火が二つ――眼窩の奥で燃える炎のような光が、ふっと現れた。