六神将のお世話係   作:俺は悪くねぇ!

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鮮血と僕の雑談

 ■月×日 天候:嵐(アッシュの機嫌とどっちが荒れてるかな?)

 

 今日はアッシュについて書き記しておこう。

 

 彼の生い立ちを考えると胸が締め付けられる。彼の人生が、いや六神将の皆にも言えるのが何かを失っているということ。

 アッシュは家族を友人を愛した人を居場所を、全てを奪われた人間だ。

 最初はなぜ奪った側のヴァンの所にいるのかと思った事があったけど、そもそもアッシュはあのままファブレ公爵家として生きていたらアクゼリュス崩壊で亡くなっていた。

 

 つまり、方法は最悪だが救われたという事でもある。

 後は他に行く宛もなく選択肢なんてものは殆どなかったって事だ。

 ヴァンは人心掌握術も長けている。あれほどのカリスマを持つ男はそうそういない。

 確か原作で神託の盾(オラクル)騎士団の約半数はヴァンについていった筈だ。

 

 アッシュの胸中はかなり複雑だったろうに。それでもああやって行動を起こして世界を救おうとするのは彼の根が善人だからなんだろう。

 口調は厳しいし態度も悪いから誤解されるけど、彼の優しさは接していけば自ずと分かることだ。

 

 という訳で僕はアッシュとコミュニケーションを図ってみたのだけど、これがまぁ大変だった。

 そもそもアッシュは馴れ合いをする気はない! っていうスタンスだからこちらがアクションを起こしても無視されるんだよね。これならまだ罵倒される方がマシだ。

 

 今の彼は完全に心を閉ざしている。そもそも原作でも思ったけど彼には理解してくれる親しい友人がいなかった。

 一応ガイがいたけど、彼はアッシュではなくルークを選んでいるし、何よりアッシュとガイが知り合っていた時期のガイは復讐心が強くアッシュの事も恨んでいただろう。

 だからアッシュが本当のルークだと判明しても冷たい態度を取り続けていたんじゃないかな。

 

 こればかりはガイを責めるのもなぁとは思うけど、それでもアッシュに寄り添ってくれたらなと思っちゃった。

 

 だからどんなに無視されても僕はめげずに話しかけた。

 任務から戻れば門の前で待ち伏せ、訓練が終われば頼まれもしない飲み物を差し出し、彼が一人で月を見上げていれば当然のように隣に陣取った。

 彼がどれほど鋭い言葉で僕を追い払おうとしても僕は笑って受け流した。少年の精一杯の虚勢に本気で傷つくことはない。ただ、その裏にある悲鳴のような寂しさを拾い上げることに全力を注いだ。

 

 まぁ自分でもこれは逆にうざいのでは? とちょっと危惧していたけど、彼にはこれぐらいの熱量がないと関わってくれないんじゃないかと思ったんだ。

 

 最近になって、ようやく変化が現れ始めた。

 相変わらず言葉は刺々しいし態度は傲岸不遜そのものだけれど、僕が隣に座っても彼は剣を抜かなくなった。僕が差し出した夜食を文句を言いながらも完食してくれるようになった。それは、彼が僕という“異分子”を自分の孤独な世界の中にほんの少しだけ招き入れてくれた証拠だと思いたい。

 

 日常会話をするようになって気づいたんだけど、アッシュはよく自虐的な考え方をしているのか、自分を卑下するような事を言うことがある。

 

 だから僕はそれを真っ向から否定した。

 アッシュは自分の事を死んだ人間として認識している。確かに全てを失ったかも知れない。でもだからといってアッシュが死んだ人間だなんて思わない。

 過去に囚われるのも仕方ないかも知れない。でも今を生きているんだ。

 

 僕は迷わずアッシュの手を掴んで言ったんだ。

 

「今感じているこの手の温もりは何だと思う? 死んだ人間が感じられるものなの?」てね。

 

 数秒目を見開いて固まった後、アッシュは僕の手を見続けた。

 何か考え事をしているのか手を離したのはそれから随分経った後だった。

 

 アッシュ、希望を捨てないで、未来を考えてその足で歩んでほしい。

 僕はただただそう思ったんだ。

 

 

 

 

 ======

 

 

 

 

 自室のバルコニーに立ち、手摺りに置いた拳を強く握りしめる。指の隙間から零れ落ちるはずのない砂を掴もうとするような、虚しい焦燥感が胸の奥で渦巻いていた。

 

「……反吐が出る」

 

 誰に聞かせるでもない言葉が夜の静寂に溶けて消える。

 脳裏にこびりついて離れないのは数刻前までここにいたあの男のあまりに無防備で、無邪気な笑み。

 

 サン。

 ヴァンが連れてきた、出来損ないのレプリカ。

 導師イオンのレプリカでありヴァンの気まぐれに拾われた存在。その中身は驚くほどに能天気で馬鹿だった。

 あいつは俺を、まるでなんてことのない友人の様に接してくる。俺がどれほど鋭い言葉を叩きつけ、殺意を込めて睨みつけようともヘラヘラと笑いながら『アッシュは優しいよ』だのと、反吐の出るような甘い言葉を垂れ流す。

 それが、どうしようもなく苛立たしい。

 

 そして――恐ろしかった。

 

 ヴァンに誘拐された日、家族も友人も……ナタリアも全てを奪われたあの日。俺という存在は一度死んだ。

 今ここにいるのはヴァンの計画を完遂するためだけに用意された、復讐という名の亡霊。居場所などない。名前などない。あるのはただ、奪われた“偽物(レプリカ)”への憎悪と己の存在意義を証明するための凄絶な修練の記憶だけ。

 

 だというのに。

 あいつは俺のその亡霊としてのアイデンティティを否定してきた。

 

『今感じているこの手の温もりは何だと思う? 死んだ人間が感じられるものなの?』

 

 馬鹿げている。

 事実が消えないから何だというのだ。

 今日という時間の積み重ねに一体何の意味がある。

 俺は亡霊だ。

 バチカルでぬくぬくと育ち、俺の人生を貪っているあの“出来損ない”が存在している限り俺はどこまでいっても影に過ぎない。

 

 ……そう、思っていたはずだった。

 

 

 

 

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「あ、アッシュ~!」

 

「チッ!」

 

「ちょ、舌打ちは酷いよ」

 

 いつもの様にアホ面を引っ提げて来たサンに自然と舌打ちが出る。

 

「何の用だ」

 

「いや別に用がある訳じゃないよ。暇だしお話しようかなって」

 

「……暇人が」

 

「まぁまぁお菓子とか持ってきたし許してよ」

 

 ニコニコ笑うこの男の勢いに、今日もまた俺はなし崩しに会話をすることになる。

 いつもそうだ。こちらの拒絶をものともしない。不快と感じる筈がそうは思えない。

 なんなんだろうな。この男は。

 

「聞いてよアッシュ、実はこの前ディストが僕に女の子の格好を勧めてきたんだよ?」

 

「……どういう状況だ。意味がわからん」

 

「なんか似合うから一回だけで良いから着てくれって頼まれてさ。仕方ないから着て上げたら凄い喜んでくれたんだよね」

 

「ますますわからねぇ……」

 

 ディストの野郎がおかしいのはいつも通りだが、こいつもこいつだ。何故着る。

 

「ま、僕の顔って童顔だし髪の長さ的にも女の子っぽいからかもね」

 

「だとしても着せようとする発想にはならねぇだろうが」

 

「まぁそこはディストだしねってことで」

 

 サンは気にした様子もなく笑うが、普通におかしいだろ。

 こいつ、いつか変な事を頼まれても断らずにやりそうだぞ。周りの奴らは何をしてんだ。

 

「おいアホ。次から誰かに頼まれてもすぐに返事をするな」

 

「え、なんでよ」

 

「お前がアホだからだ」

 

「あ、アホ……まぁでもいいよ。アッシュが僕の事を心配して言ってくれているんだよね?」

 

 によによした顔で言うサンの顔を掴む。

 

「どうやら痛い目に合わないとわからねぇみたいだな」

 

「い、いたたっ! ちょ、謝るから許してぇぇえええ!」

 

 ジタバタ暴れるサンから一度手を離し、ため息を吐く。

 この男――サンが誰に対しても、たとえそれが悪意や好奇の目を持つ相手であっても、その懐を無防備に開いてしまうことへの得体の知れない危うさ。

 

 本人は気づいていないのだろうよ。それが本来普通ではないことを。

 

 六神将全員がヴァンの計画に賛同している破綻者の集まりだ。

 そんな連中と仲良く出来る奴が普通な訳がない。

 こいつにもなにかがあるんだろうよ。

 

「いった~なにさ、僕の顔をずっと見て」

 

「いつも通りのアホ面だと思っていただけだ」

 

「うぅん、アッシュは本当にツンデレだよね」

 

「言っている意味は知らねぇが馬鹿にしているのはわかるぞ。おい?」

 

 さっきみたいに顔を掴もうとすると、ヒョイッと避ける。

 

「ふふん、二度同じ事がこのサンに通用しないのだ!」

 

 胸を張って間抜けな事を言っているサンに、思わず手で顔を覆う。

 この馬鹿を相手にしていると疲れる。

 疲れるが……思いの外嫌ではない。

 

 死んだような人生を送り、破滅の道を選んだ俺が今更こんな日常を送る……滑稽でしかない。

 

 少し前の俺なら一笑に付すのが当然だった。

 じゃあ今は?

 わからない。わからないんだ。

 

 俺はどうすればいいんだろうか。




評価感想お気に入りありがとうございます!励みになります。
アッシュってよくよく考えるとまだ17歳な訳で、原作ではあれだけ凄い活躍をしていたけど、まだ成人をしていない子供なのよね。
迷いや葛藤だって本来語られてなかっただけでいっぱいしたと思うし……。
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