六神将のお世話係 作:俺は悪くねぇ!
我々は、
……はずだった。
最近、ダアトの訓練所や廊下で交わされる下級騎士たちの囁き声は聖歌よりも熱を帯びている。それも、戦術や預言についてではない。もっと、こう……日常的で不可解で、にわかには信じがたい“異変”についてだ。
「おい、聞いたか? 昨日ラルゴ様が食堂で……笑っていたらしいぞ」
「馬鹿を言え。あの黒獅子が笑うのは、戦場で敵を粉砕した時だけだ」
「いや、本当なんだ。なんでも、あの新入りの……サンとかいう少年が作った肉料理を食べて『……ふむ。悪くない。だが、もう少しタレが濃くてもいい』と、妙に細かな注文をつけていたらしい」
訓練所の隅で、若い騎士たちが顔を突き合わせていた。
彼らが口にするサンという少年の名は、今や騎士団内で知らない者はいない。突然六神将の輪の中に現れた存在だ。閣下からは困っていたら手を貸してやれと言われたぐらいで、あまり関わることはないのだが、騎士団内では徐々にだが人気が出始めている。
なんでも見る者の警戒心を根こそぎ奪い去るような、ふにゃりとした緩い笑顔が素敵だとか。
異変はラルゴ様だけにとどまらない。
ある日、廊下を警備していた騎士は世にも恐ろしい光景を目撃したという。
『……あ、あの。シンク様。そんなところで何をして……』
『……黙れ。殺すよ』
仮面の暗殺者、烈風のシンク。
彼は普段、音もなく現れ音もなく標的を屠る死神だ。その彼が事もあろうにサンの部屋の前で、右手にトランプの束を握りしめてノックをしようとするが、やっぱり止めて、でもやっぱりノックをしようとするという動作を何度もしていたんだとか。
その姿は、冷酷な戦士というよりは、友達の家のドアを勇気を振り絞ってノックをしようとする少年そのものだった。
「シンク様が……トランプ? 暗殺しようとしていたとかではなく?」
「ああ。しかもサンが部屋から顔を出して『あ、シンク! また来たの? 嬉しいなぁ!』と言った瞬間、シンク様が物凄い悪態をつくんだが、彼は笑って流していたそうだぞ?」
騎士たちは戦慄した。
我々が知る六神将はもっと殺伐としていて、冷徹で近寄りがたい存在だったはずだ。それが、あのサンという異分子が混ざった途端に緩い雰囲気になっている。
「変わったと言えばリグレット様も何と言うか、棘がなくなったような気がするんだよな」
「あ、その原因知っているぞ」
「なに、知っているのか?」
「あぁ、なんでもリグレット様がその噂のサンって子とアリエッタ様でピクニックに行ってきたんだとか。終始ご機嫌でその後数日間は変なミスしても『誰にでも失敗はある。気にするな』とか言って許してくれたらしいぞ」
「マジかよ……昔俺が書類のミスをしたら『貴様そんな体たらくでいいと思っているのか!』とか言われて訓練所を50周されたんだが」
「ぶはっ! そりゃご愁傷さまだな」
確かにリグレット様は相手にも自分にも厳しいお方だ。ミスしたらだいたいろくな目に合わんのは俺も経験したことがある。
今ではリグレット様の機嫌が悪い時はサンと一緒に行けばなんとかなるとも聞くしな。
サン……恐ろしい子だ。
「そう言えばディスト様がサンを女装させていたとか。確か白衣にスカートをはかせていたらしいぞ」
「うぇ、なんだよそれ」
「いやまて、サンって結構可愛い顔しているし意外と似合っているんじゃないか?」
「いやサンは男だぞ? 何言ってるんだ」
「馬鹿お前、可愛いは正義なんだぞ。俺……正直男でもいいかなって」
ベテランの騎士がそう口にすると周りにいた若い騎士達が一斉に離れる。
「安心しろお前らみたいなむさ苦しい奴は俺の範囲外だ」
そう言うとホッとしたのか再び騎士たちが集まる。
「まぁ気を取り直して、他に何かあるか?」
「ん~そういやアッシュ特務師団長が珍しく私服でいたな」
「あ、その話し俺も聞いたぞ。なんでもサンと一緒にダアトで買い物をしていたとか。正直嘘だろって思っていたけど、結構な目撃情報があるから本当なんだろうな」
あの師団長が、そんな普通な日常みたいなことを?
し、信じられない。いつも怒っている印象しかないし、人に指図されるのがだいっ嫌いなお方だ。
そんな方が買い物を誰かと一緒にする? 想像できんな。
「なんか料理の材料とか買ってらしいぞ」
「え、師団長って料理とかするのか?」
「いやサンが料理するんじゃないか? ラルゴ様とかディスト様に作っているらしいし」
「はぁ……いいよなぁ。誰かに飯を作ってもらえるのって」
「確かになぁ。俺等は独り身ばかりだから余計に寂しく感じるぜ」
何故か一気に落ち込みだす周りに、自分も何だか気分が沈んでいく。
あ~あ、としばらく訓練所で嘆いていると扉が開く。
「お~い!! これ良かったら食べない? 最近皆頑張ってくれてるから僕なりのお礼でサンドイッチを作ったんだ!」
うんしょうんしょとサンドイッチが入っているであろう袋を運ぶ姿に少し呆然とするが、ハッと気づく。
「お、お前らぼ~っとすんな! サンが大変そうだろうが、一緒に運ぶぞ!」
「「「お、おう!」」」
ガチャガチャと鎧の音を立てながらサンが持つ大きな袋を代わりに持ち運ぶ。
袋の隙間からは焼けた肉と甘いタレが入っているのか濃厚な匂いが鼻を擽り、雑談する前まで訓練をしていたからかお腹の音が鳴ってしまう。
「や、やべぇ。くそ美味そうだぜ」
「あぁ。もう待ちきれねぇよ」
周りの騎士達がお腹を擦って今か今かと待っている。
かくいう俺もさっきから涎が止まらない。
サンは俺達がお腹を空かせているとわかると慌てたようにサンドイッチを皆に配りだす。
「皆毎日ありがとうね!」
「いえそんな、俺達は何も」
「何言ってるのさ! 皆が毎日頑張って訓練したりするのは民を守る為でしょ? それにいつも見回りしてくれてるお陰でダアトの治安はいいんだから。感謝するのは当然だよ」
その言葉に騎士全員の心が一致した。
(((なにこの子、いい子過ぎるでしょ!!!!)))
少し前に男でもいいと発言したベテラン騎士は滂沱の涙を流しているし、俺も思わず涙ぐむ。
こんなにもいい子がいるなんて、この子は俺達が守らないと。
騎士達の目が一瞬交差する。その時この場の全員は誓った。
例え世界が敵になってもサンを守ると。
「なぁサン、よかったらこの後「ここにサンがいると聞いたが?」俺達と?」
言葉を言い終わる前に目前に現れたのはリグレット様だった。
騎士全員がすぐさま背筋を伸ばして敬礼する。
「あ、リグレット、どうしたの?」
「いやなに、少し時間が出来たのでな。ちょっとお茶でもと思って探していたんだ」
「そうなんだ。でも今騎士の皆と昼食をしていてね」
「いえいえ! もう、ほんと! お気になさらず!! な! 皆!!!」
「「「はい!! お気になさらず!!!」」」
「だそうだぞ?」
満足げな顔で言うリグレット様にサンは少し首を傾げたが、俺達にまた来ますと言ってリグレット様の下に向かう。
俺達は敬礼したままそれを見送った。
や、ヤバかった。さっきサンが俺達との昼食を優先しようとした時、見間違いでなければ顔が豹変していた。
ここで俺達が食い下がったら恐らく死んでいただろう(言い過ぎ)
「リグレット様の目、ヤバかったよな?」
「マジで生きた心地がしなかったぞ」
「サンを守るのは決定事項だが、六神将の方々がいない時だけの限定にしておこう」
その言葉には全員が頷いた。
流石にまたあんな緊張状態を味わいたくないからな……。
今回は神託の盾騎士団の皆さんの視点で書いてみました。
次回はまた主人公の日記から始まります。