六神将のお世話係   作:俺は悪くねぇ!

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僕と保護者と鬼訓練

 ♪月×日 天候:快晴(恨めしいほどの直射日光)

 

 今日ほど疲れた日はない。

 早朝からラルゴに連行された訓練場で走り込み、基本的な筋肉トレーニング、ラルゴの攻撃を避け続けるのを何セットもやった。

 

 ラルゴのシゴキは基礎体力向上という意味ではこれ以上ない効果を見込めるが、重さ数キロはある砂袋を背負った状態でラルゴが振り下ろす巨大な得物をひたすら躱し、走り続ける。

 

 ラルゴの目はいつになく真剣だった。普段の優しい顔はどこへやら、そこには一人の戦士としての厳しさが宿っていた。僕が地面に這いつくばり酸素を求めて金魚のように口をパクパクさせていても、彼は一切の容赦を見せない。むしろ、動けなくなった僕のすぐ横にドスドスと大鎌を突き立て、振動で僕を跳ね飛ばす始末だ。

 

 這いずり回り、泥にまみれ、視界がチカチカと星を散らし始めた頃。僕は割とマジで死ぬんかなこれ? って思ったよ。

 

 彼の厳しさの根底にあるのは純粋な、そしてあまりにも不器用な心配なんだと分かってはいる。彼は知っているのだ。この先に待ち受けている計画がどれほど残酷な戦いを強いるものなのかを。だからこそ、僕に生き残るための力を文字通り体に叩き込もうとしている。

 

 でも、ラルゴ。

 僕、たぶん戦場にたどり着く前にこの訓練場で塵になって消えちゃう気がするよ……。

 

 

 @月∈日 天候:嵐(主に教官の逆鱗的な意味で)

 

 事件は僕が白目を剥いて泡を吹きかけ、ラルゴが「よし、次は片足でスクワット百回だ!」と叫んだ瞬間に起きた。

 訓練場の入り口から、音速を超えたのではないかと思うほどの殺気が飛んできたのだ。

 

 現れたのはリグレットだった。普段は冷静沈着、ヴァンの右腕として氷のような美しさを湛えている彼女が今日は文字通り鬼の形相で突進してきた。

 

 彼女の視線の先には泥まみれでピクピクと痙攣している僕と、その横で満足げに腕を組んでいるラルゴ。

 

 リグレットの豹変ぶりは凄まじかった。彼女はラルゴの胸ぐらを掴まんばかりの勢いで詰め寄り、言葉ではない威圧で彼を圧倒し始めた。普段、戦場では誰よりも頼りになる黒獅子ラルゴが、リグレットの怒声(の気配)を浴びてみるみるうちに小さくなっていく光景は、どこかシュールで面白かった。

 

 リグレットは僕を抱きかかえるようにして保護し、ラルゴに向けてこれでもかと指を突きつけていた。どうやら彼女にとって僕は鍛えるべき兵士ではなく、守るべき対象として見ているようだ。

 嬉しいけど、僕もリグレットは守るべき対象なんだけどね。

 

 ラルゴはラルゴで、タジタジになりながらも何かを必死に主張していた。おそらく「こいつが生き残るためには必要なことだ」と言いたかったんだろうけど、怒り狂ったリグレットの前では歴戦の猛者の言い訳も子犬の遠吠え同然のようだった。

 

 最終的にラルゴはシュンと肩を落として隅っこに追いやられ、リグレットは僕の顔についた泥をハンカチでかなり力強く拭いながら、どこから取り出したのか青みがかった薬の瓶を僕の口に入れたんだ。

 

 この時に飲んだ味は今でも忘れられない。

 こう、苦いような甘いような、とにかく形容し難い味だったんだ。後から聞いたんだけどこれってライフボトルらしい。こんなのをゲームの中とは言えルーク達にがぶ飲みさせていた僕は申し訳なく思ったよ。

 

 色々と大変な目に合った訳だけど、二人のやり取りを見ていて胸の奥が熱くなったのも本当だ。

 結局のところ二人は僕を心配してくれているって事だもんね。

 

 

 ∧月□日 天候:穏やか(表面上は)

 

 筋肉痛がようやく治まってきた。

 

 この日は食堂に行くとラルゴとリグレットが同じテーブルに座っていた。珍しい組み合わせだとにわかに食堂がざわついていた。

 僕は前回の事でまた喧嘩をしているのかと思いきや、二人は真剣な顔でノートを広げ何やら密談をしている。

 

 こっそり後ろから覗いてみると、そこには『サンのための特別育成計画書』という、恐ろしいタイトルが踊っていた。

 

 リグレットが提案する栄養管理と座学、および護身術の徹底スケジュールと、ラルゴが譲らない野生の勘を養うためのサバイバル特訓案。

 どうやら二人は昨日の衝突を経て共同で僕を育てるという、最悪(僕にとって)の合意に達してしまったらしい。

 

 リグレットは僕に気づくと、パッとノートを隠し何事もなかったかのように「サン、今日の昼食はタンパク質を多めに摂りなさい」と、山盛りの鶏肉を差し出してきた。

 ラルゴはラルゴで、ニヤッと笑って僕の肩を叩き「明日からはリグレットの許可を得た適切な負荷の特訓だ。楽しみにしておけ」と、拳を握りしめている。

 

 ……全然、適切な負荷に聞こえないのは僕の被害妄想だろうか。

 

 二人が僕に注いでくれる思いを裏切らない様に頑張ろうとは思う。

 頑張ろうとは思っているよ? けどもう少しだけ手心を加えては貰えませんでしょうか?

 

 日記を閉じて、明日の合同特訓(という名の愛のムチ)に備えて、湿布を全身に貼って寝ることにする。

 おやすみなさい。

 どうか明日は生き残れますように……。

 

 

 

 

 =====

 

 

 

 

 深夜の士官食堂。微かに漂うコーヒーの香りと、対面に座る男――ラルゴが吐き出す重苦しい吐息だけが、静寂を支配している。手元のランプが照らし出すのは、我らが共有する“問題児”に関する育成計画書だ。

 

 サン。

 導師イオンのレプリカでありながら、その枠組みを根底から食い破る異分子。

 私は、彼の行く末を案じている。それは軍人としての効率的な戦力管理などという冷徹な理由ではない。もっと……そう、自分でも驚くほど私的な湿り気を帯びた危惧だ。

 

「……リグレット、そう怖い顔をするな。俺とて奴を壊したいわけではない」

 

 ラルゴが拳を机に置き、不器用な宥め声を出す。

 昼間の訓練場での一件を根に持っていると思われているのだろう。実際、根に持っている。あの時、泥にまみれ呼吸すらままならぬ状態で痙攣していたサンの姿を思い出すたびに、私の指先は無意識にホルスターの縁を強く握り締めてしまう。

 

「ラルゴ、お前の言い分は理解している。彼には力が足りない。この先、閣下が描く新世界への過渡期において、非力であることは死に直結する。……だが、限度というものがあるだろう」

 

 私は努めて冷静に、けれど明確な拒絶を込めて言葉を紡いだ。

 

「彼は第七音素(セブンスフォニム)の出力が高いとはいえ、器そのものは繊細な導師のレプリカだ。お前のシゴキに耐えられる構造にはできていない。あの子が泡を吹いて倒れた時、何を考えていたのだ?」

 

「何を、だと? ……生き残らせることを考えていた。それだけだ」

 

 ラルゴの瞳が一瞬拭いきれぬ後悔の色を見せた。

 

「サンは甘すぎる。世界がどれほど残酷か、預言(スコア)という鎖がいかに無慈悲に喉元を締めるか、奴は知らなすぎるのだ……リグレット、お前も気づいているはずだ。サンが笑うたびに六神将の殺伐とした空気が弛緩していくのを。あれは毒だ。戦士にとっては死を招くほどに甘美な毒だ」

 

 ラルゴの言葉は正論だった。

 サンは、あまりにも“日常”を連れてきすぎる。

 拒絶の壁を彼は持ち前の図太さと善意でそれらすべてを無効化してしまう。私自身、気づけば彼のために栄養バランスを考えたスープを作り、彼が風邪を引けば公務を放り出して看病に行きたい衝動に駆られている。

 

 これは、軍人としては失格だ。

 閣下への忠誠を誓い、預言を消し去るために己を殺してきたはずの私が一介のレプリカの笑顔を守るために、閣下の計画すら二の次にしてしまいそうな自分を私は何よりも恐れている。

 

「……毒、か。確かにそうかもしれんな。だが、その毒に一番侵されているのはお前なのではないか? ラルゴ」

 

 私の指摘にラルゴは言葉を詰まらせ視線を逸らした。

 

「お前が彼に課しているあの苛烈な訓練はあの子の為であるのはわかっている。だがやり過ぎれば潰れてしまう」

 

 沈黙が流れる。

 ラルゴは何も言わなかった。ただ、深く、深く溜息を吐き机の上のノートを乱暴に捲った。そこには彼が夜通し考えたであろう、泥臭いサバイバル特訓のメニューがびっしりと書き込まれている。

 

「……リグレット、お前こそどうなんだ、奴を一人の兵士として見ているのか? 違うだろう。お前はあいつを……死なせたくないと思っているのではないか」

 

 心臓が跳ねた。

 否定しようとして、言葉が喉に張り付く。

 私がサンに向ける感情。それは、弟に対して向ける思いに近い事は否定できない。

 あの子が「リグレット!」と笑って駆け寄ってくる時。

 あの子が作った料理を嬉しそうに持ってくる姿。

 弟を失った時に捨てた筈の情が、もうこんな気持ちを抱くとは思わなかった。

 

「……私はただ。あの子に綺麗なままでいて欲しいだけなのかもしれん」

 

 私は、自分の声が震えているのを自覚した。

 

「世界をレプリカに変える。預言を消す。その過程で流れる血を私はあの子に見せたくない。戦わなくて済むなら、それが一番いい。もし戦わねばならぬとしても私の背中の後ろで一歩も動かずにいてほしい。ラルゴ、お前が彼に『牙』を教えようとするなら、私は彼に『盾』を、そして逃げるための『翼』を教える」

 

 私たちは結局のところ、同じ穴の(むじな)だった。

 かつて何かを失い心を摩耗させ絶望の中で閣下に出会った。

 そんな私たちの乾いた日々に、サンという名の陽光が降り注いだ。

 私たちは、その光を失うことを何よりも恐れているのだ。

 

「……分かった。リグレット、妥協案だ」

 

 ラルゴが再びペンを取った。

 

「午前中は、お前の推奨する座学と護身を中心とした譜術訓練。食事もお前の管理下に置こう。だが、午後の三時間は俺に預けろ。泥を啜り、地面を這い、それでも立ち上がる根性を叩き込む……いいな? 牙を持たぬ獅子は結局のところ、誰よりも早く死ぬのだから」

 

「……三時間、いえ二時間に短縮しなさい。それ以上は彼の筋肉が持たない。それと、訓練後のマッサージと栄養補給は私が立ち会う」

 

「フン……過保護なことだ」

 

 ラルゴは口角を吊り上げ、不器用な笑みを浮かべた。

 それは同志としての信頼と同じ保護者としての共感を含んだ、穏やかな表情だった。

 

 私たちは計画書の書き換えを始めた。

 サンのための世界で最も厳しくそして世界で最も愛情に満ちた、歪な育成プログラム。

 閣下が見れば、呆れて言葉も出ないだろう。

 六神将の二人が一介のレプリカの生き残り方について、夜を徹して議論しているのだから。

 

 夜明けが近い。

 窓の外、白み始めた空の下であの少年は今頃、無防備な寝顔で夢を見ているのだろうか。

 明日になれば、また「リグレット!」と呼ぶ明るい声がこの重苦しい本拠地を不釣り合いな色で染める。

 

 サン。

 お前は、私たちの絶望を塗り替える光なのかも知れないな。

 お前を鍛えるのは、お前を戦場に送るためではない。

 いつか来る終わりの日の後、お前が誰よりも自由に預言のない空を笑って見上げるためだ。

 

「……ラルゴ。明日からのメニューに私の特製薬草スープを組み込みます。抵抗力を高めるために必要です」

 

「……あ、ああ。分かった。だが、あれは死ぬほど苦いぞ。奴が泣きついても俺は知らんからな」

 

 ラルゴの呆れたような声を聞きながら、私は少しだけ頬を緩めた。

 

 厳格な軍人。氷の教官。

 そんな仮面はあの子の前ではもう、とうの昔に剥がれ落ちていたのかもしれない。

 

 明日、またあの子の泥を拭い苦いスープを飲ませる。

 その日常のためならば、私は地獄の番犬にさえなってみせよう。

 

 ノートを閉じ、冷めたコーヒーを飲み干す。

 新世界。レプリカの世界。

 そのどこかに、あの子が健やかに笑っていられる居場所があるのなら。

 私は己の命もすべてを賭けてそれを守り抜いてみせる。

 

 それが、一人の愚かな姉としての、私の戦いなのだから。




パッパとお姉ちゃんのお話しでした。
大人コンビいいよなぁ。

いつも感想と評価ありがとうございます。いつもによによして元気を貰っています!!
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