夏の真夜中の蒸し暑さの中、頭の中が蒸されているようにぼうっとし、私はペンを止めた。
「少し休憩しよう」
時間もお金も余裕が無い私のような苦学生には立ち止まる暇も無いが、我武者羅に走り続けても意味が無いことを私は知っている。そんなとき、私は良く歌を聞く。
AIライバーの月見やちよ。仮想空間ツクヨミと共に彗星のごとく現れたアーティストで、私の推し。
家を飛び出して一人暮らしを始め、想像を遥かに超える現実に押し潰されそうになっていた私を救ってくれた、神様のような存在。彼女の歌に今までどれほど救われてきただろうか。
イヤホンを耳に掛け、一番好きな曲「Remenber」を流しながらベランダへ続く窓を開けると、生暖かい風が頬を撫でていった。
「まあ、部屋で蒸されるよりはましか……」
ぼうっと空を眺めていると、突然音がした。ガラッと言う音と共に隣の部屋の窓が開き、一人の少女が出てきた。
歳は私と同じくらいだろうか。女性にしては高い身長に、肩口まで伸びた白髪。紺色の部屋着を纏った彼女を月明かりが照らす、どこか現実味が無いその光景に、気が付くと目を奪われていた。
こちらに気付いていない様子の彼女は、徐ろに煙草を取り出すと口に咥え、火をつけた。そのまま白い煙をゆったりと漂わせながら辺りを見渡す彼女と遂に目が合った。
「あ、えっとぉ……ごめんね? これだけ吸い切らせて!」
「あ、はい、どうぞ……」
その後、咽ながら煙草を吸いきった彼女は若芽なよと名乗った。どうやら彼女は私と同じ学校の生徒のようだった。
「学生なのに喫煙は不味いんじゃない?」
「ちょっとした好奇心だから! 酒寄さん、お願い。2人だけの内緒にして?」
どことなく人懐っこい彼女に少しの悪戯心が湧いた。
「なら、私を笑わせてくれたら内緒にしてあげる」
「ええ?!」
「頑張って」
「えーと、な、ならトランプマジックやります!」
マジックは凄い。けど笑うかと言われると違うのでは?等と思っている最中、彼女の準備していたトランプが宙に舞い散った。混ぜるのに失敗したようだった。
「ふふ、焦りすぎ」
「当たり前だよ!! あ、でも今『ふふ』って! 笑った!! クリア!! いいよね?!」
「はいはい、クリアでいいよ」
彼女の必死な姿につい漏れた音を聞き逃さなかったようで、私はあっさりと共犯者になったのだった。
――――――――――
「でも、どうして煙草なんて吸ってたの?」
「煙草ってなんかかっこいいじゃん? どんな気分なんだろーって思ってさ!」
しかし、もともと騒ぐ気はなかったとは言え気にはなってしまう。そんな気持ちで投げた疑問に、彼女は少し表情を固めたような気がした。
「酒寄さんはなんでこんな時間まで起きてるの?」
「私は勉強。学年1位目指してるから」
「……もしかして、勉強苦手なの?」
失礼な。これでも入学してから成績優秀で通してきてるのよ。
「予習とか、模試に向けての勉強してるの。これでもテストの成績はいい方だからね」
「凄いね。どこか行きたい大学でもあるの?」
「東京大学」
やるなら目指すは一番のみ。それは、大学選びでも変わらない。
「ほんと、凄いなぁ。私なんて前を向くので精一杯だよ」
「ちゃんと予定を組んでやれば、出来ることだよ。出来るならやるしかない」
「そうなのかもね。考えるだけで動けない私には染みるな〜!」
そう思うならやれば良いのに。いや、人に押し付けるものでもないか。
「そろそろいい時間だから、私は寝るね。おやすみなさい、酒寄さん」
「うん。おやすみなさい、若芽さん」
彼女の声で時計を見ると、四時を指していた。
やってしまった。休憩のつもりだったのに。