【TS】チートスキルで異世界転生無双できると思っていたのに 作:夕焼け小焼けの
それからは、二人で冒険者としての仕事をこなしていった。中層には入れなかったので稼ぎはそこそこだが、仕方ない。
「今の見た!? タイミング完っ璧だったろ!」
だが、浅層の魔物相手は余裕があったので、連携も徐々に改善し、シロウの次の動作が予測出来るようになってきた。
「……確かに完璧だったが、次から股抜きはやめてくれ」
「えー……だってシロウが踏み込む確信あったし」
……ギリギリを攻め過ぎて苦言を呈される事もあったが、まぁ概ね問題なし。
シロウと並んで【解体】しながら、ふと疑問に思ったことを聞いてみた。
「そう言えば、シロウの索敵って匂いも探ってる? なんか上手く参考に出来ない部分があるんだよね」
「あぁ……拙者は普通の獣人よりも、更に鼻が利く。これを活かさぬ手はないと思ってな」
シロウはすんと鼻を鳴らした。オレはちょっと気になる事が出来た。
「……オレってどんなニオイしてる?」
「ォッ──……別段おかしな匂いはせぬが」
「なんだいまの声」
結局、オレがどんなニオイなのかは、教えてくれなかった。
……
………
もちろん、毎日森に出向いていたわけではない。
数日毎に、新しい食事処を開拓したり、装備を新調したり、意味もなくギルドに来て駄弁ったりした。
「あとは肉球があれば完璧なんだけどなぁ」
「スバル殿、かぎ爪を引っ張り出すのはやめてくれ」
シロウの手の甲の毛皮をふさふさ撫でる。本当は頭や耳に触れたいが、許してくれないので妥協している。
「……なんかお前ら、距離感近くないか?」
同じテーブルに座るドイルが、揚げ魚を齧りながら余計なことを口走る。食べながら喋るな。
ギルドの食事は割高だが、味も良く、ついでにテーブルも綺麗だ。折角の綺麗なテーブルを汚すんじゃない。
「は? 連携の取れてるパーティならこんなもんなんだが?」
「それは謝ったろ……シロウもスバルさんも、今はちゃんと前衛・後衛の動きが出来てるって」
一応ドイルとも和解はした。何度か合同で依頼もこなしたしな。
が、コイツにはどうにも丁寧に接する気にならない。
侮りの謝罪も受け取った上、ドイルの相棒のシャーリーさんには大変お世話になった。彼女はオレと同じく魔法をメインにした後衛だし…………オレと同じ、女性だから。
迷惑以上に恩を受けているので、礼を失するのは良くないと分かっているんだが。
「うん。特にスバルちゃん、すごく良くなった」
シャーリーさんが微笑む……オレを真似てか、ドイルの手をにぎにぎといじりながら。
そっちも似たような距離感じゃねえか。やっぱりオレは間違っていなかった。
「スバル殿、尾もダメだ。これは拙者も譲れぬ」
ちぇ、バレたか。【隠密】系のスキルをもう少し鍛えないと。
……
………
「いいって、別に」
「良くないだろう、なぜそうも拒む」
「そうだそうだ、ちゃんと自分が天使である自覚を持て」
うるせえな、『天使』の自覚は誰よりも持ってるんだよ。
真面目な顔で戯けた事を抜かすドイルを睨みつける。
「準備できたよ」
オレはシャーリーさんが唱えた【水鏡】の魔法の前に引っ立てられる。気分は裁判の被告人だ。
ことの発端は何だったか……そうだ、いつものようにドイルがオレの容姿を褒めるものだから、オレはうっかり余計なことを口にした。
「まさか、自分の顔を見たことが無かったとは……」
「どおりで俺の口説き文句が無視されるわけだ」
「それは関係ないと思うが」
そうだ、オレは未だに自分の容姿を確認していなかった。
【水鏡】の前に押し出されたオレは、視線を足元に落とす。足が見える。分厚いブーツに覆われて、なお小さな足だ。
手を見る。かさついて骨張った手……ではない。白く、柔らかく、小さな手。
顔を上げる。鏡の中の、
シャーリーさんの【水鏡】の魔法に映る不機嫌そうなその顔は……正に『天使』と形容せざるを得なかった──人間味のなさも含めて。
何せ肌も髪も、瞳すら白い。大理石で出来た人形のような、完全無欠の美しさ。
「【水鏡】はまだ保つから、好きなだけ眺めていいよ。あとで使い方も教えてあげる」
「ありがとうございます……んぃ」
シャーリーさんの言葉を聞きながら、頬を引っ張ったりしてみる。
宝石から切り出した、珠玉の彫刻のようなその顔は、中身のせいでその完全性を失落している。
なんと言うか、せっかくの美貌が台無しだな。
シャーリーさんが側に居ながら、こんなのに靡くドイルは趣味が悪い。
「まぁ、つまらない顔だな」
吐き捨てて、シャーリーさんにもう十分と伝えようとすると、シャーリーさんが……シロウとドイルも同じく、何とも言えない表情をしていた。
「私の【水鏡】、歪んでた?」
シャーリーさんは、珍しく真剣な顔で宙に浮く【水鏡】を眺めている。
「そんなことは──……あぁ、確かにオレも顔が整ってるのは分かるけど、中身がオレなので……」
だろ? と、同意を求めてシロウの方を振り返れば、不満を含んだ視線を向けられる。
「……何だよ。じゃあシロウはオレがどう見えてるって言うんだ?」
美少女? 天使? それとも女神? どうでもいい。誰にどう見られようとも。
ぎゅっと握り込んだ拳の、柔らかさが妙に癪に障る。
シロウは難しい顔をして黙り込んだ。他の二人も、心配そうに様子を窺っているのが分かる。
「……悪い、変なこと言ったな」
容姿を確認したことで、ちょっとアイデンティティが揺らいでいた。
どんな顔でもオレはオレだ、見た目なんてどうでも──
「──スバル殿の、瞳が美しいと思う」
「──へぁ?」
聞き間違いか? 今シロウがドイルみたいな事言ったような。
ドイルの方に視線をやれば、驚愕の表情でシロウを見ている。術者の動揺で【水鏡】が歪んで床に落ちた。
あぁ、後で床を拭かないと。脇道に逸れた思考をよそに、シロウはぎゅっと顔を顰めたまま、ガチガチに緊張しながら続ける。
「以前も言ったが、単に瞳の色や造形の話ではない。スバル殿の眼差しが、だ」
思わず自分の目元に触れる。きめ細やかな肌……
「それから、口元。魔法を披露して得意げに笑う、素直さも愛らしいと思う」
魔法使うたびに楽しくて堪らないのがバレていたらしい。気恥ずかしくなって口を覆う。
「軽妙で気安い振る舞いも、口下手な拙者にはありがたかった。己を律し、理性的であろうと努める勤勉さには何度も助けられた」
「ちょ……もうわかった、もういいから……」
頬が熱を持つのが分かる。顔を覆いたくなったが、あまりにも真剣なシロウの眼差しに射抜かれて目を逸らさない。
「ここにいる者たちは皆、スバル殿の外見だけに惹かれた訳ではない。だから、そう卑下してくれるな」
「──ぉ、ぁ……ぇ、と」
……ずっと、見ないフリをしてきた。この世界で過ごした時間が長くなるほど、違和感は大きくなった。
自分の顔を確認する方法なんて、本当はいくらでもあったはずだ。
周囲の反応も、性差を原因とする違和も、なんて事ないように振る舞った。無いように扱えば、無いも同然だった。
そんな訳がない。
オレの髪は白くて滑らかで羽のように軽く、肌は白くてきめ細やかでハリがありムダ毛の一本も見当たらなくて、全身どこも白くて柔らかくてすべすべで、胸元は膨らんでいて、股の間には何もなくて、トイレでは毎回苦労して、ぴったりと張り付く下着が気持ち悪くて、胸を固定すると動きやすくなって、女性の身体には何も思わなくて、男性から向けられる視線が全身にちくちく刺さって、触れられそうになったりして、掴まれそうになったりして、そいつら皆んなオレよりずっと体が大きくて──
「……スバル殿?」
「スバル殿? その、何か言ってくれるとありがたいのだが……」
羞恥が限界を迎えたのか、視線を彷徨わせるシロウ。
オレは無視してぎゅっと目を瞑り、滲み始めた視界を閉じた。そうしないと、男として恥ずかしいことになりそうだったからだ。
オレはようやく、体と中身を別々ではなく、『スバル』という、オレ自身を見つけられた気がした。
「……これだと、一目惚れした俺がすごく嫌な奴みたいにならねぇか」
「……初対面のドイルはかなり嫌な奴だったぞ」
「……ドイル殿は今も拙者に対しては嫌な奴だ」
「!?」
照れ隠しにドイルを弄っておく。
突然の集中砲火に目を白黒させたが、聞き捨てならぬと反撃する。
「それはッ、そもそもテメェがあの時手加減なんてふざけた真似しやがったから!」
「ドイルはいいひと。私は知ってるよ」
「え、シロウが真剣勝負で手ぇ抜いたの? それはダメだ。男心がわかってなさすぎ」
「スバル殿!?」
「そもそもの発端がシロウの孤立。あの場をまとめて模擬戦で収拾をつけたドイルはえらい」
「ドイルすごいな見直したわ。シロウってちょっと根が陰気というか、対人面の不利益全部【先祖返り】のせいにしてるとこあるよな」
「スバルさん!!」
「スバル殿!!?」
ドイルに駄々甘いシャーリーさんと一緒に、ついでにシロウも弄っておく。
狼狽えるシロウが面白かったものだから、けらけら笑って……少しだけ涙が出た。