【TS】チートスキルで異世界転生無双できると思っていたのに 作:夕焼け小焼けの
オレがこの世界で最初に案内された酒場で、シロウがジョッキを掲げている。
「……では、スバル殿の『鉄級』昇格を祝して──」
「『ギルド史上最速の』、が抜けてるぞ!」
「……」
シロウはジョッキを掲げたまま、少し嫌そうな顔をした。
なんだよ、大事なとこだろ。
「ンン゛……では、スバル殿のギルド史上最速の『鉄級』昇格を祝して──乾杯」
「「「──乾杯!!」」」
──ガゴン、と木製のジョッキをぶつけ合った。
中身をぐいっと呑み込んで……。
「なにが美味しいのか分からん味だ……」
「スバル殿は初めてのエールなのだから、あまり飲み過ぎぬようにな」
初めて口にしたエールの味は……特別な感想はなかった。
妙なスパイスの匂いがするし、酸味と苦味と半端な甘味が口の中で喧嘩して……うーん、贅沢言い過ぎか? オレの舌は現代日本基準だからな。
口をモニョらせていると、あっという間に一杯目を飲み干したドイルが口を開く。
「やっぱりスバルさんには、もっと良い店でお食事をして貰いたい……」
「ドイルうるさい。オレにそんな金はない」
ドイルはあの一件から、身なりに気を使うようになった。髭を剃り、髪を梳かし、盾を磨き、剣を研いだ。
そのおかげか指名依頼が増え、収入も余裕が出たらしい。
「それはもちろん俺が出します!」
「お前に借りは作らない。シャーリーさんと行け」
ドイルとコンビを組んでいるシャーリーさんは、我関せずでエールに【
……こわい。
まぁシャーリーさんの偏食は今に始まった事ではない。一人でやってる分には平和なものだ。
「飲む?」
「要らないです」
彼女のジョッキから漂ってくる異臭を努めて無視しつつ、シャーリーさんに告げ口する。
「シャーリーさん、こいつ今オレのことデートに誘いましたよ」
彼女はジョッキを覗き込むのをやめて顔を上げた。
「いいよ、好きにして。もう私と行ったことあるところだから」
何でもないように言ってから、ジョッキに口を付けた。
ドイルに視線をずらす。
「……行ったの?」
「何だかんだ言って進展があるのだな」
「いやあれは……違うんだよ……」
何がだよ。もう諦めたら?
シャーリーさんはなにかドイルに恩があるらしく、いつもドイルに付き従い、ついでに外堀を埋めている。
「……スバルさんとの食事は、やっぱりまたの機会にするぜ」
「またの機会など無い……お、これ美味いな」
静かになったドイルを捨て置き、塩で炒めたナッツを摘む。
ポリポリと小気味好い食感でエールが進む。
「あーー……なんかお酒の味わい方が分かってきたかも」
「スバル殿、酒もいいが、何が腹に入れておけ。空き腹で飲むと悪酔いするぞ」
んーー、そういうもんか。もぐもぐ。肉も食べよ。塩辛いタレと脂でお酒が進む。
「……スバル殿?」
もぐもぐ。
◆◇◆
「ううううええあああぁぁあ……」
「まさかスバル殿が泣き上戸とは……拙者の背中に吐いてくれるなよ」
オレはベロベロに酔ってめちゃくちゃになっていた。頭はそれなりに冷静なはずなのに、体が言うことを聞かない。見かねたシロウに背負われて、宿への道を辿っていた。
ちなみにドイルも程々の所で、捕食者の目をしたシャーリーさんに回収されていった。あいつらアレで付き合ってないの?
「ぅぅううう……あ、シロウこれオレの部屋の鍵」
「……そこまで明瞭なら自分で歩いてくれぬか?」
無視してシロウの背中に顔を押し付け、すんすん泣いた。どうにも寂しさが抑えきれない。もう吹っ切ったと思っていたが、そう簡単なことではないのだろう。
「オレはぁ、親不孝者だぁぁああ……」
「このような話、拙者が聞いて良いものか……家や家族については、あまり話したくない様子だったが」
顔中べしょべしゃにしながら、家族の事をポツポツ語る。あぁだめだ、ボロが出る。向こうの世界の話をしてしまう。
努力の末に泣き言の中心になったのは、昔飼っていた犬についてだ。
「ニマメぇええええーーー!!!」
「拙者はニマメ殿ではない……あと一応言っておくが、獣人を
「んぁぁあ……ふわふわぁー!」
「聞いてないな、耳をいじるのは勘弁してくれ」
“ニマメ”という名の黒柴だった。小さく賢く温かいふわふわの家族。別にシロウと顔が似てる訳でもない。
だが、なぜかオレはシロウをニマメだと思い込んでいた。アルコールって怖い。
「ほら、下ろすぞ」
いつの間にか、オレが泊っている部屋への運搬が完了していた。狭い部屋だ。一人分のベッドと、荷物を広げられる程度のスペースしかない。
衛生面は魔法で誤魔化しているが、もう少しいい部屋に移りたいな。
シロウの背から、ころりとベッドに転がされる。
「あー……オレのもふもふ……」
「ほら、毛布で我慢してくれ。腹を出して寝ると体を冷やすぞ」
オレの体を隠すように毛布を被せられた。モフモフよりゴワゴワ寄りの手触り。
すんと鼻を鳴らす。いつもの自室の匂いと、アルコールの匂い……それにシロウの匂いが混ざってて変な感じだ。
「最近は多少慎み深くなったかと思ったが、この有様とは。酒はまだ早かったか」
失礼な。反論したかったが、舌が言う事を聞かない。
もたもたやっていると、ベッドの傍に腰掛けたシロウが、こちらを見下ろしながら言った。
「──本当は素面の時に言うつもりだったが、まぁ丁度良い。面と向かえば未練が湧く」
シロウはぺろりと自分の口元を濡らした。こういう動作は獣のように見えるから嫌っていた筈だが、こう見えて酔っているらしい。
「拙者は、そろそろこの町を出ようと思う」
──は。
「スバル殿は、もう一端の冒険者となったし、拙者も路銀を十分に蓄えられた。パーティを組むのは初めてだったが、独りよりもずっと効率がいいな」
シロウの微かな笑い声。
上手く声が出ない。言葉がまとまらない。思考は出来るのに、脳を介して口に出そうとすると途端に離散してしまう。
「今後はドイル殿のパーティに加入するといい。嫌とは言われないだろう」
嫌だ。駄目だ。動けない体が恨めしい。
「さらばだスバル殿。僅かな間だったが、共に過ごした日々は得難いものであった。いつかどこかでまた会おう」
僅かな間? オレはこの世界に生まれてから、ずっとお前と居たんだぞ。
シロウの手がそっと頬を撫でる。酒で火照った体には、ひんやりと心地よく──
──ここしかない。
ぐわし!!!
と離れようとした腕を捕まえる。
「ぬお!?」
逃がさない。
掴んだ腕から引き倒し、毛布の中に引きずり込む!
流石にそれはどうなんだとオレの中の
──【直感】【予感】【洞察】【虫の知らせ】
混乱するシロウが立ち直る前に手足を絡めて関節を極める。
実践は初めてだったが、体が勝手に動く。
仰向けにして腕を後ろに、脚は組み合わせてまとめて抑え、
──【
『スキル』による動き……肉体ではなく魂を主体とした動きは、アルコールの影響を受けていない。
「スバル殿???」
そのまま上から抑え込──んだところで限界が来た。
おぇ゛……
意識が遠のく……酩酊状態で激しく動いたから一気に酔いが回ったらしい。
脳が完全にシャットダウンされると流石の『天使』も意識は保てないようだ……うぐぅ。
「スバル殿??? せめて腕は放して……スバル殿???」
朦朧としながら、ふわふわで暖かなベッドにしがみつく。
寝心地は、悪くない。
「これは、どうすれば…………」
──ぐぅ。