【TS】チートスキルで異世界転生無双できると思っていたのに 作:夕焼け小焼けの
「スバル殿は、拙者の、理性と、良識に、感謝すべきだ」
翌朝、ブチ切れたシロウとベッドの上に座って向かい合っていた。どうも寝不足らしく、目が据わっている。こんなシロウを見るのは初めてなので、少し面白い。
「確かに寝床に引き摺り込んだのは悪かったけど、オレにも言い分はあるぞ」
泥酔した相手に言うだけ言ってハイさよなら、なんて不義理が過ぎるだろう。昨夜は会話できなかったから実力行使しかなかった。
「それは……そもそも、拙者が見守るのはスバル殿の独り立ちまでだった筈。鉄級への昇格はその基準として十分だろう」
まさか反撃を受けるとは思わなかったのか、語気は衰える。
「そう言ってくれれば良かったんだ。わざわざ逃げるように別れる必要はなかったろ」
「……」
むっすりと黙り込むシロウ。どうも歯切れが悪いな。というか。
「……シロウの目的は何なんだ? そんなに急ぐ旅なのか?」
出会った頃に、彼は“武者修行”だと言っていた。だが、一箇所に留まらずに路銀を稼ぎ移動を繰り返す生活は、単なる“武者修行”以外の目的意識を感じる。
オレは今までこれを訪ねなかった。旅路を中断させている身としては聞きにくかったし、話題に出せばシロウが旅立ちを急ぐかもと思ったからだ。
「……」
「ソロよりパーティの方がずっと稼ぎがいい。稼いで移動して、のサイクルも短縮できるはずだ」
これはシロウも言っていた事だ。そもそもソロでは受注できる依頼も限られる。
「なんで、一緒に行こうって言ってくれない?」
オレは、シロウを手伝いたい。
恩返しというのもあるが、それ以前に──
「──友人を心配するのは、当たり前のことだろ」
「……!」
この世界で最も長く共に過ごした相手。離れがたく思うのはそんなにおかしなことか?
シロウの顔を正面から見つめ、あちこちに彷徨わせていた視線を捕まえる。目を逸らさせない。
そのままじっと見つめていると、ついに観念したシロウが口を開いた。
「拙者の目的は……“天を舞う龍”を斬り墜とすことだ」
龍?
「つまり、龍の住処に向かっているってことか?」
案外普通だな、と思いながら返せば、驚きの表情が目に入る。
「……笑わぬのか」
え……うーん。正直笑うとか以前に、龍に対する解像度が低すぎてどう反応すべきかが分からない。
オレの困惑が伝わったのか、シロウは頭を振って続ける。
「いやすまぬ。龍など、実在すら疑われるような伝説の魔物。挙句それを刀で斬って墜とすなど、まともな者が考えることではない」
──だが、拙者はやらねばならぬのだ。
夢物語だと自ら吐き捨てながらも、灼けつくような熱を孕んだ言葉だった。
「目的は分かったよ。でも、そんな“まともじゃない”ことをやろうとする理由は?」
シロウはわずかに視線を伏せ、言葉を選んでいるようだった。
「……昔、幼い時分に聞かされた寝物語。ありふれた子供だましだ。悪龍に虐げられる民と、龍を切り裂いて救う侍の話」
古びた宝物を取り出して眺めるような語り口。ここではないどこかを想起して、柔らかく微笑んだ。
「拙者はそれに憧れた。故郷を飛び出し、こんなところまで来るほどに、だ」
嘘を言っているようには聞こえなかった。大切な、大切な『たからもの』をオレにも見せてくれたのだと分かった。でも──
──【直感】
でも、何か隠してる。
「憧れ、かぁ……」
だけど、指摘すべきは今じゃない。シロウが自分にとって大切なものを教えてくれた。今はそれで十分だ。
「それなら、オレと一緒だ。オレは、シロウへの憧れで冒険者になったんだから」
座ったまま距離を詰める。
「だから、その“憧れ”に本気になれよ」
オレは本気だ。お前はどうだ?
「まずは見つけなきゃ始まらない。龍の居場所に当てはあるのか?」
「最後に目撃情報が残っているのは、大陸北端……『龍山脈』と呼ばれる場所だ」
「『龍山脈』……そのままだな」
確かこの街は大陸の真ん中あたりだった筈。まだ道は長そうだ。
「で、そこまで辿り着くまで一々立ち止まって路銀を稼ぐのか? 山脈を一人で探し回るのか? 見つけた龍を斬れるのか?」
さらにずいと近づいて、シロウの顔を見上げる。シロウが仰け反るようにして空けた距離も、容赦なく埋めていく。
「本気でやるなら、二人だ。稼ぐも探すも鍛えるも、ずっと効率的にやれる」
鼻先が触れるような距離で向かい合う。
「……確かに、スバル殿の言う通りだ」
「──!」
「スバル殿──」
シロウは姿勢を正し、口を開いた。
「──拙者が憧れを追うのを手伝って欲しい。どうか、拙者と共に来てくれないか」
ガチガチに緊張しているシロウを見て、少しだけ笑ってしまう。
「ちょっと違うぞシロウ」
えっ、という顔をした。耳がピンと立っている。本当に真面目なやつだ。損するタイプ。
だからこそ……オレが見ててやらないとな。
「手伝いなんて他人行儀なこと言うなよ。オレも、シロウが“天を舞う龍を墜とす”ところを見てみたい。お前の憧れ、オレも一緒に追いかけさせてくれ」
オレの思う最高の笑顔で応えてみせた。
◆◇◆
と、ここまでは良かったのだが。
「だが、同行にあたって一つ条件がある」
「ん?」
じゃあ実際のスケジュールを詰めるか、というところで待ったがかかる。
「拙者の旅路に同行するというのなら、昨夜のようなことは二度とないようにしてくれ」
「昨夜……? あぁ、これからは酒は控えるよ。昨日のは初めてで加減が分からなかったのが原因だし」
「……そうではない」
シロウは頭をくしゃくしゃと掻き回し、ため息を吐く。
「もう少し慎みを持ってくれと言っているのだ。昨夜の……拙者を寝床に引き込むようなことは、決してしないと誓ってもらう」
「わかった、わかったよ、悪かったって。何度も蒸し返すなよ」
起きた時のシロウのキレ具合を見れば、流石に反省もする。でもアレはシロウも悪いって結論が出ただろうに。
「朝飯持ってくるよ。シロウは二度寝してても──」
お手上げのポーズを取ってベッドから降り、部屋から退散しようとして。
がし。
シロウに腕を握られる。
「──シロウ? 何の……」
引っ張られ。
「──スバル殿は何も分かっておらぬ」
ぼす、とベッドに倒された。両腕をそれぞれ掴まれる。
ちょ、力……つよ。動けな……。
「それとも、拙者が丁寧に教えてやらねば分からぬか」
シロウがオレに覆い被さる。湿った吐息がかかるほどに顔が近づく。口元に濡れた牙が覗く。
シロウと目が合う。いつもの柔らかさを感じるものでなく、値踏みするように鋭く細められていた。
ぐるる、とシロウの喉が鳴る。
「──ぇ……ぁ……」
腕に力を込める。動けない。足も同様。昨夜と上下が逆転している。関節技の技量も何もない、力尽くで押さえ込まれている。
抵抗の手段がない。
「──、は……」
呼吸が早い。目が乾く。滲む汗。指先の痙攣。頭が、回らない。
「……っシ……シロウ──」
──ぱ、と両手が解放され、シロウが立ち上がる。
「拙者は部屋で少し眠る。朝食の心配は無用だ」
──バタン。
オレが唖然としているうちに、言うだけ言って出て行った。
「────は?」
対するオレは、未だ混乱の最中。ベッドから起き上がる事もできずに、シロウが出ていった扉を見つめていた。