【TS】チートスキルで異世界転生無双できると思っていたのに   作:夕焼け小焼けの

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汝、天使を見よ

 

「気持ち悪くて食欲がない」

 

「す……すまぬ」

 

 せっかくシロウのオススメの飯屋に来たが、車酔いならぬシロウ酔いで食欲が出ない。

 オレを抱えたシロウという絵面があまりに悪かったので、街に入る時も一悶着あったし。

 

「あんなに急ぐ必要はなかっただろ……」

 

「それはそうだが……とにかく、少しだけでも食べられぬか? 食わねば治るものも治らぬだろう」

 

 乗り物酔いがそんな理屈で治るかはさておき、太陽が真上にあった転生直後から、何時間も何も食べていない。乗り物酔いを空腹が凌駕したので、差し出された肉を口に運ぶ。

 

 

「……うまい」

 

「だろう? ここは特に赤猪(レッドボア)が美味いのだ。他の店だと臭みが残るが、ここのタレは文字通り一味違ってな。臭みを消すのと同時に肉を柔らかくしていて──」

 

 シロウがめっちゃ喋る。やっぱり肉が好きなのかな。シロウの蘊蓄を聞き流しながら料理を食べ進める。

 空腹という最高のスパイスの影響を差し引いても、かなりの美味しさだ。

 でもパンは不味い。本来は肉と酒でお腹を満たす想定なのだろう。

 

「ぬ、そんなに物欲しそうに見てもダメだ。スバル殿に酒はまだ早かろう」

 

 シロウは自分の持つジョッキを遠ざけた。

 別に羨ましくはない。だが、何というか、子ども扱いを通り越して幼児扱いされている気がする。何だか小さくなった気がする口で肉を味わい、乾いたパンを薄いミルクで流し込んでいると。

 

「おいアレ……」

「“狼人(ろうにん)”シロウだ」

「珍しいな、いつもなら森に籠ってる時間じゃないか?」

 

 ……視線を感じる。他の客は、腕っ節に自信のありそうな男ばかり。漏れ聞こえる会話から推察するに、冒険者なのだろう。

 シロウの贔屓の店なのだから、そういう客層なのは当たり前か。ジロジロ見られるのは鬱陶しいが、シロウが気にしてないなら、オレも気にしないように努めて──。

 

 

「よぉオオカミ頭! お前にゃあここの肉は勿体ねぇだろ、生肉を齧ってるほうがお似合いだぜ」

 

 不躾な声が飛んできた。

 

「……ちと呑み過ぎではないか、ドイル殿」

 

 酒を片手に馴れ馴れしく声をかけてきた無精髭の男……名をドイルと言うらしい。どうやらシロウの知り合いのようだが……。

 

「いやいや、こんな目出(めで)たい日に呑まずにいられるかっての!」

 

 そう言いながら更に酒を呷るドイル。

 

「噂になってるぜ? あの一匹オオカミが女ぁ連れてたってな」

 

 引き摺ってきた椅子にどかりと腰を落とし、ニンマリと笑う。相席を許した覚えはないが……。

 

「ついにあのつまらん堅物野郎にも春が来たかと思うと……俺ぁ涙がちょちょぎれるぜ」

 

 オヨヨ、とわざとらしく目頭を押さえてみせる。噂……出処は街に入る時のアレかな。かなり尾ひれがついているようだ。

 ドイルは下世話な好奇心を隠そうともせず、言葉を続ける。

 

「それで? その女ってのはどんな素敵な毛むくじゃらなんだよ、まさかもう振られたなんて言わねえよな?」

 

「ドイル殿、悪いが今は──」

 

 

「……そういう仲でも毛むくじゃらでもないが、噂の相手はここにいるぞ」

 

「ぉん?」

 

 せっかくの楽しい食事が台無しだ。こちらに向き直ったドイルの、酒に濁った目玉を苛立ちを込めて睨みつける。

 すると、ドイルの据わった目が見開かれ。

 

「て──」

 

「……て?」

 

 

 

 

「──天使だ……」

 

 

 ────ッ何故バレた!?! 種族『天使』に共通した外見的特徴があるのか!? 念のため黙っていたがこの世界での天使の扱いはどうなって……。

 

 

「───いいや、女神か……」

 

 

 ………………は? 

 

 オレが呆気に取られている内に、ドイルは椅子から転げ落ちるようにしてオレの前に跪いた。

 

「──麗しいお方……名をお聞かせ頂けませんか?」

 

 言うと同時に手を取られ──ウルワシイオカタ……? 麗しい……。

 

 

「ッッ、触んな!!!」

 

 脂でベタつく手を振り払う。くそ、シロウの羽織で拭くわけにもいかないし……この酔っ払いが……! 

 

「ドイル殿! 拙者はまだしもスバル殿にまで……」

 

 あっバカお前シロウ、今名前を呼んだら──

 

 

「──スバル……貴女に相応しく美しい響きだ……」

 

「バカシロウ! バカ!!」

 

「す……すまぬ……つい……」

 

 このタイミングでわざわざオレの名前を教えてやるやつがあるか! 

 しょぼくれるシロウとは対照的に、オレの名前を噛み締めるように呟くドイル。キショすぎる……。

 

 

「スバルさん、こんな場末の酒場とは違う良い店を知っているんです。どうでしょう、私と一緒にそちらでディナーでも……」

 

 そう言って手を差し伸べてくるドイル。楽しい食事ならたった今台無しになったよ、お前のせいでな! 

 その手を叩き落としてやろうとしたところで。

 

「つまらん酒場で悪かったな! さっさと帰れ!」

「オメーもいつもここで呑んでるじゃねぇか!」

「良い店ってのもシャーリーさんの伝手だろーが! 恥を知れカス!」

 

「だぁっ! テメェら何しやがる! 俺の恋路を邪魔すんじゃねぇ!!」

 

 

 周りで見ていた他の客から、罵声と共に食べ残しや食器が飛んできた。汚ねぇ! と思うと同時にシロウが前に出て、オレに届きそうなものを全て叩き落としてくれた。

 流石シロウ、さっき名前を漏らした件はチャラにしてやろう。だが手を洗うまで、その手でオレに触るなよ。

 

「やはり呑み過ぎのようだな、ドイル殿。今日はもう帰られよ、シャーリー殿は居られぬのか?」

 

 シャーリー? さっきも聞いた名前だ。ドイルの仲間だろうか。

 すると、近くにいた別の酔っ払いが声を上げた。

 

「シャーリーさんは今日一日指名依頼なんだとよ。そんでソイツは朝からここで呑んでんだ」

 

 それを知ってるコイツはいつから呑んでるんだろうか。

 

「成る程、道理でな。シャーリー殿が不在となると、収拾がつかぬな……どうしたものか」

 

 シロウは何やら納得したようだが、オレにはさっぱりだ。ずっとオレを置き去りに事態が進む。

 なんだか腹が立ってきたぞ。

 

「シャーリーは今関係ねぇだろ! さてはシロウ、てめぇスバルさんを独り占めするつもりだなぁ!?」

 

「何故そうなる。独り占めも何も、スバル殿はモノではない。そもそも──」

 

 シロウを押し退け、まだごちゃごちゃやっている二人に割り込む。

 

「スッ……スバルさん!? 俺……じゃなくて私は……」

 

 アルコールで赤くなった顔を、更に紅くするドイル。を、無視してシロウの腕を抱え込む。もちろん汚れてない方の手な。

 

「よいしょ」

 

「──スバル殿!?!?!」

「──スバルさん!?!?!」

 

 当ててんのよ、ってな。固まるシロウを横目に、ドイルに笑いかけてやる。

 

「お前の言う通りだ、オレはシロウに独り占めされてるんだよ」

 

「スバル殿ぉォッ!?!」

「──コ……ぉヒュ……」

 

 

 振りほどくわけにもいかず手を彷徨わせるシロウと、震えながら立ち竦むドイル。何だか楽しくなってきた。

 

「シロウの方が百倍いい男だからな、お前はなんてお呼びじゃないよ」

 

「──ォ゛ッ……そんな……毛むくじゃらのオオカミの野郎に……」

 

 ガクガクと膝を震わせるドイル。ダメージが足にキている。これでトドメだ。

 

 

「お前の無精髭の方がボサボサで不潔だ──臭いから近寄らないでくれるか?」

 

「──カハッ」

 

 膝から崩れ落ちた。

 

「ドイル死んだぞ」「だははははは!!」「ざまぁねぇな、叩き出せ」「俺の方がイケてるって! こっち来いよー!」「バカオメー“狼人(ろうにん)”だぞ、関わんなよ」

 

 

 酒場に喧騒が戻る。発端はバカみたいだが、二人の諍いに酒場の雰囲気も緊張していたらしい。

 

「騒がしくしちゃって悪かったな。行こう、シロウ」

 

「スバル殿……その、腕を……」

 

 シロウの腕を抱えたまま、速足に店を出た。

 

 

 

 

 ◆◇◆

 

 

 

 

 

「あーーー、さすがに緊張したな…………」

 

「あれで!?」

 

 適当に歩いてからシロウの腕を解放してやる。

 

「なんだよ、オレがあの場を穏便に収める為に、色々考えてやったのに」

 

「穏便……?」

 

 何か文句がありそうだな。聞いてやらないが。

 

「十分穏便だっただろ。あの……ドイルもいいリアクションだったな」

 

 少しだけ評価を上げてやってもいい。マイナスがゼロに戻る程ではないが。

 シロウは大きなため息を吐いたが、何も言わずに歩き始めたので、そのあとを着いていく。

 

「飯は中途半端になっちゃったけど、少しは落ち着いたよ。ありがとう、シロウ」

 

「いや……うむ、そうか。であれば、拙者も店を紹介した甲斐があったというもの」

 

 街の風景を見回しながら二人で歩く。ファンタジー……と言うほどファンタジーな光景はないな。ケモ耳の人とか、エルフとか、馬車を曳く不可思議な生き物も居ない。歴史ある街並み、って感じ。

 

「あ、そう言えばさ……『天使』って何だ?」

 

「ゴホッ!!」

 

 シロウが咽せた。

 

「あれは……その、そうだな……確かにシロウ殿は天使と見紛う美しさであるから、ドイル殿がそう口にしたのも無理はないというか、純白に靡く髪はまさに天使の翼のようで、その真っ直ぐな眼差しは胸に突き刺さる──」

 

「まっ……待て待て待てそうじゃない! 単純に『天使』って言うのは何なのか聞いてるんだよ!!」

 

 オレも咽せた。いきなり何を言い出すんだこいつ! 

 

「あ、あぁ、そうか……すまぬ……しかし、『天使』が何か……と問われてもな。天上より舞い降りる神の使徒で……この世のモノとは思えぬほど美しい者たち……と言ったところか。教会が時折降臨を宣言しておるが、拙者は世情に疎い故、それ以上のことは分からぬな」

 

「なるほど……助かった、参考になったよ」

 

 バレても特に問題はなさそうだが、自分から喧伝するようなものでもないな。今まで通りで良さそうだ。

 

「この程度で良ければいくらでも聞いてくれ……と、着いたぞ。ここが『冒険者ギルド』だ」

 

「おぉ、これが……」

 

 目の前の建物を見上げる。大きいし、今まで見た建物より高い。街の入り口から見える距離にあるのは、利便性の為だろうか。

 

 とはいえ、華美な装飾も、洗練されたデザインもない。前世の記憶と照らせば見劣りするはずの、他より少し背が高いだけの建物だ。

 

 

「──これが……『冒険者ギルド』……」

 

 

 だが、その古びて薄汚れた佇まいは、どうしようもなくオレの胸を高鳴らせた。

 

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