地味すぎると言われたB級、引退を決意した後の周囲の反応が地味とは程遠い 作:ダイサン
俺は昔から、あまり褒められず育った。
兄は優秀で周囲からの信頼も篤く、リーダーシップを発揮して同年代の子供達をまとめていた。
妹は辺境の村一番の美貌から持て囃され、持ち前の愛嬌もあっていつも周りに人がいた。
対する俺は、家の手伝いをしても特に褒められず、友人らしい友人もいなかったのだ。
周囲から頂いた評価は、地味。
疎まれはしていない、さりとて積極的に遊びの輪に加えてもらえるわけでもない。
兄の代わりに村の仕事の手伝いに行けば「なんだ」と言われ、向こうから話しかけてきたと思ったら「妹の好みを知りたい」とかそんな話ばかり。
両親もどことなく、俺のことを粗雑に扱っている気がして、優しくしてくれるのは件の兄と妹だけだった。
そんな村を出て冒険者になったのは、十五のこと。
もともと兄がいたから家を継ぐことはなかったし、兄が村長の娘と結婚したことを機に村を出ることにしたのだ。
少しだけ、村の外であれば俺も評価してもらえるのではないかと期待して。
結果は、何も変わらなかった。
一人で冒険者となった俺に、パーティに誘ってくれるツテもなかったのである。
とはいえ冒険者生活自体はそこそこ堅調で、順当に功績を伸ばしていった。
三歳離れた年齢のせいで兄には一度も勝てなかった剣の腕も、「才能は兄とそう変わらない」という元兵士の爺さんの言葉通り、俺の生活を支えてくれたのだ。
そうして地味という評価以外は何ら不足なく、俺は冒険者を続けて十年。
気がつけばB級にまで上り詰めていた。
これは一般的に一流と呼ばれる冒険者の等級で、常人が到達できる等級の最高峰だろう。
上のA級は才能に加えて、冒険者としての華やかさも求められるからだ。
俺には、絶対に手の届かない等級である。
決して、充実していないわけではない。
むしろ冒険者としてはかなりの立ち位置にいるとは思う。
それでも冒険が終わり疲れて宿に戻った時、自分が一人であることを俺はどうしても実感する。
冒険の話を共有する相手がいないと自覚してしまう。
ずっとそんな人生を送ってきたと、俺は思っていた。
――そんなある時、俺は冒険の最中大きな怪我を負ってしまう。
顔に魔物の爪が突き刺さり、片目を潰してしまったのだ。
冒険者として、視覚を失うことはあまりにも大きな足かせになる。
そう思った時、ふとこれまでの人生を振り返った俺は、こう思ったのだ。
そうだ、もう冒険者を引退しよう、と。
――
引退、といってもすっぱり冒険者を辞めるわけではない。
むしろ、冒険者そのものは一応続けつつ、次の働き先をどうするかゆっくり考えようというのが俺の方針だった。
ただ、これから俺が受ける依頼は”冒険”とは程遠いものである。
要するに、引退するにも順序があるということだ。
「あれ、ジギルさん。珍しいですね、街の溝浚いの依頼だなんて」
「……ああ、そうなんだよアリッサさん」
朝早くのギルド、クエストボードに貼り付けられていた依頼書の一つを選び、受付に持っていく。
十年も同じギルドで活動していれば、自然と相手の顔は覚えるものだ。
向こうもそれは変わらないようで、俺は自分の受けた依頼に疑問を持たれた。
そのことが少しだけ意外で、俺は返答にちょっと遅れたのだ。
「いや、ほら。なにせこの傷だろう。治すにも結構な金がかかる」
「あー……えっと、大きい熊の魔物に襲われて怪我したんでしたっけ?」
「ははは、まぁそんなところだな」
実際は熊ではないのだが、怪我をしていることに驚かれないだけでも、まだ自分にしては話が知られている方だろう。
逆に言えば、怪我をした状態でギルドに顔をだしても、あまり驚かれた様子はなかったのだが。
なお、怪我自体は普通に治療が可能だ。
ただ潰れた目を再生するとなると、相当高度な治癒魔術が必要になる。
そのための費用を払って危険な冒険者生活を再開するよりも、その費用をゆっくり過ごすための時間に当てつつ、今後の身の振り方を考えたほうが有意義だ。
「それで溝浚いなんですね……」
「他には、新人教練の依頼を増やそうと思ってる」
「本当ですか!? あまり人気のない依頼ですから、ジギルさんにそう言っていただけると助かります!」
「お、おう」
依頼を受けて助かりますとか、初めて言われたかも知れない。
まぁそれも、こうして普段と違って人の少ない時間帯にギルドを訪れたからなんだろうけど。
溝浚いは朝から始まって、人通りが増える前に終わらせないと臭いでクレームが来るからな。
なぜかギルドに。
「それにしてもそうですか……ジギルさんがそういった依頼を増やされると成ると、なんだか少し寂しくなりますね」
「そうか? いつも一人でギルドに来てるし、そんな目立たないだろ、俺」
「えー、そんなことないですよ、ところで――」
使ってる装備も、見てくれも、どこから見ても地味な冒険者なんだから、俺は。
これで兄や妹みたいに目鼻立ちがはっきりしてりゃ、もう少し周りも声をかけたんだろうけどな。
本当に、どこにでもいる地味な男で、冒険者。
俺はそうやって、この十年を過ごしてきたんだから。
なんて考えてると、受付のアリッサさんが不思議なことを問いかけてきた。
「それで、復帰はいつ頃にされるおつもりなんですか?」
「え?」
「え?」
復帰……復帰?
「いや、復帰の予定はないけど」
「えっ」
「このまま街で出来る依頼を中心にして、ゆっくりと過ごせる時間を増やしながら今後のことを考えようかと思ってたんだが」
「………………ちょ、ちょっと待ってください?」
なぜか待ったがかかった。
いや、俺としても十年働いたんだ、そろそろ次のキャリアとか考えてもいいかと思うんだが。
商人の荷積みの現場とかどうだ?
たまに行商についていって、一応護衛をかねつつ各地を見て回るのとか、面白そうだよな。
「とりあえず……あまり長話してると、溝浚いに遅れる。そろそろ行ってもいいか?」
「あー、えっと……まぁ、そうですね……はい」
今まで見たこともないようなアリッサさんの反応に困惑しつつ、俺は溝浚いの現場へと向かうのだった。
――
ジギルといえば、ハーイルドの街において知る人ぞ知る冒険者だ。
地味、といえばそのとおりなのだが、彼に対する周囲の評価は間違いなく彼が思うよりずっと高い。
何と言っても彼が凄まじいのは、この十年間ほとんど長い休みを取ることなく冒険者を続けてきたことだ。
普通、冒険者になる人間はそこまで真面目ではない。
どこかしらで適当にサボって、せっかく貯めた金をすべて吐き出したり、ギャンブルで溶かしたり。
中には酒に酔って問題を起こす輩もいれば、山賊に堕ちるものすらでてくる職業。
それが冒険者。
ジギルが冒険者になったのは、ひとえに剣の才能に恵まれていたから。
そのうえで、ジギルが村を出た時期に兵士の募集が行われておらず、剣の腕を活かそうと思ったら冒険者しか選択肢がなかったから。
本当にそれだけのめぐりあわせで、彼は真面目すぎる性格であるにも関わらず、荒くれ者の多い冒険者になったのだ。
とはいえ、彼が地味であるというのも間違いではない。
少なくとも、多くの荒くれ者や普通の冒険者は彼に注目しないだろう。
見た目や雰囲気、なにより本人の低い自己評価が原因で、彼には覇気と呼べるものがない。
しかし、彼を長く見ている者ほど、その彼の堅実で真面目な性格に気付くだろう。
才能に溢れ周囲からは尊敬を集め、端から見れば”恵まれている”と思うものは、特に。
なぜなら、彼らの周囲にジギルのような真面目すぎる地味な人間はそうそういないから。
大抵の場合、そういう恵まれている者を見た時の人々の反応は称賛か嫉妬。
しかしジキルはそうではない。
嫉妬は決してないわけではないが、一切の嫉妬もないほうが不気味である。
何よりジギルの言葉は誠実に相手を評価したものだ。
恵まれたものほど、自分を個人として見てくれる者は少なくなる。
だが、ジギルはそうではない。
そのことに気付いてしまったものほど、「彼の良さを知っているのは自分だけ」という評価に陥る。
現代風に言う慣れば地味眼鏡巨乳図書委員みたいな男なのだ、ジギルは。
それ故に、周囲は彼の引退に動揺する。
あのジギルがどうして!?
こうして、ジギルの冒険者生活に、一つの大きな変化が生まれた。
その先で彼がどのように人生を見つめ直すのか、その答えはまだ誰も知らない。