春はあけぼの。
やうやう白くなりゆく山ぎは、すこしあかりて、
紫だちたる雲のほそくたなびきたる。
そんな言葉を、ふと思い出す。
雪はすっかりと溶け、季節は静かに春へと移り変わっていた。
各地のアブリーたちが目を覚まし、美しく咲く花々のまわりを、軽やかに飛び交っている。
今も昔も変わらない、青い空。
そこに揺蕩う雲を掴もうと、僕はそっと手を伸ばした。
当然、届くはずもない。
けれど、不思議と悪い気はしなかった。
大人になって、ようやく分かる。
子供の頃に見ていた世界のこと。
目に映るすべてが新しくて、どこまでも続く冒険の入口のように輝いていた、あの感覚。
そしてきっと、大人になったからこそ、その記憶がもう一度、違う形で世界を輝かせてくれるのだろう。
……まぁ、僕にはそんな楽しい記憶、ほとんどなかったけど。
「ピカピ……ピッカ♪」
「あぁ……懐かしいな」
僕は今、クチバシティの外れにある、小さな花畑の前に立っている。
初めて、うすチュウと出会った場所。
僕たちの、すべての始まりの場所。
僕は、うすチュウに優しく語りかける。
「ここでさ、僕とうすチュウは出会ったんだ。このアサガオに埋もれるように、キミは眠っていた」
「ピカ……」
「見たこともないくらい、淡い黄色でさ。今にも消えてしまいそうなくらい、儚くて綺麗だった」
「ピカピ……」
「最初はね、すぐに死んでしまうんじゃないかって思ったんだ。でも実際は全然違ってさ」
思わず、小さく笑みがこぼれる。
「儚いどころか……むしろその逆だった。タフって言葉をそのままポケモンにしたみたいな子だったよ、キミは」
「ピカチュ……」
「見た目はあの頃と変わらないのにね。中身はすっかり強くなってさ」
少しだけ、視界が滲む。
「今じゃ……僕の方が、よっぽど弱いみたいだ」
「ピ……カ……」
「本当に、色んなことがあったな」
指折り数えるように、言葉を紡ぐ。
「一緒にポケモン図鑑を眺めたり。夏の海でサーフィンしたり。月夜の下で歌ったり。雪の上ではしゃいだり」
「ピカ……」
「あっという間の一年だった」
静かに、噛みしめるように言う。
「でもね」
そっとうすチュウを見つめる。
「僕の人生の中で……一番、輝いてた一年だったよ」
「ピカピ……」
「全部、キミがそばにいてくれたからだ」
僕はゆっくりと、うすチュウに向き直る。
これまでのすべてを込めて。
精一杯の、笑顔を向ける。
———これが、最期の
「ありがとう、うすチュウ」
「僕の元に来てくれて」
「僕に、たくさんの思い出をくれて」
声が、少しだけ震える。
けれど、それでも。
「本当に、ありがとう」
春の風が、そっと吹き抜けた。
花びらが揺れ、光が差し込む。
まるで、世界が優しく包み込むように。
「大好きだよ、うすチュウ」
『なんだか、眠くなっちゃったな』
『あなた』はそう言って、アサガオに埋もれるように、そっと倒れました。
『おいで、うすチュウ』
「……はい」
わたくしは、寄り添うように『あなた』の胸の中へと身を預けます。
『あなた』は柔らかく微笑み、わたくしを優しく抱きしめてくださいました。
『あったかい……』
「……そうですね」
暖かい。
けれど、その温もりは、少しずつ、確実に消えていく。
『ごめんね、うすチュウ。キミを一人残してしまうなんて……』
「……いいえ、大丈夫です」
「わたくしは、一人ではありませんから」
その言葉に応えるように、『あなた』の腕の力が、ほんの少しだけ強まりました。
『ねぇ、うすチュウ。キミは……僕と出会えて、幸せだった?』
「……当然です」
一つひとつ、確かめるように言葉を紡ぐ。
「『あなた』と出会ってからのこと」
「『あなた』と過ごしてきた日々」
「『あなた』と作り上げた思い出」
「そのすべてが、わたくしにとって、かけがえのないものです」
胸の奥が、締め付けられる。
それでも、止めない。
「『あなた』がいたから、今のわたくしがいるのです」
声が震える。
それでも、笑う。
「わたくしは……『あなた』と出会えて、本当に幸せでした……っ」
『———そっか。それは……よかった』
『あなた』は、心から安堵したように微笑みました。
そして。
わたくしを包んでいた腕が、ゆっくりと力を失い、地面へと落ちていきます。
「……っ」
離れてしまわないように、その腕を強く握りしめる。
消えていく。
『あなた』の温もりが。
『あなた』との時間が。
静かに、確実に、終わりへと向かっていく。
『なんか……疲れちゃったな……』
「……そうですね」
「そろそろ、眠る時間が来たのかもしれません」
声を整え、そっと囁く。
「大丈夫です」
「安心してください」
「わたくしが……ずっと、そばにいますから」
『———ありがとう、うすチュウ』
その言葉を最後に。
『あなた』の瞳が、ゆっくりと閉じていく。
ぽたり。
ぽたりと、涙が頬を伝い落ちる。
それを拭うこともせず、わたくしはただ、『あなた』の胸に顔を埋め、消えゆく温もりに寄り添い続けます。
『おやすみ、うすチュウ』
「———おやすみなさい、『あなた』」
【あとがき】
まずは、本作品を読んでくださった皆様に、心より感謝を申し上げます。
本当にありがとうございました。
本作品を書いたきっかけは、『ぽこポケ』に登場するうすチュウが、まるでKey作品のヒロインのようだと感じたことでした。
しかし実際の本編では、うすチュウはKeyヒロインどころか、むしろ非常にタフなお姉さんキャラで、少し拍子抜けしてしまいました。とはいえ、物語の最後でうすチュウが死んでしまうような最悪の結末にならなかったことには、安堵しています。
それでも、どうにか「うすチュウがヒロインの物語」を見てみたい。
そう思い、小説サイトを探してみたのですが、うすチュウがヒロインの作品どころか、うすチュウが登場する小説自体がほとんど見当たりませんでした。
「なんでや、おまいらぽこポケやっとらんのか!?」
そんな感情を爆発させつつ、「だったら自分で書けばいいじゃないか」という結論に至り、本作品が生まれました。
……とはいえ、結果的には、うすチュウではなく人間である『あなた』のほうが、Keyヒロインのような立ち位置になってしまいましたが。
それでも、自分の書きたいものは書き切ることができたので、個人的には非常に満足しています。
やや駆け足な展開だったため、『あなた』とうすチュウの穏やかな日常をもっと見たかった、という方もいらっしゃるかもしれません。
実際、書こうと思えば書けたのですが、執筆の勢いが落ちてしまうのが怖く、一気に最終話まで書き上げる形を取りました。ご理解いただければ幸いです。
本作の設定について少し補足します。
人間である『あなた』は、ウルトラスペース由来のウイルスによって身体を蝕まれ、やがてUBへと変貌してしまう病に侵されています。
抑制剤の開発自体は進んでいましたが、人類の宇宙移住計画が優先された結果、研究は中止となりました。
さらに、曾祖父母であるヨウとリーリエも寿命で亡くなり、抑制剤も尽き、『あなた』はただ死を待つだけの状態となっていました。それが第1話の時点です。
そこへ、うすチュウが現れます。
彼女と出会い、共に過ごし、かけがえのない思い出を積み重ねたことで、『あなた』はUBになることなく、人間として最期を迎えることができました。
もし、うすチュウと出会っていなければ、第9話で描かれたように、ウイルスに侵食され、UBへと変わり果てていたことでしょう。
UBとなった『あなた』に、人間だった頃の記憶はありません。
ただ目に入るものを破壊するだけの存在となります。
当然、それは宇宙移住計画にも大きな支障をきたすため、エーテル財団が動き出します。
そして最終的には、実の両親や祖父母の手によって駆除されてしまう———そんなバッドエンドに直行する運命だったはずです。
『あなた』の両親や祖父母は、『あなた』に愛情が無かった訳ではありません。
しかし、サンムーンのルザミーネに近い性格をしているため、息子ではなく人類を選んだ感じです。
ですが本作では、『あなた』は人間のまま最期を迎え、うすチュウと共に眠りにつきました。
人によっては救いのない結末に見えるかもしれません。
それでも、『あなた』とうすチュウにとっては、きっと幸せな結末だったのではないかと、私は思っています。
長々と語ってしまいましたが、これにて
「なんか、色が薄いピカチュウを見つけたんだけど」は完結となります。
それと、最後にちょこっとだけおまけを書きましたので、クチバシティのBGM(HGSSアレンジVer)を聴きながら読んでいただけると嬉しいです!!
ここまでお読みいただき、本当にありがとうございました!!
メタモンさんやモジャンボ博士のおかげで、この海辺の街も、気がつけば賑やかになりました。
記憶も徐々に蘇り、今ではピチューちゃん、エレズンくん、デデンネちゃんとも再会することができ、わたくしは幸せな日々を送れています。
けれど、何かが足りない。
『誰か』が、そばにいない。
そんな想いが、日に日に強くなっていくのです。
その正体が誰なのか、分かりません。
ポケモンなのか。
それとも、人間さんなのか。
うっすらと蘇る記憶の中で、共に過ごした『誰か』。
優しくて、暖かくて、かけがえのない思い出。
それを思い出せないもどかしさと苦しさが、棘のようにわたくしの心に突き刺さっています。
そのうち思い出すことができるのか。
それとも、きれいさっぱり忘れてしまうのか。
それはまだ分かりませんが、今はこの平和な日々を大切にしていかなければなりません。
大きくなったあの子たちに弱いわたくしを見せないためにも。
「お姉ちゃんんんんんーーー!!!」
物思いにふけっていたわたくしのもとへ、あの子たちが駆け寄ってきました。
「聞いて聞いて! メタモンがまた新しいポケモンを見つけたみたいだよ!」
「おれっち、あんな色のポケモン見たことない!!」
「はやくお姉ちゃんも見てみてよ!! きっと驚くよ!!」
「わかりました♪ では、その新しいお友達のところへ案内してくれますか?」
「「「うん!!」」」
三人は無邪気に笑いながら、わたくしの手を引っ張ります。
あぁ、この子たちがこんなにも立派に成長してくれていることが、わたくしは本当に嬉しいです。
これもまた、メタモンさんのおかげですね。
今度また、お礼をしなければいけませんね。
そう思っていると、三人は目的の場所へとわたくしを案内しました。
「ここは……」
そこは、わたくしとメタモンさんが出会った場所。
そして、わたくしが眠っていた場所でもありました。
モジャンボ博士たちが、その周囲に集まっています。
わたくしと同じように、誰かがあのアサガオの中で眠っているのでしょうか。
わたくしは、ゆっくりと皆さんのもとへ歩いていきました。
すると———
「ぶえっくしょんっ!!」
「———え?」
大きなくしゃみが、わたくしの耳に響きました。
どこか聞き覚えのある声が、モジャンボ博士と会話しています。
「おや? もしかしてお主、花粉症かのう?」
「花粉症? 何それ?」
「花粉症というのはのう……植物が新たな生命を生み出す際に発生した花粉によって、目のかゆみや鼻水が出てしまうアレルギー症状のことじゃよ」
「えぇ!? 植物の交尾のせいで、僕はこんなに苦しまなきゃいけないの!?」
「交尾というより、受粉じゃの」
「知らないよっ! 子作りするなら誰にも迷惑をかけず、こっそりやれ! ついでに生まれてくる子にはもう少し優しくしてやれ! 健全な身体で産んでやれ!」
「———!」
「うむ、なんという八つ当たりじゃ。むしろ清々しいわい」
一歩、また一歩近づくたびに、その声がはっきりと聞こえてきます。
そしてそれに呼応するように、わたくしの中に渦巻いていた記憶が、徐々に戻ってきました。
「それにしてもお主、変わった色のリオルじゃのう? 黄色のリオルは初めて見たわい」
「そうなの?」
「———!」
「へぇ、普通のリオルは青色なんだ。……というか、リオルって何?」
「リオルとはお主のことじゃよ。……もしかして記憶がないのか?」
「記憶……多分そうかも。なんか、誰かと一緒に寝ていたような気はするんだけど……」
「———!」
「そうじゃの、メタモン。同じ記憶喪失の彼女ならば、何か通じるものがあるかもしれん……っと、話をすればなんとやらじゃ。おーい、うすチュウ。こっちへ来ておくれ!」
モジャンボ博士がわたくしを手招きしていましたが、わたくしはその隣にいる黄色いリオルに視線を奪われていました。
少し淡い黄色のリオル。
どこか切なくて。
どこか懐かしい。
不思議な感覚。
『大好きだよ、うすチュウ』
「———ぁ」
蘇る記憶。
『あなた』と過ごした、大切な日々。
大好きな『あなた』の存在。
ぽたり、ぽたりと涙があふれ出します。
周囲の皆さんは心配そうに近づいてきますが、わたくしには目の前の
「……?」
何を言うべきか。
何を伝えるべきか。
頭の中がぐるぐると渦を巻く中、
「えっと……おはよう、ございます……?」
「っ……」
じわりと視界が滲み、涙があふれ出します。
あの日、流れ星に願った『あなた』の願いが。
わたくしの願いが。
長い時を経て、叶ったのです。
『あなた』に伝えたいことが、たくさんあります。
たくさん、たくさんあるんです。
溢れる想いで胸がいっぱいになり、涙が止まりません。
けれど、わたくしはいつものように笑みを浮かべ、『あなた』にこう言うのです。
「おはよう、ございます……っ!」
……ぽ こあポケモン編いる?(実はなんとなく構想が出来てたり……)
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いる!!!!(強くて固いいしの男)
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いらない
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人間編見たい!!!!(おてんば人魚)
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おまかせするよ