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『ほら、うすチュウ。すごく綺麗だろ? これは線香花火って言うんだよ』
「わぁ……とっても、とっても綺麗ですわ……」
パチパチと儚く弾ける火花に、わたくしは思わず手を伸ばしてしまいます。
『ちょ、ちょっと!? 熱いから触っちゃダメだよ! やけどしちゃうよ!?』
「あっ、ご、ごめんなさいですわ……」
『あなた』に注意されて、伸ばした手を名残惜しく引っ込めました。
『もう……相変わらずうすチュウはタフというか、向こう見ずというか……困ったもんだよ、全く』
「うぅ……返す言葉もありませんわ……」
『あなた』に叱られると、胸の奥がきゅうっと締めつけられて、自然と耳がしおれてしまいます。
そんなわたくしを見て、『あなた』は小さくため息をつきながらも、消えた線香花火を水の入ったバケツに落とし、そっとわたくしを抱き上げてくれました。
『手、大丈夫? やけどしてない?』
———やっぱり、『あなた』は優しい。
危ないことをした時も。
怪我をした時も。
落ち込んでいる時も。
こうして、何も言わずに抱きしめてくれる。
その温もりが、わたくしは何よりも大好きなのです。
「大丈夫ですわ♪ 『あなた』が止めてくれたおかげで、どこも怪我をしていません♪」
『うーん……大丈夫そうだね。よし、そろそろいい時間だし、家に帰ろっか』
「はい、わかりましたわ♪」
『あなた』の腕の中で揺られながら、わたくしは、初めて出会った日のことを思い出していました。
名前も、記憶も失くして。
ただ、お花畑の中で眠っていたわたくしを見つけてくれた『あなた』。
ひとりぼっちだったわたくしに、誰よりも優しく、そしてどこか儚い笑顔を向けてくれた『あなた』。
親も、友人も、パートナーのポケモンもいないまま。広すぎるお屋敷で、たった一人暮らしていた『あなた』。
ジョーイさんには気づかれないように振る舞っていましたが、わたくしには分かりました。
『あなた』の心の奥に、静かに沈んでいる孤独が。
誰よりも優しい『あなた』が、その命が尽きるまで独りでいなければならないなんて、そんなの、あまりにも残酷です。
だから、決めたのです。
『あなた』が寂しくならないように。
わたくしがずっと、そばにいると。
大きなお屋敷には、高価な家具や美しい調度品が並んでいました。
けれど、それらはどこか冷たくて。
触れても、心は少しも温まりませんでした。
まるで、ただそこにあるだけの重たい塊のように。
でも、その中にも、確かに温もりはありました。
それは、『あなた』がくれたピッピ人形。
それは、楽しそうに見せてくれるポケモン図鑑。
ひいおじいさまと、ひいおばあさまが遺してくれたもの。それらには、ちゃんと『あなた』想う気持ちが宿っていました。
触れるたびに伝わってくるのです。
『あなた』がどれだけ愛されていたのかが。
だから、わたくしも。
お二人のように、この人に温もりを届けたいと思ったのです。
『んー? もしかしてうすチュウ太った? 前よりちょっと重くなった気がするぞー?』
「そ、それは……」
誤魔化すように、わたくしは『あなた』の胸に耳をそっと押し当てます。
ドクリ、ドクリと響く鼓動。
体の奥を流れていく、見えない力の気配。
生きている音。
わたくしは、人間さんのことをあまり知りません。だから、これが正しいのかどうかも、分かりません。
けれど。
『あなた』の中には、ほんのわずかに、どこか歪んだ、静かな違和感がありました。
健康な流れに紛れて、少しずつ広がっていく「何か」。
それが何なのか、わたくしには分かりません。
ただ一つ。
それが『あなた』の身体を少しずつ蝕んでいるということだけは、分かってしまうのです。
取り除くこともできない。
代わってあげることもできない。
ただ、見ていることしかできない。
それが、こんなにも苦しいなんて。
『……そんな顔するなって。確かに重いとは言ったけどさ、それは元気になった証拠だよ。前は軽すぎだったんだから』
違うんです。
わたくしは、そんなことで悲しいのではなくて———
『……あっ、見てみろようすチュウ! 流れ星だ!』
夜空を、一筋の光が駆け抜けました。
そのあとを追うように、また一つ、また一つと光が流れていきます。
『ひいじいちゃんたちが言ってたんだ。流れ星に願いを込めると、ほしぐもちゃんが叶えてくれるんだって!』
そう言って、『あなた』は手を組み、静かに目を閉じました。
『明日も、これからもずっと、うすチュウと幸せな時間を過ごせますように……』
その願いを聞いた瞬間。
胸の奥が、ぎゅっと痛くなりました。
同じ願いを、抱いているのに。
同じ未来を、望んでいるのに。
———それが叶わないかもしれないことを、わたくしは知っている。
だから。
だからせめて。
この願いだけは———
わたくしは、夜空へそっと、願いを託します。
「『あなた』が幸せに過ごせますように……」
流れ星は、答えをくれることもなく。
ただ静かに、消えていきました。
けれどその残光は、しばらくの間だけ———
わたくしたちの時間を、優しく照らしていたのです。
ふと、『あなた』が見せてくれたテレビの映像で流れていた歌のことを思い出しました。
あのときは、よく分からないまま聞いていたはずなのに。今は、その言葉が、胸の奥にすっと染み込んできます。
わたくしは、『あなた』に出会えて本当に幸せです。
だから。
その時が来るまで。
わたくしは、ずっと———
『あなた』のそばにいます。
「どういうことです!? なぜ研究が中止されるのです!? あの子はまだ生きているのですよ!?」
「———お婆様、仕方がないのです」
「何が仕方ないっていうんだ!?」
「お父様、解毒薬の製造は“進展していない”のです」
「……っ」
「原因不明、治療法なし。今後も、見つかる保証はありません」
「だから諦めろと言うのか!?」
「いいえ、———優先順位を変えるだけです」
「……何だと?」
「現在、世界規模で環境の崩壊が進んでいます」
「このままでは、人類は地上で生存できなくなる。そのための宇宙移民計画です」
「……そんなもののために、あの子を切り捨てるのか!」
「切り捨てるわけではありません。“後回し”にするだけです」
「ふざけるなッ!!」
「父さん、時間がないのです。人類全体に残された猶予は、そう長くない。一人の治療に固執すれば、全体が間に合わなくなる可能性がある」
「だから、今はそちらを優先する。それだけの話です」
「……っ、お前たち……!」
「———分かりました」
「リーリエ!?」
「エーテル財団の権利は、すべてお渡しします」
「……賢明な判断です、お婆様」
「ですが。———あの子は、私たちが引き取ります」
「……理由を聞いても?」
「私はあの子を見捨てたりなんかできません。———きっと、治療法が見つかるはずです」
「……可能性は限りなくゼロに近い」
「ゼロではありません」
「……」
「それに———あの子は、まだ生きています」
「……感情論ですね」
「はい。ですが、問題はありません」
「あなたたちは未来を選ぶ」
「私たちは、あの子を選ぶ」
「それだけです」
「……好きにしてください。我々は干渉はしません。資源の提供も行いません」
「構いません」
「———契約成立ですね」
「本時刻をもって、エーテル財団の全権は移譲されます」
「……ありがとうございます、お婆様。我々は人類の存続のために、最善を———」
「———行こう、リーリエ」
「———はい、ヨウさん」
「「———あの子のところへ」」