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夕暮れの空にはヤンヤンマやメガヤンマが飛び、草むらからはコロボーシやコロトックが秋の音色を響かせている。
空は高く、風は遠く、世界のすべてが秋の気配をまとっていた。
懐かしい———というより、どこか寂しさを含んだ季節になってしまった。
うすチュウと作ってきた思い出が、夏の香りとともに薄れて、ゆっくりと消えていくような感覚。
それは、手を伸ばしても届かない。
止めることのできないものだ。
だからこそ、新たな思い出を作らなければならないのだろう。
消えていく思い出は、また作り直せばいい。
そう、それだけだ。
「うすチュウ、おつきみやまって知ってる?」
「ピカピカ?」
屋敷の入口に腰を下ろし、満月を見上げながら、僕はうすチュウへ問いかけた。
「ニビシティとハナダシティの中間にある山でさ。名前の通り、月と何か関係がある山なんだ」
「ピカ〜……」
「おつきみやまには、つきのいしの原石が眠っていると言われていてね。昔は多くの人が、それを求めて山に入ったらしいよ」
「ピカピ〜」
「それに、ピッピの住処でもあるらしい。お前のポーチについているピッピと同じポケモンさ」
「ピカー? ピッカ♪」
うすチュウは、ポーチのピッピ人形を見つめ、そっと抱きしめた。
「洞窟の奥には、古代ポケモンの化石が眠っているとも言われてる。つきのいしも、宇宙からやってきた石だって話だ。ひいじいちゃんやひいばあちゃんも、研究のためによく調査に行ってたらしいよ」
「ピカピ……」
「まぁ、結局は何も見つからなかったらしいけどね」
「ピ……カ……」
うすチュウは悲しそうに顔を伏せた。
つきのいしや古代ポケモンに興味があるのだろうか———それとも、宇宙に。
そうだ。宇宙といえば、両親や祖父母たちも研究していたはずだ。
この屋敷の地下にも、資料やデータが眠っていると聞いたことがある。僕は興味がなくて、一度も入ったことはないけれど———
「……明日、この屋敷の地下に行ってみよっか」
「……ピカ?」
「父さんたち、宇宙の研究をしてたんだ。ほとんどはエーテル財団の本部に移されたらしいけど、何か残ってるかもしれない。うすチュウ、気になるんでしょ?」
「……ピカッ♪」
「よし、決まりだ。……でも今は、お月見を楽しまなきゃね。来年も一緒に見られるとは限らないし」
「———ピッカ♪」
うすチュウは、いつもと変わらない、どこか儚い笑みを浮かべた。
その瞳の奥に、わずかな陰りが揺れる。
——きっと、僕の気持ちを読み取ってしまったのだろう。
僕は、うすチュウに悲しい思いはしてほしくない。
いつまでも健康で、幸せでいてほしい。
だからこそ、この気持ちは悟らせてはいけない。
「——ちょっとここで待ってて」
「ピカ……?」
首を傾げるうすチュウを残し、僕は屋敷の中へ入った。
探しているのは、父と母が置いていったギター。
僕のためではなく、ただ必要なくなったから置いていかれたもの。
時間を持て余していた僕は、そのギターと一緒にあった教本を読み、独学で練習した。プロみたいには弾けないけれど、弾き語りくらいならできるようになった。
ギターを手に、僕はうすチュウの元へ戻る。
「じゃーん! ギターでーす!」
「ピカー?」
うすチュウは、不思議そうにそれを見つめている。
これが何か、まだ知らないのだろう。
なら、教えてあげよう。
音で伝えるものを。
今までは、聴かせる相手なんていなかった。
でも今は違う。
僕は初めて、自分以外の誰かのためにギターを弾く。
少しだけ緊張する。
けれど、これもきっと、うすチュウとの大切な思い出になる。
震える指を、ゆっくりと弦に置く。
そして僕は、静かにギターを鳴らし始めた。