ゲヘナ特務執行隊「レイヴン」   作:ゴリさん39

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第14話 他支部 

 

 休みの日の朝は、任務の日より少しだけ空気が軽い。

 

 だからといって、レイヴンの中までのんびりしているわけではなかった。

 廊下を誰かが歩く音はあるし、どこかで端末の通知音も鳴る。

 支部という場所そのものが、完全に止まることはないらしい。

 

 ユウはそんな朝の空気の中で、少しだけ気を抜いていた。

 

 机に向かって端末をいじっていると、先輩が背後から短く言う。

 

「暇か」

 

 ユウは振り返る。

 

「休みですからね」

 

「そうか」

 

 それだけ言って終わるのかと思ったが、先輩は続けた。

 

「他支部を回る。来るか」

 

 ユウは少しだけ目を瞬かせた。

 

「見学、みたいな感じですか」

 

「挨拶回りだ」

 

「休みの日に?」

 

「休みの日だからだ」

 

 理屈がよくわからない。

 でも先輩がこういう時に完全な無意味をやる人ではないのも、少しずつわかってきていた。

 

 窓際にいたアノミマスも、こちらを見ている。

 行く気らしい。

 つまり、ユウだけ残る選択肢はあまりない。

 

「……行きます」

 

「なら準備しろ」

 

 それで決まりだった。

 

 *

 

 支部から少し離れた連絡通路は、ユウが思っていたより広かった。

 

 レイヴンといっても、自分たちの部屋と調査区画くらいしかまだよく知らない。

 だからこうして別区画へ歩くと、同じ組織の中なのに知らない場所ばかりが続いている感じがした。

 

 先輩が先に歩く。

 アノミマスはその少し後ろ。

 ユウも並びに入る。

 

「休みなのに、みんな普通に動いてますね」

 

 ユウがそう言うと、先輩は前を見たまま答える。

 

「休みのやつと、休みじゃないやつがいるだけだ」

 

「夢のない言い方しますね」

 

「夢で回る組織じゃない」

 

 その通りだった。

 

 最初に通ったのは、調査群の別区画だった。

 

 ガラス越しに見える室内では、端末をいくつも開いた隊員たちがログや記録を睨んでいる。

 話し声は少ない。

 代わりに、キーボードを叩く音や端末のスクロール音が途切れず続いていた。

 

 ユウがそちらを見ると、先輩が短く言う。

 

「第1班《アーカイブ》寄りだ」

 

「情報解析専門」

 

「覚えてたか」

 

「さすがにちょっとずつは」

 

 先輩はそれ以上何も言わなかったが、否定もしなかった。

 

 さらに進むと、今度は通信機材の多い区画に出た。

 壁面モニタ、配線、外部接続端末。

 ユウが一目見て「自分には無理そう」と思う種類の空間だ。

 

「第2班《リンクス》」

 

 先輩の補足はいつも短い。

 

「ネットワークとか、そういうやつですか」

 

「そういうやつだ」

 

「雑」

 

「伝われば十分だ」

 

 たしかに伝わってはいた。

 

 挨拶回りといっても、先輩は毎回立ち止まって長話をするわけではない。

 廊下ですれ違った相手に短く声をかける。

 相手も短く返す。

 その繰り返しだ。

 

「おはようございます」

 

 ユウが軽く頭を下げると、向こうも少しだけ視線を寄越す。

 

「第8班の新人か」

 

「はい」

 

「昨日の件、無事終わったらしいな」

 

「一応」

 

「一応で済ますな」

 

 そう言いながら、その隊員は少しだけ口元を緩めた。

 

 ユウは、自分が少しずつ「第8班の新人」として認識され始めているのを感じた。

 悪い気はしない。

 でも、少しだけむず痒い。

 

 次に通った区画は、空気が少し違った。

 

 工具の音がする。

 金属を打つ小さな響き。

 油と焼けた金属みたいな匂い。

 

 ユウが顔を向けると、半開きの整備シャッターの奥に、分解された部品や作業台が見えた。

 

「フォージですか」

 

「そうだ」

 

 答えながら、先輩は足を止めない。

 

 奥では、外装を外された何かの機材に数人が取りついている。

 ユウには何を触っているのかよくわからない。

 でも、危ないものを普通の顔で触っていそうな空気だけは伝わる。

 

「ここ、ちょっと怖いですね」

 

「お前はすぐ怖がるな」

 

「怪談よりマシですけど、別方向で怖いです」

 

 その時、アノミマスが作業台の上に置かれていた細い金属片をじっと見た。

 ユウがそちらを見る。

 

「どうした」

 

「……きれい」

 

 ぽつりと言っただけだった。

 どうやら怖いとか危ないとかではなく、単純に光り方が気になったらしい。

 

 そこからさらに歩くと、今度は封鎖区画の前を通る。

 扉は分厚く、警告表示がいくつも並んでいる。

 

 ユウは思わず足を緩めた。

 

「ここは?」

 

「バスティオン寄りだ。見るだけにしろ」

 

 先輩の声が少しだけ固くなる。

 

 それでユウもすぐに察した。

 ここは“説明してもらう場所”じゃなく、“まだ近づかない方がいい場所”だ。

 

「はい」

 

 素直に頷く。

 

 そのまま通り過ぎるだけでも、扉の向こうに何かがちゃんとあるのだと感じられた。

 見つけた火種を、閉じて、見張って、残しておく場所。

 レイヴンの仕事が、少しずつ立体になっていく。

 

 連絡通路を抜けた先で、モービル寄りの区画へ入った。

 

 ここは空気が少し広い。

 天井が高く、通路も広い。

 車両搬入口が近いからだろう、ほかの区画より人の動きも機材の動きも大きい。

 

 ユウは少しだけ周囲を見回す。

 

「ここ、落ち着かないですね」

 

「搬送区画だからな」

 

 先輩が言ったちょうどその時だった。

 

 周囲の空気が、ほんの少しだけ変わった。

 

 誰かが走ったわけじゃない。

 怒鳴り声が上がったわけでもない。

 でも、整備員が顔を上げる。

 搬送担当が端末を確認しながら歩調を速める。

 遠くの区画で合図灯が点き、何人かが自然に通路の端へ寄った。

 

「……何か来るんですか」

 

 ユウがそう聞いた直後だった。

 

 低く、重い音が空を震わせた。

 

 最初は風かと思った。

 でも違う。

 回転音だ。

 しかも一つや二つじゃない。

 大きなプロペラが空気そのものを押し潰すみたいな重い響きが、頭上から落ちてくる。

 

 ユウは反射で顔を上げた。

 

「……でか」

 

 上空にいたのは、巨大な輸送ヘリだった。

 

 黒い。

 異様に大きい。

 腹部は広く、両側の貨物固定部がむき出しになっている。

 ただ飛んでいるだけなのに、戦場そのものを運んでくるみたいな圧があった。

 

 先輩が平然と口を開く。

 

「特務機体《エクドロモイ》だ」

 

「エクドロモイ……」

 

「貨物輸送装備。重装備と機体移送用だ」

 

 機体は唸るようなローター音を撒きながら、指定区画へゆっくり降下していく。

 吹き下ろす風の中で、ユウは目を細めた。

 

 そして見えた。

 

 機体下部の搭載フレーム。

 そこに固定されている黒い機体群。

 一機じゃない。

 二機でもない。

 複数のエンフォーサーが、整然と並んで吊られていた。

 

「……あれ、全部」

 

「エンフォーサーだ」

 

 先輩が当たり前みたいに言う。

 

「モービル支部主導の大規模点検だ。最低でも年一回は止めて見る。どうせエクドロモイも点検で止めるなら、周辺支部の機体もまとめて回す」

 

 ユウはしばらく言葉を失った。

 

 今まで見てきたエンフォーサーは、せいぜい一機か二機だった。

 それが今、空からまとめて運ばれている。

 自分が憧れていた機体が、個人の夢とか、隊長機とか、そういう話を越えて、組織の戦力として動いていた。

 

「……すごいですね」

 

 ようやく出た言葉は、それだけだった。

 

 先輩は視線を上に向けたまま答える。

 

「平時だから見られる運用だ」

 

「事件じゃないんですね」

 

「違う。だから騒ぎじゃなく、仕事で済んでる」

 

 たしかにその通りだった。

 周囲は慌ただしい。

 でも緊迫はしていない。

 全員が決まった手順を、そのままこなしている空気だった。

 

 横を見ると、アノミマスが少しだけ耳のあたりへ手をやっていた。

 音が大きいらしい。

 

「大丈夫か」

 

「……おと、おおきい」

 

「まあ、だろうな」

 

 ユウは少しだけ笑って、それからまた空を見る。

 

 巨大な機体。

 その下に並ぶ複数のエンフォーサー。

 整備と点検のため、当たり前のように動く人たち。

 

 レイヴンは思っていたよりずっと大きい。

 自分の班だけ見ていた時にはわからなかったものが、今は目の前でちゃんと動いていた。

 

 先輩が歩き出す。

 

「見るものは見ただろ。戻るぞ」

 

「はい」

 

 ユウはそう返しながらも、すぐには視線を外せなかった。

 

 あの黒い機体たちも、あの巨大な輸送機も、全部がレイヴンの中で繋がっている。

 《トレイス》が火種を見つけ、エンフォーサーが止め、バスティオンが閉じ、フォージが改良し、モービルが運ぶ。

 

 組織って、こういうことか。

 

 そんな当たり前みたいなことを、ユウはようやく少し実感した。

 

 先輩の背中を追いながら、最後にもう一度だけ振り返る。

 

 特務機体《エクドロモイ》はまだローターを回していた。

 重い風を撒きながら、黙って大量の戦力を運び続けている。

 

 ユウはその姿を目に焼きつける。

 

 たぶん、次にあれを見る時は、もっと違う意味を持つ。

 そんな気が、少しだけした。




特務機体 〈エクドロモイ〉
レイヴンの空中運用を支える大型特務航空機。
重輸送、空中指揮、電子支援、局地航空支援を一体化している。
完全武装時は空中支援要塞、輸送仕様時は大型機材運搬機として機能。

主兵装
大型ミサイルポッド
対地制圧、対大型兵器、局地面制圧用。
2門の4連ガトリングガン
近距離対空、対地迎撃、自衛火器。

備考
他の大型特務機体を外部懸架方式で限定条件下輸送可能。
懸架時は機動性・回避性能・火力運用に制約が生じるため、輸送中は護衛と迅速展開が優先される。

見た目:惑星封鎖機構大型武装ヘリ
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