ゲヘナ特務執行隊「レイヴン」   作:ゴリさん39

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プロローグ 誤認戦闘
第1話 最悪の晩餐


 

 

 ゲヘナの視察は、静かに終わる予定だった。

 

 少なくとも先生は、そう思っていた。

 

 依頼された確認事項を済ませ、何人かの生徒と顔を合わせ、必要なら軽く話を聞く。そういう、いつもの延長線上の仕事になるはずだった。ゲヘナで“いつも通り”という言葉を信用してはいけないと知ってはいても、今日くらいは大きな問題も起きないだろう、と。

 

 ――甘かった。

 

「先生」

 

 呼び止められて振り返った時点で、もう手遅れだったのかもしれない。

 

 そこにいたのは、美食会だった。

 

 ハルナが一歩前に出る。いつもの落ち着いた、妙に上品な笑みを浮かべていた。アカリは楽しそうに先生を見ていて、イズミはきょろきょろと辺りを落ち着きなく見回し、ジュンコは不機嫌そうに腕を組んでいる。

 

「今日は特別に、私たちが選び抜いた名店へご案内しますわ」

 

 断る隙がなかった。

 

 気づけば先生は連れていかれていた。半ば拉致だ、と思ったが、ゲヘナでその言葉を正面から口にしてもたぶん意味はない。

 

 店に入るまでの道中、ハルナは淡々と語っていた。食とは何か。味とは何か。料理とは単に腹を満たすためのものではなく、人生を彩る芸術であること。聞いている限りではまともだった。むしろ、かなり真面目に食と向き合っているのだと伝わってくる。

 

 だからこそ、先生は少しだけ安心してしまった。

 

 ああ、確かに変わってはいるけれど、今日は食事に付き合わされるだけかもしれない、と。

 

 その認識は、料理が運ばれてきて数分で壊れた。

 

 ハルナが一口、料理を口にする。

 

 飲み込む。

 

 沈黙。

 

 店の空気が、ほんの少しだけ冷えた気がした。

 

「……値段の割に、まずすぎますわね」

 

 静かな声だった。

 

 それが逆にまずかった。

 

 先生が「まあまあ」とでも言うべきか迷った次の瞬間、ハルナはごく自然な動作で、見覚えのある危険物をテーブルの上へ置いた。

 

「食に対する冒涜ですわ」

 

「待って」

 

 止める暇はなかった。

 

 爆音が店内を揺らした。

 

 視界の端で椅子が吹き飛び、窓ガラスが砕け散る。店員の悲鳴、客の怒号、ひっくり返る机。アカリは「わあっ、始まった!」と妙に嬉しそうで、イズミは「え、食べ終わってない!」と別方向で大騒ぎし、ジュンコは頭を抱えながらも銃を抜いていた。

 

 最悪だ。

 

 本当に最悪だった。

 

 先生は咄嗟に近くの机を盾にして身を低くする。止めようと思った。もちろん思った。だが、思っただけでどうにかなるなら、ゲヘナはもっと平和だ。

 

 店の外からも銃声が返ってきた。どうやら相手がいるらしい。何がどう繋がっているのかはわからないが、とにかく戦闘になっていることだけは確かだった。

 

「ハルナ! これ、誰と戦ってるんですか!」

 

「店の味に比べれば些細なことですわ!」

 

「些細じゃない!」

 

 返ってきた答えは最悪だった。

 

 先生は一瞬だけ、本気で帰りたくなった。

 

 だがその前に、天井が揺れた。

 

 最初は、爆発の余波だと思った。だが違う。今の振動は上から来た。低く重い、機械の回転音。ローター音だと気づくまで、少しだけ時間がかかった。

 

 ヘリ?

 

 このタイミングで?

 

 次の瞬間、屋根を突き破るような轟音とともに、天井の一部が吹き飛んだ。

 

 ミサイルだった。

 

 爆風が店内の空気を一気に押し流し、先生は思わず腕で顔を庇った。木片と粉塵が降り注ぎ、視界が真っ白になる。耳鳴りがひどい。

 

 何が起きたのか、理解が追いつかない。

 

 ただ一つだけわかったのは、今入ってきた何かは、美食会とも別の種類で、明らかに“慣れている”ということだった。

 

 粉塵の向こう、空いた天井の穴から黒い影が落ちてくる。

 

 人型。

 

 そう認識した瞬間には、もう着地していた。

 

 重い音。床が沈む。だが機体は膝をつかない。砂埃を巻き上げながら、そこに立っていたのは黒い装甲だった。鋭角で、重く、冷たく、妙に無駄がない。左腕には大きな盾。右腕には火器。頭部――と言っていいのかもわからないそこに、赤い光が灯る。

 

『メインシステム スキャンモード』

 

 機械音声が、妙にはっきり聞こえた。

 

 先生の背筋に、嫌なものが走る。

 

 美食会の無茶苦茶さとは違う。

 これは、もっと整理されていて、もっと静かで、だからこそ怖い。

 

「……またお前達か」

 

 上から声が降ってくる。

 

 見上げれば、天井の穴の向こうに黒いヘリの影があった。ローターの風が粉塵を巻き、店内の惨状をさらに荒らしていく。

 

「何度も飽きないね」

 

 その声には、怒鳴るような熱がなかった。呆れと、慣れと、少しばかりのうんざりがあるだけだった。

 

 ロープが数本垂れ下がる。

 

 そこを滑り降りてきたのは、同じく黒い装備を着た生徒たちだった。動きに無駄がない。着地した瞬間には散開し、店内の出口、窓、壊れた壁際へそれぞれ位置を取っていく。誰一人として慌てていない。

 

 先生は机の陰から、息を潜めてその動きを見ていた。

 

 ゲヘナの生徒であることはわかる。胸元に見えた紋章も、装備の系統もそうだ。だが、風紀委員会とは違う。あちらが秩序を取り戻すための圧だとしたら、こっちはもっと別の、処理のための圧に見えた。

 

 説明しづらいが、そう感じた。

 

『メインシステム 戦闘モード』

 

 赤い光が、ゆっくりこちらをなぞる。

 

「一人、知らない奴もいるが」

 

 先生はそこで、自分のことだと理解した。

 

 ぞくり、とした。

 

「まとめて捕まえてやる」

 

 その言葉が冗談ではないと、誰より先生がわかった。

 なぜなら言った側に、脅しの雰囲気がまるでなかったからだ。本当にそのつもりなのだと、妙に静かな声色が物語っていた。

 

 黒い装甲が一歩前へ出る。

 

 ハルナが息を吐いた。

 

「……来ましたわね」

 

 その声には、いつもの余裕がほんの少しだけ薄れていた。

 

 先生はそこでようやく理解する。

 

 この連中は、美食会にとって初めての相手ではない。

 

 そしてたぶん、厄介なのだ。

 

「先生、そこ危ないですわ」

 

「今さら!?」

 

「執行開始」

 

 誰かが短く告げた。

 

 それが合図だった。

 

 黒い装甲のセンサーが強く明滅し、周囲の隊員たちが一斉に動き出す。銃口が向く。盾が構えられる。逃げ道が塞がれていく。戦闘というより、網が閉じてくるような感覚だった。

 

 先生は机の下から這い出る。

 

 捕まるわけにはいかない。

 

 美食会に連れ回された挙げ句、今度はこのよくわからない黒い連中にまとめて確保、ではさすがに笑えない。

 

 けれど、どう動けばいい。

 

 目の前ではもう、美食会がそれぞれに武器を構えていた。ハルナは静かに狙いを定め、アカリは相変わらず楽しそうで、ジュンコは苛立ちながらも一歩前へ出て、イズミは半歩遅れて慌てている。

 

 そして黒い装甲は、赤い光を宿したまま、確実にこちらへ近づいてくる。

 

 先生は息を呑んだ。

 

 名前も知らない。

 所属も、詳しい事情もわからない。

 ただ、ここで一つだけ確かなことがある。

 

 ――この黒い連中は、かなりまずい。

 

 その認識だけを胸に、先生は顔を上げた。

 

 次の瞬間には、もう戦うしかなかった。




特務執行装甲〈エンフォーサー〉

レイヴンが運用する人型執行装甲。
高危険度対象への制圧、護衛、封鎖、突入を主任務とする主力兵装であり、崩壊した前線の立て直し、要所防衛、重装甲脅威への対抗に投入される。

対生徒戦にも投入は可能だが、その際は出力を大幅に抑制した状態に限られる。
高出力のまま対生徒戦へ投入した場合、重大負傷あるいは死亡事故を招く危険が高いため、厳格な出力制限が課される。

主兵装

レーザーキャノン
中距離以上での高火力制圧兵装。
対装甲、対遮蔽物、対高危険度対象を想定した主力火器であり、エンフォーサーの制圧力を支える中核武装。

副兵装

ミサイルランチャー
肩部または背部に装備される補助火器。
牽制、封鎖、複数目標への同時攻撃、敵導線の分断に使用される。

パルスガン
近中距離制圧用兵装。
掃射によって対象の行動を制限し、前進支援や前線維持に用いられる。

防御兵装

パルスシールド
前進時の防御、射線受け、突入時の姿勢維持に使用される防御兵装。
単純な防御板ではなく、制圧戦における進路確保と継戦を支える装備でもある。

近接兵装

レーザーブレード
近接決戦用高出力兵装。
対高危険度対象への有効打として機能し、至近距離での突破・切断・制圧に用いられる。

見た目: LC型執行機
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