ゲヘナ特務執行隊「レイヴン」   作:ゴリさん39

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第19話 旧市街 

 

 旧市街へ足を踏み入れた瞬間、空気の質が変わった。

 

 乾いている。

 それだけじゃない。

 古い街区に溜まった埃と、錆と、使われなくなった時間の匂い。その奥に、神秘が腐ったみたいな薄い違和感が混じっている。

 

 玲音は封止杭のケースを背負い直しながら、周囲へ視線を走らせた。

 

 崩れた外壁。

 傾いた標識。

 窓の割れた建物群。

 街そのものが古いのに、その古さの上へさらに何かが被さっている。

 

「……嫌な感じしますね」

 

 思わず漏れた言葉に、先輩は短く返した。

 

「正常だ」

 

「それ、褒めてます?」

 

「慣れてないなら嫌でいい」

 

 その返しに、玲音は少しだけ口を引き結ぶ。

 

 アノミマスはすでに前を見ていた。

 白い横顔は静かだ。

 でも視線だけは、見えない導線を追って奥へ伸びている。

 

 無線が短く入る。

 

『観測支援、上空位置確保。地上隊、進入開始まで十秒』

 

 アパッチだ。

 

 玲音は一瞬だけ頭上へ意識を向けた。

 まだ機影は見えない。

 だが、いる。

 上で見ている。それだけで少しだけ気持ちが違った。

 

 先輩が低く言う。

 

「玲音」

 

「はい」

 

「おおよその中心方向が出たら、上が道を開ける」

 

「アパッチがですか」

 

「そうだ。一直線に抜く」

 

 先輩はそこで、ようやく玲音の方を見た。

 

「お前は前線を見るな。通路とアノミマスだけ見ろ」

 

「……了解です」

 

 その返事と同時に、アノミマスが小さく言った。

 

「……あっち」

 

 白い指先が、旧市街の奥を指す。

 

 崩れた街路。

 瓦礫。

 傾いたビルの影。

 玲音には、ただ奥が暗く見えるだけだ。

 

 だが先輩は即座に無線へ落とした。

 

「第8班、中心方向仮指定。座標送る」

 

 次の瞬間、上空からローター音が低く重なった。

 

『上空支援、仮指定受領。直線上障害物を処理する』

 

 それだけだった。

 

 それだけで、空気が変わる。

 

 玲音が息を詰めた次の瞬間、旧市街の奥で白い閃きが走った。

 

 ロケット弾

 

 連続した衝撃が、街路の直線上を一気に叩く。

 瓦礫が跳ねる。

 崩れた車体が吹き飛ぶ。

 壁際にいた汚染オートマタがまとめて弾かれ、煙と粉塵が一気に立ち上がった。

 

 数秒前まで塞がっていた街路が、無理やりこじ開けられる。

 

「前進!」

 

 誰かの号令が飛ぶ。

 

 黒い機体群が動く。

 エンフォーサー。

 その後ろを戦車が低く這うように進み、重い履帯音が街区を揺らす。

 

 玲音たちも走る。

 

 煙の残る突入路を一気に抜ける。

 最初は押せた。

 アパッチの開けた道が生きているうちは、前線の勢いがそのまま通る。

 

 オートマタが二体、三体と現れる。

 黒く汚れた装甲、鈍い動き、それでも十分に危険な火器。

 エンフォーサー前線がそれを止める。

 戦車が短い砲撃で通路脇の重い個体を黙らせる。

 上空からアパッチの短い支援が差し込まれる。

 

 玲音は、その前線の開いてくれる細い道を見失わないように走った。

 

「左、少し寄れ」

 

 先輩の声が飛ぶ。

 

「はい」

 

「アノミマスの後ろを切るな」

 

 玲音は位置をずらし、白い背中の少し斜め後ろへついた。

 16話の訓練で叩き込まれた感覚が、今度はちゃんと身体の方から出てくる。

 

 前へ出すぎない。

 でも遠すぎない。

 守るべき位置を外さない。

 

 アノミマスがまた小さく言った。

 

「……まっすぐ」

 

 走る足は止まらない。

 白い指先だけが、迷わず前を指している。

 

 最初は、本当にこのまま通れる気がした。

 

 押している。

 支援もある。

 前線は苦しいが、まだ崩れていない。

 このまま中央まで抜ければ、杭が打てる。

 沈静化が始まる。

 そう思えた。

 

 だからこそ、それが壊れる瞬間ははっきりわかった。

 

 重い音がした。

 

 爆発ではない。

 もっと鈍くて、もっと大きい。

 街区の向こうから、空気ごと押してくるみたいな音。

 

 玲音の足が一瞬だけ鈍る。

 

「……何だ」

 

 次の瞬間、建物の間から巨体が現れた。

 

「ゴリアテ!」

 

 誰かの叫びが無線へ乗る。

 

 巨大だ。

 重い。

 しかも、出てきた瞬間から前線の空気を変えてくる。

 その装甲の厚みも、姿の大きさも、それ以上にまずかったのは火線だった。

 

 弾幕。

 

 圧が違う。

 街区の隙間ごと薙ぐみたいな射線が、前進していた地上部隊を無理やり止めにかかる。

 

 エンフォーサー前線が姿勢を落とす。

 戦車が遮蔽物へ寄る。

 通っていたはずの細い道が、一瞬で危険地帯に変わった。

 

『上空支援、ゴリアテ確認。前線圧を軽減する、支援に入る!』

 

 アパッチだ。

 

 玲音は反射で上を見た。

 

 黒い機影が、建物の切れ目をかすめるように動く。

 さっきまで上から見てくれていた一機が、今度は前線を助けるために火力支援へ入ろうとしている。

 

 次の瞬間、重戦車の砲線とゴリアテの弾幕が上を薙いだ。

 

「――っ!」

 

 黒煙。

 

 火を引く機影。

 

 玲音の目の前で、アパッチが一瞬傾いた。

 そのまま無理に持ち直そうとして、だが失敗する。

 街区の向こうへ黒煙を引きながら落ちていく。

 

「支援機が!」

 

『アパッチ被弾、離脱不能――』

 

 無線が途中でざらついた。

 

 その瞬間、前線の空気が変わる。

 

 上から見てくれていた目が消えた。

 必要な時に差し込まれていた支援がなくなった。

 それだけで、街区の奥行きが急に重くなる。

 

「再編! 再編急げ!」

 

「左線下がる! 戦車、前へ!」

 

 無線が荒れる。

 

 地上部隊はすぐに崩れてはいない。

 むしろ急いで持ち場を組み替えている。

 エンフォーサー前線が位置をずらし、戦車が前へ出て火線を引き受ける。

 何とか持たせようとしている。

 だが、その動きが終わる前に、さらに悪いものが来た。

 

 街区の横道から、新しい影が流れ込んでくる。

 

 汚染オートマタ群。

 

 追加だ。

 しかも数が多い。

 

「まだ来るのかよ……!」

 

 玲音は思わず歯を食いしばる。

 

 短く終わるはずだった。

 アパッチが道を開け、地上が押さえ、その間に《トレイス》が通る。

 その前提が、今、目の前で崩れかけている。

 

 先輩の声が飛ぶ。

 

「玲音、止まるな!」

 

「はい!」

 

「アノミマスの位置を切るな!」

 

 玲音は慌てて白い背中を見直す。

 

 アノミマスは小さく息をしていた。

 でも止まってはいない。

 糸を追う視線だけはまだ前を見ている。

 

「……まだ、奥」

 

「聞いたな」

 

 先輩が短く言う。

 

「通すぞ」

 

 その瞬間、玲音ははっきり理解した。

 

 前線が下がっている。

 支援機は落ちた。

 追加オートマタ群が入ってきた。

 このままでは、自分たちの位置だけが相対的に前に残る。

 

 孤立しかけている。

 

 怖い。

 正直、かなり怖かった。

 けれど足だけは止めなかった。

 

 止まったら終わる。

 それくらいは、もうわかる。

 

 前方でエンフォーサーが一機、重い射線を受けて姿勢を崩す。

 別の一機がその前へ入る。

 戦車砲が短く鳴り、街区の角で汚染オートマタが吹き飛ぶ。

 それでも圧は減りきらない。

 

 先輩がライフルを撃つ。

 無駄がない。

 必要な個体だけを止める。

 玲音も訓練用ではない実戦の緊張の中で、何とか視界を切らさず動いた。

 

 電撃戦はまだ死んでいない。

 でも、最初に思い描いていたよりずっと重くなっている。

 

 その時だった。

 

 無線が一瞬だけ静かになり、それから別の声が割り込んだ。

 

『増援接近。ストラティオス群、旧市街上空へ侵入する』

 

 玲音は思わず顔を上げる。

 

 まだ姿は見えない。

 でも、その一報だけで、前線の空気がほんの少しだけ変わった。

 

 苦しいのは変わらない。

 押されているのも変わらない。

 それでも、誰かが来る。

 

 それが今は、何より大きかった。

 

 アノミマスが前を見たまま小さく言う。

 

「……ちかい」

 

 玲音は封止杭のケースを握り直す。

 

 前線はまだ崩れていない。

 《トレイス》もまだ止まっていない。

 なら、通すしかない。

 

 旧市街の空の向こうから、重いローター音が近づいてきた。




特務重戦車
重汚染区域や高危険度案件で投入されるレイヴンの重戦車。
大口径主砲、車載ミサイル、厚い複合装甲を備え、エンフォーサー部隊では押さえきれない重目標を抑え込む。
役割は突破より維持。
前線を前へ進めるというより、前線が崩れないまま戦場を持たせるための重装備である。
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