ゲヘナ特務執行隊「レイヴン」   作:ゴリさん39

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第20話 隊長機

 

 重いローター音が、旧市街の空を裂いた。

 

 ユウは反射で顔を上げる。

 煙と砂埃の向こう、崩れた建物の隙間を横切る黒い影が三つ。

 

 ストラティオス。

 

 その機影を見ただけで、前線の空気がほんの少しだけ変わる。

 押されている。

 苦しい。

 それでも、誰かが来た。

 それが今は何より大きかった。

 

『予備戦力、投入する!』

 

 無線が飛ぶ。

 

 その直後、上空からミサイルの軌跡が走った。

 

 真っ先に狙われたのはゴリアテだった。

 肩口。

 脚部。

 連続した着弾が巨体の姿勢をわずかに崩す。

 倒れはしない。

 それでも一瞬だけ、その動きが鈍る。

 

「来るぞ!」

 

 誰かの叫び。

 

 ユウには細かいことは見えなかった。

 上空のストラティオスの腹下から、黒い機体が切り離されるのが見えた、そのくらいだ。

 

 次の瞬間には、もう落ちてきていた。

 

 いや、落下じゃない。

 突入だ。

 

 全身へパルスシールドをまとった黒い機体が、旧市街の空を一直線に裂く。

 迷いがない。

 減速もない。

 落ちてくるというより、最初からそこへ向けて撃ち出された砲弾みたいだった。

 

 地面へ届く寸前、その機体は姿勢をわずかに変えた。

 ただ落ちるだけじゃない。

 狙っている。

 

「……っ」

 

 ユウは息を呑む。

 

 説明なんて要らなかった。

 降りてきた瞬間、周囲の火線の意味が変わる。

 あれが隊長機だと、見た瞬間にわかった。

 

 通常機と似ている。

 でも違う。

 装甲の厚みでも、シルエットでも、火力の重さでもない。

 

 来た瞬間に、戦場の重心そのものがずれる。

 そこを中心に、全部が動き始める。

 

 隊長機はそのままゴリアテへ叩き込まれた。

 

 鈍い衝突音。

 街区の壁が震える。

 巨体が横へ揺れる。

 ゴリアテの火線が一瞬だけ逸れ、そのまま隊長機が体当たりではなく“押し切る”みたいに前へ入った。

 

 パルスシールドが吼える。

 ゴリアテの装甲と噛み合ったまま、黒い機体がその進路をねじ曲げていく。

 

「え」

 

 ユウは一瞬だけ目を見開く。

 

 弾いたんじゃない。

 押し飛ばしたんでもない。

 

 主戦場から切り離す軌道へ、ゴリアテごと持っていった。

 

 巨体と巨体がぶつかり合ったまま、二つの影が横の街区へ消える。

 遠く、視界の外で重い衝突音が続けて響いた。

 壁を砕くみたいな音。

 金属同士が噛み潰し合うような音。

 そして少し遅れて、低い爆発音。

 

 もう見えない。

 でも、それで十分だった。

 

 少なくとも今この場から、ゴリアテは消えた。

 

「前を見ろ、ユウ!」

 

 先輩の声が飛ぶ。

 

「はい!」

 

 ユウは慌てて視線を戻す。

 

 ゴリアテが消えたからといって、戦場そのものが終わったわけじゃない。

 むしろ今は、その一瞬を使わないとまずい。

 

 残った二機のエンフォーサーが前へ出る。

 

 通常機じゃない。

 

 脚部と背部のスラスターが太い。

 動き出した瞬間、それだけでわかった。

 通常機が前線を支える盾なら、あれは違う。崩れた戦線へ踏み込み、危険目標を短時間で噛み砕くための牙。

 訓練映像で一度だけ見たことがある。精鋭エンフォーサーだ。

 

 重いのに速い。

 迷いがない。

 

 片方が正面を引きつける。

 もう片方が斜めへ切り込む。

 単純な挟み込みじゃない。

 敵戦車の主砲線をずらしながら、こちらへ向いていた圧力そのものを削っていく。

 

『右の重戦車、抑える!』

 

『左、前へ出るな! 火線を切る!』

 

 無線の調子まで変わっていた。

 さっきまでの「耐える」声じゃない。

 噛み合っていく音だ。

 

 だが、敵もまだ終わっていない。

 

 街路の脇から、汚染オートマタの残群がまた流れ込む。

 その後ろで、汚れたパワーローダーが一機、瓦礫を踏み潰しながら前へ出た。

 

 工業用の骨格を無理やり戦闘へ転用したような巨体。

 片腕のアームで残骸ごと遮蔽物を薙ぎ払い、もう片側の増設火器がこちらへ向く。

 

「来る!」

 

 誰かの声。

 

 だが、その瞬間にはもう遅かった。

 

 黒いエンフォーサーが一機、真正面から飛び込む。

 パワーローダーのアームが振り下ろされる。

 精鋭機はそれを紙一重でかわした。

 半歩。

 たった半歩ずれただけなのに、重い一撃が空を切る。

 

 次の瞬間、右腕が閃いた。

 

 レーザーブレード。

 

 青白い高熱の刃が一気に伸び、黒い軌跡だけを残して走る。

 

 斬撃は迷わず、パワーローダーの胴へ入った。

 

 胴体中央。

 装甲の継ぎ目。

 

 硬いはずの機体が、何の溜めもなくずれた。

 

「……うそだろ」

 

 ユウの口から、思わず声が漏れる。

 

 パワーローダーの上半身が、下半身から遅れて滑り落ちる。

 切断面から火花が噴き、内部機構が露出し、そのまま崩れた。

 

 エンフォーサーは振り返らない。

 もう次の個体へ視線が向いている。

 

 速すぎる。

 強すぎる。

 けれど派手なだけじゃない。

 必要な一撃だけで戦線の圧を消していく。

 

 ユウの前方で、汚染オートマタがまた二体、三体と街路へ流れ込んでくる。

 だが今度はその手前で、前線がちゃんと受け止める。

 

 押し返すというより、形を整え直した感じだった。

 

 先輩が短く言う。

 

「通路が戻る」

 

 ユウは前を見る。

 

 さっきまで潰れていたはずの細い進路が、また少しだけ見える。

 完全に安全な道じゃない。

 でも通れる。

 通るしかない。

 

「アノミマス!」

 

 先輩が呼ぶ。

 

 白い少女は前を見たまま、小さく言った。

 

「……まだ奥」

 

「距離は」

 

「近くなった」

 

 それだけで十分だった。

 

 先輩は即座に判断する。

 

「第8班、前進する!」

 

 ユウは拡散杭のケースを握り直し、アノミマスの少し後ろへ位置をつける。

 先輩との訓練で叩き込まれた感覚。

 守る位置。

 切らない距離。

 今度はちゃんと実戦で使う。

 

 前へ。

 

 崩れた街路を抜ける。

 瓦礫を越える。

 左では精鋭エンフォーサーが敵戦車の砲線を逸らし、右では別の機体がオートマタ群の進路を断つ。

 さっきまでただの絶望だった圧力が、今は少しだけ分割されていた。

 

 上空からはもうアパッチの支援はない。

 その代わり、地上の動きが噛み合い直している。

 

 ユウは走りながら、視界の端で見た。

 

 遠くの街区の向こう。

 ゴリアテが消えた方角から、また重い音がする。

 激しい衝突。

 爆発。

 建物の壁面が震えるほどの鈍い音。

 

 隊長機が何をしているのかは見えない。

 でも、あちらでまだ戦っているのだけはわかった。

 

 ユウの喉が少しだけ乾く。

 

 すごい。

 でも今は、それに見惚れている時間はない。

 

 前だ。

 

 アノミマスが角を一つ曲がり、急に足を止めた。

 

 先輩も即座に止まる。

 ユウもその後ろで踏みとどまった。

 

「どうした」

 

 先輩の問いに、アノミマスは前方の崩れた建物群を見たまま答える。

 

「……あそこ」

 

 白い指先が指す。

 

 倒れた看板。

 崩れた壁。

 その向こうに半分沈んだ建物の影。

 ユウにはただ壊れているようにしか見えない。

 でも、ここまで来てアノミマスの指す先が外れたことはない。

 

「中心点か」

 

「近い。下」

 

 先輩が一瞬だけ周囲を見回す。

 

 前線の音はまだ近い。

 だがさっきよりは遠い。

 精鋭機たちが押さえてくれている。

 この数十秒が、おそらく今の全てだ。

 

「ユウ」

 

「はい」

 

「杭を出せ」

 

 ユウはすぐにケースを前へ回す。

 

 手は少し汗ばんでいた。

 怖い。

 でも、それ以上に今は急がないといけない。

 

 背後で銃声が短く響く。

 先輩が護衛位置に入ったのだと、それだけでわかる。

 

「アノミマス、位置を切るな」

 

「うん」

 

 白い少女は崩れた地面の端へしゃがみ込み、見えない糸の終わりを探るみたいに視線を落とす。

 

「……ここ」

 

 ユウは膝をつく。

 瓦礫をどける。

 崩れた配線材。

 粉塵。

 その下に、妙に嫌な空気の溜まる一点があった。

 

 見えない。

 でも、わかる。

 ここだ。

 

 ユウは杭を構える。

 

 その時、遠くで今までより一段重い爆発音が鳴った。

 ゴリアテのいた方角だ。

 

 反射でユウの意識がそちらへ引っ張られかける。

 だが先輩の声がすぐに戻した。

 

「ユウ、前だ!」

 

「……はい!」

 

 意識を切る。

 今見るのはそっちじゃない。

 

 杭を打ち込む。

 

 鈍い感触。

 硬い何かの層を抜けて、先端が沈む。

 ユウはすぐに起動端末を開いた。

 

「設置、入ります!」

 

 アノミマスが小さく言う。

 

「そこ。深く」

 

 ユウは押し込む。

 最後まで入る。

 固定の感触。

 

 起動。

 

 薄い光が地面の下へ染みるように広がった。

 

 端末上の数値が動く。

 神秘偏差。

 局所密度。

 拡散率。

 中心点反応――低下開始。

 

「……入った」

 

 ユウが呟くと同時に、アノミマスが小さく息を吐いた。

 

「ほどける」

 

 先輩は前方を警戒したまま言う。

 

「確認しろ。止まるな」

 

 ユウは端末を見る。

 確かに数値が落ち始めていた。

 急激ではない。

 でも崩れている。

 中心がほどけていく。

 

 その瞬間、前線の無線がまた変わった。

 

『汚染濃度低下確認!』

 

『オートマタ群、動き鈍る!』

 

『敵戦車火線減衰! 押し返せる!』

 

 ユウは思わず息を呑む。

 

 戦場全体はまだ終わっていない。

 でも、流れが変わる。

 変わった。

 

 これだ。

 

 自分たちが刺した杭が、あの広い戦場全部の流れを少しだけ変えた。

 

 先輩が短く言う。

 

「ユウ」

 

「はい」

 

「立て。下がる」

 

 ユウは端末を掴み直して立ち上がる。

 

 その時、遠くの街区の向こうから最後にもう一度だけ、鈍く重い衝突音が響いた。

 それから少し遅れて、低い爆発音。

 

 隊長機の戦いはまだ見えない。

 見えないままでいい。

 今はそれより、自分たちがやるべきことの方がはっきりしていた。

 

 アノミマスが前を向いたまま言う。

 

「……消えてく」

 

 ユウはその小さな声を聞いて、やっと少しだけ息を吐く。

 

 まだ終わっていない。

 でも、ちゃんと火種には届いた。

 

 それだけで十分、前に進める気がした。

 

 




特務執行装甲〈エンフォーサー〉(精鋭)

通常のエンフォーサーを基礎に、出力、機動性、スラスター制御、近接戦能力を強化した精鋭仕様。
レイヴンの即応制圧戦力の中でも、突破、強襲、重目標制圧を担う上位実働機にあたる。

通常機が前線を支える“盾”であるなら、精鋭機は敵陣をこじ開ける“牙”である。
守るために立つ通常機に対し、精鋭機は崩れた戦線へ踏み込み、危険目標を短時間で排除し、主導権を奪い返す役目を持つ。

機体出力は通常機より高く、特に脚部・背部スラスター周辺は強化されている。
これにより、短距離突進、急角度回避、強引な間合い詰め、重装甲目標への瞬間加速攻撃が可能。
その分、運用負荷と整備負担も大きい。

また、精鋭機には通常機では制限される試作兵装・専用武装の使用が許可される。
レーザーブレード強化型、高出力パルス兵装、特殊拘束装備など、任務内容に応じた装備変更も認められている。
隊長機ほどの自由度はないが、一定範囲の機体カスタマイズも可能であり、操縦者の適性や戦闘思想が反映されやすい。

見た目:LC高機動型
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