ゲヘナ特務執行隊「レイヴン」   作:ゴリさん39

22 / 48
第21話 撤収

 

 最初に変わったのは、音だった。

 

 銃声でも、爆発でもない。

 それまで絶え間なく混じっていたオートマタの駆動音が、一つずつ途切れていく。

 

 ユウは杭の端末を握ったまま、息を詰めて前を見た。

 

 街路の向こうで動いていた個体が、急に膝を落とす。

 別の一体はその場でわずかに痙攣したあと、完全に沈黙した。

 壁際を前進していた機体も、途中で糸が切れたみたいに止まる。

 

『汚染個体群、動力低下確認!』

 

『前線、残存反応再確認! 不用意に近づくな!』

 

『重戦車火線停止! オートマタ群、沈黙中!』

 

 無線が飛ぶ。

 歓声ではない。確認の声だ。

 だが、その呼吸はさっきまでより明らかに軽かった。

 

 ユウはようやく、小さく息を吐いた。

 

「……止まった」

 

 アノミマスが小さく頷く。

 

「ほどけた」

 

 先輩はまだ前方を見たままだ。

 ライフルも下ろしていない。

 けれど声だけは、さっきよりわずかに静かだった。

 

「確認が終わるまで気を抜くな」

 

「はい」

 

 返事はした。

 怖さが消えたわけじゃない。

 ただ、押し潰されそうだった戦場の圧が、一段だけ抜けた。

 

 無線が続く。

 

『第8班、中心点処理完了を確認。各線、残存汚染反応の再走査を実施』

 

『バリケード、封鎖範囲更新。周辺街区への流出なし』

 

『スコープ、異常濃度低下中。沈静化への移行を確認』

 

 自分たちが刺した杭が、広い戦場全体の流れを変えた。

 その実感が、数秒遅れてユウの胸へ落ちてくる。

 

 背後から足音が近づいた。

 エンフォーサー前線の一機が街路の角から姿を見せ、その後ろに別班の隊員が続く。

 

「第8班」

 

 声をかけてきたのは、ヘルメットを片手にした制圧群の隊員だった。

 顔には薄く煤がついている。

 

「中心点、よく通した」

 

「……はい」

 

 ユウが返すと、その隊員は視線をアノミマスへ向けた。

 

「白いのも無事か」

 

 アノミマスは小さく頷く。

 

「よし」

 

 それだけ言って、隊員はすぐに無線の方へ戻っていった。

 立ち止まって長々話す余裕はない。

 だが、その短さが逆によかった。

 

 少し離れた位置では、戦車の乗員たちが車体の外で何かを確認していた。

 別のエンフォーサー部隊も、停止したオートマタの周囲を慎重に見て回っている。

 

 勝った、という空気ではない。

 終わった後の仕事が、もう始まっている空気だった。

 

「ユウ」

 

 先輩が言う。

 

「はい」

 

「杭、数値」

 

 ユウは慌てて端末を見る。

 神秘偏差、さらに低下。

 局所濃度、継続減衰。

 再励起兆候、なし。

 

「安定してます」

 

「記録しろ」

 

「了解です」

 

 指を動かして入力する。

 まだ少し手は震えていたが、文章にすることで少しずつ現実感が戻る。

 

 その横で、アノミマスがふいに空を見た。

 

「……上」

 

 ユウもつられて見上げる。

 

 空にはもうアパッチはいない。

 黒煙も、さっきより薄れている。

 その不在が少しだけ寂しく見えて、ユウは思わず小さく呟いた。

 

「……パイロット、大丈夫ですかね」

 

 先輩はすぐには答えなかった。

 無線へ意識を向けたまま、数秒だけ間を置く。

 

 その時、別回線から短い報告が入った。

 

『上空支援機の搭乗者、回収班接触。生存確認、搬送中』

 

 ユウは反射で顔を上げる。

 

「……生きてる」

 

 ほっとした声が、そのまま口から出た。

 

 先輩は短く言う。

 

「不時着には成功したらしい」

 

「よかった……」

 

 その一言には、さすがに実感がこもった。

 

 アパッチは頼もしかった。

 何度も前線を支えてくれた。

 あの一機が落ちた瞬間、戦場の空気が変わったのを、ユウはちゃんと覚えている。

 

 だから、生きていたと聞けたのは素直に大きかった。

 

「感傷は後だ」

 

 先輩の声はいつも通りだった。

 

「撤収準備に入る」

 

「はい」

 

 第8班は中心点周辺を最後にもう一度だけ確認し、最低限の機材回収だけを済ませて後退に入った。

 杭自体はそのまま残す。

 沈静化の最終確認と後送回収は別班の仕事だ。

 

 崩れた街路を引き返す途中、ユウは何度か停止したオートマタの脇を通った。

 ついさっきまで前線を押していたはずの機体群が、今はただの黒い残骸みたいに沈黙している。

 

 止まるべきものが止まった。

 それだけなのに、景色がまるで別物に見えた。

 

 旧市街の外縁まで戻ると、撤収用の輸送ヘリがすでに待機していた。

 回転するローターが砂埃を巻き上げる。

 

「乗れ!」

 

 誘導の声に従って、ユウたちは順に機内へ入る。

 

 腰を落ち着けた瞬間、全身の力がようやく抜けた。

 今になって腕が重い。

 喉も乾いている。

 息は落ち着いてきたのに、身体の方が遅れて疲れを思い出したみたいだった。

 

 アノミマスは静かに座っている。

 先輩はいつも通り外を見ている。

 ユウは膝の上の端末をぼんやり眺め、それから窓の外へ視線を向けた。

 

 ヘリが浮上する。

 

 旧市街の戦場が少しずつ遠ざかる。

 崩れた街区。

 止まったオートマタ。

 まだ動いている回収班。

 

 その時だった。

 

「……あ」

 

 思わず、小さく声が漏れる。

 

 地上。

 主戦場から少し外れた瓦礫帯の近く。

 黒い機体が一つ、止まっていた。

 

 隊長機。

 

 遠目にも、それとわかる。

 ほとんど動かないまま、ただ立っている。

 戦闘直後とは思えないほど、損傷は少なく見えた。

 

 そのすぐ近くには、ゴリアテが横たわっている。

 通常型よりさらに分厚い装甲。

 肩部と脹脛部へ増設されたミサイルポッド。

 旧市街の前線を押し潰しかけた、あの重装甲型だ。

 

 巨体は大きく崩れていない。

 爆散もしていない。

 けれど、胴体中央には大きく穿たれた穴があった。

 

 そこだけが、装甲をまるごと抉り抜かれたみたいに消えている。

 

「……仕留めてる」

 

 呟いた声は、ローター音にほとんど飲まれた。

 

 隊長機とゴリアテの周囲では、すでに何人もの人影が動いていた。

 回収班か、調査班か。

 機材を持った隊員たちが周囲を測り、別の誰かがゴリアテの外装付近を確認している。

 

 終わった瞬間から、もう次の仕事が始まっている。

 

 ユウは窓の外から目を離せなかった。

 

 戦っている最中は、細かいことなんて見えなかった。

 ただ、来て、ぶつかって、消えた。

 それだけだと思っていた。

 

 でも違う。

 

 あれはただ押し出したんじゃない。

 主戦場から切り離して、止めて、その上で終わらせている。

 

 しかも、壊して撒き散らすんじゃない。

 調べられる形で残しているようにすら見えた。

 

 先輩が、その視線に気づいたのか短く言う。

 

「見る余裕が出たか」

 

「……少しだけ」

 

「なら次は、見たものを忘れるな」

 

「はい」

 

 ユウはもう一度だけ下を見た。

 

 停止した隊長機。

 その近くで沈黙しているゴリアテ。

 周囲で調査と回収を始めている隊員たち。

 

 派手な勝利の絵じゃない。

 でも、それがレイヴンの戦いの終わり方なのだと、今なら少しわかる気がした。

 

 壊して終わりじゃない。

 止めて、確認して、回収して、次へ回す。

 

 隣で、アノミマスが小さく窓の外を見ていた。

 白い横顔はいつも通り静かだ。

 けれど、その視線の先にあるものは、たぶんユウとは少し違う。

 

「……もう、だいぶ消えた」

 

 小さな声。

 

 ユウはそちらを見る。

 

「糸が?」

 

 アノミマスは頷く。

 

「うん。まだ少し残ってる。けど、ほどけてる」

 

 その言葉を聞いて、ユウはようやく本当に終わったのだと実感した。

 

 前線が押し返した。

 精鋭機が道を作った。

 隊長機が怪物を引き受けた。

 そして、流れを変える最後の一手に、自分たちの杭は確かに届いていた。

 

 それが少しだけ、信じられなかった。

 

 先輩は外を見たまま言う。

 

「今回の所見、忘れるな」

 

「所見って……」

 

「前線だけ見てると、何で勝ったかを見失う」

 

 短い言葉だった。

 

「通したのは前線だ。変えたのは中心点処理だ。両方要る」

 

 ユウは小さく息を飲む。

 

「……はい」

 

 それしか言えなかった。

 

 窓の外で、旧市街の輪郭が少しずつ遠ざかっていく。

 さっきまで命のやり取りをしていた場所が、上から見ればただの崩れた街区に戻っていくのが、少しだけ不思議だった。

 

 でも、その中で確かに何かが起きて、確かにそれを止めたのだ。

 

 アノミマスがふいに目を閉じる。

 疲れたのか、それともただ静かになっただけなのか。

 ユウにはわからない。

 ただ、その小さな肩がいつも通りそこにあるのを見て、少しだけ力が抜けた。

 

 怖かった。

 苦しかった。

 正直、途中で本気で終わるかもしれないと思った。

 

 それでも《トレイス》としてやるべきことは通した。

 火種へ届いた。

 止めるべき場所へ、ちゃんと杭を打ち込めた。

 

 それだけは、確かな事実だった。

 

 ユウは背もたれに体を預け、小さく息を吐く。

 

 疲労が遅れて全身へ落ちてくる。

 腕が重い。

 喉が渇く。

 でも、嫌な重さだけじゃなかった。

 

 前より少しだけ、自分が何のためにここにいるのかがわかる。

 

 レイヴンの前線は強い。

 精鋭機も、隊長機も、見ているだけで息を呑むくらい強かった。

 でも、それだけじゃ終わらない。

 終わらせるために、火種へ届く班がいる。

 

 その中に、自分もいる。

 

 ヘリの振動に揺られながら、ユウは窓の外を最後にもう一度見た。

 

 旧市街はもう遠い。

 けれど、さっき地上で見た光景は、しばらく頭から消えそうになかった。

 

 黒い隊長機。

 崩れず進む精鋭機。

 静かに糸を追うアノミマス。

 そして、前だけを見ろと言い切った先輩の声。

 

 初めての大きな合同任務は終わった。

 

 だが、ユウの中ではたぶん、今日やっと始まったものもあった。

 




ゴリアテ(重装甲型)
旧市街で前線を押し潰しかけた大型重火力個体。
通常型より装甲が大幅に強化されており、肩部と脹脛部には追加ミサイルポッドを装備。
正面からの火力戦ではエンフォーサー前線すら押し返しかねない圧力を持ち、今回の戦場では最大の壁になっていました。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。