特務制圧群〈エンフォーサー〉 第4班 ウェッジ部隊
旧市街外縁、高架跡の影。
三機のストラティオスは低空待機を続けていた。
ローター音は抑えられ、機内灯も最小。
すぐに上がれる。
だが、まだ上がらない。
それが今回の待機任務だった。
その中央、吊下固定された黒い隊長機のコクピットで、女は不満そうに腕を組んでいた。
「まだか!」
第一声から大きい。
オペレーター席の女が、こめかみを押さえたまま答える。
「まだです。待機です。聞いてましたよね」
「聞いていたとも! だが、現場は待ってくれない!」
「だからこそ待機なんです」
慣れたやり取りだった。
特務制圧群〈エンフォーサー〉第4班、ウェッジ部隊。
そしてその中核――隊長機搭乗者。
明るい。
うるさい。
やたら前向き。
だが、実力と人望について異論を挟む者はいない。
別回線で、精鋭機二機の搭乗者が乾いた声を落とす。
『隊長、まだ出番じゃないです』
『今飛び出すと怒られますよ』
「怒られたところで、下の連中が助かるなら安いものだ!」
「安くありません。後で全部こっちに来ます」
少し離れた席で別のオペレーターが小さく笑う。
笑いながら、指は止まらない。
観測画面、地上戦力の配置、旧市街内部の圧力分布。
ウェッジ部隊は待機中ですら静かではない。
その時、戦況表示の一角が赤く跳ねた。
上空支援機。
アパッチ。
前線支援に入った機体の高度が乱れる。
オペレーターの表情が一段だけ固くなる。
「……被弾」
次の瞬間、画面の一つが黒煙の軌跡を引いた。
「アパッチ、離脱不能。墜落コース」
数秒、機内の空気が変わる。
今まで半分退屈そうにしていた隊長が、前を向いた。
声だけは相変わらず大きいが、温度が違う。
「前線が崩れる前に入る。私の役目だ」
「まだ正式投入命令は出てません」
「わかっている! だが、あそこで踏ん張ってる連中を押し潰させる気はない!」
だが、その返しの途中で新しい回線が割り込んだ。
『旧市街前線、圧迫増大! ゴリアテ出現、重戦車確認! 前線後退、再編中!』
さらに別の回線。
『第8班進路上に追加オートマタ群流入! 中心点到達までの時間が持たない!』
オペレーターは一瞬で切り替えた。
端末を叩く。
旧市街内部の簡易図が更新される。
圧力線。
後退する前線。
切れかけた進路。
「……最悪寄りです」
その一言で十分だった。
隊長が笑う。
明るい。
いつも通り、やたら明るい。
でもこの女の場合、それは軽さじゃない。
行けると判断した時の顔だ。
「なら間に合わせる! 前線が持たないなら、私たちが持たせる!」
「呼んでるのは現場の悲鳴です」
「同じことだ! ゴリアテは私が引き受ける! 第8班を通すぞ!」
オペレーターが深いため息をつく。
たぶん今日一番重いやつだった。
「……了解。ようやく正式投入です。ストラティオス群、展開コースへ移行。隊長機アンカー解除準備。初撃は肩口と脚部へ散らします」
『またかよ』
精鋭機の片方が呟く。
『でもまあ、これが隊長だよな』
『了解。こっちは重戦車持つ』
ウェッジ部隊の空気は、そこで一気に噛み合った。
隊長が前へ出る。
いつも通りだ。
そのために、残りが自分の役割を取る。
それもまた、いつも通りだった。
「みんな! 行くぞ!」
「音量を落としてください」
「景気づけだ! まだ終わっていないと、下の連中に教えてやらんとな!」
「こちらの頭痛が増えます」
それでもオペレーターの手は止まらない。
指示線を引く。
精鋭機二機へ重戦車の優先目標を送る。
ストラティオスへ投下角を補正。
ゴリアテの進行線を予測。
主戦場から切り離せる最短軌道を算出する。
「初撃三秒後。二、一――」
上空からミサイルが走る。
着弾。
ゴリアテの肩口。
次いで脚部。
巨体がわずかに傾ぐ。
「今です。行ってください」
「言われるまでもない!」
アンカー解除。
黒い機体が、ストラティオスの腹下から放たれる。
自由落下の一瞬。
その次の瞬間には、もう加速へ変わっていた。
隊長機がパルスアーマーを展開する。
右肩だけでも前面だけでもない。
突入のために一瞬だけ全身を包み込む、短時間限定の強行突破。
黒い機体全体が、そのまま一つの楔になる。
「道をこじ開ける! 第8班を通すぞおおおお!」
『やかましい!』
『でも頼む!』
精鋭機二機が左右へ散る。
重戦車の主砲線を切る。
前へ出すぎず、だが前線の崩れは許さない角度で噛む。
その間に、隊長機はゴリアテへ届く。
衝突。
鈍い。
重い。
だが止まらない。
パルスアーマーが砕ける前の一瞬を使って、隊長機はそのまま巨体を押し切った。
主戦場の中心線から外す。
横へ。
さらに奥へ。
建物の壁ごと削りながら、ゴリアテを戦線の外へ引きずる。
コクピットの中で警告灯がいくつも点く。
だが致命的な表示はない。
「どうだ!」
オペレーターは数秒だけ黙って各種数値を確認し、それから冷たく返した。
「うるさいですが、概ね無事です」
「よし!」
「パイロットとしては優秀です」
「“としては”をつけるな!」
ゴリアテがようやく姿勢を立て直す。
巨体が正面を向き直り、肩部ユニットが開いた。
さらに脹脛側のポッドも連動して展開する。
「来ます。ミサイル弾幕」
「見えている!」
次の瞬間、無数の光が散った。
肩から。
脚から。
高低差をつけた軌道で、飽和するように一斉発射される。
真正面から受ければ、隊長機でもただでは済まない数だ。
だが隊長機は止まらなかった。
右へ一歩。
左へ半歩。
さらに踏み込みながら、飛来する弾道の“間”だけを拾って前へ出る。
大きく避けない。
逃げない。
ミサイル同士のわずかな隙間へ、針を通すみたいに機体を滑り込ませる。
追加ブースターが短く唸るたび、黒い機体が致命の軌道から紙一重で外れる。
右肩を掠める爆風。
足元を舐める熱。
崩れた壁面をかすめ、落ちた看板の影へ半身を滑らせ、次の一発が来る前にまた前へ出る。
「うるさいな!」
「文句を言う前に、止めてください!」
爆煙の向こうで、ゴリアテの巨腕が持ち上がる。
叩き潰す気だ。
まともに振り下ろされれば、さすがの隊長機でも無事では済まない。
だが、その一撃が落ちる前に、隊長機の左腕がわずかに上がった。
大口径ショットガン。
至近距離で放たれた散弾が、ゴリアテ重装甲型の胸部装甲を正面から叩く。
貫通はしない。
最初からそのつもりでもない。
狙いは姿勢だ。
装甲を割るためではなく、重い上半身の軸を一瞬だけずらすための一撃。
巨体がわずかに仰け反る。
「今だ。終わらせる!」
その時にはもう、右腕のパイルバンカーは溜めに入っていた。
最大。
あるいは、それに近い出力。
隊長機が一歩踏み込む。
胸部中央。
厚い正面装甲の、その奥にある中枢を狙うには、そこしかないという一点へ。
「ここで止まれえええッ!」
右腕が突き出される。
爆ぜるような衝突音。
次の瞬間、パイルバンカーがゴリアテ重装甲型の胸を撃ち抜いた。
前面装甲。
内部機構。
中枢フレーム。
その全部をまとめて押し潰すように、杭が深々と突き刺さる。
巨体が一瞬だけ完全に止まった。
それから、遅れて全身の力が抜ける。
膝が沈む。
上体が傾ぐ。
肩のミサイルポッドが力なく下がり、脚部ユニットの光も消える。
崩落。
地面を揺らし、瓦礫を沈め、ゴリアテ重装甲型はようやく完全に沈黙した。
隊長機も数歩分だけ滑り、そこで止まる。
警告灯はいくつか点いている。
だが致命傷はない。
オペレーターが即座に各種状態を確認する。
「胸部中枢反応、消失。ゴリアテ停止確認」
別回線から精鋭機二機の声が入る。
『重戦車一両、火線ずらした!』
『もう一両も抑える! 前線戻るぞ!』
主戦場側の戦況表示が少しだけ安定に戻る。
《トレイス》の進路も、まだ生きている。
隊長はそこでようやく息を吐いた。
「どうだ!」
「今度はちゃんと静かに聞いてください」
「どうだ!」
オペレーターは目を閉じ、数秒だけ頭痛をやり過ごしてから言った。
「……上出来です」
その一言で十分だった。
隊長が笑う。
「当然だ! うちの前線を、そう簡単に潰させてたまるか!」
旧市街の向こうで、戦場が少しずつ組み直されていく。
ウェッジ部隊はまた一つ、崩れかけた線に楔を打ち込んだ。
うるさい。
眩しい。
だが信用できる。
それが、第4班ウェッジ部隊だった。
特務執行装甲 エンフォーサー 隊長機仕様〈ウェッジ〉
概要
特務制圧群〈エンフォーサー〉第4班《ウェッジ部隊》の中核を担う隊長機。
通常機および精鋭機よりも、突破力・瞬間制圧力・重目標排除能力を重視した特殊構成を採る。
本機は前線維持そのものを主任務とするのではなく、重装甲目標や高危険度個体を主戦場から切り離し、短時間で無力化することを目的とする。
《ウェッジ》の名の通り、崩れかけた戦線へ楔を打ち込み、局面を強制的に動かすための機体である。
主任務
• 重装甲目標の主戦場外への引き剥がし
• 高危険度個体への近接突破
• 崩壊寸前の前線に対する瞬間介入
• 精鋭機との連携による戦線再構築
追加装備
両肩大型追加スラスター
両肩に装着された高出力推進ユニット。
瞬間的な急加速を可能にし、重装甲目標への突撃、主戦場からの強引な引き剥がし、短距離での機動修正を成立させる。
各ユニットには6連装ミサイルポッドを内蔵しており、発射後は対象を追尾して着弾する。主な用途は、初撃時の姿勢崩し、接近前の圧力分散、迎撃火線の乱しである。
大口径ショットガン
隊長機専用の近中距離制圧兵装。
高密度大型ショットシェルを採用し、発射サイクルと継戦性を犠牲にする代わりに、有効射程と衝撃力を大きく高めている。
目的は装甲の貫通ではなく、重目標の姿勢崩し、機体軸の偏向、決定打へ繋ぐ一瞬の隙の生成にある。
パイルバンカー
隊長機の決定打となる近接兵装。
大型執行杭を高出力で射出・打ち込み、対象の装甲、内部機構、中枢部を物理的に破壊する。
ゴリアテ級の重装甲目標に対しても有効打を期待できるが、極短距離まで接近する必要があり、使用者の技量と機体負荷の両面で高い要求を伴う。
パルスアーマー
機体追従型の高負荷パルス防壁。
短時間に限り、機体各部の防御性能を飛躍的に高め、重火線の中を強引に突破するために用いられる。
通常のパルスシールドが“受ける防御兵装”であるのに対し、こちらは“突っ込むための防御機構”である。
持続時間は短く、連続使用には適さない。
運用思想
ウェッジ部隊の隊長機は、前線維持よりも**「戦場をこじ開けること」**に特化した機体である。
追加スラスターとミサイルで強引に間合いを詰め、大口径ショットガンで姿勢を崩し、最後は杭によって決定打を与える。
正面から押し切れない相手に対して、真正面から勝ち筋を作るのではなく、戦場そのものの形を捻じ曲げて勝ち筋を発生させる。
本機はそのための重突破仕様であり、ウェッジ部隊の象徴的存在でもある。
備考
隊長機およびこれに追随する精鋭機には、任務内容と上位許可に応じて、専用兵装・限定試作兵装の使用が認められる。
そのため通常機より機体個性が出やすく、搭乗者ごとの戦闘思想が構成へ色濃く反映される。