ゲヘナ特務執行隊「レイヴン」   作:ゴリさん39

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【外伝】即応制圧班 【給食部】

 

「また給食部か」

 

 最初に広がったのは、甘い匂いだった。

 

 次に来たのは、地獄みたいな悪臭だった。

 

「だから何でその二つが両立するんですかねえっ!?」

 

 ゲヘナ中央区、食堂前広場。

 風紀委員のモブ生徒が半ば諦めた目で叫んだ次の瞬間、伸びてきた吸盤つきの触手がその腰に絡みついた。

 

「うおっ、ちょ、待っ――あっ最悪!」

 

 逆さに吊られる。

 

 制服の裾に、緑色のどろりとした液体がべったり付着した。

 

「だめだこれ! 取れないやつだ! 知ってる! 知ってるけどやっぱ最悪ですってこれ!」

 

「暴れるな! 余計絡む!」

 

「だったら先に助けてくださいよ!」

 

 広場の中央では、何段にも積み上がった紫色の巨大パンケーキが、ぬめる触手をわきわきと動かしていた。

 表面からは緑色のソースが絶えず垂れ、地面に落ちるたびにじゅう、と嫌な音がする。

 しかもそのたびに、甘い匂いと腐ったみたいな臭気が混ざって広がる。

 

 動く。

 這う。

 触るとまずい。

 食べるともっとまずい。

 

 風紀委員会としては、あまりにもいつも通りで、あまりにも最悪だった。

 

「現場封鎖急いで! 野次馬下げて! 写真撮ってる場合じゃない!」

 

 別の風紀委員が怒鳴る。

 

「でも先輩、あれ絶対バズりますよ!」

 

「バズる前に気絶するわよ!」

 

 広場の端では、給食部のフウカが頭を抱えていた。

 その横で、ジュリがしょんぼりした顔で巨大パンちゃんを見上げている。

 

「ご、ごめん……今回はちょっと、いつもよりいい感じに膨らんじゃって……」

 

「良くないのよ!」

 

 フウカの声はほとんど悲鳴だった。

 

「どうしたらこんなことになるの!? 何を混ぜたの!?」

 

「温泉卵を……ちょっと……」

 

「何で温泉卵がこうなるのよ!」

 

 触手に吊られたままの風紀委員が、遠い目でぼやいた。

 

「委員長がいない時に限って、なんで起きるかなあ……」

 

 その言葉の虚しさに応えるように、巨大パンちゃんがぶるりと震えた。

 次の瞬間、緑のソースがまとめて飛んだ。

 

「散るぞ!」

 

 風紀委員たちが一斉に身を伏せる。

 地面に落ちたソースが粘ついた膜になって広がり、避難誘導用の簡易柵を飲み込んだ。

 

「だめです! 通常封鎖じゃ足りません!」

 

「見ればわかる!」

 

 現場指揮を取っていた風紀委員が額を押さえ、すぐに無線を開いた。

 

「風紀委員会よりゲヘナ学園支部境界駐屯地へ! 中央区食堂前広場にて異常食物系危険対象発生! 想定以上に巨大化、通常対応では封鎖維持困難!」

 

 ほんの一拍。

 

『支部直轄即応制圧班、受領。対象の分類は』

 

 無線の向こうは、やけに落ち着いていた。

 

 風紀委員は、目の前の巨大パンちゃんを見る。

 触手。

 吸盤。

 紫色の層。

 緑のソース。

 そして、また一人風紀委員を捕まえて振り回している最悪の現実。

 

「……パンちゃんです」

 

 沈黙。

 

 それから、無線の向こうで小さく息を吐く音がした。

 

『正式分類で頼む』

 

「食物系異常個体!」

 

『了解。即応班出る。周辺退避率を維持しろ。エンフォーサー学園仕様を投入する』

 

 触手にぶら下がった風紀委員モブが、半泣きで叫んだ。

 

「助かったあああ! お願いしますほんと早く!」

 

「吊られながら喋るな!」

 

「喋らないと心が折れるんですよ!」

 

 

 ストラティオスが中央区上空へ差しかかった瞬間、機内の空気が少しだけ止まった。

 

 広場の真ん中にいた。

 

 想像していた三倍くらいの、巨大パンちゃんが。

 

 機首側モニターいっぱいに映る、紫色の異形。

 触手。

 悪臭検知。

 高粘性汚染反応。

 しかもまだ成長を続けている。

 

 エンフォーサー搭乗者の一人が、低く呟いた。

 

「……新記録だな、こりゃ」

 

 数拍遅れて、オペレーターが返す。

 

「喜ばしい更新ではありません」

 

「見ればわかる」

 

 搭乗者はヘルメットを締め直した。

 モニターの向こうでは、風紀委員会が必死に広場周辺を空けている。

 柵を立て直し、野次馬を追い払い、ソースに捕まった生徒を引き剥がしている。

 

『現場風紀委員会より補足。対象は粘着性ソースを広範囲散布。触手による拘束あり。時間経過でさらに大型化の可能性』

 

「最悪の報告ばかり上手くなるな、あいつら」

 

『ゲヘナ中央区勤務はそういうものです』

 

 機体が揺れる。

 投下準備。

 

『学園仕様のまま一度抑え込みます。二次被害を見てから段階解除判断』

 

「了解」

 

 腹の下で固定が外れる感触。

 次の瞬間、黒い機体が広場脇へ降りた。

 

 着地。

 

 重い脚が石畳を砕く。

 

 巨大パンちゃんが、ぬるりと顔みたいな面を向けた。

 表情はない。なのに、何となく機嫌が悪そうに見える。

 

「なんでパンケーキに睨まれてるんだ、私は」

 

『業務中です』

 

「知ってる」

 

 エンフォーサーが前へ出る。

 学園仕様。出力制限中。

 パルスシールドを展開し、まずは正面から押す。

 

 触手が来る。

 一本。二本。三本。

 シールドへ叩きつけられ、ぬちゃ、と嫌な音が響いた。

 

「うわ」

 

『感想は不要です』

 

「今のは出るだろ」

 

 右腕のパルスガンを撃つ。

 触手を一本、二本と弾き飛ばす。

 だが本体は止まらない。むしろ巨大な層ごと前へにじり寄ってくる。

 

 ソースがシールド表面へまとわりつき、視界の一部が緑に滲んだ。

 

『通常制圧では押し返し困難』

 

「こっちも同感だ」

 

 広場の反対側では、別の即応班員が捕縛触手を切り払って風紀委員を回収していた。

 風紀委員モブが救助されながら叫ぶ。

 

「ありがとうございます! あとこれ制服弁償出ます!?」

 

「知るか!」

 

 巨大パンちゃんがさらに震える。

 その上層が割れ、内部から太い触手がもう一本伸びた。

 

「……おい」

 

『確認。対象、想定以上に巨大化。学園仕様では封鎖維持困難』

 

 オペレーターの声が一段だけ硬くなる。

 

『周辺退避率九二%。風紀委員会、第二封鎖線完了』

 

 短い間。

 

『エンフォーサー学園仕様、出力制限を第二段階まで解除』

 

 コクピット内の制限表示が切り替わる。

 駆動系が一段深く唸った。

 

『近接兵装使用許可。レーザーブレード解禁』

 

 搭乗者は一瞬だけ黙った。

 

「パンケーキ相手に、そこまで言う日が来るとはな」

 

『正式分類は食物系異常個体です』

 

「書類の言い方が一番嫌いだ」

 

 エンフォーサーの右腕側面が展開し、青白い刃が音もなく伸びる。

 

 巨大パンちゃんが触手をまとめて振り下ろしてくる。

 

「来るぞ!」

 

 半歩踏み込む。

 シールドで一本受ける。

 残りを避ける。

 そして、刃が走った。

 

 断つ。

 

 触手が二本、まとめて宙を舞う。

 切断面から緑のソースが噴き、石畳を焼くように散った。

 

『飛散注意! 核露出前の過剰切断は避けてください!』

 

「難しいこと言うな!」

 

 だが、相手の動きは鈍った。

 今だ。

 

 エンフォーサーはそのまま巨体の側面へ回り込む。

 層の重なり、その一番深い中心。

 妙に焼き色の濃い、黒ずんだ中核部が見えた。

 

 広場端でフウカが叫ぶ。

 

「そこです! そこがたぶん一番まずいところです!」

 

「情報が最悪だな!」

 

『ですが有用です』

 

 巨大パンちゃんが怒ったみたいに全身を震わせた。

 ソースが噴き上がる。

 触手が乱打のように落ちる。

 

 エンフォーサーは追加された出力で一気に間合いを詰めた。

 重い。だが今は速い。

 

「切るぞ」

 

 ブレードが、中核部へ振り抜かれる。

 

 焼き色の濃い層が裂けた。

 

 その瞬間、巨体全体がびくりと跳ねる。

 内部で何かが破裂したみたいに、甘ったるい蒸気と悪臭がまとめて噴き出した。

 

「うわ、ひど」

 

『核反応露出確認。風紀委員会、処理班前へ』

 

 そこへ風紀委員たちが一気に入る。

 長柄器具で核らしき塊を押さえ、給食部が持ってきた耐熱容器へ叩き込む。

 

「閉じて! 閉じて閉じて閉じて!」

 

 フウカが半泣きで蓋を押さえる。

 ジュリが横でおろおろしながら言う。

 

「ご、ごめんねパンちゃん……」

 

「あとで謝って! 今は閉じるの!」

 

 蓋が閉まる。

 

 次の瞬間、広場中央の巨大パンちゃんが、力を失ったみたいにその場へ崩れ落ちた。

 

 ずるずると層が沈み、触手がしおれ、緑のソースだけが最後に一滴、二滴と地面へ落ちる。

 

 沈黙。

 

 風紀委員モブが、ソースまみれの制服で空を見上げた。

 

「終わった……」

 

 別の風紀委員が肩で息をしながら言う。

 

「終わったわね……」

 

 そのすぐ横で、エンフォーサー搭乗者が機体越しに広場中央を見下ろす。

 

「本当にパンケーキだったのか、これ」

 

『分類上はそうなります』

 

「分類上以外で話してくれ」

 

 無線の向こうで、オペレーターが淡々と続けた。

 

『件名を確認します。中央区食堂前広場異常食物系危険対象即応制圧事案で提出予定です』

 

「長い」

 

『短縮案はありますか』

 

 搭乗者は少し考えてから、真顔で言った。

 

「パンちゃんでいいだろ」

 

 間。

 

『却下です』

 

 風紀委員モブが、まだ地面に座り込んだままぼやく。

 

「報告書に“パンケーキの怪物と交戦”って書くの、毎回ちょっと嫌なんですよね……」

 

 フウカがその場でしゃがみ込み、がっくりとうなだれた。

 

「私だって嫌よ……」

 

 ジュリはしょんぼりしながら、容器の中でもぞもぞ動く小さくなったパンちゃんを見つめていた。

 

「今度は、普通に作れるように頑張る……」

 

 その言葉を聞いて、風紀委員と即応班の何人かが同時に遠い目をした。

 

 誰も何も言わなかった。

 言ったところで、たぶん意味がないと知っていたからだ。

 

 ゲヘナでは、こういう日がたまにある。

 

 たまにあるのが、いちばん嫌だった。

 

 




件名:中央区食堂前広場 異常個体対応について

本日、ゲヘナ中央区食堂前広場において、給食部由来と見られる食物系異常個体(通称:巨大パンちゃん)が発生し、現場封鎖および一般生徒の避難誘導では対応困難な状況に至ったため、支部直轄即応制圧班として出動しました。

対象は想定を上回る大型個体であり、高粘性ソースによる拘束・汚染拡大、触手による直接被害、ならびに時間経過によるさらなる成長傾向が確認されました。通常制圧では封鎖維持が困難と判断し、周辺退避確認後、エンフォーサー学園仕様の出力制限を段階解除、近接兵装の使用許可を申請・受領しました。

その後、対象外殻を局所切断して中核部を露出させ、風紀委員会および給食部と連携のうえ行動停止を確認、鎮圧を完了しました。なお、現場一帯に高粘性ソース汚染が残留しているため、後処理および衛生管理については別途対応が必要です。
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