ゲヘナ特務執行隊「レイヴン」   作:ゴリさん39

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第28話 解析結果

 

 特務開発群〈フォージ〉の解析室は、静かなのに落ち着かない場所だった。

 

 音がないわけではない。

 端末の駆動音。

 記録媒体を読む薄い電子音。

 隔離ケースの制御音。

 それぞれは小さいのに、全部まとめて聞くと妙に神経を削る。

 

 ユウは入口の少し手前で立ち止まり、思わず中を見回した。

 

「……苦手かもしれないです、ここ」

 

 横で先輩が短く返す。

 

「賑やかな場所じゃないからな」

 

「そういう意味じゃなくて」

 

「わかってる」

 

 先輩は、わかっていてあえて雑に返したらしい。

 

 部屋の中央には、今回回収した遺物が透明な隔離ケースごと置かれていた。

 

 黒い。

 小さい。

 でも目に入るだけで、施設の中で感じたあの嫌な気配を思い出す。

 

 その周囲で、フォージの解析担当が何人か端末を操作していた。

 装飾のない白衣。

 機械油と薬品の匂い。

 感情より先に手が動く人たちの空気だ。

 

 先輩が短く声をかける。

 

「第8班だ」

 

 奥で端末を見ていた一人がこちらを振り返った。

 年齢は上だろうが、雰囲気はやたら若い。

 眠そうでもあるし、逆に目だけは起きている感じもする。

 フォージの人間らしい、少しねじれた落ち着き方だった。

 

「来たか」

 

 その人はユウより先に先輩を見て、それから隔離ケースへ視線を戻す。

 

「例の餌、開けずに済んでる。褒めていいぞ」

 

「褒めなくていい。結果だけ寄こせ」

 

「つれないねえ」

 

 口調は軽いが、操作している手は止まらない。

 

 ユウは小さく息を吐いて、ケースの中を見た。

 やはり黒い。

 ただの石片にも見えるのに、そこへ“そうは見えない何か”が重なっている。

 

 解析担当が端末を一枚切り替えた。

 

「一次解析の結論から言う。神秘由来なのは確定」

 

 画面に反応波形が映る。

 ユウには細かいことはわからない。

 だが、“普通じゃない”ことだけは伝わる。

 

「ただし、あれそのものが観測対象本人ってことはない」

 

 ユウが小さく口を開く。

 

「……やっぱり」

 

「やっぱりだ。これは“そう見えるように作られてる”」

 

 解析担当はケースを指先で軽く示した。

 

「残留痕の出方が妙に綺麗だろ。自然に染みついた神秘じゃなくて、意図的に層を重ねてある」

 

 先輩が短く聞く。

 

「模倣か」

 

「かなり悪質なやつだな」

 

 画面がもう一段切り替わる。

 比較図。

 今回の遺物と、過去案件の未分類痕跡。

 完全一致ではない。

 でも、似ている。

 

「追跡されることを前提に、“それっぽい匂い”だけを強く残す作りになってる」

 

 ユウはそこで、施設の中での感覚を思い出した。

 

 届いたと思った。

 掴めると思った。

 でも違った。

 

「……最初から、こっちを引っかけるために?」

 

「断定はしない」

 

 解析担当は肩をすくめる。

 

「でも、追跡誘導か誤認誘発の用途は濃厚だ。少なくとも“拾われても困らない形”にはなってる」

 

 嫌な作り方だ。

 

 先輩が画面を見たまま言う。

 

「観測対象そのものではない。だが、向こうの手は入ってる」

 

「そういうこと」

 

 ユウは隔離ケースの中の遺物を見つめた。

 

 完全な外れではなかった。

 アノミマスの糸も、施設の中での違和感も、間違いじゃなかった。

 ただ、その先にいた“本人”だけがいなかった。

 

 悔しさとは少し違う。

 でも、簡単に飲み込める感じでもない。

 

 その時、部屋の端で別の端末を見ていた担当が小さく声を上げた。

 

「復元一件、通った」

 

 解析担当がそちらへ歩く。

 ユウと先輩も自然に続いた。

 

 別画面には、施設内端末の残存ログが開かれていた。

 先生たちが撤退したあと、フォージ側が回収した機材と記録媒体を復元したらしい。

 

「こっちが本題」

 

 解析担当の声が少しだけ低くなる。

 

「遺物の方は“何がやられていたか”の話だ。名前が出るのはこっちだ」

 

 ユウは無意識に背筋を伸ばした。

 

 表示されたのは断片化された通信記録。

 カイザー内部のやり取り。

 責任者権限のログ。

 外部接続履歴。

 すべて穴だらけだが、繋がる部分だけでも十分嫌だった。

 

 最初の断片には、こうあった。

 

 対象搬送継続

 観測準備完了

 外部協力者指示待ち

 

 次の断片。

 

 黒服より伝達

 追跡線接近時は遺物を優先保持

 

 ユウは画面を見たまま、ゆっくり瞬きをした。

 

「……黒服」

 

 先輩は何も言わない。

 ただ、その視線が少しだけ鋭くなる。

 

 解析担当が続ける。

 

「外部協力者の呼称、または名乗りだろうな。カイザー側の記録に複数回出てる」

 

 さらに画面が切り替わる。

 

 黒服との通信接続確認

 対象価値は依然高い

 生徒反応優先、施設維持は二次

 

 ユウの喉が少しだけ乾いた。

 

 生徒。

 対象価値。

 施設維持は二次。

 

 つまりこの相手は、最初から施設そのものを大事にしていない。

 カイザーを使っているだけだ。

 

「……これ、観測者なんですよね」

 

 ようやく出た声に、解析担当は画面から目を離さず答える。

 

「少なくとも、お前らが追ってた線の一つには名前がついた」

 

 解析担当は少しだけ端末をスクロールした。

 

「まだ個体名か役割名かは不明。だが単独とは思わん方がいい。接続元の出方が雑じゃない。複数口で処理してる」

 

 ユウは画面を見たまま聞く。

 

「じゃあ、観測者って呼んでたやつの中の……」

 

「一つだろうな」

 

 先輩の返答は短かった。

 

 それで十分だった。

 

 第8班がずっと“観測者”と呼んで追ってきたもの。

 その中の一つに、初めて具体名が乗った。

 

「だから本部が動く」

 

 その一言で、部屋の空気が少しだけ締まる。

 

 ユウは小さく息を飲んだ。

 本部。

 それはつまり、第8班だけの話じゃなくなるということだ。

 

「拘束したカイザー職員の供述は?」

 

 先輩が聞く。

 

 別端末が開かれる。

 簡易聴取の要約。

 

 遺物は外部から渡された。

 保持命令を受けていた。

 相手は黒い服の男。

 現場責任者層では“黒服”と呼ばれていた。

 

 ユウは眉を寄せる。

 

「名前、普通に出てたんですね」

 

「呼ばせたのか、勝手にそう呼ばれていたのかは不明だ」

 

 解析担当は軽く肩をすくめる。

 

「だが、少なくともカイザー側はその名で認識していた」

 

 先輩が静かに画面を見つめる。

 

「やっと名前が出たな」

 

 ユウはその言葉に、少しだけ驚いた。

 

 先輩は淡々としている。

 でも、今の一言には確かに重さがあった。

 

「名前が出ただけだ」

 

 先輩は自分で言い直すように続ける。

 

「中身はまだだ」

 

「それでも、大きいですよね」

 

 ユウが言うと、先輩は短く頷いた。

 

「追っていた線に、初めて輪郭がついた」

 

 部屋の端を見る。

 

 アノミマスも来ていた。

 ただし今回は解析台の近くまでは寄せられていない。

 椅子に座り、少し離れたところから画面を見ている。

 

 今日の彼女は静かだ。

 嫌がってはいない。

 でも、これ以上近づきたくない顔をしている。

 

 ユウは少しだけ歩み寄った。

 

「大丈夫か」

 

 アノミマスはゆっくり顔を上げる。

 

「……だいじょうぶ」

 

「無理するなよ」

 

「……うん」

 

 短いやり取りだったが、それで十分だった。

 

 解析担当が端末を閉じる。

 

「一次報告はここまで。詳細は本部へ上げる」

 

「本部はどう動く」

 

 先輩の問いに、解析担当はユウの方を一度だけ見た。

 

「先生を呼ぶ」

 

 ユウの喉が少しだけ詰まる。

 

「やっぱり、ですか」

 

「この“黒服”と接触した大人がいる。しかも第8班と接点を持ってる。呼ばない理由がない」

 

 先輩が淡々と頷く。

 

「妥当だ」

 

「連絡は?」

 

 解析担当がそう聞くと、先輩はユウの方を見た。

 

 嫌な予感がした。

 

「……まさか」

 

「お前だ」

 

「ですよねえ……」

 

 先輩は容赦がない。

 

「連絡先を渡したのはお前だ」

 

「軽率だったの、まだ擦ります?」

 

「本部案件に育った時点で擦る」

 

 その返しがあまりにも正しくて、ユウは反論を諦めた。

 

 ただ、まったく嫌なだけでもなかった。

 

 先生。

 あの施設の薄暗い通路で会った大人。

 ホシノを探していた人。

 自分の差し出した連絡先を、ちゃんと受け取った人。

 

 その相手が、今度はレイヴン本部へ来る。

 

 事が大きくなっている。

 かなり面倒だ。

 でも、それだけじゃない。

 

「ユウ」

 

 先輩が短く呼ぶ。

 

「はい」

 

「文面を三回は打ち直すなよ」

 

 ユウは思わず顔を上げる。

 

「……なんで知ってるんですか」

 

「お前がそういう顔をしてる時は大体そうだ」

 

 横で解析担当が小さく笑った。

 

「頑張れよ、第8班」

 

「他人事だと思って……」

 

「他人事だからな」

 

 そう返されると、もう何も言えない。

 

 部屋を出る前に、ユウはもう一度だけ隔離ケースの中の遺物を見た。

 

 黒い。

 小さい。

 でも、その小さな塊の向こう側に、ようやく“黒服”という名がついた。

 

 観測者。

 黒服。

 カイザー。

 先生。

 

 全部がまだ一本にはなっていない。

 けれど、もう別々でもない。

 

 ユウは小さく息を吐く。

 

 次はきっと、面倒だ。

 でも、知りたい。

 

 その気持ちは、もうごまかせそうになかった。

 

 その時、先輩が隔離ケースの方を見たまま言った。

 

「一つ厄介なのは、向こうも学ぶってことだ」

 

 ユウが振り向く。

 

「え」

 

「今回の餌は、十分こっちを引いた」

 

 先輩の声は低い。

 

「しかも、どの程度まで似せれば追跡線が食いつくか、向こうはたぶん見た」

 

 解析担当も軽く頷く。

 

「これが有効だと知れた以上、次はもっと露骨に来るか、逆にもっと巧妙に混ぜてくる」

 

 ユウは眉を寄せた。

 

「……これからの調査、やりにくくなるってことですか」

 

「なる」

 

 先輩は即答した。

 

「今回より追いづらくなると思え」

 

 その一言は、短いのに重かった。

 

 ようやく名前が出た。

 輪郭も少しついた。

 でもそれと同時に、向こうもこちらの追い方を知った。

 

 近づいた分だけ、また厄介になる。

 

 それが観測者案件なのだろう。

 

 ユウはもう一度、黒い遺物を見る。

 

 小さい。

 でも、その小ささの向こうにあるものは、まるで軽くなかっ

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