ゲヘナ特務執行隊「レイヴン」   作:ゴリさん39

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第31話 総帥

 

 扉が閉まる音は、思っていたより軽かった。

 

 レイヴン本部の応接室は静かで、整っていて、その分だけ息が詰まる。

 机上の書類は揃いすぎていた。壁際の端末は余計な光を出さない。人の気配も薄い。

 その中央に座る生徒を見た瞬間、この場で一番決める側の人間が誰かはすぐにわかった。

 

 オールバックに眼鏡。

 姿勢は崩していない。威圧するために身を乗り出してもいない。

 それでも、部屋の線がその人間を中心に揃っているように見えた。

 

 施設の中で会った第8班とは、明らかに空気が違った。

 

「改めて、来訪に感謝する」

 

 その生徒が言う。

 丁寧語ではない。だが礼は外していない。

 その曖昧さが、かえって扱いづらかった。

 

「レイヴン総帥、神崎だ」

 

 短い名乗りだった。

 肩書を誇る調子ではない。

 だが、それが自然に通る場所にずっといた人間の声だった。

 

 先生は軽く頷く。

 

「シャーレの先生だ」

 

 神崎はそこで少しだけ目を細めた。

 

「噂ほど物騒には見えないな」

 

 褒め言葉ではなかった。

 最初から一枚だけ皮膚を剥いでくるような言い方だった。

 

 ユウが横で小さく肩をこわばらせる。

 その少し後ろに控えていた補佐役が、間を切りすぎない声で口を開いた。

 

「ご来訪ありがとうございます、先生。補佐付きの佐伯です。本日は進行補助を務めます」

 

 やわらかい声だった。

 ただし、やわらかいだけではない。

 神崎の鋭さを知った上で、この場が折れすぎないよう角度を調整している声だった。

 

 神崎は資料へ目を落としたまま続ける。

 

「時間も惜しい。確認だけする」

 

「施設内で接触した相手についてだ」

 

 先生は頷いた。

 

「黒い服の男のことだね」

 

 その返答に、神崎の視線がわずかに上がる。

 

「話が早いのは助かる。第8班が拾った線とも一致している」

 

「君はその相手から何を聞いた」

 

 先生は少しだけ言葉を選んだ。

 

「自分を黒服と名乗っていた。外の研究者だとも言っていたよ」

 

「研究者」

 

 神崎が小さく復唱する。

 

「都合のいい肩書きだな。胡散臭さを多少薄めたい時によく使う」

 

 嫌味っぽい言い方だった。

 感情で腐しているわけではない。最初から信じる気がないだけだ。

 

 先生は軽く息を吐く。

 

「少なくとも、本人はそう説明した」

 

「こちらを勧誘もしてきた」

 

 ユウが少しだけ目を瞬く。

 佐伯も端末へ何かを打ち込んだ。

 

 神崎はそこでようやく少しだけ椅子にもたれた。

 

「エンフォーサーを倒し、現地の不良をまとめ上げ、その上で正体不明の外部干渉者に勧誘される大人か」

 

 ほんの少しだけ口元が動く。

 笑ったわけではない。

 

「君一人で面倒事の密度が高いな」

 

 ユウが耐えきれないみたいに少し顔をしかめる。

 先生は逆に少しだけ苦笑した。

 

「歓迎されている感じではなさそうだ」

 

「歓迎していないとは言っていない」

 

 神崎は即答した。

 

「ただ、こちらも君を“普通の来客”として扱うほど暇ではない」

 

 そこで佐伯が、空気を切りすぎない程度の声で入る。

 

「本件は継続確認になります。本日は導入整理と認識合わせが主です」

 

「詳しい確認は、解析班の資料整理後に改めて実施します」

 

 つまり今日は本格的な追及ではない。

 入口の確認だけ。

 それなら先生にも納得しやすかった。

 

「わかった」

 

 神崎が小さく頷く。

 

「では、こちらも一つ確認する」

 

 先生は黙って視線を返す。

 

「最初の件は、連邦生徒会との間で誤認戦闘として整理済みだ」

 

 神崎の声は平坦だった。

 

「君もそれは承知しているはずだ」

 

「承知してる」

 

「ならいい」

 

 その言い方には、納得はしているが好感は持っていない、という温度がそのまま乗っていた。

 

「整理は済んでいる。だが印象までは消えない」

 

 神崎の視線がわずかに細くなる。

 

「エンフォーサーを倒した事実も、現場でこちらの戦力と交戦した事実も残る。警戒される理由としては十分だ」

 

 先生はそこで小さく息を吐いた。

 

「それも承知してるよ」

 

「結構」

 

 短い返しだった。

 

 そこでユウが、場の硬さに耐えかねたみたいに少しだけ口を開く。

 

「えっと、今のはその……神崎先輩なりに、もう話は付いてるって意味なので」

 

「余計な通訳をするな」

 

「でも空気が!」

 

「読める相手なら十分だ」

 

 容赦がない。

 だが佐伯はそこで小さく咳払いをして、話を本筋へ戻した。

 

「確認事項に戻ります。先生が接触した“黒服”と、第8班が拾った観測線は現時点で重なっています」

 

「今日はそこまで確認できれば十分です」

 

 先生も頷いた。

 

「了解した」

 

 神崎が資料を閉じる。

 

「なら今日はここまででいい。こちらが欲しかったのは一致確認だ。君の証言でそれは足りた」

 

 そして第8班の方へ視線を流す。

 

「トレイス」

 

「はい」

 

 先輩が短く返した。

 

「以後の接触導線は維持しろ。特にユウ」

 

「……はい」

 

 ユウの返事に少しだけ気まずさが混じる。

 神崎はその顔を見て、わずかに眉を上げた。

 

「何だ」

 

「いや、別に……」

 

「個人連絡で本部案件を始めた件なら、後で反省しろ」

 

「やっぱりそこ言われるんですね」

 

「当然だ」

 

 ユウが小さく肩を落とす。

 先生はそのやり取りを見て、少しだけ口元を緩めた。

 

 重い。

 でも重すぎるだけの場ではない。

 この組織なりの温度が少しずつ見えてくる。

 

 そこでユウが、おそるおそる口を開いた。

 

「えっと」

 

 全員の視線が一瞬だけ集まる。

 ユウは少しだけ肩をすくめた。

 

「もし先生、お時間あるならですけど」

 

「何だ」

 

 神崎の声は相変わらず冷たい。

 それでもユウは続けた。

 

「レイヴンの中、少し案内しましょうか」

 

 一瞬、部屋が静かになる。

 

 先生も少し意外に思ってユウを見る。

 ユウは本気らしい。軽い思いつきではなく、ちゃんと提案している顔だった。

 

 神崎が先に反応する。

 

「ここは観光地ではないんだが」

 

「いや、それはそうなんですけど」

 

 ユウがしどろもどろになりかけたところで、佐伯が静かに入った。

 

「公開導線と、見学可能区画程度であれば問題ありません」

 

「応接区画周辺と整備見学通路までなら、運用上の支障もありません」

 

 神崎が佐伯を見る。

 少し嫌そうではある。

 だが、完全には否定しなかった。

 

「……見せて困る場所へ行かなければ好きにしろ」

 

 先輩がすぐに言う。

 

「ユウ」

 

「はい」

 

「調子に乗るなよ」

 

「乗ってないです」

 

「今ちょっと乗りかけてた」

 

「否定しづらいなあ……」

 

 その横で、アノミマスが小さく言った。

 

「……先生、来た」

 

「来たな」

 

「……案内する」

 

 その声は不思議と当然そうだった。

 

 先生はそこで少しだけ考えてから頷く。

 

「いいのかい?」

 

「全部は無理ですけど」

 

 ユウが少しだけ姿勢を正す。

 

「見せられる範囲なら」

 

 先生はそれに小さく笑った。

 

「じゃあ、お願いしようかな」

 

 神崎はもう興味を切ったように次の資料へ目を落としていた。

 だが、それが許可の形なのだとわかる。

 

 佐伯が一歩下がる。

 

「ユウさん、範囲は把握していますね」

 

「はい」

 

「アノミマスさんの負担にならない導線で」

 

「わかってます」

 

 先輩が短く言った。

 

「行くぞ」

 

 第8班が動く。

 先生も立ち上がった。

 

 応接室を出る瞬間、先生は一度だけ神崎を見た。

 眼鏡の向こうの視線はもうこちらに向いていない。

 忙しいのだろう。

 それでも必要な確認は確実に済ませた。

 

 嫌なやつだ。

 でも無能ではない。

 それどころか、かなり有能だ。

 

 それが一番面倒だと先生は思う。

 

 廊下へ出ると、空気が少しだけ軽くなった。

 ユウも目に見えて息を吐く。

 

「……思ったより刺されなかったですね」

 

「刺される前提で入ってたのか」

 

 先生がそう言うと、ユウは少しだけ困ったように笑う。

 

「いや、まあ、その……神崎先輩、ちょっと言い方きついので」

 

「ちょっとで済むか」

 

 先輩の補足は容赦がない。

 

「でも、今日はかなり抑えてた方です」

 

「そうなんだ」

 

「先生相手だからだろうな」

 

 その返しに、先生は少しだけ肩の力を抜いた。

 

 トレイスが前を歩く。

 先輩は平常運転。

 ユウは少し緊張しながらも、さっきより話しやすそうだった。

 アノミマスは静かについてくる。

 

 次に向かうのは、本部のもっと奥ではない。

 第8班が日常的に使っている側の場所だ。

 

 先生はそこで初めて思う。

 

 今から見るのは、レイヴンの“顔”ではなく、たぶん“暮らしに近い部分”なのだと。

 

 その方が、少しだけ興味深かった。

 

 

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