ゲヘナ特務執行隊「レイヴン」   作:ゴリさん39

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第32話 案内の途中

 

 レイヴン本部の応接区画を離れると、空気は少しだけやわらかくなった。

 

 硬いこと自体は変わらない。

 けれど、さっきまでのような“言葉一つで場が締まる”感じではない。

 少なくとも今は、事情聴取ではなく案内の時間らしかった。

 

 先頭を歩くユウも、ほんの少しだけ肩の力が抜けているように見えた。

 

「このあたり、特務調査群〈ハウンド〉寄りの区画です」

 

 振り返りながら、ユウが言う。

 

「現場に出る前の情報整理とか、回収資料の仕分けとか、そのへんをよくやってます」

 

 壁際には複数の端末。

 簡易掲示板には地図、報告用紙、付箋の貼られた現場写真。

 

 整頓はされている。

 だが、整いすぎてはいない。

 人が使っている場所の雑多さが少し残っていた。

 

「こっちの方が、少しシャーレに近いかもしれないですね」

 

 ユウがそう付け足した。

 

「近い?」

 

「いや、雰囲気だけですけど」

 

 先生は周囲を見ながら小さく頷く。

 

「たしかに、考えるための場所って感じはする」

 

「そうですそうです」

 

 ユウの返しが少しだけ早い。

 やはり緊張はしているが、案内そのものは嫌いではないらしい。

 

 その時、端末を抱えて通り過ぎようとしていた下級生らしい二人が、先生の姿を見てぴたりと止まった。

 

「……あ」

 

 片方が小さく声を漏らす。

 もう片方がすぐ肘で突いた。

 

「おい、やめろって」

 

「でも、ほんとに先生じゃん」

 

 視線がこちらへ向く。

 気づいているし、かなり気になっている顔だ。

 

 ユウが少し困ったように眉を下げる。

 

「えっと……」

 

 その前に、下級生の片方が思い切ったように口を開いた。

 

「あの、先生って……」

 

 そこで少し詰まる。

 勢いで声をかけたわりに、本当に聞きたいことが雑に出てくる。

 

「エンフォーサー、どうやって倒したんですか?」

 

 先生は少しだけ目を瞬いた。

 

 そこから来るのか、と思った。

 

 横でユウがすぐ反応する。

 

「お、おい、今それ聞くか?」

 

「だって気になるだろ!」

 

 もう片方も続ける。

 

「普段は何してるんですか? やっぱりずっと事件のとこ回ってるんですか?」

 

 質問が一気に二つ飛んだ。

 

 先輩が低い声を出しかけるより先に、先生は少し苦笑して答えた。

 

「エンフォーサーを倒したのは、状況がよかったのもあるよ」

 

 二人の下級生が揃って身を乗り出す。

 

「正面から一人でどうにかした、っていうほど格好いい話じゃない」

 

「でも倒したんですよね?」

 

「結果としてはね」

 

 その返答に、下級生たちは顔を見合わせる。

 納得したような、していないような顔だ。

 

 先生は続ける。

 

「普段は、相談を受けたり、問題が大きくなる前に動いたりかな」

 

「思ったより地味だよ」

 

「え、でもアビドスでめちゃくちゃ活躍してるって聞きました」

 

「それは否定しない」

 

 そこまで言うと、二人とも少しだけ笑った。

 緊張がようやくほぐれたらしい。

 

 その時、通路の奥から別の上級生の声が飛んできた。

 

「そこ! 仕事止めるな!」

 

 二人がびくりと肩を跳ねさせる。

 

「す、すみません!」

 

「戻ります!」

 

 慌てて走り去っていく背中を見送りながら、先生は少しだけ息を吐いた。

 

 レイヴンは硬い。

 でも硬いだけではない。

 こういう年相応の好奇心もちゃんと残っている。

 

 横でアノミマスがぽつりと言う。

 

「……人気」

 

 ユウがすぐに返す。

 

「人気っていうか、物珍しいだけだろ」

 

「噂の相手ではあるな」

 

 先輩の補足は相変わらず容赦がない。

 

 先生は少しだけ苦笑した。

 

「思ったより知られてるんだね」

 

「まあ……レイヴンの中だと、色んな意味で」

 

 ユウが言いにくそうに言う。

 

「エンフォーサー倒した人、っていうので」

 

「その上、不良をまとめた危険人物扱いもある」

 

 先輩の追撃がすぐ入る。

 

「その言い方やめてくださいよ」

 

「事実は消えん」

 

 先生は小さく息を吐く。

 否定しづらいのが一番困る。

 

 ハウンド区画を抜けて、少し広い渡り通路へ出たところで、前方から陽気な声が飛んできた。

 

「おっ、トレイスじゃん」

 

 先生が顔を上げる。

 

 向こうから歩いてきたのは、背の高い三年生だった。

 制服の着方は乱れていない。

 だが立ち姿そのものが妙に軽い。

 仕事中なのに、仕事中に見えないタイプの余裕がある。

 

 モービル寄りの人間だと、先生にもなんとなくわかった。

 

 その三年生は第8班と先生を見比べて、すぐ口元を緩めた。

 

「珍しい客連れてるな、お前ら」

 

 ユウがすぐ少し嫌そうな顔をする。

 

「関係ないでしょ」

 

「関係あるだろ。格納庫方面ならうちの導線だ」

 

 そのまま先生を見る。

 

「へえ。そっちが噂の先生?」

 

 言い方は軽い。

 でも視線の奥ではちゃんと見ている。

 

「もっと怖い感じかと思ってた」

 

 先生は少しだけ口元を緩める。

 

「噂が一人歩きしてるのかもしれないね」

 

「レイヴンじゃよくある」

 

 三年生はあっさり言って、それからユウへ向き直る。

 

「で、どこまで案内してんの?」

 

「まだハウンド寄りの区画です」

 

「格納庫行くんだろ?」

 

 ユウが一瞬だけ止まる。

 

「……まあ、そのつもりでは」

 

「じゃあ乗せてく」

 

 即答だった。

 

「歩かせるより早い。ちょうどモービルの搬送カート空いてるし」

 

 ユウが少しだけ眉を寄せる。

 

「いや、別に歩いても――」

 

「歩いても遠い」

 

 かぶせ気味に言われる。

 さらに先輩が短く言った。

 

「使えるなら使え」

 

 ユウがそちらを見る。

 

「先輩まで」

 

「合理的だ」

 

 反論の余地がなかった。

 

 三年生は少し得意げに顎を上げる。

 

「だろ? ほら、こういう時のモービルだよ」

 

 それから先生へ向き直って、軽く片手を上げた。

 

「特務機動群〈モービル〉三年、相馬です」

 

 軽い名乗りだった。

 

「見ての通り、だいたいこういう雑用と機動支援やってます」

 

「先生」

 

 先生も軽く頷く。

 

「よろしく、相馬」

 

「こっちこそ。噂は色々聞いてるよ」

 

 ユウが小声で呟く。

 

「聞かなくていいやつまで含めて、ですよね」

 

「それも噂の醍醐味だろ」

 

 相馬は悪びれもしない。

 

 そのまま通路脇の小型搬送カートへ手を振る。

 見た目は簡素だが、かなり整備されている。

 レイヴンの中で人や軽資材を動かすためのものらしい。

 

「ほら、乗って。格納庫まで運ぶ」

 

 先生は少しだけ意外に思いながらカートを見る。

 

「レイヴンって、こういうのも普通なんだね」

 

「普通普通」

 

 相馬が笑う。

 

「広いからな。毎回歩いてたら日が暮れる」

 

「モービルがいるならなおさらだ」

 

 先輩の補足は短い。

 どうやら本当に珍しいことではないらしい。

 

 先生が乗り込むと、ユウが少し気まずそうに続いた。

 アノミマスは静かにその横へ座る。

 先輩は最後まで立ったままだった。

 

 相馬が操作席へ座りながら、ちらりとユウを見る。

 

「案内役、ちゃんとやってんじゃん」

 

「うるさいです」

 

「緊張してる顔がいつもより一段硬いぞ」

 

「余計なお世話です」

 

「その返しができるなら大丈夫だな」

 

 相馬はそう言って、カートをゆっくり発進させた。

 

 通路の景色が流れ始める。

 

 先生はその揺れの中で、レイヴンという組織の輪郭を少しずつ掴んでいく。

 

 硬い本部。

 興味津々の下級生。

 距離感のうまい第8班。

 そして、こうして軽口を叩きながら必要な足を出すモービル。

 

 一枚岩ではない。

 だが、ばらばらでもない。

 

 その中でユウは少しだけ肩の力を抜きながら、先生へ言った。

 

「次、格納庫です」

 

 先生は小さく頷く。

 

「楽しみにしておくよ」

 

 それを聞いたユウの声が、ほんの少しだけ明るくなった。

 

「……たぶん、ちょっと面白いと思います」

 

 その言い方に、先生は少しだけ気づく。

 

 ここから先は、ユウが少し好きな話題に入るのだろうと。

 

 それは悪くない予感だった。

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