ゲヘナ特務執行隊「レイヴン」   作:ゴリさん39

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第33話 好きなもの

 

 格納庫の中は、外から見たよりずっと広かった。

 

 天井は高く、白い照明が並ぶ。

 機体収容用のスロットは十。

 だが今そこに格納されているのは四機ほどで、空いている区画の方が多く目についた。

 

 それでも、空っぽには見えない。

 むしろ出払っている機体があるのだと、自然に思える空き方だった。

 

 搬送カートを降りた先生は、しばらくその光景を眺めていた。

 

 ゲヘナへの出張中に、エンフォーサーを見かけることは何度かあった。

 だがそれは、大抵一機だけだった。

 遠くに立っている。

 あるいは通り過ぎていく。

 そういう“ゲヘナで時々見かける機体”としての印象だ。

 

 けれどここでは違う。

 ここは、それを日常の一部として格納し、整備し、出していく側の場所だった。

 

 その事実だけで、先生の背筋は少しだけ固くなる。

 

 その横で、ユウの声がほんの少しだけ明るくなった。

 

「今入ってるのは少ない方ですね」

 

 さっきまでの案内口調より、少しだけ温度が上がっている。

 

「隊によってはまだ戻ってないですし、整備別棟に回ってるのもあります」

 

 先生が頷く。

 

「十機収まるんだ」

 

「はい。全部埋まるとかなり圧ありますよ」

 

 それを言う時のユウは、ちょっとだけ楽しそうだった。

 

 先生はその変化に気づく。

 緊張が消えたわけではない。

 でも、好きなものの前で少しだけ素直になっている。

 そんな感じだった。

 

 視線を左へ向ける。

 スロットの一つに収まっている機体が、他より少しだけ目を引いた。

 

 前面装甲が厚い。

 左腕は妙に短くまとまっていて、逆に右腕の火器は長い。

 肩の装備も左右で形がまるで違う。

 一目で、役割がはっきりしている機体だとわかる。

 

「これは?」

 

 何気なく聞いた、その瞬間だった。

 

「あれ第3班《カーブアウト》の機体です。左腕は格納式のチェーンソーで、普段は小さく収まってるんですけど展開すると巨大な二連接刃になるやつです。本来は鉄製の大型扉とか閉鎖区画をこじ開ける用ですね。右腕は大型の三点バーストライフルで、右肩も同じく実弾のバーストマシンガンなんですけどこっちは主武装じゃなくて補助火器寄りです。左肩は二連装グレネードキャノンで同時発射型、爆風範囲広めで対人制圧とか地面ごとの隊列崩し向きです。第4班ウェッジみたいな一点突破というより、入口作ってその周辺ごと崩して押し広げる思想ですね」

 

 一息だった。

 

 本当に一息で出た。

 

 先生は一瞬だけ黙る。

 相馬は口を半分開けたまま固まっている。

 少し離れた整備班の生徒まで、何事かという顔でこちらを見た。

 

 静寂はほんの一秒か二秒だったが、ユウには十分すぎたらしい。

 

「……ユウ」

 

 先輩の低い声が飛ぶ。

 

「はい」

 

「喋りすぎだ」

 

「すみません」

 

 反省まで早い。

 

 ユウはそこで初めて、自分がかなりの速度で喋っていたことに気づいたらしい。

 耳まで少し赤くなっている。

 

「いや、その、つい……」

 

 相馬が先に吹き出した。

 

「お前、今の一呼吸で出すのかよ」

 

「出たな……」

 

「出すな」

 

 先輩の追撃は容赦がない。

 

 アノミマスがぽつりと言う。

 

「……ゆう、長い」

 

「自分でもわかってる」

 

 先生はようやく少しだけ口元を緩めた。

 

「詳しいんだね」

 

 ユウは視線を逸らす。

 

「……まあ、ちょっと」

 

「ちょっとで済む量じゃないだろ、それ」

 

 相馬が楽しそうに言う。

 ユウは完全に観念した顔で肩を縮めた。

 

「恥ずかしくなってきたので、そろそろ別の機体行きませんか」

 

「逃がすか」

 

「やめてくださいって」

 

 そのやり取りを見ながら、先生はもう一度カーブアウトの機体を見る。

 

 さっきの説明は半分くらいしか頭に入っていない。

 でもそれで十分だった。

 

 ユウがこの場所を好きなのは、よくわかった。

 

 格納庫の奥には、もう一機、少しだけ空気の違う機体があった。

 

 他より大きい。

 肩の装備も、立ち姿も、一目で普通の機体ではないとわかる。

 

 ユウがそれに気づいた瞬間、また少しだけ目の色が変わった。

 

「あっ、あれ」

 

 先生がそちらを見る。

 

「隊長機か」

 

「そうです」

 

 また声色が変わる。

 今度はさっきよりわずかに抑えている。

 でも熱は隠しきれていない。

 

「あれ、第4班《ウェッジ》の隊長機です。旧市街でゴリアテ落とした機体ですね」

 

 先生が少しだけ目を細める。

 

「……あれが」

 

「はい」

 

 ユウは一度だけ呼吸を置いてから、今度は少しだけペースを抑えて続けた。

 

「右腕がパイルバンカー、左腕が大口径ショットガンです。右肩のそれ、全身型のパルスシールドで、一瞬だけ全面展開できるやつですね。継続時間は短いんですけど、突っ込みと初撃に使うと強くて」

 

「左肩は二連装グレネードランチャーで、火力より衝撃寄りです。姿勢崩し用ですね。ゴリアテみたいな大型相手でも、体勢をずらせれば次の一撃が通るので」

 

 相馬が横で口を挟む。

 

「今のはちゃんと呼吸したな」

 

「うるさいです」

 

「成長したじゃん」

 

「評価基準が最低なんですよ」

 

 先生は少しだけ笑った。

 

 格納庫に来てからのユウは、明らかにさっきまでと違う。

 本部応接区画で肩をすくめていた案内役ではなく、好きなものを見せたい側の顔になっている。

 

 その変化は、たぶん悪くなかった。

 

 先生は隊長機を見ながら、もう一つ気になったことを聞く。

 

「隊長機って、単純に一番強い機体って意味なのかい?」

 

 ユウが少しだけ嬉しそうに顔を上げた。

 今の問いは、かなり刺さったらしい。

 

「強いのは強いですけど、それだけじゃないです」

 

 先生が視線を向ける。

 ユウは今度は落ち着いて説明した。

 

「隊長機って、基本は三機編成の中心なんですよ。前に出る隊長機が一機、その両脇か後ろに随伴機が二機。で、現場の指揮も隊長一人で全部やるわけじゃなくて、後方のオペレーターと班全体で回します」

 

「隊長が前で見て判断する部分と、後ろから拾う情報を合わせて動く感じですね。だから強いだけじゃ足りなくて、機体特性と班の連携込みで成立してます」

 

 先生は小さく頷いた。

 

「なるほど。隊長機って名前だけど、実際は隊長一人の話じゃないんだね」

 

「そうです。単機のエース機っていうより、編成の中核って感じですね」

 

 先輩が横から短く足す。

 

「一人で全部背負わせると崩れる」

 

「特にウェッジみたいな一点突破型はそうですね」

 

 ユウはすぐ頷く。

 

「突っ込むだけなら強い機体はいくらでもあるんですけど、突っ込むタイミングと抜けるタイミングまで含めると、隊長機だけじゃ完結しないので」

 

 相馬が少し感心したように笑う。

 

「今日はちゃんと説明モードだな」

 

「頑張って抑えてるんです」

 

「抑えてこれか」

 

「今のはかなり抑えてます」

 

 その返しに、先生は少しだけ笑った。

 

 整備スペースの脇では、別の生徒たちもこちらへ視線を向けていた。

 先生がいることに気づいている。

 そして、やはり少しだけ気になっている。

 

 アノミマスは少し離れた位置で、静かにその様子を見ている。

 いつも通り表情は薄い。

 でも完全に興味がないわけでもなさそうだった。

 

 その時、相馬が思い出したように言う。

 

「そういや最近、また隊長機の任命変わったよな」

 

 ユウがすぐ反応する。

 

「あ、はい。聞きました」

 

 先生がそちらを見る。

 

「新しい隊長機?」

 

「らしいです」

 

 ユウは少し声を落とした。

 今度は機体そのものの説明ではなく、少しだけ噂話に近い調子だった。

 

「最近、とんでもなく強い人が新しく隊長機に任命されたって話が回ってます。まだ自分はちゃんと見てないですけど、現場帰りの人たちの言い方が妙なんですよね」

 

「妙?」

 

「強い、で済ませてないというか……『あれは別枠』とか『前提が違う』とか、そういう言い方されてて」

 

 相馬が肩をすくめる。

 

「まあ、変に盛られてる可能性もあるけどな。レイヴンは強いやつの噂、すぐ変な方向に育つし」

 

「でも、隊長機任命までは本当なんですよね?」

 

「そこは本当。少なくとも書類は回ってた」

 

 先生はそのやり取りを聞きながら、レイヴンの別の顔をまた一つ見る。

 

 兵器がある。

 編成がある。

 役割がある。

 そして、その中で誰が前に立つのかという話もある。

 

 この組織は、ただ危険なものを抱えているだけではない。

 危険なものをどう運用するか、そのための人間関係まで含めて回っている。

 

 それが少しずつ見えてくる。

 

 やがて格納庫の案内も終わりに近づく。

 

 戻りの搬送カートに乗る頃には、ユウもだいぶいつもの調子に戻っていた。

 それでも隊長機の説明を思い出すと、まだ少し恥ずかしいのか、視線がたまに泳ぐ。

 

 区画の出口まで来たところで、先生は足を止めた。

 

「今日はありがとう」

 

「いえ、そんな」

 

 ユウは反射でそう返してから、少しだけ視線を逸らす。

 格納庫での早口を、まだ少し気にしている。

 わかりやすい。

 

 先生は少しだけ口元を緩めた。

 

「隊長機の説明、面白かったよ」

 

「……忘れてください」

 

「それは無理かな」

 

 ユウが観念したように肩を落とす。

 先生はそこで、何でもないことみたいに続けた。

 

「私もロボットは好きだからね」

 

 ユウが顔を上げる。

 

「……え?」

 

「カイテンジャーのロボットのフィギュアを買うくらいには」

 

 数秒、ユウは止まった。

 

「そうなんですか」

 

「意外?」

 

「いや、意外というか……」

 

 ユウは少しだけ言葉を探す。

 

「ちょっと親近感湧きました」

 

 相馬が横で吹き出す。

 

「先生、そっち側かよ」

 

「だと思わなかった?」

 

「思ってなかったなあ」

 

 先輩が静かに言う。

 

「ユウ、よかったな。同類だ」

 

「その言い方やめてください」

 

 でも声はさっきよりずっと軽い。

 

 先生は小さく笑う。

 

「だから、あの説明が早口すぎて半分しか入らなかったのは少し残念だった」

 

「半分しか入ってなかったんですか!?」

 

「一呼吸だったからね」

 

「うわ、恥ずかしい……」

 

 ユウはとうとう顔を覆いかけたが、先生が本気で笑っているわけではないとわかると、完全には沈みきれなかった。

 

 からかわれている感じではない。

 ちゃんと受け取った上で、少しだけ距離を詰めてきている。

 そういう話し方だった。

 

 ユウは小さく咳払いをして、姿勢を戻す。

 

「……また来る時は、連絡してください」

 

 先生がユウを見る。

 

「いいのかい?」

 

「その、案内くらいならします」

 

 少しだけ迷ってから、ユウは続ける。

 

「見せられる範囲ですけど」

 

「十分だよ」

 

 先生はそう言って穏やかに頷いた。

 

 先輩はそのやり取りを横で聞きながら、特に止めなかった。

 アノミマスは静かに先生を見ている。

 相馬は面白そうに笑っている。

 

 格納庫の案内は、これで終わりだった。

 

 でも、先生にはなんとなくわかる。

 これで完全に線が切れるわけではない。

 

 施設の中で一度だけ交差した相手が、今はレイヴンの格納庫で隊長機を前に熱く語り、自分はその横でロボットのフィギュアの話をしている。

 その変化は小さいようでいて、思っていたよりずっと大きい。

 

 先生は小さく息を吐いた。

 

 次にここへ来る時は、もう少し違う顔で歩くことになるのかもしれない。

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