ゲヘナ特務執行隊「レイヴン」   作:ゴリさん39

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第34話 まず勉強しろ

 

 第8班《トレイス》での火種消しにも、ユウはだいぶ慣れてきていた。

 

 最初の頃みたいに、何もかもを先輩の背中越しに見るだけではない。

 現場に着いた時、まず何を確認するか。

 どこが見落としやすいか。

 回収物をどこへ置くべきか。

 そういう細かいことが、少しずつ身体に入ってきている。

 

 もちろん、まだ怒られる時は怒られる。

 判断が甘い時もある。

 でも少なくとも、前よりは「自分も第8班の動きに入れている」と思えるくらいにはなっていた。

 

 その日も、火種消しの後処理を終えて部室へ戻ったところだった。

 

 先輩は机の端で何かを書き込み、アノミマスは窓際の椅子で静かに休んでいる。

 ユウは回収箱のラベルを確認してから、ふと机の上に置かれた先輩の生徒手帳へ目をやった。

 

 開いたままだった。

 意図的ではない。

 たぶん、さっき確認してそのままなのだろう。

 

 ユウは何気なく視線を落として――止まった。

 

「……先輩」

 

「何だ」

 

「これ」

 

 先輩は顔も上げずに返す。

 

「どれだ」

 

「資格欄」

 

 そこで初めて、先輩の手が少し止まった。

 

 ユウは手帳を指差したまま言う。

 

「エンフォーサー搭乗資格って」

 

「そうだが」

 

 あまりにもあっさりした返事だった。

 

 ユウは一拍遅れて、目を見開く。

 

「乗れたんですか!?」

 

 今度は先輩が少しだけ顔を上げる。

 

「乗れる」

 

「マジで!?」

 

「そう書いてあるだろ」

 

「いや、そうですけど! え、ほんとに!? 先輩が!?」

 

「今の流れで誰だと思った」

 

 ユウは完全にそちらへ身を乗り出した。

 

「え、じゃあ実際に乗ったことも?」

 

「ある」

 

「うわ、マジか……」

 

 その声には素直な感動が混じっていた。

 

 先輩がエンフォーサーに乗る。

 言われてみれば似合う。

 似合うのだが、こうして資格欄で明確に突きつけられると、妙に現実味が違う。

 

 ユウの頭の中には、格納庫で見た機体が浮かんでいた。

 重い装甲。

 肩の武装。

 あの中に先輩が乗る。

 

 かなり見たい。

 

「先輩」

 

「何だ」

 

「私も乗りたいです」

 

「まず勉強しろ」

 

 即答だった。

 

 あまりにも早い。

 

「早いな!?」

 

「当然だ」

 

「もうちょっと夢見させてくださいよ」

 

「夢で乗る気か」

 

「そういう言い方……!」

 

 先輩はようやくペンを置き、ユウを見る。

 

「搭乗資格が何だと思ってる」

 

「えっと……乗れるってことです」

 

「雑だな」

 

「間違ってはないでしょう」

 

「間違いではないが、足りん」

 

 先輩はそう言って、生徒手帳を閉じた。

 それで話は終わりかと思いきや、意外にも続ける。

 

「機体構造、安全規定、神秘干渉時の制限、緊急離脱手順、武装ごとの誤使用事例、搭乗者適性」

 

 ユウは黙る。

 

 思ったより急に現実の単語が多い。

 

「そこまで頭に入って、ようやく入口だ」

 

「……ロマンが急に薄れた」

 

「ロマンで機体を動かすな」

 

 正論すぎてつらい。

 

 窓際から、アノミマスが小さく言った。

 

「……ゆう、顔がしんだ」

 

「だって思ってたのと違うんだよ……」

 

「何だと思ってた」

 

 先輩の問いに、ユウは少しだけ視線を逸らした。

 

「いや、なんかこう……」

 

「こう、何だ」

 

「ちょっと訓練して、すごい感じに」

 

「雑だな」

 

 二回目だった。

 しかも的確だから反論しづらい。

 

 先輩は立ち上がると、部室の棚の方へ向かった。

 ユウはまだ半分しょんぼりしたまま、その背中を見る。

 

「……で、終わりですか」

 

「何がだ」

 

「まず勉強しろ、で終わりですか」

 

 先輩は棚から数冊の薄い資料を引き抜き、そのまま机へ戻ってきた。

 

 どさ、と音を立ててユウの前へ置く。

 

「いや、始まりだ」

 

 表紙を見る。

 

 搭乗者基礎安全規定

 E系列機体構造概論

 神秘干渉時における操縦制限基準

 緊急離脱手順・初級

 

「うわ」

 

「勉強するんだろ」

 

「言いましたけど、こんな即席で始まるんですか」

 

「乗りたいと言ったのはお前だ」

 

 それもそうだった。

 

 ユウは一冊目をめくる。

 予想以上に文字が多い。

 しかもロマンのある話より、事故例と制限事項の方が最初に出てくる。

 

「……思ったより全然夢がない」

 

「夢を潰すための勉強じゃない」

 

 先輩はユウの向かいへ座る。

 

「死なないための勉強だ」

 

 その言い方は淡々としていたが、だからこそ少し重かった。

 

 ユウもそこでようやく、少しだけ姿勢を正す。

 

「……はい」

 

「まずそこだ」

 

 先輩が資料の最初のページを指で示す。

 

「搭乗資格は、機体を動かす許可じゃない」

 

「何ですか」

 

「機体を動かしても周囲を巻き込まない最低限の証明だ」

 

 ユウは思わず黙る。

 

 なるほど、と思った。

 思っていたよりずっと厳しい。

 

 先輩はさらに続ける。

 

「特にエンフォーサーは、補助が多い」

 

「補助?」

 

「姿勢制御、照準補正、出力配分、踏破補助、神秘干渉時の負荷軽減。AI系の支援も入る」

 

 ユウの目が少しだけ戻る。

 

「やっぱりあるんですね、そういうの」

 

「ある。だが、それに頼り切るな」

 

 先輩の声が少し低くなる。

 

「最低限の補助を切った状態でも動けるようになれ。そこが前提だ」

 

「え、切るんですか?」

 

「切れるようにしておく」

 

「なんでです」

 

 先輩は資料をめくり、別のページを示した。

 

「神秘汚染現場だ」

 

 ユウはページを見る。

 そこには、補助制御の制限事項が並んでいた。

 

「AIや自動補正みたいな“実利型”の補助は、汚染現場だと食われやすい」

 

「食われる?」

 

「汚染される。乗っ取られる。誤誘導される。最悪、機体ごと奪取される」

 

 ユウは一瞬、言葉を失う。

 

「……うわ」

 

「だから汚染の濃い現場では、補助を絞る。切る。自由に飛び回らせない」

 

 先輩は淡々と続ける。

 

「お前が格納庫で見てた派手な機動も、あれは環境が揃ってるからできることだ。神秘汚染が濃ければ、通常機はまず動きが鈍る」

 

「じゃあ、汚染現場のエンフォーサーって」

 

「重いだけの機械になることもある」

 

 その言葉は、ロマンを削るには十分すぎた。

 

 ユウは資料へ目を落とす。

 

「……思ってたよりシビアだな」

 

「現実だからな」

 

 先輩はもう一枚ページをめくった。

 

「だから練度差が出る」

 

「練度差?」

 

「隊長機、精鋭機の連中は、補助を切っても動きがあまり変わらん」

 

 ユウが顔を上げる。

 

「そんなに違うんですか」

 

「違う。通常機乗りは補助が死んだ途端に露骨に鈍る。だが上の連中は、補助が死んでも“少し面倒になった”くらいで動く」

 

「うわ……」

 

「そこで隊長機と通常機の差が出る」

 

 先輩の指先が、資料の一文を軽く叩いた。

 

「隊長機は機体が強いだけじゃない。乗ってる側が補助なしでも崩れない」

 

 ユウは思わず呟く。

 

「……じゃあ、あれって人間側がおかしいんじゃ」

 

「そうだ」

 

 即答だった。

 

「機体性能の話だけで済むと思うな」

 

 窓際でアノミマスが小さく言う。

 

「……こわい」

 

「怖いよな」

 

 ユウも素直に頷いた。

 

 思っていたより、ずっと危ない。

 思っていたより、ずっと人を選ぶ。

 

 それでも、興味が消えるわけではなかった。

 

「先輩」

 

「何だ」

 

「これ覚えたら、本当に次いけるんですか」

 

「次?」

 

「もっとこう、実機寄りの話とか」

 

 先輩は少しだけユウを見る。

 その目つきが、ほんのわずかにだけやわらいだ気がした。

 

「全部頭に入ったらな」

 

「よし」

 

「よくない」

 

「なんでですか」

 

「今の返事の軽さで、まだ何も入ってないのがわかる」

 

「厳し!」

 

 アノミマスがそこで、ブランケットを膝にかけたままぽつりと言った。

 

「……ゆう、がんばる」

 

「がんばるよ」

 

「三ページで寝そう」

 

「寝ない!」

 

 言い返してから、ユウは一ページ目に視線を落とす。

 たしかに眠くなりそうな文字量だった。

 だが、ここで寝たらたぶん先輩に一生言われる。

 

 ユウは喉を鳴らしてから、読み上げるように口にした。

 

「えーと、『搭乗者は機体の保全義務および周辺安全確保義務を最優先とし――』」

 

「声に出さなくていい」

 

「いや、出した方が入るかなって」

 

「なら続けろ」

 

「はい……」

 

 そこからしばらく、部室の中にはユウの棒読みじみた音読と、先輩の短い補足だけが続いた。

 

 ここは大事。

 そこは飛ばすな。

 今の理解は浅い。

 言い換えるとこうだ。

 

 教え方は思ったよりちゃんとしている。

 褒め方は相変わらず薄い。

 でも見捨てる気がないのはわかった。

 

 ユウは途中で何度か頭を抱えた。

 

「待って、神秘干渉値の制限って何ですか」

 

「そこからか」

 

「そこからですよ!」

 

「だから最初に構造概論を読めと言った」

 

「繋がってるのかよ……」

 

 先輩は机の上の資料を入れ替えながら言う。

 

「全部繋がってる。武装だけ見て乗れると思うな」

 

 ユウはぐうの音も出なかった。

 

 しばらくして、アノミマスが小さく欠伸をした。

 窓の外の光も少しずつ傾いている。

 

 勉強は思ったより進まなかった。

 というより、思ったより入口が深かった。

 

 それでも最後に、先輩がユウの前の資料を閉じる。

 

「今日はここまでだ」

 

「た、助かった……」

 

「まだ基礎の最初だぞ」

 

「聞きたくない」

 

 ユウは机に突っ伏しかけて、ぎりぎりで踏みとどまった。

 

 目は疲れている。

 頭も重い。

 でも、不思議と嫌ではなかった。

 

「先輩」

 

「何だ」

 

「これ、ちゃんと覚えたら次も見てくれるんですか」

 

 先輩は一瞬だけ黙ったあと、短く返した。

 

「内容次第だ」

 

「うわ、条件つきだ」

 

「当然だ」

 

 ユウはそれでも少しだけ笑う。

 

 即却下されると思っていた。

 夢見るなで終わると思っていた。

 でも実際には、資料を出されて、座らされて、教えられた。

 

 それはつまり、完全に無理だとは思われていないということだ。

 

 アノミマスが静かに言う。

 

「……ゆう、乗りたい」

 

「うん」

 

「じゃあ勉強」

 

「はいはい、やりますよ……」

 

 ユウはそう返しながら、机の上の資料を見下ろす。

 

 エンフォーサーに乗る、なんてまだずっと先の話だ。

 今日の内容を見れば、それくらいはわかる。

 

 でも、入口があると知れただけでも悪くない。

 

 先輩の生徒手帳にあった資格欄は、ただの憧れの印じゃなかった。

 ちゃんと現実の重さがついたものだった。

 

 だからこそ、少しだけ手を伸ばしたくなる。

 

 ユウは資料を抱え直して、小さく息を吐いた。

 

「……まず勉強か」

 

 その言葉は思ったより重かったが、思ったより前向きでもあった。

 

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