ゲヘナ特務執行隊「レイヴン」   作:ゴリさん39

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第35話 試験機

 

 試験用のエンフォーサーは、思っていたより目立っていた。

 

 格納区画の端。

 他の黒い機体群とは明らかに違う、黄色い外装。

 識別しやすさを最優先にした塗装なのだろう。

 派手というより、誤認防止の色だった。

 

 ユウは訓練区画の手前で立ち止まり、その機体を見上げた。

 

「……ほんとに黄色い」

 

「見ればわかる」

 

 先輩の返しはいつも通り短い。

 

「もっとこう、警戒色っぽい一部塗装とかかと思ってました」

 

「試験機だと一目でわからせる方が先だ」

 

 横では相馬が笑う。

 

「実戦機と並べると笑うくらい浮くぞ」

 

「実際浮いてますね」

 

 ユウはそう返しながらも、視線を離せなかった。

 

 試験用とはいえエンフォーサーだ。

 体格もフレームも本物に近い。

 ただし装甲の一部は軽量化され、肩や関節部には出力制限用の補助ユニットが追加されている。

 右腕の試験用ライフルには、はっきりと訓練仕様のマーキング。

 装弾は非殺傷ペイント弾。

 左腕側の近接装備も、展開制御付きの訓練用ユニットへ換装されていた。

 

 ロマンは少し削られている。

 でもその分だけ、現実味が増していた。

 

「乗る前に確認」

 

 先輩が端末を開く。

 

「識別色」

 

「試験機体だと一目でわかるように黄色塗装」

 

「出力」

 

「抑制されてます。通常機より制限強め」

 

「武装」

 

「訓練用。非殺傷ペイント弾、低出力模擬装備、強制停止あり」

 

 先輩が小さく頷く。

 

「最低限は入ったな」

 

「昨日の勉強の成果ですよ」

 

「昨日だけで身についたと思うな」

 

「言ってて悲しくなるんでやめてください」

 

 アノミマスは少し離れた見学位置で、静かにこちらを見ていた。

 今日は追跡でも解析でもなく、ただ見ているだけだ。

 

「……ゆう、黄色」

 

「黄色だな」

 

「……目立つ」

 

「試験機だからな」

 

 ユウはそう返してから、改めて機体を見上げた。

 

 実戦機じゃない。

 隊長機でもない。

 ただの試験機。

 でも、ここから先へ行くための入口ではある。

 

 胸の奥が、少しだけうるさい。

 

 搭乗補助台へ上がる。

 機体の足元まで来ると、急に実感が強くなる。

 

 大きい。

 想像していたよりずっと大きい。

 格納庫で見上げた時とは違う圧があった。

 

「……うわ」

 

「今さらか」

 

 先輩が下から言う。

 

「見るのと乗るのは違います」

 

「当然だ」

 

 コックピットへ入る。

 シートへ身体を収める。

 固定具が降りる。

 視界モニタが順番に起動する。

 生身の目で見る世界が、機体越しの情報へ切り替わっていく。

 

 ユウは無意識に息を詰めた。

 

 機体の起動音は思っていたより静かだった。

 うるさいのではなく、重い。

 低い振動が身体の奥へ入ってくる。

 

『聞こえるか』

 

 通信に先輩の声が入る。

 

「聞こえます」

 

『起動確認』

 

「起動確認、異常なし」

 

『姿勢制御だけ先にやる。歩くな。立て』

 

 ユウは小さく唾を飲み込んだ。

 

 手順は覚えた。

 操作系も叩き込まれた。

 頭ではわかっている。

 でも実際に自分がそれをやるとなると、別の怖さがある。

 

 ゆっくり出力を上げる。

 姿勢制御補助が効く。

 試験機だからこそ、かなり手厚く支えてくれている感触がある。

 

 立ち上がる。

 

「……立った」

 

『当たり前だ』

 

「もっと感動してくださいよ」

 

『感動はしてない』

 

 冷たい。

 でも、それで少し落ち着く。

 

 数秒、静止。

 揺れを読む。

 機体重心を感じる。

 

 ユウはそこで、ふと気づいた。

 

「あれ」

 

『何だ』

 

「思ったより……いけます」

 

 その声に、相馬が外から笑う。

 

『お、ユウわりとやるじゃん』

 

「だろ?」

 

 思わず返した声が少し弾む。

 

 最初の一歩。

 足を出す。

 接地。

 重心移動。

 次の一歩。

 

 大きく崩れない。

 もちろんぎこちない。

 でも、想像していたよりずっとまともだった。

 

 ユウは小さく息を呑む。

 

 動ける。

 

 日頃から勝手にしていたイメトレ。

 格納庫で機体を見て、頭の中で何度もやっていた妄想。

 それが、まるきり無駄ではなかったらしい。

 

「……動ける」

 

『聞こえてる』

 

「いや、だってほんとに」

 

 少しだけ調子が出る。

 

 旋回。

 腕の保持。

 ライフルの向き。

 訓練用の補助が強いとはいえ、初回にしては悪くない。

 

『射線確認、前方マーカーへ』

 

「了解」

 

 前方の簡易標的へ照準を向ける。

 ペイント弾の模擬射撃。

 三点バースト。

 着弾は少し右へ散る。

 

「うわ、ズレた」

 

『初回ならそんなもんだ』

 

 先輩の声は平坦だったが、否定一色ではない。

 ユウにはそれが少し嬉しかった。

 

 もう一度。

 今度は少しだけ修正。

 着弾はさっきよりまとまる。

 

『……悪くない』

 

 その一言で、ユウの口元が少しだけ上がる。

 

 悪くない。

 先輩がそう言うなら、本当に悪くないのだろう。

 

「これ、思ったよりいけるかも」

 

 ほんの少しだけ気分が浮いた。

 でも、その少しは機体の中では十分すぎた。

 

『ユウ』

 

 先輩の声で空気が変わる。

 

 低い。

 短い。

 さっきまでと同じようでいて、今は違った。

 

「はい」

 

『補助、姿勢制御以外を一段切る』

 

 ユウが一瞬黙る。

 

「……え」

 

『今だ。やれ』

 

 軽くない声だった。

 

 ユウは息を吸い、操作を入れる。

 補助制御のいくつかが落ちる。

 途端に、感覚が変わった。

 

「っ」

 

 まず、機体が重くなる。

 いや、重さが急に“見えてくる”。

 

 さっきまでは勝手に真っ直ぐ立ってくれていたものが、今は少し油断しただけで変な方向へ流れそうになる。

 足裏の接地感が鈍る。

 上半身と下半身のつながりが、ほんの少しだけ遅れる。

 

 まるで、床が平らじゃなくなったみたいだった。

 

「うわ、違う」

 

『何が違う』

 

「全然違います!」

 

 踏み出した足がわずかに外へ逃げる。

 慌てて修正。

 その修正で今度は肩が遅れる。

 ライフルの銃口が、思ったよりぶれる。

 

「え、ちょ、待って、なんだこれ……!」

 

『待たない。立て直せ』

 

 ユウは操縦桿を握り直した。

 

 怖い。

 派手に転ぶわけではない。

 でも、少し気を抜いたらそのまま機体が妙な方向へ倒れそうな、嫌な不安定さがある。

 

 補助がある時は、機体の方が先回りして支えてくれていた。

 今は違う。

 遅れた分を、自分で拾わないといけない。

 

「……っ」

 

 それでも、完全には崩れなかった。

 

 昨日から叩き込まれた姿勢。

 重心。

 出力。

 確認。

 頭の中で何度も繰り返したイメトレ。

 

 考えるより先に、なんとなく身体が“こうだろう”と修正に入る。

 ぎこちない。

 でも止まらない。

 

 ユウは小さく息を呑んだ。

 

「……動ける」

 

『聞こえた』

 

「いや、さっきのと全然違いますけど、でも……」

 

 恐る恐る一歩。

 接地。

 ズレる。

 修正。

 もう一歩。

 

 明らかに不格好だ。

 でも歩ける。

 想像だけでやっていた動きが、ぎりぎりで繋がっている。

 

 相馬の声が通信へ混じる。

 

『おー、崩れてねえな』

 

『思ったより踏ん張るじゃん』

 

「踏ん張ってるだけですよこれ!」

 

『最初はそれで十分だ』

 

 先輩の返答は短い。

 

 ユウはようやく少しだけ理解する。

 

 補助がある時は、動かしている感じより“動かされている中で自分が合わせる”感覚に近かった。

 今は違う。

 全部が少しずつ遅い。

 少しずつ鈍い。

 そのズレを自分で拾わないといけない。

 

 違和感はすごい。

 でも、動かせないわけじゃない。

 

 それが逆に、怖かった。

 

『ユウ』

 

 また先輩の声が落ちる。

 

 今度はさっきより、さらに低い。

 

「はい」

 

『それが補助を切った時の機体だ』

 

 ユウは返事をする前に、もう一度足を止めた。

 

『汚染現場じゃ、そこからさらに悪くなることもある』

 

 重い。

 その言葉が、そのまま機体の中に落ちてくる。

 

『だから基礎を絶対に忘れるな』

 

『姿勢、確認、出力管理、射線、停止手順』

 

『一つでも雑にするな』

 

「……はい」

 

『人を殺したくなければな』

 

 玲音の喉が一瞬だけ詰まる。

 

 浮いていた気分が、一気に冷えた。

 

 重い。

 危ない。

 兵器。

 

 頭の隅に置いていた言葉が、急に真正面へ出てくる。

 

 ユウは小さく息を吸って、操縦桿を握り直した。

 

「……了解」

 

 その返事は、さっきより低かった。

 

 先生ではない。

 ヒーロー機体でもない。

 自分が今乗っているのは、訓練用に出力を落とされた兵器だ。

 

 試験機ですら、これだけ違う。

 

『続けろ』

 

「はい」

 

 ユウはもう一度、前方の標的へ視線を戻した。

 

 今度は浮かれない。

 いや、浮かれてはいけない。

 

 基礎。

 確認。

 出力。

 射線。

 停止。

 

 先輩に叩き込まれた言葉を順番に頭へ並べながら、ユウは機体を動かす。

 

 最初より少し慎重に。

 でも、怖がりすぎずに。

 

 その後の訓練は、さっきよりずっと地味だった。

 

 歩く。

 止まる。

 向きを変える。

 撃つ。

 確認する。

 また止まる。

 

 派手さはない。

 でも、たぶんこっちの方が大事だ。

 

 ユウはそれを、機体の重さと一緒に少しずつ理解していく。

 

 一区切りついたところで、先輩が終了を告げた。

 

『そこまでだ。降りろ』

 

「了解」

 

 コックピットが開く。

 外の空気が急に軽く感じる。

 

 補助台へ足をかけて降りた瞬間、ユウは思ったより脚に力が入っていないことに気づいた。

 

「うわ、ちょっと変な感じする」

 

「生身の重さに戻っただけだ」

 

 先輩がそう言いながら端末を閉じる。

 

 相馬は笑っていた。

 

「いやー、初回にしては悪くなかったな」

 

「ですよね?」

 

「補助ありならな」

 

 先輩の言葉がすぐ飛ぶ。

 

「うっ」

 

「補助を切った後で崩れなかったのは評価する」

 

 ユウが少しだけ顔を上げる。

 

「……そこはいいんですか」

 

「そこはいい」

 

 短い。

 でも、ちゃんと拾ってくれている。

 

 アノミマスが静かに近づいてくる。

 

「……ゆう、動いた」

 

「動いた」

 

「……ちょっとかっこよかった」

 

 ユウは思わずそちらを見る。

 

「え、ほんと?」

 

「……ちょっと」

 

「ちょっとでも嬉しいな……」

 

 先輩がそこで短く言う。

 

「初回としては悪くない」

 

 ユウは顔を上げる。

 

「じゃあ――」

 

「だが浮くな」

 

「はい」

 

「今日動けたのは、試験機の補助が厚いからだ」

 

「はい」

 

「それと、お前の妄想が全部無駄だったとも言わん」

 

「イメトレです」

 

「だが実戦機は、これより重いし、速いし、雑に人を殺せる」

 

 ユウは小さく息を呑む。

 

「……はい」

 

「忘れるな」

 

 その言葉は静かだった。

 でも、さっき通信越しに言われた時と同じ重さがあった。

 

 ユウは頷く。

 

 嬉しかった。

 動けたことは、素直に嬉しい。

 でもそれだけで触っていいものじゃない。

 

 その当たり前を、今日は骨の近くまで叩き込まれた気がした。

 

 先輩が端末をしまう。

 

「次までに今日のログ見直せ」

 

「え、復習もあるんですか」

 

「当然だ」

 

「うわ……」

 

 相馬が横で笑う。

 

「お前ほんと、乗り物好きな時だけ顔が明るいな」

 

「好きですからね」

 

「知ってる」

 

 ユウはもう一度、黄色い試験機を見上げた。

 

 実戦機じゃない。

 隊長機でもない。

 でも、入口ではある。

 

 ここから先へ行くなら、ロマンだけじゃ足りない。

 基礎と覚悟が要る。

 

 それでもやっぱり、少しだけ胸が熱かった。

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