ゲヘナ特務執行隊「レイヴン」   作:ゴリさん39

39 / 48
砂漠の巨獣
第38話 作ってみる?


 

 アノミマスが料理番組をまだ見ていたのは、昼を少し回った頃だった。

 

 部室の空気はいつも通り静かで、先輩は端末、ユウは雑務の残り、アノミマスは窓際。

 ただ、その日の端末には相変わらずハンバーグが映っていた。

 

「……そんなに気になる?」

 

 ユウがそう聞くと、アノミマスは少しだけ顔を上げる。

 

「……うん」

 

 画面の中では、焼き色のついた肉だねにソースがかけられていた。

 

「きれい、だっけ」

 

 アノミマスは小さく頷く。

 

 ユウは少しだけ考えてから言った。

 

「じゃあ、作ってみる?」

 

 アノミマスが止まる。

 問いかけというより、思いついた言葉がそのまま出た感じだった。

 

「……つくる?」

 

「その、やったことないなら一回くらい」

 

 アノミマスは少しだけ考えてから言う。

 

「……みんなで?」

 

「そうそう」

 

 ユウは頷く。

 

「一人で急にやるより、その方がいいだろ」

 

 先輩が端末を閉じた。

 

「今日はこのあと急ぎの案件もない」

 

「じゃあ行けますね」

 

「行けるな」

 

 止められるかと思ったが、普通に話が進んだ。

 ユウは少しだけ口元を緩める。

 

「じゃあ、買い物からだな」

 

「……いく」

 

 アノミマスの返事は短かったが、いつもより少しだけ早かった。

 

 買い物先は、レイヴン施設の外れにある小さな売店と簡易食料庫だった。

 

 本格的な市場ほど品揃えは良くないが、日常的な食材なら一通り揃う。

 ユウが籠を持ち、アノミマスがその横、先輩が少し後ろを歩く。

 

「ひき肉、玉ねぎ、卵、パン粉……」

 

「牛乳」

 

 先輩が短く足す。

 

「あ、はいはい」

 

「塩胡椒も切れてたな」

 

「そこまで把握してるの助かるなあ」

 

「担当だからな」

 

 家事と料理は、第8班の中で基本的に二人担当だ。

 先輩はその一人。

 だからユウは、先輩がこういう場面でやたら手際がいいことを普通に知っている。

 知っているし、何なら自分より速い。

 

 アノミマスは玉ねぎを真剣に見比べていた。

 

「……これと、これ、どっち」

 

 ユウが覗き込むより先に、先輩が答える。

 

「そっちでいい。水分が残ってる」

 

「……わかるの」

 

「見ればな」

 

「すごいなあ」

 

「お前が遅いだけだ」

 

「それ前にも言われた気がする」

 

 結局、玉ねぎは中くらいのものを二個。

 必要なものを揃えて戻る頃には、ユウも少しだけ気分が軽くなっていた。

 

 火種消しでも追跡でもない。

 ただハンバーグを作るために材料を持って歩く。

 それだけのことが妙に新鮮だった。

 

 部室の簡易キッチンは広くはない。

 でも三人で使えないほど狭くもない。

 

 先輩は戻るなり、すぐ手を洗ってまな板と包丁を出した。

 ユウは材料を並べる。

 アノミマスは料理番組の画面をもう一度確認している。

 

「じゃあ、どう分ける?」

 

 ユウが聞くと、先輩が簡潔に言った。

 

「玉ねぎは私が先に半分切る」

 

「アノミマスは残りをやれ。ユウはパン粉と牛乳」

 

「了解」

 

「……うん」

 

 役割分担が決まると早かった。

 

 先輩の包丁は、やっぱり無駄がない。

 速いし、雑でもない。

 ユウがパン粉を量っている間に、もう半分以上終わっていた。

 

「早いな」

 

「お前も手を動かせ」

 

「動かしてますって」

 

 アノミマスは包丁を持つ。

 危なっかしいかと思ったら、持ち方は悪くない。

 ただし、やたら慎重だった。

 

 一切れ切る。

 少し間が空く。

 また一切れ。

 

「……丁寧だな」

 

 ユウが言うと、アノミマスは真剣な顔で返した。

 

「……ちゃんと、やる」

 

「うん、それは大事」

 

「ただ、そこまで均一じゃなくていい」

 

 先輩の補足が入る。

 

「火は通る」

 

「……でも、番組のひと、そろってた」

 

「番組のひとは撮られてるからだ」

 

「身も蓋もないなあ」

 

 玉ねぎを炒める。

 冷ます。

 ひき肉に混ぜる。

 卵、パン粉、牛乳、塩、胡椒。

 

 ユウは混ぜる係。

 アノミマスは材料投入。

 先輩は全体の流れを見ながら、足りないところだけ手を入れる。

 

「ユウ、混ぜすぎるな」

 

「はいはい」

 

「返事が軽い」

 

「でも止めましたよ」

 

「その前に一回多い」

 

「細かいな……」

 

 先輩が肉だねを指で軽く押して示す。

 

「粘りはそのくらいでいい」

 

「了解」

 

 ユウは素直に手を止める。

 こういう時、先輩の言うことは普通に聞いた方が早い。

 

 肉だねを丸める段階で、性格が出た。

 

 ユウのは少し大きくて雑。

 アノミマスのはきれいだが、やや固く締まりすぎている。

 先輩のは、無駄なくちょうどいい。

 

「はい、出た」

 

 ユウが自分のを見ながら言う。

 

「担当の差」

 

「お前が雑なだけだ」

 

「アノミマスのは?」

 

「真面目すぎる」

 

 アノミマスは自分のを見て少し考える。

 

「……かたい?」

 

「少しだけ」

 

「……なおす」

 

 そう言って、また丁寧に形を整え直し始める。

 ユウはそれを見て少し笑った。

 

「そこ真面目なんだよなあ」

 

「……だめ?」

 

「いや、いいと思う」

 

 フライパンに並べる。

 焼き色がつく。

 ひっくり返す。

 蓋をする。

 

 部室の中に、急に“料理の匂い”が広がる。

 

 ユウは思わず鼻を鳴らした。

 

「……うまそう」

 

「まだ中まで火が通ってない」

 

 先輩が即座に返す。

 

「今は夢見てもいい場面でしょ」

 

「夢を見ながら生焼けを食べるな」

 

「正論ばっかだな」

 

 アノミマスはフライパンの前でじっと見ていた。

 湯気が上がる。

 ソースの匂いも混ざる。

 その横顔を見ていると、本当に“やってみたかった”のだとわかる。

 

 しばらくして、ようやく皿へ盛る。

 

 完璧な見た目ではない。

 ユウのは少し歪で、アノミマスのは妙に整いすぎていて、先輩のだけが普通に店みたいだった。

 

「担当の差、二回目」

 

「うるさい」

 

 ユウが言うと、先輩は気にせず皿を並べる。

 

「食べるぞ」

 

 三人で席につく。

 

 ユウが一口切る。

 思ったよりちゃんと柔らかい。

 味も普通にいい。

 少しだけ濃いが、それも悪くない。

 

「……うま」

 

「ほんと?」

 

 アノミマスがすぐ聞く。

 

「ほんとほんと。ちゃんとハンバーグだ」

 

「感想が雑だな」

 

 先輩がそう言いながら、自分も一口食べる。

 少しだけ咀嚼してから、短く言った。

 

「悪くない」

 

 その一言で、アノミマスの肩がほんの少し下がった。

 緊張していたらしい。

 

「……よかった」

 

 ユウはその反応を見て、少しだけ笑う。

 

「初めてでこれなら十分だろ」

 

「ゆうの、大きい」

 

「夢があるだろ」

 

「火通りはぎりぎりだった」

 

 先輩の追撃が入る。

 

「現実が強いな……」

 

 それでも、部室の中の空気はやわらかかった。

 

 追跡もない。

 報告もない。

 戦場の音もしない。

 

 ただ三人で、少し不格好なハンバーグを食べている。

 それだけの時間だった。

 

 ユウはふと、こういうのも悪くないと思う。

 

 というより、こういう時間があるから、重い話にも耐えられるのかもしれない。

 

 食べ終わる頃には、アノミマスも少しだけ表情がゆるんでいた。

 いつもと比べれば本当に少しだけだ。

 でも第8班の部室では、その少しがわりと大きい。

 

「……また、つくる」

 

 アノミマスが言う。

 

 ユウはすぐに返した。

 

「いいな。次は何にする?」

 

「まず片付けだ」

 

 先輩の声が入る。

 

「うわ、現実」

 

「ここでも夢を見るな」

 

 それでも三人とも立ち上がる。

 皿を持って、流しへ向かって、部室の中に小さな生活音が増える。

 

 ハンバーグの匂いはまだ残っていた。

 

 静かで、少しだけやわらかい時間だった。

 たぶんこういう時間があるから、第8班はちゃんと第8班でいられるのだと、ユウはなんとなく思った。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。