ゲヘナ特務執行隊「レイヴン」   作:ゴリさん39

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第41話 砂の向こう

 

 ホバーバイクは砂塵の縁をかすめるように進んでいた。

 

 後方では、本隊の大型ホバークラフトが少しずつ小さくなっていく。

 重い車体はあの位置で迎撃線の準備に入るのだろう。

 だが第8班は違う。

 今はただ、前へ出る。

 

 風が横から叩く。

 砂が細かく装甲を擦る。

 視界はまだ残っている。

 だが、先へ行くほど景色の輪郭が死んでいくのがわかった。

 

「しっかり掴まっとけよ」

 

 前で相馬が言う。

 

「こういう地形は跳ねるからな」

 

「そんな軽く言わないでくださいよ。こっちはだいぶ必死なんですけど」

 

 ユウが返すと、相馬は少しだけ笑った。

 

「最初はみんなそんなもんだって」

 

 バイクが一度大きく揺れる。

 ユウは反射でグリップを握り直した。

 

「俺もお前くらいの時は、バイクで好き勝手に走り回ったもんよ」

 

「今それ言います?」

 

「今だから言うんだろ」

 

「理屈が雑なんですよ」

 

「でも今のお前、肩に力入りすぎ」

 

 ユウは舌打ちしかけて、それを飲み込んだ。

 図星だった。

 

 相馬の声はいつも通り軽い。

 だが、車体の動きは雑じゃない。

 砂を避け、岩の起伏を殺し、少しでも安定した線を選んでいるのが、後ろからでもわかる。

 

 アノミマスは前を見たまま、小さく言った。

 

「……まっすぐじゃない」

 

「了解」

 

 相馬が操縦桿を少し切る。

 

「右に振るぞ」

 

 車体が滑るように進路を変える。

 ユウは揺れに身体を持っていかれそうになりながら、どうにか姿勢を保った。

 

「これ、探すっていうか振り回されてません?」

 

「探す時は大体こんなもんだ」

 

「嫌な現実だな……」

 

 先輩が後ろから短く言う。

 

「喋る余裕があるなら落ちるな」

 

「はい」

 

 返事は思ったより素直だった。

 余裕がないのは、もう自分でもわかっている。

 

 しばらくはそんな調子だった。

 

 相馬が前で軽口を飛ばし、ユウが半分文句を返し、アノミマスが短く方向だけ示す。

 先輩は必要な時しか口を開かない。

 砂塵の外縁を舐めるように走るバイクの上で、その小さなやり取りだけが妙に現実感をつないでいた。

 

 だが、それも長くは続かなかった。

 

 砂塵が濃くなる。

 

 最初は遠くに霞んでいただけの色が、じわじわと視界の中へ入り込んでくる。

 風が変わる。

 乾いているだけじゃない。

 空気そのものが重く濁って、鼻の奥にざらついた違和感が残る。

 

 バイクの揺れ方も変わった。

 相馬はもう、さっきみたいに頻繁には喋らない。

 

 前を見ている。

 必要な確認だけ。

 進路と地形と、風の流れだけを追っているみたいに。

 

「相馬先輩?」

 

 ユウが一度呼んでも、返事は短かった。

 

「前見てろ」

 

 それだけだった。

 

 ユウはそこで、妙な不安を覚えた。

 

 ビナーが怖いとか、砂塵が嫌だとか、それだけじゃない。

 あの相馬先輩が喋らなくなった。

 それが一番、嫌だった。

 

 バイクはさらに奥へ入る。

 フレアランチャーの安全表示が振動で揺れ、発煙弾の固定具が小さく鳴る。

 

 ユウは前方を見ながら、小さく唾を飲み込んだ。

 

「……先輩」

 

 前ではなく、後ろの先輩に声をかける。

 

「何だ」

 

「これ……本当に、自分たちで誘導できるんですか」

 

 問いの中身は、自分でも半分曖昧だった。

 

 あれを本当に動かせるのか。

 本隊の罠まで引けるのか。

 いろんな不安がまとめて口から出た感じだった。

 

 先輩の返事は短い。

 

「できるようにする」

 

「いや、それはそうなんですけど」

 

「本隊が罠を張る」

 

「はい」

 

「私たちはそこまで引く」

 

 先輩は一拍置いて、淡々と言った。

 

「だからお前は見失うな」

 

 ユウは黙る。

 

「全部わかろうとするな。今は糸だけ見ろ」

 

 その言い方が、少しだけ腹に落ちた。

 

 わからないことは多い。

 多すぎる。

 でも、全部をわかる必要はない。

 今の自分に必要なのは、目の前の役目だけだ。

 

 前でアノミマスが小さく言う。

 

「……まだ、切れてない」

 

 糸のことだ。

 

 ユウはその言葉で、少しだけ呼吸を戻した。

 

「聞いたな」

 

 先輩が言う。

 

「はい」

 

「なら動ける」

 

 短い。

 でも、それで十分だった。

 

 相馬がそこでようやく口を開く。

 

「悪いな新人。ここから先はちょっと喋ってる余裕ない」

 

「……それ、今言われるの嫌なんですけど」

 

「だろうな」

 

 相馬の声は軽くない。

 だが、落ち着いてはいる。

 その落ち着きが逆に本物で、ユウは余計に肩へ力が入るのを感じた。

 

 風がまた強く吹く。

 

 砂塵の中へ、少しだけ深く入った。

 

 視界の端で、機器表示のいくつかが不安定に瞬く。

 端末を見なくても、まともじゃないのはわかった。

 

「機器、やっぱ死んでるんですか」

 

「死んでるって言い方は雑だが、機嫌は最悪だな」

 

 相馬が前を見たまま答える。

 

「だからお前らが前に出てんだろ」

 

 ユウは小さく息を吐く。

 

 そうだ。

 機器が使えない。

 だから第8班が出ている。

 それだけは、ようやく自分の中でも言葉になってきた。

 

 その時だった。

 

 アノミマスが、前を見たまま少しだけ身体を強張らせる。

 

「……いる」

 

 全員の空気が、そこで一段沈んだ。

 

 相馬が速度を少し落とす。

 

「方向」

 

「……前。少し左」

 

 バイクがなだらかに進路を変える。

 

 ユウは前を見る。

 砂塵。

 濁った景色。

 揺れる地平。

 

 そしてその奥で、何かがおかしい。

 

 最初に来たのは振動だった。

 

 低い。

 腹の奥へ沈んでくるような、重い揺れ。

 風ではない。

 エンジンでもない。

 

 地面そのものが、遠くから少しずつ踏み均されてくるみたいに震えている。

 

「……え」

 

 ユウの喉が詰まる。

 

 相馬はもう何も言わない。

 先輩も黙っている。

 アノミマスだけが、前を見続けていた。

 

 砂の向こうで、何かが動いた。

 

 輪郭ではない。

 もっと大きい。

 もっと曖昧で、それなのに存在感だけが濃すぎる。

 

 影だ。

 

 霞んだ砂塵の向こうに、巨大な影がある。

 建物とか、兵器とか、そういう比べ方を頭が拒むくらいに大きい。

 

 それが、ゆっくりとこちらへ向きを変える。

 

 ユウの喉がひりついた。

 

「……いや、でか」

 

 それしか出なかった。

 

 大きい、なんて言葉で足りる相手じゃない。

 見た瞬間、質問の方が消えた。

 

 ビナーがどんなものか。

 そんなこと、聞く必要はなかった。

 

 見ればわかる。

 本当に、その通りだった。

 

 砂が舞い上がる。

 振動がまた一段強くなる。

 影の向こうで、何か巨大な構造がゆっくりと持ち上がった気がした。

 

 ユウはグリップを握り直す。

 指先が少し痛い。

 

「……先輩」

 

「何だ」

 

「あれ、ほんとに引っ張るんですか」

 

「そのために来た」

 

「いや、そうですけど」

 

 返しながら、自分の声が少し上擦っているのがわかった。

 

 相馬が短く言う。

 

「落ち着け。まだ見つかったわけじゃない」

 

「まだって」

 

「見つかったらもっと嫌なことになる」

 

 慰めになっていない。

 でも、たぶん本当だ。

 

 アノミマスが小さく呟く。

 

「……こっち、見る」

 

 その一言で、バイクの上の空気が凍る。

 

「相馬」

 

 先輩の声が低く落ちる。

 

「ああ」

 

 相馬が短く応じる。

 

 さっきまでの軽口はもうない。

 前だけを見る声だった。

 

「ユウ」

 

「はい」

 

「煙の準備だけしておけ」

 

 ユウは反射で側面の発煙弾ランチャーへ手を伸ばす。

 

 何だかよくわからない。

 でも身体はもう、指示に従って動いていた。

 

 砂塵の向こうで、ビナーの影がゆっくりと持ち上がる。

 

 大きい。

 怖い。

 まともに相手をしていい相手じゃない。

 

 それでも、逃げるだけでは終わらない。

 

 ホバーバイクの駆動音が少しだけ唸りを上げた。

 相馬が操縦桿を握り直す。

 

「さて」

 

 声は低い。

 でも、崩れてはいなかった。

 

「新人。ここからは本当に、振り落とされんなよ」

 

 ユウは喉の奥の乾きを飲み込んで、小さく頷く。

 

 全部はわからない。

 でも、もう始まっている。

 

 それだけは、はっきりしていた。

 

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