ゲヘナ特務執行隊「レイヴン」   作:ゴリさん39

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第42話 誘導開始

 

 ビナーがこちらを見た。

 

 そう思った瞬間、空気の質が変わった。

 

「来る!」

 

 相馬の声が飛ぶ。

 

 次の瞬間、砂塵の向こうで小さな光がいくつも分かれた。

 

「ドローンか!」

 

 先輩の声とほぼ同時に、砂の幕を割って複数の影が飛び出してくる。

 丸い。

 小さい。

 だが十分に速い。

 しかも速いだけじゃない。機械じみた滑らかさで、一瞬でホバーバイクの進路を追ってきた。

 

「ユウ、右!」

 

「はい!」

 

 ユウは反射でランチャーの安全を外す。

 指が少し震える。

 だが、止まる方がまずいのはもうわかっていた。

 

 ドローンの後ろ、さらにその奥で細い火線が走る。

 

「ミサイルも来るぞ!」

 

 相馬が怒鳴るより早く、ホバーバイクが横へ滑った。

 

 内臓が一瞬だけ置いていかれる。

 砂を削るように車体が傾き、ユウはグリップへしがみついた。

 

「ユウ!」

 

「フレア!」

 

 先輩の声で、身体が先に動いた。

 

 ユウは側面の発射装置を叩く。

 次の瞬間、後方へ複数のフレアが散った。

 赤い光。

 熱の尾。

 それを追うように、飛来していたミサイルの軌道がわずかにぶれる。

 

「相馬先輩!」

 

「見えてる!」

 

 バイクがさらに切り返す。

 フレアへ引かれたミサイルのうち二発が空中で逸れ、残りが後方の地面へ突っ込んだ。

 爆発。

 砂と岩片が後ろから叩きつけてくる。

 

「うわっ!」

 

「掴まってろ!」

 

 相馬の声はもう軽くない。

 短く、前だけを見た声だった。

 

 アノミマスは風の中でも前を見続けている。

 白い髪が乱れる。

 だが、視線だけは切れていない。

 

「……まだ、こっち」

 

「了解!」

 

 相馬が進路を合わせる。

 

 だが、休む暇はなかった。

 今度はドローンの射撃が来る。

 細い光線と実体弾が混じったような火線が、砂塵を裂いてバイクの左右へ突き刺さる。

 

「発煙弾、使うぞ!」

 

「撃ちます!」

 

 ユウは言いながら、もう片方のランチャーへ手を伸ばした。

 発煙弾を発射。

 濃い煙が横へ広がり、ドローン側の視界を一瞬だけ切る。

 

「左が薄い!」

 

 先輩が言う。

 

「相馬、そのまま振れ!」

 

「任せろ!」

 

 車体が大きく左へ流れる。

 煙の陰をかすめるように走り抜けた瞬間、後方でドローンの追尾が少しだけ乱れた。

 

 ユウは呼吸を整えようとして、うまくいかないことに気づく。

 吸っても浅い。

 吐いても足りない。

 

 怖い。

 ただ怖い。

 

 それでも手を止めるわけにはいかなかった。

 

「本隊の位置は!?」

 

 ユウが叫ぶように言うと、先輩がすぐ返した。

 

「機器は死んでる!」

 

「じゃあどうやって!」

 

「アノミマスだ!」

 

 その短い一言で、ユウは隣を見る。

 

 アノミマスは風の中で小さく目を細めていた。

 

「……ある」

 

「何が」

 

「……糸」

 

 言葉は短い。

 だが、それで十分だった。

 

 出動前に積まれていた遺物。

 本隊が持ち出した、神秘を発する目印。

 機械じゃ拾えないものを、アノミマスは拾っている。

 

「本隊、まだ切れてない!」

 

 先輩が言う。

 

「追えるぞ!」

 

 その瞬間、ユウはようやくひとつだけ理解した。

 

 自分たちは闇雲に逃げているわけじゃない。

 糸がある。

 引く先がある。

 だからまだ、走れる。

 

 だが、その理解を塗り潰すみたいに、地面が震えた。

 

 低い。

 重い。

 腹の底へ落ちるような振動。

 

「……え」

 

 ユウの喉がひりつく。

 

 砂塵の向こうで、ビナーの影が持ち上がる。

 輪郭はまだ濁っている。

 だが、その巨大さだけはどうやっても誤魔化せない。

 

 その影の中心で、光が集まり始めた。

 

 ユウの頭が一瞬だけ真っ白になる。

 

「相馬!」

 

 先輩の声が飛ぶ。

 

 相馬は返事をしない。

 もう言葉の段階じゃなかった。

 

 ホバーバイクが横へ跳ねる。

 いや、跳ねたように感じるほど無理やり地形を切った。

 車体の側面が砂を削り、ユウの身体が大きく振られる。

 

 次の瞬間。

 

 ビームが走った。

 

 音より先に光。

 光より先に熱の気配。

 ホバーバイクのすぐ横を、太い線が地面ごと貫いた。

 

 直撃はしなかった。

 なのに、その余波だけで視界が揺れる。

 

「――っ!」

 

 ユウは言葉にならない息を漏らした。

 

 ビームが通った地面は、抉れて終わりではなかった。

 溶けていた。

 

 砂も岩も、地表そのものが赤黒く崩れ、熱でどろりと形を失っている。

 

 ただの砲撃じゃない。

 ただの火力じゃない。

 

 あれに当たったら終わる。

 

 その結論だけが、理屈より先に脳へ叩き込まれた。

 

「……うそだろ」

 

 手が止まりかける。

 視界が狭くなる。

 フレアの位置も、発煙弾の残数も、一瞬だけ全部どうでもよくなりそうになった。

 

 その時だった。

 

「……ユウ」

 

 小さな声と同時に、左手へぬくもりが触れた。

 

 アノミマスだった。

 

 片手で車体を支えたまま、もう片方でユウの手を握っている。

 強くはない。

 でも、逃がさない触れ方だった。

 

「……だいじょうぶ」

 

 ユウは息を詰めたまま、隣を見る。

 

 アノミマスは怖がっていないわけじゃない。

 だが、糸を見ている。

 まだ切れていないものを見ている。

 

「……糸、ある」

 

 その一言で、ユウの頭の中の白さが少しだけ引いた。

 

 終わってない。

 まだ。

 少なくとも、アノミマスの中では終わっていない。

 

 先輩の声が落ちる。

 

「ユウ」

 

「……はい」

 

「戻れ」

 

 その二文字が、びっくりするほど真っ直ぐ入った。

 

「ビーム見たな」

 

「はい」

 

「なら次は外すな。来たらフレア、煙、指示待ちだ」

 

「……はい!」

 

 今度はちゃんと返せた。

 

 相馬が短く言う。

 

「悪いな新人。ここから先、本当に揺れるぞ」

 

「もう十分揺れてますって!」

 

「まだ序の口だ!」

 

 その直後、バイクがまた大きく傾く。

 

 後方からミサイル。

 ユウはもう迷わなかった。

 フレア発射。

 赤い尾が散る。

 相馬が進路を切り、先輩がドローンを撃ち落とす。

 アノミマスは糸を追い続ける。

 

 バラバラに見えて、今は全部がひとつにつながっていた。

 

「本隊は!?」

 

 ユウが叫ぶ。

 

 先輩がすぐ返す。

 

「近い!」

 

「どっちですか!」

 

「アノミマス!」

 

 アノミマスが前を見たまま言う。

 

「……右、少し。まだ先」

 

「聞いたな!」

 

「はい!」

 

 ホバーバイクが砂塵の中を裂くように走る。

 後ろではビナーの影がゆっくりと方向を変え、こちらを追ってきている。

 

 見失えば終わる。

 捕まれば終わる。

 だが、本隊の糸はまだ切れていない。

 

 それだけを頼りに、第8班は走る。

 

 遠く、砂塵の向こうで別の光が瞬いた。

 本隊側だ。

 迎撃線か、罠の準備か、まだユウにはわからない。

 でも、完全に孤立しているわけじゃないとだけはわかった。

 

 それだけで、少しだけ足元が戻る。

 

「ユウ!」

 

「はい!」

 

「煙を一発残せ! 次の地形変化で切る!」

 

「了解!」

 

 返しながら、ユウはもう一度だけ後ろを見た。

 

 ビナーの巨大な影。

 飛び交うドローン。

 砂塵の中で光るミサイルの尾。

 全部が、いつもの“危険”とは桁が違った。

 

 だが、もう怯えて止まる段階は過ぎている。

 

 アノミマスの手の熱が、まだ少しだけ残っていた。

 

 ホバーバイクはさらに加速する。

 前には本隊。

 後ろにはビナー。

 

 第8班の誘導は、まだ始まったばかりだった。

 

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