ゲヘナ特務執行隊「レイヴン」   作:ゴリさん39

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第43話 迎撃線

 

 砂塵の向こうに、本隊が見え始めていた。

 

 最初は影だけだった。

 次に、砲列。

 その次に、重戦車の輪郭と、地面へ打ち込まれた装置群。

 さらに近づくにつれて、エンフォーサー部隊の列まで浮かび上がってくる。

 

 ホバーバイクはなおも全速で走っていた。

 後方にはビナー。

 前方には本隊。

 

 その距離がようやく繋がろうとした時、無線が短く入った。

 

『ご苦労』

 

 穏やかな声だった。

 

 ユウは反射で顔を上げる。

 

『十分引いてくれたよ』

 

 その声が誰のものか、今はもう聞き返すまでもない。

 第6班《ヴェクター》の隊長だ。

 

『後は下がってていい』

 

 その言い方はやわらかい。

 けれど、そこに迷いはなかった。

 

 先輩が短く言う。

 

「聞いたな」

 

「……はい」

 

「相馬、線の内側へ」

 

「了解」

 

 ホバーバイクが少しだけ進路を切る。

 本隊の迎撃線へ滑り込む角度だ。

 

 ユウは振り返る。

 

 ビナーの影はまだ巨大だった。

 近づいたことで逆に、大きさの実感だけがさらに増している。

 さっき砂塵の向こうで見た時より、今の方が嫌だった。

 逃げる先が見えた分、あれが本当にそこまで来るのだと理解できてしまう。

 

 そして次の瞬間。

 

 ビナーの周囲へ、爆発が走った。

 

「――っ!」

 

 ユウは思わず目を見開く。

 

 絨毯みたいだった。

 地面の上を、爆発の線が横一列に走っていく。

 遅れてまた一列。

 さらにもう一列。

 

 面で叩いている。

 

 爆煙。

 砂塵。

 衝撃。

 ビナーの進路そのものを砕くみたいな砲撃だった。

 

「これ……」

 

「本隊だ」

 

 先輩が短く言う。

 

 前方の重戦車群が砲撃を続けている。

 加えて別方向からの爆撃。

 エンフォーサーの射撃線も重なって、巨大な影の周囲が次々に爆ぜていた。

 

 ビナーが揺らぐ。

 

 それだけで、ユウは一瞬だけ息を呑んだ。

 

「効いてる……?」

 

「揺らいではいる」

 

 先輩の返しは冷静だった。

 

「倒れてはいない」

 

 その通りだった。

 

 巨体は一度だけ大きく姿勢を崩しかけ、それでもなお立っている。

 砂塵の向こうで、その巨大さだけが不気味なほど消えない。

 

 ユウの喉が乾く。

 

 これだけ撃たれても、まだ立っている。

 

 ビナーはゆっくりと頭を上げた。

 

 煩わしい。

 そう思ったようにしか見えなかった。

 

 そして、口が開く。

 

 ユウの背筋が一気に冷えた。

 

「……あ」

 

 その奥に、光が集まり始める。

 

 見覚えがある。

 さっき、地面を溶かしたあの光だ。

 

 違うのは距離だった。

 今度は自分たちじゃない。

 本隊のど真ん中に向いている。

 

 重戦車。

 迎撃装置。

 エンフォーサー部隊。

 全部があの先にある。

 

 ユウの頭が真っ白になる。

 

 駄目だ。

 

 あれは駄目だ。

 

 砲列も罠も何もかもまとめて消える。

 そういう未来だけが、理屈より先に脳へ入ってきた。

 

「先輩――!」

 

 叫びかけた、その瞬間だった。

 

 後方から三つの閃光が走る。

 

 細い。

 だが速い。

 真っ直ぐに、ビナーの口腔部へ向かう。

 

「……え」

 

 帯電した大型ニードル。

 

 右。

 左。

 中央。

 

 三本がほとんど同時に突き刺さる。

 

 次の瞬間、口の中で爆発が起きた。

 

 爆発というより、破裂に近い。

 青白い放電が内部から一気に広がり、口腔部の輪郭を走る。

 

 ビナーの光がぶれる。

 

 集まりかけたビームが一瞬だけ歪み、次の瞬間――

 

 発射された。

 

 だが真っ直ぐではなかった。

 

 致命の光線は本隊正面を大きく外れ、斜め上へ逸れながら地平を焼き払っていく。

 遠くの地表が熱でめくれ、砂と岩が赤黒く溶けた。

 

 それでも、本隊の中心は消えていない。

 

「……逸れた」

 

 ユウは呆然と呟く。

 

 無線へ、落ち着いた声が入る。

 

『右、少し遅かったね。次は半拍だけ早めようか』

 

 ヴェクター隊長の声だった。

 

『中央はそのままでいい。左、次も口元へ入れよう』

 

 まるで授業の続きみたいな穏やかな声で、とんでもないことを言っている。

 

 ユウは反射でその方向を見る。

 

 本隊後方。

 砲列のさらに後ろ。

 砂塵の薄い層の向こうに、三機のエンフォーサーがいた。

 

 中央。

 左右。

 

 三点で開いている。

 

 隊長機を中央に、追随二機が左右へ展開。

 右肩ユニットから、まだ放電の残るスタンニードルランチャーを構えたまま、静かに次を見ていた。

 

「……あれが」

 

「ヴェクターだ」

 

 先輩が言う。

 

「本隊へ通る角度のビームを殺してる」

 

 ユウは息を呑んだ。

 

 さっき見た、地面を溶かすビーム。

 あれを、今、あの三機が逸らした。

 

 火力で押し潰したんじゃない。

 真正面から受けたんでもない。

 撃たれる瞬間だけを正確に壊した。

 

 ヴェクター隊長の声がまた入る。

 

『第8班、下がり切ったらそのまま補助線の内側へ』

 

『君たちはもう十分働いたよ』

 

 その言い方が妙にやさしくて、ユウは逆に少しだけ喉が詰まる。

 

「……十分、って」

 

「言われてるうちに下がれ」

 

 先輩は相変わらず短かった。

 

「ここから先は本隊の仕事だ」

 

 ホバーバイクが迎撃線のさらに内側へ入る。

 

 横では重戦車が再装填に入り、別の砲列が前へ出る。

 エンフォーサー部隊も動いている。

 隊長機の影もある。

 砂塵の中で見えなかったものが、近づくにつれて一つずつ輪郭を持ち始めていた。

 

 本当に本隊だ。

 

 ただの数じゃない。

 ちゃんと、迎え撃つために組まれた線だ。

 

 相馬が小さく息を吐く。

 

「いやあ、毎回思うけど、こいつ見てから避けるの心臓に悪いな」

 

「毎回やる前提なんですか……」

 

「今日は特別嫌な日ってだけだ」

 

 そう言う声にも、さっきまでの余裕が少し戻っていた。

 

 ユウは後ろを見た。

 

 ビナーはまだ立っている。

 爆撃で揺らぎ、砲撃で抉られ、ビームは逸らされた。

 それでもなお、巨大なままだ。

 

 だけど今は、さっきまでみたいな“終わった”感じはなかった。

 

 受ける線がある。

 それを守る手もある。

 

 ビナーがもう一度だけ頭を上げる。

 

 その動きを見た瞬間、ヴェクター隊長の声がまた静かに落ちた。

 

『来るね』

 

 それだけで、左右中央の三機がほぼ同時に構える。

 

『撃とうか』

 

 三本のニードルが、また走った。

 

 ユウはそれを見ながら、ようやく一つだけ理解する。

 

 ヴェクターは、後ろにいるのに前線を変える。

 しかも大きな声も出さずに。

 ただ、必要な一手だけを通していく。

 

「……すご」

 

 思わず漏れた声は、誰にも聞かれなかったかもしれない。

 

 先輩は前を見たまま言う。

 

「見るのは後だ。まだ終わってない」

 

「……はい」

 

 ユウはそう返しながらも、目を離せなかった。

 

 重戦車の砲撃。

 爆撃。

 エンフォーサー隊の火線。

 そしてその後方で、静かにビームだけを殺し続けるヴェクター三機。

 

 第8班が引いてきた怪物を、本隊が真正面から受けている。

 

 迎撃は、まだ始まったばかりだった。

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