砂塵の向こうに、本隊が見え始めていた。
最初は影だけだった。
次に、砲列。
その次に、重戦車の輪郭と、地面へ打ち込まれた装置群。
さらに近づくにつれて、エンフォーサー部隊の列まで浮かび上がってくる。
ホバーバイクはなおも全速で走っていた。
後方にはビナー。
前方には本隊。
その距離がようやく繋がろうとした時、無線が短く入った。
『ご苦労』
穏やかな声だった。
ユウは反射で顔を上げる。
『十分引いてくれたよ』
その声が誰のものか、今はもう聞き返すまでもない。
第6班《ヴェクター》の隊長だ。
『後は下がってていい』
その言い方はやわらかい。
けれど、そこに迷いはなかった。
先輩が短く言う。
「聞いたな」
「……はい」
「相馬、線の内側へ」
「了解」
ホバーバイクが少しだけ進路を切る。
本隊の迎撃線へ滑り込む角度だ。
ユウは振り返る。
ビナーの影はまだ巨大だった。
近づいたことで逆に、大きさの実感だけがさらに増している。
さっき砂塵の向こうで見た時より、今の方が嫌だった。
逃げる先が見えた分、あれが本当にそこまで来るのだと理解できてしまう。
そして次の瞬間。
ビナーの周囲へ、爆発が走った。
「――っ!」
ユウは思わず目を見開く。
絨毯みたいだった。
地面の上を、爆発の線が横一列に走っていく。
遅れてまた一列。
さらにもう一列。
面で叩いている。
爆煙。
砂塵。
衝撃。
ビナーの進路そのものを砕くみたいな砲撃だった。
「これ……」
「本隊だ」
先輩が短く言う。
前方の重戦車群が砲撃を続けている。
加えて別方向からの爆撃。
エンフォーサーの射撃線も重なって、巨大な影の周囲が次々に爆ぜていた。
ビナーが揺らぐ。
それだけで、ユウは一瞬だけ息を呑んだ。
「効いてる……?」
「揺らいではいる」
先輩の返しは冷静だった。
「倒れてはいない」
その通りだった。
巨体は一度だけ大きく姿勢を崩しかけ、それでもなお立っている。
砂塵の向こうで、その巨大さだけが不気味なほど消えない。
ユウの喉が乾く。
これだけ撃たれても、まだ立っている。
ビナーはゆっくりと頭を上げた。
煩わしい。
そう思ったようにしか見えなかった。
そして、口が開く。
ユウの背筋が一気に冷えた。
「……あ」
その奥に、光が集まり始める。
見覚えがある。
さっき、地面を溶かしたあの光だ。
違うのは距離だった。
今度は自分たちじゃない。
本隊のど真ん中に向いている。
重戦車。
迎撃装置。
エンフォーサー部隊。
全部があの先にある。
ユウの頭が真っ白になる。
駄目だ。
あれは駄目だ。
砲列も罠も何もかもまとめて消える。
そういう未来だけが、理屈より先に脳へ入ってきた。
「先輩――!」
叫びかけた、その瞬間だった。
後方から三つの閃光が走る。
細い。
だが速い。
真っ直ぐに、ビナーの口腔部へ向かう。
「……え」
帯電した大型ニードル。
右。
左。
中央。
三本がほとんど同時に突き刺さる。
次の瞬間、口の中で爆発が起きた。
爆発というより、破裂に近い。
青白い放電が内部から一気に広がり、口腔部の輪郭を走る。
ビナーの光がぶれる。
集まりかけたビームが一瞬だけ歪み、次の瞬間――
発射された。
だが真っ直ぐではなかった。
致命の光線は本隊正面を大きく外れ、斜め上へ逸れながら地平を焼き払っていく。
遠くの地表が熱でめくれ、砂と岩が赤黒く溶けた。
それでも、本隊の中心は消えていない。
「……逸れた」
ユウは呆然と呟く。
無線へ、落ち着いた声が入る。
『右、少し遅かったね。次は半拍だけ早めようか』
ヴェクター隊長の声だった。
『中央はそのままでいい。左、次も口元へ入れよう』
まるで授業の続きみたいな穏やかな声で、とんでもないことを言っている。
ユウは反射でその方向を見る。
本隊後方。
砲列のさらに後ろ。
砂塵の薄い層の向こうに、三機のエンフォーサーがいた。
中央。
左右。
三点で開いている。
隊長機を中央に、追随二機が左右へ展開。
右肩ユニットから、まだ放電の残るスタンニードルランチャーを構えたまま、静かに次を見ていた。
「……あれが」
「ヴェクターだ」
先輩が言う。
「本隊へ通る角度のビームを殺してる」
ユウは息を呑んだ。
さっき見た、地面を溶かすビーム。
あれを、今、あの三機が逸らした。
火力で押し潰したんじゃない。
真正面から受けたんでもない。
撃たれる瞬間だけを正確に壊した。
ヴェクター隊長の声がまた入る。
『第8班、下がり切ったらそのまま補助線の内側へ』
『君たちはもう十分働いたよ』
その言い方が妙にやさしくて、ユウは逆に少しだけ喉が詰まる。
「……十分、って」
「言われてるうちに下がれ」
先輩は相変わらず短かった。
「ここから先は本隊の仕事だ」
ホバーバイクが迎撃線のさらに内側へ入る。
横では重戦車が再装填に入り、別の砲列が前へ出る。
エンフォーサー部隊も動いている。
隊長機の影もある。
砂塵の中で見えなかったものが、近づくにつれて一つずつ輪郭を持ち始めていた。
本当に本隊だ。
ただの数じゃない。
ちゃんと、迎え撃つために組まれた線だ。
相馬が小さく息を吐く。
「いやあ、毎回思うけど、こいつ見てから避けるの心臓に悪いな」
「毎回やる前提なんですか……」
「今日は特別嫌な日ってだけだ」
そう言う声にも、さっきまでの余裕が少し戻っていた。
ユウは後ろを見た。
ビナーはまだ立っている。
爆撃で揺らぎ、砲撃で抉られ、ビームは逸らされた。
それでもなお、巨大なままだ。
だけど今は、さっきまでみたいな“終わった”感じはなかった。
受ける線がある。
それを守る手もある。
ビナーがもう一度だけ頭を上げる。
その動きを見た瞬間、ヴェクター隊長の声がまた静かに落ちた。
『来るね』
それだけで、左右中央の三機がほぼ同時に構える。
『撃とうか』
三本のニードルが、また走った。
ユウはそれを見ながら、ようやく一つだけ理解する。
ヴェクターは、後ろにいるのに前線を変える。
しかも大きな声も出さずに。
ただ、必要な一手だけを通していく。
「……すご」
思わず漏れた声は、誰にも聞かれなかったかもしれない。
先輩は前を見たまま言う。
「見るのは後だ。まだ終わってない」
「……はい」
ユウはそう返しながらも、目を離せなかった。
重戦車の砲撃。
爆撃。
エンフォーサー隊の火線。
そしてその後方で、静かにビームだけを殺し続けるヴェクター三機。
第8班が引いてきた怪物を、本隊が真正面から受けている。
迎撃は、まだ始まったばかりだった。