ゲヘナ特務執行隊「レイヴン」   作:ゴリさん39

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第44話 防空

 

 ビナーは、まだ立っていた。

 

 絨毯爆撃。

 重戦車の砲撃。

 エンフォーサー部隊の火線。

 そのすべてを受けながら、なお崩れきらない巨体が、砂塵の向こうでゆっくりと動く。

 

 ユウは迎撃線の少し内側で、それを見上げていた。

 

 近い。

 それだけでもう嫌だった。

 けれど、さっきまでのような“終わり”の感じは、今は少し薄い。

 

 前には本隊がいる。

 後ろにはまだ動ける線がある。

 それがあるだけで、同じ怪物でも見え方が少し変わる。

 

 ビナーの口部が、もう一度だけ光を集めかけた。

 

 だが今度は、そこで止まる。

 

 正確には、止めたように見えた。

 

 ヴェクターのスタンニードルが待っている。

 正面へ真っ直ぐ撃てば、また逸らされる。

 それを、ビナーの側も理解したらしい。

 

「……やめた?」

 

 ユウが呟く。

 

 先輩は前を見たまま返した。

 

「一掃は諦めたんだろうな」

 

「諦める、って」

 

「別の手で来る」

 

 その言葉を証明するように、ビナーの周囲で複数の光点が浮いた。

 

 次の瞬間、空が動く。

 

「来るぞ!」

 

 無線が飛ぶ。

 

 ドローン群。

 さらにその後ろから、いくつものミサイルの尾。

 

 今度は一点を焼き切るんじゃない。

 面で削るつもりだ。

 

 ユウの喉がきゅっと締まる。

 

「うわ、まだ増えるのかよ……」

 

 相馬が短く息を吐いた。

 

「数で潰しに来たな」

 

 軽口ではない。

 状況を見た声だった。

 

 ビナーの周辺から放たれたドローンが、扇を広げるように散る。

 その間を縫うように、ミサイルも降ってくる。

 狙いはまっすぐ本隊だ。

 

「防空線、上げろ!」

 

『迎撃開始!』

 

 無線の温度が一気に変わる。

 

 前方で、複数のエンフォーサーが同時にパルスシールドを展開した。

 半透明の光壁が幾重にも重なり、本隊前面へ薄い障壁の層を作る。

 

 その後ろから、地対空誘導弾が空へ上がった。

 

 白い尾。

 鋭い上昇。

 さらに対空ミサイルの発射音が重なる。

 

 ユウは一瞬だけ目を見開く。

 

「……すご」

 

 空そのものが迎撃していた。

 

 ドローンへ突っ込む誘導弾。

 ミサイル同士の空中爆発。

 シールドに弾かれて散る破片。

 それでも全部は止めきれない。

 抜けてくる個体がある。

 だから、次の層が受ける。

 

 前衛のエンフォーサーがシールドの角度を変え、重戦車が副砲で近い目標を叩き落とす。

 さらに別の班が空を切るように射撃し、低空に降りたドローンを潰していく。

 

「これ……」

 

 ユウはその光景を見ながら、言葉を失いかける。

 

 火種消しの現場じゃない。

 対処でも鎮圧でもない。

 これはもう、戦争だった。

 

 先輩が短く言う。

 

「見るだけで終わるな」

 

「……はい」

 

「発煙弾、残数」

 

「二」

 

「フレア」

 

「三」

 

「切るな」

 

「了解」

 

 返事をしながら、ユウは自分の位置と備えを確認する。

 前に出ているわけではない。

 だが、完全な見学でもない。

 

 迎撃線の後ろで補助に回る。

 それが今の第8班の位置だった。

 

 アノミマスは前を見ている。

 相変わらず静かだ。

 でも、糸の先を追う目は切れていない。

 

「……本隊、まだ大丈夫」

 

「聞いたな」

 

 先輩が言う。

 

「はい」

 

「なら崩れてない」

 

 短いその言葉に、ユウは少しだけ呼吸を戻した。

 

 空でまた爆発が走る。

 

 抜けてきたミサイルの一発が、パルスシールドの外縁へ当たった。

 障壁が大きく歪む。

 だが砕けない。

 その隙に、別方向から飛んできた対空弾が直撃し、ミサイルを途中で吹き飛ばした。

 

「うわ……」

 

 ユウの目が自然に前へ引かれる。

 

 受けている。

 だが、ただ耐えているんじゃない。

 層で受けて、層で落として、確実に数を削っている。

 

「レイヴンって……」

 

 思わず漏れた言葉の続きを、相馬が拾う。

 

「こういう時はちゃんと怖いだろ」

 

「怖いっていうか、なんかもう……」

 

「引くか?」

 

「引きません」

 

「なら見とけ。勉強にはなる」

 

 その言い方が少しだけいつもの相馬に戻っていて、ユウはわずかに口を閉じる。

 

 ビナーの側も、ただ撃っているだけではなかった。

 

 ミサイルの線が変わる。

 ドローン群が分散し、本隊前面だけじゃなく、左右の薄いところを探り始める。

 

「賢いな……」

 

 ユウが呟くと、先輩が返す。

 

「ただデカいだけの相手なら、ここまで面倒じゃない」

 

 その時、無線へ穏やかな声が入った。

 

『右、少し厚いね。中央から一枚回そうか』

 

 ヴェクター隊長だ。

 

『左線、シールド角を三度だけ上げて。そこへ二機流れる』

 

 大きな声ではない。

 だが不思議なくらい、戦場のざわつきの中でもよく通る。

 

 実際、右側で受けていたエンフォーサーの一機が動き、中央の一枚が左へ滑る。

 その直後、左側へ回り込もうとしていたドローン群が、ちょうどその移動したシールドへ当たった。

 

 遅れて対空ミサイルが上がる。

 爆発。

 破片。

 火線。

 

「……見えてる」

 

 ユウは小さく呟く。

 

「当たり前だ」

 

 先輩の返しは短い。

 

「あれが第6班の仕事だ」

 

 本隊後方、左右中央に開いた三機のエンフォーサー。

 スタンニードルランチャーを肩に残したまま、今は遠距離支援と指示の軸になっている。

 

 ヴェクターは、後ろにいる。

 なのに前線の形が変わる。

 

 その不思議さに、ユウは少しだけ息を呑んだ。

 

 前方では、重戦車群が再び一斉に砲撃を始める。

 

 今度は防空の合間を縫うような撃ち方だった。

 ドローンとミサイルの波を受けながら、それでもビナー本体へ火力を通し続ける。

 

 砲撃が巨体の脚部付近を叩く。

 装甲片が散る。

 爆煙の奥で、ビナーの動きがほんのわずかに鈍る。

 

「効いてる……!」

 

 ユウが思わず言う。

 

 今度は先輩も否定しなかった。

 

「着実にはな」

 

 その“着実”が、今はすごく重い。

 

 一発で倒れる相手じゃない。

 ひとつの手で片がつく相手でもない。

 だから迎撃線全部で、少しずつ削る。

 

 それが今、ようやく見えてきた。

 

 だが、楽になるわけではない。

 

 ビナーの側から放たれるドローンはまだ尽きない。

 ミサイルの尾も消えない。

 迎撃の爆発が空を埋め、本隊のシールドも何度も歪む。

 

 そのたびに、別のエンフォーサーが前へ出る。

 別の砲列が撃つ。

 ヴェクターの指示が飛ぶ。

 

 崩れない。

 でも、楽でもない。

 

 ユウはそこでようやく、真正面から受けるってこういうことなのだと理解した。

 

 耐えるだけじゃない。

 受けて、落として、返して、形を崩さず、少しずつ削る。

 ただの根性じゃ絶対に無理だ。

 

 アノミマスが小さく言う。

 

「……ビナー、ちょっとおそい」

 

 ユウがそちらを見る。

 

「動きか?」

 

「……うん」

 

 先輩が短く言う。

 

「蓄積してる」

 

 つまり、本当に削れている。

 

 ユウは前を見直す。

 

 爆撃。

 砲撃。

 対空火線。

 シールド。

 そして、その全部の中でまだ立っているビナー。

 

 怖い。

 でも今は、あの時の無力感だけじゃない。

 

 戦えている。

 少なくともレイヴンは、ちゃんとこの怪物と戦えている。

 

 その時だった。

 

 ビナーの周囲で、また光が動いた。

 

 ミサイルでも、ドローンでもない。

 もっと重い何かの前触れみたいな光だ。

 

 先輩が目を細める。

 

「……まだ切る気か」

 

 ヴェクター隊長の声が、また静かに落ちた。

 

『次が来るね』

 

 その声に、前線の空気がもう一段だけ締まる。

 

『焦らなくていい。順番に受けようか』

 

 穏やかな声だった。

 それなのに、その一言だけで本隊の輪郭がまた少し固くなる。

 

 ユウは息を呑む。

 

 防空戦は、まだ終わっていない。

 むしろ本番はこれからだと、誰もがわかっていた。

 

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