ゲヘナ特務執行隊「レイヴン」   作:ゴリさん39

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第46話 死守

 

 カタフラクトの激突で、戦場の流れは確かに変わった。

 

 突進軸を折られたビナーは、まだ立っている。

 だが、さきほどのような一直線の圧は消えていた。

 重戦車の砲撃が再び通り、エンフォーサー隊の火線も乱れずに重なる。

 ヴェクター三機は後方でなお静かに構え、ビームの兆候だけを見逃さない。

 

 ユウは迎撃線の内側で、それを見ていた。

 

 もう何度目かわからない爆発が走る。

 砂塵が巻き上がる。

 ビナーの巨体がその中で揺れる。

 

 それでも、すぐには誰も声を上げなかった。

 

 倒れないかもしれない。

 もう一度来るかもしれない。

 ここまでの戦いで、それを全員が学んでしまっている。

 

「……まだ、来ますかね」

 

 ユウが小さく言うと、先輩は前を見たまま答えた。

 

「わからん」

 

「わからんって……」

 

「だから警戒する」

 

 その通りだった。

 

 前線のシールドはまだ下がらない。

 重戦車の砲列も崩さない。

 誰も勝った顔をしていない。

 

 ビナーは一度だけ頭を上げる。

 

 その動きだけで、ユウの肩にまた力が入る。

 だが次の動きは、これまでとは違っていた。

 

「……あれ」

 

 相馬が目を細める。

 

「向き、変えたな」

 

 ユウは思わず前のめりになった。

 

 たしかにビナーの巨体が、迎撃線の正面ではなく、少しずつ別の角度へ傾いていく。

 正面突破の姿勢じゃない。

 再突進の構えでもない。

 

 砂塵の向こうで、巨大な影がゆっくりと戦場から軸を外し始めている。

 

「撤退……?」

 

 そう呟いてから、自分の声が少し早すぎたとユウは気づいた。

 

 先輩は即答しない。

 

「まだ言うな」

 

「はい」

 

「本当に引くと決まるまで、終わってない」

 

 その短い言葉で、ユウもどうにか口を閉じた。

 

 前線でも同じ判断だったらしい。

 砲撃は止まらない。

 ただし無理に前へは出ない。

 ビナーがまだこちらへ向き直る可能性を捨てていない動きだった。

 

 ビナーはさらに角度を変える。

 

 その動きは遅い。

 だが遅いからこそ、不気味だった。

 最後の一撃を狙っているのか、ただ退くのか、まだユウには判断がつかない。

 

 無線へ、穏やかな声が入る。

 

『……追わなくていいよ』

 

 ヴェクター隊長だった。

 

『向こうはもう、勝ち筋が薄いと見たんだろうね』

 

 その言い方が、妙にすっと入ってくる。

 

『ビームは殺された。正面突破も止められた。ここで無理をする理由はない』

 

 ユウは前方を見つめたまま、その言葉を頭の中で反芻する。

 

 勝ち筋が薄い。

 だから引く。

 

 それは、人間の判断みたいだった。

 

 あるいは、怪物であってもそれくらいは計算するということかもしれない。

 

 ビナーの巨体が、ついに迎撃線から明確に軸を外した。

 

 砂塵の中へ、ゆっくりと後退していく。

 ドローンの数も減る。

 ミサイルの尾も止む。

 戦場の音が、一段だけ変わる。

 

 それでも誰も、すぐには安堵しなかった。

 

 重戦車は砲身を下ろさない。

 エンフォーサーもまだ構えている。

 ヴェクター三機もそのまま後方で待機を続けている。

 

 ユウはその緊張が、逆にリアルだと思った。

 

 こういう時って、映画みたいに一気に終わるわけじゃないんだな、と。

 

 終わったかもしれない。

 でもまだ断言できない。

 その曖昧な時間が、じわじわと長い。

 

 アノミマスが小さく呟く。

 

「……いやな感じ、うすい」

 

 ユウがそちらを見る。

 

「ほんとに?」

 

「……うん。とおくなる」

 

 その言葉を聞いて、ユウはようやく少しだけ息を吐いた。

 

 アノミマスの糸が、もう遠ざかるものを追っている。

 ならたぶん、本当に引く。

 

 先輩もそこで初めて、わずかに肩の力を抜いた。

 

「……たぶんな」

 

「たぶん多いなあ、最後まで」

 

「確定するまで言い切らん」

 

「……はい」

 

 でも、その“今は”で十分だった。

 

 しばらくして、無線に最終確認が入る。

 

『対象、戦域離脱傾向を確認』

 

 別の声が重なる。

 

『追撃不要。迎撃線維持のまま損耗確認へ移行』

 

 そして最後に、ヴェクター隊長の声が全体へ入った。

 

『みんな、ご苦労さま』

 

 その一言で、戦場の張り詰めた糸がほんの少しだけ緩んだ気がした。

 

『目的は達成だ。町は守れた』

 

 ユウはその言葉を聞いて、やっと本当に理解する。

 

 守れた。

 

 倒したわけじゃない。

 全部が終わったわけでもない。

 でも、守るべきものは守れた。

 

 それで十分だった。

 

『追撃は不要。各隊、警戒を維持したまま損耗確認と撤収準備に移ろう』

 

 少し間が空く。

 

『本当によくやってくれた』

 

 穏やかなその声は、無線越しなのに妙に近く聞こえた。

 

 相馬がそこでようやく大きく息を吐く。

 

「……あー、心臓に悪い仕事だった」

 

「今さらですか」

 

「今だから言うんだよ」

 

 声には少しだけ、いつもの軽さが戻っていた。

 

 ユウも気づけば、指先に力が入りっぱなしだった。

 グリップから手を離すと、少しだけ痺れている。

 

「終わった……?」

 

 自分でも子どもみたいな確認だと思った。

 でも、そう聞かずにはいられなかった。

 

 先輩は前を見たまま答える。

 

「少なくとも今はな」

 

「今は、か」

 

「戦場でそれ以上を言うな」

 

「……はい」

 

 でも、その“今は”で十分だった。

 

 本隊のあちこちで、ようやく動きが変わり始める。

 重戦車の再装填が止まり、代わりに弾数確認へ移る。

 エンフォーサー部隊も一部がシールドを下ろし、損傷箇所を見始める。

 簡易設備の方では、補給箱が引き出され、撤収用の準備も始まっていた。

 

 戦いの終わりって、もっと劇的なものかと思っていた。

 でも実際は違う。

 

 終わったあとも、やることが山ほどある。

 むしろそこからの方が忙しそうなくらいだった。

 

 ユウはそこで、ふと前方を見る。

 

 砂塵の向こうに、もうビナーの影は見えない。

 さっきまであれほど大きかった存在が、今はもう地平の向こうへ薄れていた。

 

 それが急に、妙に現実味を失わせる。

 

 あんなのと戦っていた。

 あんなのを、本隊は受け止めた。

 自分たちはそこへ引いてきた。

 

 今になって、少しだけ震えが遅れてくる。

 

「……ゆう」

 

 アノミマスが小さく呼ぶ。

 

「ん?」

 

「……おわった」

 

 ユウはその言葉に、ようやく少しだけ笑った。

 

「そうだな」

 

 大きくじゃない。

 いつもみたいに軽口を叩く余裕もまだない。

 でも、それでも笑えた。

 

 先輩が短く言う。

 

「ユウ」

 

「はい」

 

「ぼさっとするな。撤収準備だ」

 

「うわ、はい」

 

「そこで座るなよ新人」

 

 相馬まで口を挟む。

 

「今座ったら立てなくなるぞ」

 

「そういうこと先に言ってくださいよ……」

 

「言ったら座らないのか?」

 

「ちょっと考えます」

 

「考えるな」

 

 そのやり取りに、アノミマスの口元がほんの少しだけ緩んだ。

 

 ユウはその顔を見て、小さく息を吐く。

 

 まだ全部が終わったわけじゃない。

 後始末もあるし、報告もある。

 でも、町は守れた。

 

 それだけは、もう疑わなくていい。

 

 ユウは立ち上がり、端末を持ち直した。

 

 砂塵の中で始まった戦いは、ようやくそこで終わった。

 派手な勝利じゃない。

 完全撃破でもない。

 

 けれど、守るべき線は守り切った。

 

 それはきっと、レイヴンにとって十分すぎる結果だった。

 

ーーーーーー

 

 その頃、迎撃線の少し外では、別の意味でまだ騒がしい機体が一つあった。

 

 特務制圧群〈エンフォーサー〉第4班《ウェッジ部隊》。

 

 カタフラクトでビナーの横腹へ突っ込み、その突進軸を無理やり折った当の隊長機である。

 

「皆んな! 私がきた!」

 

 大声が響く。

 もっとも、それが全体無線に乗ることはない。

 

 この隊長がこういう時にうるさくなることは、オペレーター側も最初からわかっている。

 そのため回線は早々にプライベート側へ切り替えられており、周囲には届いていなかった。

 

「私が相手だ!」

 

 本人は至って真面目だった。

 

 だが、肝心のビナーはすでに向きを変えつつある。

 

「突進か! 何度でも止めてみせる!」

 

 なおも気炎を上げる隊長に、オペレーターが冷静な声で返す。

 

『隊長、対象は後退傾向を確認。撤退と判断します。帰投準備に入ってください』

 

「まだ暴れない!」

 

『暴れてほしくはありますが、戻ってきません』

 

「そんな馬鹿な!」

 

『確認済みです。帰投します』

 

「待て! もう一回くらい来るかもしれないだろう!」

 

『来たらまた止めましょう。今は戻ります』

 

「くっ……!』

 

 不満げな声は最後まで大きかったが、機体そのものは素直に反転した。

 

 実力は本物。

 人望もある。

 だが、こういう時にやたら元気すぎるのが第4班《ウェッジ部隊》隊長だった。

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