ゲヘナ特務執行隊「レイヴン」   作:ゴリさん39

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第47話 撤収

 

 帰投用のヘリに乗せられた時には、ユウはもう半分くらい何も考えられなくなっていた。

 

 身体は重い。

 頭も鈍い。

 戦いが終わった実感はあるのに、気持ちの方がまだ少し遅れている。

 

 ヘリの中は、行きと同じようにうるさいはずだった。

 ローター音。

 金属の振動。

 短い無線。

 

 でも今は、その全部が少し遠く聞こえる。

 

 固定ベルトを引きながら、ユウはやっとひとつ息を吐いた。

 

「……つかれた」

 

 口から出たのは、それだけだった。

 

 向かいに座った相馬が少し笑う。

 

「ようやく言ったな」

 

「いや、だって今さらじゃないですか」

 

「今さら言えるくらいには戻ってきたってことだろ」

 

 その返しに、ユウは少しだけ口を閉じる。

 

 たしかにそうだった。

 現場では、疲れたなんて考える余裕もなかった。

 生きてるか、見失ってないか、それだけで精一杯だった。

 

 先輩は壁際に寄ったまま、端末で簡単な確認をしている。

 アノミマスはいつものように静かだったが、今日はさすがに少しだけ目が重そうだった。

 

 ユウはその横顔を見て、小さく言う。

 

「……大丈夫か」

 

 アノミマスは少しだけ顔を上げる。

 

「……うん」

 

「ほんとに?」

 

「……すこし、つかれた」

 

「そりゃそうだよな……」

 

 その答えに、ユウは逆に少し安心した。

 平気だと言われるより、今はそっちの方が自然だった。

 

 ヘリの床には細かい砂が残っている。

 靴の裏から落ちたもの。

 装備に引っかかって持ち込まれたもの。

 戦場の砂塵が、まだほんの少しだけここにもついてきていた。

 

 ユウはそれを見ながら、ようやく今日のことを少しずつ思い返す。

 

 ビナー。

 砂塵。

 ドローン。

 ミサイル。

 地面を溶かすビーム。

 ヴェクターのスタンニードル。

 カタフラクトの激突。

 

 どれも大きすぎて、まだひとつの流れとしてはうまく繋がらない。

 ただ、怖かったことだけは妙にはっきりしていた。

 

「相馬先輩」

 

「ん?」

 

「いつも、あんな感じなんですか」

 

「どのへんが」

 

「全部です」

 

 相馬は一瞬だけ考えてから、肩をすくめた。

 

「いや、さすがに毎回ビナーはいない」

 

「ですよね」

 

「でも“余裕ないまま終わる”って意味では、まあ近い時もある」

 

「聞きたくなかったな……」

 

「安心しろ」

 

「何がですか」

 

「今回のはちゃんと嫌な方だ」

 

「フォローになってないんですよ」

 

 そのやり取りに、先輩が短く言う。

 

「嫌な方だったのは事実だ」

 

「先輩まで乗らないでくださいよ」

 

「乗ってない。確認だ」

 

 ユウは少しだけ顔をしかめる。

 だが、その平常運転みたいな返しが今は逆にありがたかった。

 

 誰かがいつも通りだと、こっちも少しだけ戻れる。

 

 ヘリは安定した高度を取っていた。

 窓の外には、さっきまでいた戦場が遠く薄くなっていく。

 

 焼けた地面。

 抉れた土。

 簡易設備を畳み始めた本隊の影。

 その全部が、上から見ると急に現実感を失っていた。

 

 あそこで戦っていた。

 そこへ引いてきた。

 町を守った。

 

 そう頭ではわかっているのに、実感はまだ追いつかない。

 

 その時だった。

 

 不意に機体がわずかに揺れる。

 

「……え?」

 

 ユウは反射で顔を上げた。

 

 何事かと思って外を見る。

 ヘリの小窓の向こう、すぐ近くを巨大な影が横切っていった。

 

「うわ」

 

 思わず声が漏れる。

 

 大きな回転翼。

 重い機体。

 その下には、接続用のアームと搬送フレーム。

 

 特務機体《エクドロモイ》だった。

 

 ユウは一瞬だけ目を見開き、それから小さく息を吐く。

 

「……そっか」

 

 相馬が横目で見る。

 

「何がだ」

 

「いや……カタフラクト、いましたよね」

 

「ああ」

 

「なら、それ運んできたエクドロモイが近くにいるの、当たり前かって」

 

 相馬が少しだけ笑う。

 

「今さらそこまで頭回ったか」

 

「戦ってる時は無理ですよ」

 

「そりゃそうだ」

 

 ユウは窓の外を見たまま頷く。

 

 戦っている最中は、そんなことを考える余裕もなかった。

 でも今になってようやく、任務全体の大きさが少しだけ頭へ入ってくる。

 

 少しして、ユウはぽつりと言った。

 

「……カタフラクトが来るなんて、思いませんでした」

 

 相馬の目が、少しだけ細くなる。

 

「初めて見たか」

 

「はい。資料とか映像では見たことありますけど……現物は初めてです」

 

 思い出すだけで、まだ胸の奥が重くなる。

 

 あの質量。

 あの突進。

 ビナーの巨体に横からぶつかって、戦場の流れそのものを変えた機体。

 

 あれは、ただ大きいだけじゃなかった。

 

「……凄いですね、あれ」

 

 素直にそう言うと、相馬は少しだけ苦笑した。

 

「凄い、で済ませていい機体じゃないけどな」

 

「ですよね」

 

「まあでも、初見ならそうなる」

 

 先輩が端末から目を離さないまま、短く言う。

 

「本来、簡単に出すものじゃない」

 

「……ですよね」

 

「出た時点で、現場は普通じゃない」

 

 その言葉で、ユウは改めて黙った。

 

 そうだ。

 あれが来たから助かった。

 でも、あれが来る必要があった時点で、今日の現場はもう普通ではなかった。

 

 エクドロモイは、何事もなかったように進路を変え、別方向へ飛んでいく。

 おそらく回収か、追加搬送か、まだ別の仕事が残っているのだろう。

 

 戦いは終わった。

 けれど、レイヴン全体の仕事はまだ終わっていない。

 

 ユウは窓の外を見ながら、小さく息を吐いた。

 

「……でかい任務だったんだな」

 

 先輩が短く返す。

 

「今さらか」

 

「今さらですよ」

 

「遅い」

 

「今は許してくださいよ」

 

 その返しに、先輩は何も言わなかった。

 だが、否定もしなかった。

 

 アノミマスが窓の外を見たまま、小さく言う。

 

「……まだ、みんなうごいてる」

 

「そうだな」

 

 ユウも頷く。

 

「終わったけど、終わってない感じだ」

 

「……うん」

 

 その言い方が妙にしっくり来た。

 

 戦場のいちばん熱いところは終わった。

 でも、そこから先の片付けも、報告も、確認も、たぶん全部大事なんだろう。

 

 レイヴンは、そういう組織だ。

 

 少しして、先輩が端末を閉じた。

 

「ユウ」

 

「はい」

 

「報告書、簡易版でいい。降りたら先に叩き台を作れ」

 

「うわ」

 

「うわ、じゃない」

 

「いや、絶対来るとは思ってましたけど」

 

「思ってたなら諦めろ」

 

「そこはもうちょっと労わってもよくないですか」

 

 相馬が横で笑う。

 

「初大規模戦終わりで報告書か。ちゃんとレイヴンだな」

 

「笑い事じゃないんですよ」

 

「でもお前、あとで書けって言われるよりマシだろ」

 

「それは……まあ」

 

「今のうちに覚えてること吐いとけ。後で抜ける」

 

 その言い方は軽い。

 でも、ちゃんと現場を知ってる人間の言葉だった。

 

 ユウは少しだけ黙ってから、小さく頷く。

 

「……わかりました」

 

 返事をした時、ふと自分の手を見る。

 砂。

 細かい擦り傷。

 力を入れすぎたせいか、指先がまだ少し強張っている。

 

 アノミマスがそれに気づいたのか、小さく言う。

 

「……ユウ」

 

「ん?」

 

「……こわかった?」

 

 ユウは一瞬だけ止まった。

 

 軽く返そうとして、やめる。

 今それを雑に流すのは、たぶん違う気がした。

 

「……怖かった」

 

 口にすると、少しだけ身体の奥が静かになった気がした。

 

 アノミマスは小さく頷く。

 

「……うん」

 

 先輩はそのやり取りを聞いていたはずだが、何も言わなかった。

 ただ少ししてから、いつも通りの調子で短く言う。

 

「次に動ければ問題ない」

 

 ユウはそちらを見る。

 

「慰めですか、それ」

 

「確認だ」

 

「ほんとそういうとこですよ」

 

 でも、その言い方が先輩なりなのも、もう少しわかってきている。

 

 怖かった。

 でも動けた。

 それで今は十分だ。

 

 相馬が椅子にもたれながら言う。

 

「まあ、初手であれ見て潰れなかったなら上出来だろ」

 

「潰れかけましたけどね」

 

「かけただけなら合格」

 

「基準が雑だなあ」

 

「生きてる現場の基準なんてそんなもんだ」

 

 ユウは小さく息を吐く。

 その息は、ようやく少し自然だった。

 

 ヘリは静かに帰投を続ける。

 

 誰かが寝たわけじゃない。

 誰も気を抜き切ってはいない。

 でも、さっきまでの張り詰めた感じは確実に薄れていた。

 

 窓の外では、戦場がもうかなり遠い。

 

 それでもユウの頭の中には、まだ残っている。

 

 ビナーの影。

 溶けた地面。

 逸れたビーム。

 横から突っ込んだカタフラクト。

 静かに指示を飛ばすヴェクター。

 

 全部がまだ熱を持ったまま、うまく言葉にならずに残っていた。

 

 でも、焦って整理しなくてもいいのかもしれない。

 たぶん今はまだ、帰る途中だ。

 

「……先輩」

 

「何だ」

 

「オムライス、今度でいいですか」

 

 先輩が少しだけ間を置く。

 

「今作れる顔か?」

 

「無理です」

 

「なら今度だ」

 

「ですよね」

 

 アノミマスが小さく言う。

 

「……つぎ」

 

「うん、次な」

 

 ユウがそう返すと、アノミマスはほんの少しだけ頷いた。

 

 それだけで、少し救われる気がした。

 

 帰ったら報告書。

 そのあと、たぶんまた色々ある。

 でも、次の話ができるくらいには、今日を越えたのだ。

 

 ユウはシートへ背を預け、目を閉じるでもなく天井を見た。

 

 守れた。

 怖かった。

 疲れた。

 でも、生きて帰っている。

 

 それだけで、今は十分だった。

 

 ヘリが基地へ降りたのは、それからしばらくしてだった。

 

 ローター音がまだ耳の奥に残る中、ユウはベルトを外して立ち上がる。

 脚は思ったより重かったが、動かないほどじゃない。

 

 アノミマスも静かに立ち上がる。

 先輩はいつも通り先に動き、相馬は最後まで軽い調子を崩さない。

 

「ほら一年、降りるぞ」

 

「その呼び方いつまで続くんですか」

 

「二年になるまでじゃね?」

 

「長いな……」

 

 タラップを降りると、夜の空気が少しだけ冷たかった。

 砂塵の匂いは薄い。

 代わりに、機材と燃料の匂いが鼻につく。

 

 ユウはそこで、少しだけ深く息を吸った。

 

 帰ってきた。

 ようやくそう思えた。

 

「ユウ」

 

 先輩が短く呼ぶ。

 

「はい」

 

「アノミマスを連れて先に戻れ。報告書の叩き台はその後でいい」

 

「え、いいんですか」

 

「五分やる」

 

「短いなあ」

 

「長い」

 

 ユウは苦笑して、隣のアノミマスを見る。

 

「行くか」

 

「……うん」

 

 二人で少しだけ先に歩き出す。

 背後では整備班や搬送班の声が飛び交っていた。

 戦場は終わっても、レイヴンの夜はまだ動いている。

 

 数歩進んだところで、後ろから相馬の声が聞こえた。

 

「なあ」

 

 先輩の短い返事。

 

「何だ」

 

「お前、少し変わった?」

 

 ユウは足を止めかけて、やめた。

 聞こえてはいる。

 でも振り返るほどじゃない、そんな距離だった。

 

「気のせいだ」

 

「いやあ、気のせいじゃないねえ」

 

 相馬の声は、いつもの軽さだった。

 

「前ならもっと切ってたろ。あの一年の軽口とか、白いのの外向きな動きとか」

 

 少しだけ間が空く。

 

「最近ちょっと待つようになったよな」

 

 先輩は何も言わない。

 ユウはその沈黙だけを背中で聞いた。

 

「……別に」

 

 ようやく落ちた声は、いつも通り短かった。

 

「お」

 

 相馬が面白そうに笑う気配がした。

 

「否定、弱くなったな」

 

「うるさい」

 

「まあ悪くないんじゃねえの」

 

 今度の相馬の声は、少しだけ笑いが薄い。

 

「前のお前、ちょっと硬すぎたし」

 

 先輩はそれにも返さなかった。

 

 ユウはそこで、隣のアノミマスが小さくこちらを見上げたのに気づいた。

 

「……ユウ」

 

「ん?」

 

「……せんぱい、なにかいわれてる」

 

「そうだな」

 

「……かわった?」

 

 ユウは少しだけ笑った。

 

「……かもね」

 

 アノミマスは少しだけ考えるようにして、それから前を向いた。

 

「……なら、いい」

 

 その言い方が妙に自然で、ユウは少しだけ目を細めた。

 

 背後では、まだ相馬の笑い声がしている。

 先輩はたぶん、面倒そうな顔をしているんだろう。

 

 でも、それを今振り返って確かめる気にはならなかった。

 

 ユウはそのまま前を向く。

 

 ビナー戦は終わった。

 けれど、その終わり方はきっと、ここで完全に閉じるものじゃない。

 

 少しずつ変わっていくもの。

 残るもの。

 次へ持ち越されるもの。

 

 そういうものも、たぶんある。

 

 ユウは歩きながら、小さく息を吐いた。

 

 疲れていた。

 でも、少しだけ軽かった。

 

 それが何のせいなのか、今はまだうまく言えなかった。

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