ゲヘナ特務執行隊「レイヴン」   作:ゴリさん39

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第4話 敗北記録

 

 先生たちが店の裏口から姿を消したあと、現場には別の静けさが残った。

 

 崩れた店内。

 まだ漂う煙と粉塵。

 床に膝をついたままのエンフォーサー。

 その周囲で、黒装備の隊員たちが無駄なく動き始める。

 

 撤収は、いつも通り迅速だった。

 

 それが余計に腹立たしかった。

 

 停止したエンフォーサーに取りつき、外装固定を解除し、排出された搭乗者を回収し、装備とログの保全を優先する。

 誰も喚かない。誰も取り乱さない。

 悔しさがないわけではない。ただ、それを動きの乱れに変えないのがレイヴンだった。

 

 外から見れば、いつも通りの撤収だった。

 だが現場にいる者ほど、その“いつも通り”が今は腹立たしかった。

 

「搭乗者、回収完了」

 

「機体ログ保全開始。シールド系統ショート、主系統停止確認」

 

「右側制圧線、収束」

 

 短い報告が飛ぶたび、現場の空気が硬くなる。

 

 認めたくない事実が、報告の形で積み上がっていく。

 

 エンフォーサーが落ちた。

 

 それも、学園内運用、制圧任務、対生徒案件で。

 誰も口にはしなかったが、その事実の重さは全員がわかっていた。

 

「……動けます」

 

 床へ膝をついたまま、排出された搭乗者が低く言う。

 咳が混じっていた。喉に粉塵が入ったらしい。

 

「無理するな」

 

 返したのは班長だった。

 声はいつも通り平坦だ。

 だが平坦だからこそ、苛立ちが逆に滲んでいた。

 

「機体が落ちた以上、お前一人立っても意味はない」

 

「ですが――」

 

「意味はない。今は下がれ」

 

 短く切られて、搭乗者はそれ以上言わなかった。

 奥歯を噛みしめる音だけが、小さく聞こえた。

 

 少し離れた位置で、別班の隊員が店の外を確認している。

 風紀委員会の車両灯が見えたのだろう、すぐに無線が飛ぶ。

 

「現着まで三十秒切った。撤収急げ」

 

「了解」

 

 誰も命令に逆らわない。

 それもレイヴンの普通だ。

 

 だが現場にいた隊員の一人が、機体の横で低く吐き捨てた。

 

「……クソ」

 

 自分で言って、すぐ黙る。

 その言葉がもう一度空気を固くした。

 

 班長が視線だけで制した。

 注意も叱責もしない。

 今さらそんなものに意味はないからだ。

 

 エンフォーサーの外装固定が完了し、簡易牽引具が接続される。

 回収は間に合う。

 搭乗者も死んでいない。

 任務目的から見れば、ここで引く判断も間違ってはいない。

 

 だが、正しかったから納得できるわけではない。

 

 現場の全員がそれを知っていた。

 

「左翼班、離脱開始」

 

「了解」

 

「後方遮断、三秒維持のち切断」

 

 撤収手順は美しいほど滑らかだった。

 悔しさすら、動きのノイズにはならない。

 

 店の外へ出たところで、ローターの風が再び降りてくる。

 上空の輸送ヘリが回収位置を維持していた。

 赤い識別灯が一瞬だけこちらをなぞる。

 

「搭乗者から先に上げる」

 

「了解」

 

 補助フックが降りる。

 排出された搭乗者は一度だけ、崩れた店の方を振り返った。

 そこにはもう、美食会の姿はない。

 

 逃げた。

 それ自体は想定通りだ。

 レイヴンの任務は戦闘停止であって、逃走対象の深追いではない。

 風紀委員会が近いなら、なおさらここで線を引くのが正しい。

 

 正しい。

 

 正しいが、苦い。

 

「乗れ」

 

 言われて搭乗者はフックに手をかける。

 上がっていく途中、下で機体を回収していた隊員の一人が、ぽつりとこぼした。

 

「……次は落ちない」

 

 独り言に近かった。

 誰に向けたのかも曖昧な声だった。

 

 だが、聞こえた者は全員同じ顔をした。

 

 否定しない。

 肯定もしない。

 ただその一言を、いったん胸の内へしまい込む。

 今はまだそれを口にする段階じゃない。

 

 風紀委員会の先頭車両が角を曲がるのが見えた。

 タイミングはぎりぎりだ。

 

「回収完了。全員離脱」

 

「上空班、引き上げる」

 

 最後に残っていた隊員たちが一斉にロープへ取りつき、黒い影が順に夜へ吸い上げられていく。

 店の残骸と、壊れた床と、現着した風紀委員会だけが地上へ残された。

 

 ローター音が離れる。

 

 機内へ入った瞬間、ようやく誰かが息を吐いた。

 

 重かった。

 

 現場の空気が、そのまま機内へ持ち込まれていた。

 

 搭乗者はヘルメットを外し、激しく咳き込む。

 

「ゲホッ……ゲホ……」

 

「水」

 

 無愛想に差し出されたボトルを受け取って、乱暴に口をつける。

 喉が焼けていた。粉塵と焦げた匂いがまだ鼻の奥に残っている。

 

「損傷は?」

 

 班長が短く聞く。

 

「軽い打撲。排出は正常でした」

 

「機体は?」

 

 搭乗者は少しだけ間を置いた。

 

「……防御系統ショート。安全制御が先に落ちました。主系統は保護優先で停止。完全破壊ではありません」

 

「だが、落ちた」

 

 班長の声は淡々としていた。

 

 搭乗者は答えなかった。

 答えられなかった。

 

 事実だからだ。

 

 どれだけ理由を並べても、外から見える結果は変わらない。

 エンフォーサーは落ちた。

 それだけだ。

 

 機内の壁に背を預けた別の隊員が低く言う。

 

「向こう、だいぶ喜んでたな」

 

 誰も返事をしない。

 

 だが全員が、その光景を見ていた。

 

 金髪の大食い。

 不機嫌そうな短髪。

 妙に上品な女。

 落ち着きのないもう一人。

 そして、その中にいた大人。

 

 あの瞬間、確かに向こうは勝った顔をしていた。

 

「まあ当然だろ」

 

 別の隊員が答える。

 

「誰も倒せないと思ってたもんを落としたんだ。浮かれる」

 

 正論だった。

 正論だからこそ、機内の空気がまた重くなる。

 

 班長はそれを一度聞き流し、端末を開く。

 戦闘ログの回収進捗。センサー記録。損耗記録。

 どれももう、次の話に入っていた。

 

「戦闘記録は支部へ直送。孤立の原因を洗い出す」

 

「了解」

 

「美食会の動きも再分類だ。いつも通りの散り方じゃない。教師が噛んだ分だけ別物になってた」

 

「……先生、ですか」

 

 若い隊員がぽつりと口にする。

 その呼び方に、機内の数人がわずかに反応した。

 

 もう名前だけは回っている。

 

 あの連邦生徒会長に呼び出された“大人”。

 

 班長は端末から目を離さないまま言う。

 

「今回の主因は美食会だけじゃない。あの教師が、美食会の悪癖を勝ち筋に変えた」

 

「……対策、組みますか」

 

「もう始めてる」

 

 短い返答だった。

 

 それが、レイヴンの苛立ち方だった。

 怒鳴らない。

 机を叩かない。

 落ち込む暇もほとんどない。

 

 その代わり、次に同じ形を通さないための修正が、もう始まっている。

 

 隊員の一人が、天井を見上げたままぼそりと呟く。

 

「次は、あんなふうにはいかない」

 

 今度は誰も黙らせなかった。

 

 否定もしない。

 軽くも流さない。

 ただ、その言葉だけが機内に静かに残る。

 

 搭乗者はボトルを握りしめたまま、低く息を吐いた。

 

 落ちた。

 確かに落ちた。

 

 経緯はいくらでも説明できる。

 低出力設定だった。

 無理な姿勢だった。

 集中攻撃を受けた。

 安全制御が先に働いた。

 継戦より搭乗者保護を優先した。

 全部事実だ。

 

 だが慰めにはならない。

 

 外から見えるのは、ただ一つ。

 エンフォーサーが崩されたという結果だけだ。

 

 そしてたぶん、それはすぐ噂になる。

 

 一般生徒も、不良も、面白がって言うだろう。

 “黒いのも落ちるらしい”と。

 実際には、そんな連中が急に強くなったわけじゃない。

 先生も、美食会も、今日みたいな噛み合い方もそう何度もない。

 

 それでも、一度崩れた象徴は、一度崩れた事実として残る。

 

 苦い記録だった。

 

 だが、記録は記録だ。

 飲み込んで、次へ回すしかない。

 

 班長が端末を閉じる。

 

「支部へ戻る。今夜中に一次報告と改善案をまとめる」

 

「早いですね」

 

「遅い方がまずい」

 

 その一言で終わりだった。

 

 誰も異論を挟まない。

 

 ローター音の振動の中、機体は学園支部へ向けて進路を取る。

 窓の外、ゲヘナの夜景が流れていく。

 

 搭乗者はぼんやりとその灯りを見つめながら、最後に一度だけ目を閉じた。

 

 次は落ちない。

 

 口には出さない。

 でもたぶん、この機内にいる全員が同じことを思っていた。

 

 悔しさを表に出すほど軽くはない。

 けれど、忘れるほど鈍くもない。

 

 沈黙の中で、誰かが低く言った。

 

「少しの間、ゲヘナが荒れるな」

 

 班長は否定しなかった。

 

 噂は広がる。

 面白がる不良も出る。

 自分たちでもやれると勘違いする連中も出るだろう。

 

 だが、それで実力差が埋まるわけではない。

 

「……だろうな」

 

 短い返答だけが落ちる。

 

 その声には諦めも、焦りもなかった。

 ただ、次に増える仕事量をもう受け入れている響きだけがあった。




特務執行装甲〈エンフォーサー〉(学園仕様)
ゲヘナ学園支部で運用される、学園内制圧向けの特務執行装甲。
レーザーキャノン、パルスガン、パルスシールドを主軸に、対生徒戦用の厳格な出力制限下で運用される。
その役割は殲滅ではなく、前へ出て威圧し、退路を制御し、短時間で戦闘を終わらせること。
レイヴンにとっては現場を閉じるための重い一手であり、不良たちにとっては「出てきたら終わり」の象徴でもある。
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