「ケーちゃんさぁ、ほんとに人間界に戦争仕掛ける気ぃ?」
気怠そうにメディウサが問いかける。さっきまで人間の女の子を嬲っていた白蛇の鎌首が、どす黒い血を滴らせながら左右に揺れている。
テーブルをはさみ、鼻息荒くケイブリスは彼女をにらみつける。
「あのよぉメディウサ、これは俺様が徹夜に徹夜を重ねて考えたスペシャルにパーフェクトな計画なんだぜ」
考えたのは殆どストロガノフじゃないの、ケーちゃん不眠症だったね、などの言葉が漏れかけた。
「で?」
「で、じゃねえよ。なんてったってぇ、魔王化に必要なリトルプリンセスが逃げ込んでるのは人間界だ。なら、ぷちぷち共をぶち潰してぇ、グァハァハァ、奴を探しやすくしなきゃならねぇ」
と、顔を赤らめ、途端にもじもじとした仕草をとる。
「で、よ、人間界に囚われた、カ、カカカ、カミーラさんを何としてでも助け出して、よ、そんでもって、俺様が魔王になってよ、あ、あの人に、そんな最高すぎる最高のシチュエーションで、無敵で最高となった俺様の魅力を、最高につた、つ、伝えるんだ」
要は囚われのお姫様を救う英雄になりたい、か。1000年とちょっと、耳にイカマンができそうなくらい似た話を聞かされてきた。
「しかもだ、俺様の下についた魔人に魔物どもは、人間が気に食わねぇ、最低魔王の野郎の命令なんざ気色悪い、クソ魔王の真面目ちゃんなお人形のホーネットもいけすかねぇ、ってな奴だらけよ。だから連中に対する、いわばご褒美でもあるわけだ」
「ご褒美、ねぇ」
確かに筋は通っている。派閥戦争が終わり共通の敵なき今、人望のないケイブリスが自派の魔人・魔物をまとめ上げること、現魔王という究極の爆弾が一応は敵対勢力圏にあるという危険性を解消すること、これらの問題を一挙に解決できるのが人間界への侵攻だ。
なのに、人間嬲りが本能といえる魔物たちとは異なり、レッドアイなど一部を除いて、自分を含む他の魔人たちはやる気など欠片もない。それで、派閥筆頭様が直々に説得に来たわけだ。
ホーネットはあの女へのプレゼントだからおあずけ。シルキィとハウゼルも貴重な戦力として、魔人筆頭を人質にリーザス侵攻予定の魔物大将軍旗下に配属。
極上の料理を悪友と楽しむ。派閥戦争がはじまった頃の数少ない期待も裏切られた今、残ったのは徒労感だけ。けれど、どうせ最終的には魔人全員が従わざるを得なくなる。人望はなくとも、それだけの力が今のケイブリスにはある。
紅茶の芳醇な香りが室内に満ちる。血の匂いがべっとり染みたメディウサの城内との相性を考え、アレフガルドがよく淹れる茶葉だ。彼の茶飲み友達のケイブリスも好んでいる。
普段は上品さや優雅さとは縁遠いケイブリスが静かにカップで紅茶を啜る光景は、何度見ても不思議な印象を抱かせる。魔人の最古参だけあって、あたしにもまだ見せていない顔がたくさんあるんだろうな。
「ケーちゃんは、さ」
「つーか、その呼び方やめろよ、何度言ったよ。で、なんだぁ」
「ケーちゃんはさぁ、あたしにそんなに出陣して欲しいんだ」
「お、やっと理解したか」
カップを手にとる。いつもより苦みを感じる。
そういえば、アレフガルドが見繕った女の子で遊んだ後なのに、いつもより高揚感や満足感が薄いことに気が付く。
こんな面倒くさい話をされてるからだろうか。
「随分前に行ったきりだし、配属されるならゼスの方面がいいな、ペンシルカウとJAPANも興味あるけど。あと、シャングリラってとこ?なんか行けとか言ってたの。あんま長引かないようにしてよね。それと、余計に仕事押し付ける分、好き勝手やるのもお目こぼししてもらうよ」
「まじか、よしよしよし、ストロガノフに言っといてやらぁ」
でもよ、分かってるだろうな、と凄んだ声に、白蛇を振って応える。
「竜のお姫様の捜索でしょ。前の侵攻作戦の失敗後は行方不明、ってことは、あの国にいる可能性は高いだろうし。くりかえすけど、その他は自由にさせてもらうから」
「おう、気合いいれろよ。やることやってくれんなら、さぼろうがお楽しみだろうが何だっていいからなぁ」
目に見えて機嫌がよくなったケイブリスに聞こえないよう、声に出さず、気合いなんて入るわけないじゃんと呟く。
まぁ、今までは捜索に協力させていなかったが、アレフガルドに命ずればすぐにお姫様たちの居場所は分かるんだし、折角だ、囚われてる方のお姫様を救出する王子様にケイブリスがなるために、少しはお膳立てしてやってもいいだろう。
お姫様は、決してその王子様を待ち望んではいないけどね。
暗い喜びを心の奥に隠して、嘲笑を抑えながらメディウサは紅茶を啜る。ふと、顔を上げる。視線の先に、カミーラを救い出す瞬間を妄想してニヤニヤと笑うケイブリス。
その表情を目にした時、やっぱり、いつもよりも紅茶の味が苦いように感じた。