2019年3月21日。今日、VNIVEARTHに二期生がデビューする。
と言っても、このVNIVEARTHには連絡網というものが存在しないので、アタシは社長から説明をされていないし、その後輩に挨拶とかはされていないから、どういう
【初配信】初めまして(>ᴗ<#)、詩星せるりです!【VNIVEARTH】
二期生のデビュー配信の待機画面には『
この女が二期生の内の1人。
アタシと同じように、
同情しないこともないけど、でも今は、アタシの障害となる『敵』でしかない。
このゴミだめのような箱の中で、3ヵ月近く頑張ってきた。
公式サイトとTvvltter以外に何の宣伝もアドバイスも一切してくれない無能社長。社員はいない。
他の一期生はすでに諦めていて、登録者は50人と120人。
でもアタシは諦めなかった。今では登録者数468人。大体500人といえる数まで持ってくることができた。
数は多くないかもしれないけど、その分アクティブな数が多い。少数精鋭ね。
この数字を奪われる可能性があるのなら、それは明確な『敵』だ。
二期生の立ち絵はシルエットのみが公式サイトとTvvltterで公開されていて、名前に関しては今この配信枠で表示されているのが初公開という体たらく。
この情報は同じ事務所に所属するアタシにも共有されていない。
いくらサプライズ主義だと前向きに解釈しても、個人のTvvltterアカウントすら始動していないのは、配信前のプロモーション不足による損を考慮すればデメリットの方が大きすぎる。
やっぱりこの会社は駄目だ。
二期生だって同じ。あの社長の下じゃ、どんなに頑張ったって無駄。
この新人だってすぐに思い知る。ううん、もう思い知ってるはず。
でもひとつ文句があるとすれば、この配信が始まる前の待機画面に、動画が設定されていること。
シンプルで大掛かりなものではないけど、だからこそちょうどいいくらいの良いループアニメーションだ。配布されているフリー音源でも使っているのか、BGMも付いている。
アタシの時はこんなもの、なかった。
会社から用意されなかったし、用意した方がよいと勧めるようなマニュアルも一切なかった。
3ヵ月近く配信してきて、今ではこういった準備があった方が良いと知っているけれど、当時の配信未経験者であるアタシには考え付かなかった。
まさか、あのVNIVEARTHが新人に教育した?
それならあからさまな贔屓だし、この新人が自分で用意したなら、それはそれで気に喰わない。
──アタシを脅かすような新人なら、いなくていい。
配信数分前。
アタシはパソコンのディスプレイとは別に用意した、
どんなことをしたって、アタシの敵は排除する。
この箱に来る新人なんてどうせ粗だらけだ。重箱の隅を穴が空くまで突き続けてやる。
どれだけ運営に気に入られていたって、本質を突いた悪意のコメントが視界に入ってしまえばそれは、心に、脳に、記憶に、魂に、沁みついて離れない。
アタシが実体験している。
配信。それは情報戦だ。
アタシはこの3台のスマホで並行して、この女を精神攻撃する。
この残酷なインターネットの世界では、備えていない方が悪いんだ。ろくでもない運営を恨んで──
──配信が、
始まって──
──その、Live2Dモデルに──
──度肝を抜かれる。
は???
何これ????
こんなの、どこのプロ絵師に依頼したのよ……。
それはアタシの
青空の雲間から妖精が遊びに来たとでも思わせる、青を基調とした清廉なデザイン。
自分の使っているLive2Dモデルが嫌でも頭に浮かぶ。
くすんだ髪色に、特徴のはずの
まさに文字通り、雲泥の差。
「──っ!!」
基本の画力からして段違いだ。どっかの仲介サイトで5000円くらいで買い叩いたような絵じゃない。明らかに確実に、最前線を張るプロの絵だ。
Live2Dモデルの設定も、頭がおかしい。いったいいくつのパーツ分けをしたのかわからないほど髪や衣装が独立していて、挙動も滑らかだ。
この2Dモデルタイプのライバーを多く所属する大御所企業が、自社製のスマホアプリでの手軽な配信を売りにしている都合でモデル自体の質をあえて抑えている。
したがって、できるけどあえてやってないことで、VtuberのLive2Dモデルは低水準が基本になってる。
だから。何これ。
誰もこんなに作り込んでない、やらなくてよさそうだから誰もやってないことを、このモデルは追及し尽くしている──。
詩星せるりのこの
画面の中で詩星せるりが話し始めて、はっとする。
見とれてないで、打ちひしがれてないで。
──戦え。
アタシの居場所を守るために。
『なにこれ』『金かけすぎww』『運営のお気に入り』『枕だろwww』
モデルや声を絶賛するコメントに、思いつく罵詈雑言を混ぜ込んでいく。
これが事実でなかったとしても、視聴者にそう思われているという事実がどこかで尾を引く。どれだけ称賛されようと、これを振り切るのは難しい。
……この子、話し慣れてるわね。
噛んだのはわざと?
あざとい。あざといけど、Vtuberのリスナーはこういうのが好きだ。それをしっかりと理解した立ち回りをしている。
経験者? まさか。VNIVEARTHにそんな人材が来るわけがない。
出来る子を雇った? カリキュラムを導入した?
そんなわけがない。そんなわけがあってたまるか。あの会社が、あの社長が、急にバックアップをするなんてこと……。
じゃあアタシはなんなんだ。
何も決まってないからキャラデザから考えさせられて、希望を伝えるよう指示されたイラストレーターはお世辞にも一流とは言えない、デザインの希望はそこまでする金を貰ってないで拒否される。
少しだけ滲む視界、粗を見つけては批判する。レッテルを貼り、陰謀論のように
けれど、全く動じない。
これがこの女の実力!? プロ意識!?
いや違う、もしかしてこれ──
──普通に非表示にされてる……?
まさか。モデレーターがいるっていうの?
モデレーター。その配信の管理権限を付与されたユーザー。
悪質なコメントがあれば、削除したりそのユーザーをブロックしたり、書き込みを一定時間制限することや、非表示化することが出来る。
普通のVtuberの配信にはいてもおかしくない当然の役割なんだけど──
──あのVNIVEARTHの配信に!?
しかも早すぎる。アタシのアカウント3つ全部が少しも機能しているように見えなかった。
そもそも初手から見えていないように感じた。操作と判断が早すぎる。しかもこちらが自覚しにくい非表示化で放置されている。
屈辱……っ!
アタシはアカウントを切り替える。
ブロックされてもいいように、予備のアカウントはあと9個ある。
全部で12個。IPアドレスまではどうにもならないが、わざわざお金をかけて開示請求するような新人ライバーがいるとは思えない。
それでも──何も手ごたえがなかった。
確実に、モデレーター1人は張り付いてコメントを管理している。こんな当然のことが、まさかVNIVEARTHに出来るとは思っていなかった。
12個すべてのアカウントを使うことなく、諦める──フリをして10分後に再開したけど効果なし。
なりふり構わず連投もしてみたが、他のアカウントが荒らしを指摘しない以上、迅速な非表示化が行われている。
詩星せるりの配信において、アタシの捨て垢12個すべてが非表示化されている。
負けた……。
配信は盛り上がっている。詩星せるりは真摯にコメントに向き合い、それも扱いを心得ていて、自分の話題の運びに利用している。
この女、出来る。
汗がアタシの頬を伝った。
確かに初配信の緊張は感じられる。しかしそこが初々しさを残していて、リスナーの庇護欲を誘う。
極上のモデル、可愛い声、滞りないトーク。
これには──勝てない。
あまりにも見ていられなくて非公開にしたアタシの初配信とは似ても似つかない、大成功の配信の姿だ。
そもそもコメントのノリが良すぎる。
2ヵ月かけて鍛えたアタシのリスナー並みにレスポンスが良い。
これがカリスマか……。
やっぱり経験者で、前世の魂のファンを連れて来ているのかな……。
詩星せるりが夢中になって語っている。
内容は、友人との友情。友人への恩義。友人への好意。
もちろんその友人は、女だ。
もうだめだ。
Vtuberリスナーは百合が大好物だ。
まるでVtuberとしてのお手本みたいな初配信だ。
極めつけはその最後。
エンディングと称して、歌い始めた。
これもまた、素人の歌じゃない。配信を始めるために数ヵ月練習したとか、そういうレベルじゃない。1年以上は歌い慣れている声だ。
しかも何、その音源。
作者に交渉して、配布されてるオケの使用許可をとればいいのに、わざわざ音も少ない拙い自作の音源で……友達が作ってくれた!? ここにまで友情アピール!?
強い。強すぎる。
飽きにくいようにメドレー形式でさらっと3曲消化。
え、まだ歌うの……?
オリジナル曲!? 友人と共同作曲!?
アタシは画面から目を外し、椅子に寄り掛かり、天を仰いだ。両手で顔を覆う。
これは。
これは駄目だ。あまりにも、本気すぎる。
詩星せるりが、詩星せるりという新人ライバーが、それかそのバックに付いている人間が、あまりにも優秀過ぎる。
だから──。
だからこそ、勿体ないって、思ってしまった。
顔を画面へ戻す。視線は再生ウィンドウの下。
同時視聴者数は52。この配信が、大手企業のものだったらなら、絶対に大盛り上がりしていたはずだ。
ここはVNIVEARTH。どんな才能も努力も腐らせる、ゴミ箱。
詩星せるりがどれだけVtuberとして完成されていても、この母数では伸びることは無い。
TvvltterやYovitube、弐コ弐コで切り抜きは回るかもしれないけど、すぐに限界が来る。
「──あなたが大手から出てたら、アタシもファンになっていたかもしれないのにね」
呟く。
アタシの心には、配信が始まる前までの対抗心は消え、今は虚しさがあった。
こんな才能の塊のような少女でも、VNIVEARTHでは成り上がれない。
もしあの社長が本気を出してこれをプロデュースしていたとしても、一期生という汚点と、それを切り捨てた事実は消えない。
いや、消えさせない。
沈静していた心が、熱を帯びる。
アタシは許さない。
アタシがVNIVEARTHを、貶める。
アタシはVNIVEARTHに、復讐する。
詩星せるりの配信が終わった。30分予定がきっちり1時間やってるじゃない。1時間も途切れることなくコメントと楽しくトークとか、初配信として充実し過ぎでしょ。
……え、待機画面のこのBGM、さっきのオリジナル曲のインストじゃない……!
やり過ぎでしょ! どんなプロデューサーを連れて来たのよ!?
*
詩星せるりの配信が終わった。
VNIVEARTH二期生は2人。1人あたり30分で合計1時間を予定していた。
1人目で1時間を使いつくしてなお、2人目をこのまま行うらしい。
今日デビューするもう1人の新人は男だ。
この男に恨みはないけど、犠牲になってもらう。
【初配信】初めまして【VNIVEARTH】
Vtuberの名前すら記載されていない舐めたような配信タイトルの待機画面。
かわいそうに、硬派を気取っちゃったのね。名前くらいは入れるべきでしょ。誰もアドバイスは──なかったのね。
VNIVEARTH本来の姿が見えた。
アドバイスなんてあるはずがない。アタシたち一期生がそうだった。正月にデビューしてからここまで、一度だって貰ったことがない。
それがVNIVEARTHの基本なのだ。
流石に、詩星せるりみたいなループアニメーションは使っていない。
少しの安堵。この箱で初、未知数の男性ライバーにまで予算は割いていないらしい。
待機配信に、86人の同時視聴者数が表示される。
詩星せるりの初配信を上回るこの数はこの男への期待? ううん、違う。
──アタシが散々、昨日の配信で煽ったからだ。
『明日は新人のデビューよ! 1人はうちの箱で初の男性ライバー!
アンタたち、同じ男として応援に行きなさい!』
こんなことを言われて、素直に応援するようなVtuberリスナーじゃない。
推しに近づく男は絶対に許さない。その日の配信では事あるごとに、この男にヘイトが向くように誘導してきた。男は不安よね。女性ライバーのための箱だと思ってたのに。箱内コラボとかするのかしらね。などなど。
予定通り、アタシ自身も
いや加勢じゃない。アタシが先陣を切る。
……これは腹いせだ。
詩星せるりを優遇したこと、同時デビューのこの男を潰すことで、社長への復讐の一歩目とする……!
そしてアタシとリスナーたちの一体感を高めるのだ。
配信が始まる。
嘘、こっちもあたおかクオリティのモデルじゃない。
みなしごエンドレス???????
なによそれ、それが名前なの……?
エンジニア……? ライバー志望じゃないの??
社長を殺す……? 私より過激じゃない。
今『アカウントをいくつも使って工作』って言った!? ばれてる!?
なんで自分への殺害予告を推奨してるの……?
百合の応援……あ、なんでアタシのリスナーは攻撃をやめてるのよ!? 感心してる場合じゃない!!
理想の社長像……そうよね。そうあるべきなのよ。わかってるじゃない。
そうだ! あの社長を引き摺り落とせ!!
……。
はっ。
いけない。滅茶苦茶なことばかり言うから、思わず聞いちゃったわ。
この男もトークが上手い。コメントの誘導が上手いし、トークの内容がやけに充実してる。社長という共通の敵を作ることでリスナーとの一体感を自発的に生み出してる。
なるほどね……! この男も優遇された、社長のお気に入りってわけ……! ならこの社長との対立もただのプロレス。それにしてはやけに具体的で共感できたけど。
くっ……。遠藤……汚れキャラ、いじられキャラ路線もキープするのね。
上手い。詩星せるりといい、二期生は異常だわ。
認める、認めるわ。
この2人は配信の何たるかを理解してる。
ただゲームして駄弁ってればいいと思ってる有象無象とは、明らかに一線を画している。
社長はこの2人に投資した。有能なプロデューサーをつけて、確実に売り込みに来てる……!
でも、成功するのだけは認めない。
アタシの人生をかけてでも、VNIVEARTHの足を引っ張って──
──え、アタシのモデルも作り直してくれるの?
詩星せるりと同じくらいのクオリティで、描き直してくれるの?
ケモミミ、動くの?
新衣装、希望していいの……!?
……。
え、どうしよ。なんか、涙出てきた。
じゃあ、いいか……。
べ、別に、復讐をやめるわけじゃないんだからね!
アタシはあの
*
みなしごエンドレスとかいう頭のおかしいVtuberのデビュー配信が終了した。
アタシが送り込んだリスナーたちは、まんまとトークと餌に釣られて一緒に盛り上がっていた。
はぁ……。負けた。
アタシの──
──『
なぜか最後に歌い出したアカペラ部分のアーカイヴを流しながら、スマホ3台の電源を落とす。
ふふっ。国歌とか、キャラを徹底し過ぎでしょ。
──このときのアタシはまだ知らなかった。
この男が。
スマホ5台で自演コメントをしていた、演技でもなく本当にヤバい奴だったってこと。
Tips:
【
VNIVEARTH一期生。
典型的なツンデレキャラを徹底できる実力者。VNIVEARTH一期生で一番登録者数が多い。
デビュー時は配信未経験者だったが、Vtuberへの憧れが強かったことから精力的に取り組み配信技術を身につけた。普通の箱なら中堅を張れる。
元声優志望の社会人。中の人は26歳。
社長が依頼したイラストレーターが三流の腕前かつ依頼料以上の仕事をしない人間だったため簡素な猫耳を付けるくらいしか対応してもらえず、追加料金を持ちかけ交渉したが、社長が結んだ酷すぎる契約内容に怒っていて拒否される。
なんとかキャラに特徴を付けようと、自分で模様を描き足して
ファンネームは『感染者』。
決め台詞は『アンタもアタシに感染したわね!』。
【誰のビジュアルを先に見たい? VNIVEARTH人気投票!!】現在公式Tvvltterにてシルエット画像を公開中。4期生デビュー後に内容が明らかになりますが、これは制作途中のラフ段階のものです。そこで、本アンケートの結果に基づいて完成させる順番を考慮いたします。皆様の推しにぜひご投票ください!(※なお一期生については、本編では未改修のためネタバレが含まれます)
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4期生の2人目