「あの……先日の二期生デビュー配信で男性ライバーの方が言っていたこと、本当ですか!?」
3月23日、土曜日。正午。
Yovitubeの限定配信に設定された動画プレーヤー内の配信映像には、くすんだ
そのデザインと画力は拙く、Live2Dモデルとしてのパーツ分けもほとんどない動きも単調なものだ。
これがアタシの演じる『
「はい。本当ですよ。うちのエンジニアとイラストレーターが責任もって改修します」
「それって、お金とか──」
「かかりませんよ。社内製になるので、勤務時間内に作成して固定給で賄われます。
それより、萬屋ぺすとさん。せっかく配信画面で参加していただいたのですから、配信と同じ喋り方、振る舞い方で大丈夫ですよ」
「え……でもその、社会人としてどうかと──」
「いえいえ。むしろキャラクターとして会話していただいた方が、デザインの話を進める上でイメージがしやすいです」
アタシは今、先日みなしごエンドレス? とかいうVNIVEARTH二期生である男性ライバーが宣言していた、Live2Dモデルの品質向上の打ち合わせに参加していた。
この場では担当者と2人でのみやり取りを行い、後日リスナーを交え改めて意見を募るらしい。
なんか、すごい真面目だ。
この
アタシはそのことに怖気づきながらも、身体の内から少しずつ湧き上がる歓喜に震え始めていた。
二期生のデビュー配信があったその夜の内に、アタシはVNIVEARTHのメールアドレスに真偽を確かめるメールを送った。
このメールアドレスはオーディションの合否を通知する時と、モデルを発注するイラストレーターへの取次案内
デビュー日時の案内とかはなかった。
合否通知と同時にデビュー日時も記載されていて、日付が近づくと公式サイトやTvvltterに最低限のデビュー告知が勝手にされていた。
確認のメールを送っても特に返信はないメールアドレスだったが、だけど、これくらいしかコンタクトをとる手段がなかったのだ。
なんなのこの会社……。
けれど、平日の夜分にもかかわらず、そのメールを送ってから二十分ほどで返信が届いた。
そこには整備の不行き届きを謝罪する文章に、VNIVEARTH代表伊能凛の連絡先(いらない)と、総括マネージャーとして南條亜紀人という人物の連絡先が記載されていた。
マネージャー……!?
なんかすごいVtuberっぽい……!!
早速、連絡先のひとつだったマネージャーのLIIVEを登録すると、後日話し合いの場を用意するということで、都合の良い日程を聞かれる。
それも平日は働いているこちらに合わせて土日でも良いとのこと。
で、今に至る。
この真摯な対応が、VNIVEARTHにおいては逆に怖いまであった。
カレーを好きなだけ食べていいと言われた施設の少年たちになった気分ね。
「まず初めにですが、今使用されているLive2Dモデルは継続しますか? 愛着を持っていたり、拘りがあればそのモデルを改修していきます」
「ないわ!」
「……承知しました。事情はあのクソ社長から伺っています。大変だったと思います。その境遇にも関わらず、3ヵ月間の精力的な活動、ありがとうございます」
……。
えっ。
き、急に優しい事言わないでよ。泣きそうになる。
「あの社長は馬鹿なんです。あの男は、Vtuberは才能があれば勝手にバズるものだと思っているんです。
言ってしまえば、あの某大所帯の大手企業の一期生の
「……は?」
アタシは思わず困惑の声を出した。
え、何?
「箱を用意した、某大手企業一期生の
「あの……え?」
言っていることが理解できない。
アタシは何かのドッキリを受けている? そういう企画なの?
「というわけで、この会社は私が乗っ取ることにしました。これからは私とその伝のあるクリエイターでサポートしますので、今後もライバー活動を継続していただけますと幸いです」
「いや、あの、さっきの、マジなの?」
「……」
「……」
「マジです。ガチのガチです。」
──ダンッッ!!!
もはや反射的に、机を叩いていた。
「……あっ、すいません」
「いえ。心中お察しします。この度は社長が無責任な運営を行ったことを代わりにお詫びさせていただきます」
「いやそのっ、南條さんが謝ることじゃないです! その、丁寧に対応してくださってますし……」
「いえ、そういうわけにはいきません。私は入社してから詩星せるり様やみなしごエンドレスの準備に注力してしまい、一期生の惨状に触れないままでいました。これは私の怠慢です。
そのお詫びではないのですが、最大限出来る限りの技術を以って、萬屋ぺすと様のモデルをご用意します。敬語も不要です。普段の配信通りにお伝えください」
「え……えっと、わ、わかったわ! どうせ責めたってなんにもならないんだし、あんな社長の事なんか忘れたわ! 忘れた!」
「ありがとうございます。素敵なモデルにしましょうね!」
あっうっ……くっ!!
なんか眩しい! 見えないけど、眩しい笑顔が見える!!
そしてアタシは南條さんの促すように、要望を吐き出していった。
「髪の色、もっと綺麗に出来ないかしら!? ベースの色はともかく、影の色があってなくて……」
「そうですね、色相が合っていません。ベースのオレンジが映えるように修正します。模様についてはどうしますか?」
「そうね、今までの
萬屋ぺすとは豹をモチーフにしたVtuberだ。
しかし元はただの少女で、アタシがなんとか個性を出そうと交渉してようやく簡単な猫耳だけはつけて貰えて、それでも没個性だったから自分で描き足してどうにか
描き足したというか、配信上で透過したpng画像を上に被せているだけだけど。全然動かないモデルで良かったわね。自虐。
「えー萬屋様……」
「何、どうかしたの?」
「いえ、萬屋ぺすと様は現在どちらかというと猫の耳ですよね。
……! 盲点だった!
無理矢理付け足しただけの今のケモミミは、猫にしては小さめだけど、豹としては少し大きい。
そうね、豹にするなら耳は小さいんだわ。……。でもそれだと、チャームポイントが薄れてしまう──
「これ、猫でいいんじゃないですか?」
「え……」
「あえて、です。今使用されているモデルは元が猫耳ですよね。萬屋様ご自身で試行錯誤されて、豹になったと」
「ええ、そうよ」
「──豹に憧れて自分で模様を描いた猫。良いキャラクターじゃないですか?」
……!!!
「確かに……!! 可愛い……!!!」
「今こうして話していただいてる萬屋様の声質的にも、合っていますし。でもお前猫だろ? のようなお約束のコメントにも繋がります。
現状だともう耳の形はシルエット的にもトレードマークになってそうですし、私が言い出した手前でアレですが、変更するほどでもないかと。
キャラクター的にも──舐められがちだったから虚勢として施した化粧、のような扱いにするのも面白いかと」
……!!!!!!
こ、この人、出来る!!
そうか、この人だ。詩星せるりとみなしごエンドの後ろにいた、配信の何たるかを理解したプロデューサーは!
「模様をどういう扱いにするかは保留として、またあとで決めましょう。地毛なのか、染めたのか、ペイントの一種なのか」
「あっあの!!」
思わず呼び止める。
アタシには聞いておかなくちゃいけない重要なことがある。
「け、ケモミミ……動くのよね?」
「はい。動くようにしましょう。基本的には目の開き具合と連動して制御して、口の角度で耳も傾いて感情を表現します。悲しい時は耳を垂れさせるような挙動をイメージしてください」
「──傾くの!?」
「はい」
「──垂れるの!?」
「はい」
……あっ。いけない。大きな声出しちゃったわ。
「あともふもふにします」
「──モフモフ!?」
今使っている萬屋ぺすとモデルの耳は、修正を受け入れなかったイラストレーターがどうにか妥協して付け足した簡易的な耳で、例えるなら耳があった頃のドラえもんのみたいな、毛の質感の無い粗末なものなのだ。
「耳毛も描きます」
「耳毛ぇ……!」
こんな単語で感激する日が来るなんて、思ってもいなかったわ……。
「うぅ……っ、これでただのコスプレって
「萬屋様?」
「か、髪の毛も伸ばしていいのかしら……? 前のイラストレーターには一度描いたからもう駄目だって断られて。アタシツインテールにしてみたかったの」
「そんな武家に生まれた長女みたいなこと言わなくても。……可能ですよ。ちょっとしたおさげから初音ミクのようなロングツインテールでも。何でも言ってください」
な、なんでも出来るの!?
これって本当にVNIVEARTHの話!? アタシ平行世界か何かに来たんじゃない!?
「衣装についてはどうします? 基本としての衣装なのでいきなり水着やドレスは控えたいですが──」
ああ、やれることが多すぎて溺れそう。
今この場で全てを決めるものではないのだからと、大まかなデザイン案を出し合うだけでこの日は終わった。
どうしよう、なんでも出来る。出来てしまう。させてもらえる。
今度こそ本当に、理想のVtuberになることが出来る。
「あ、そうだ。尻尾もちゃんと揺れますよ」
「──しっぽ!!!??」
*
「では、こちらが簡単なラフです」
気付けば1時間以上に渡って語っていた打ち合わせの、解散直前。
そういってLIIVEの方に送られてきた画像は、現段階であげたアイデアを反映した萬屋ぺすとの
「えっ早い……? この配信、イラストレーターの人も見てたんですか?」
「いえ、それは私が描きました。お話を聞きながら。この案をイラストレーター、詩星せるり様のデザイナーですね、そちらへ送り、実際にモデルを作成していくことになります」
この人も絵が描けるの……!?
そういえばみなしごも描けるみたいなこと言っていたわね。
VNIVEARTHの新入社員のスペックが高すぎる。絵心の無いアタシからしたら羨ましいわ……。
「キ、キャラデザって本当に詩星せるりと同じママでいいの……?」
「はい。抵抗がなければ詩星せるり様を担当されているイラストレーターが作成します。インターネット上で活動をされていない人なので、ママとしての宣伝ができませんが、それでも平気ですか……?」
「平気よ。もうなんでも受け入れるわ」
「……。モデルに関してはエンジニア、えー、ライバーで言うみなしごなんとかですね。彼にLive2Dとしての動きを組ませることになります。まあこれに関しては、配信上ではエンジニアとして制御に関わってるよーとだけの触れ方で大丈夫です。ママは女性の方が印象が良いですからね」
「い、いいのかしら……詩星せるりと同じクオリティのモデル……そんなの用意してもらって」
「はい。これで萬屋ぺすと様の活動により繁栄が訪れるのであれば、本望です」
「本望って……もう」
配信のノウハウがあると、普通の会話も上手いのかしら。
ときどきむず痒いことを挟んでくる。
二期生と同等のモデルを用意して貰えると聞いて、嬉しいような、少しだけ自分にはもったいないんじゃないかと思ってしまう。
悲しいような、虚しいような感情。
……詩星せるりも、もう1人も。
──アタシが3ヵ月かけて集めた登録者数は、たった1日かそこらで、もうすでに追い越されてしまった。
*
3月22日、金曜日。
これはVNIVEARTH二期生がデビューした翌日の朝のこと。
スマホのアラームで起床する。
予定の1時間前にセットして、30分前からは5分刻みで鳴るようにしている。
もうずっと昔のことに思える、あの病気が発覚する前の俺だったら、もう起きたくない、ずっと寝ていたい、などと怠けたことを言っていたかもしれないが、今の俺は違う。
目的がある。目標がある。希望がある。夢がある。
成し遂げなければならない、未来がある。
だから確固たる意志を持って、起き上がることができる。
目覚め方からして違う。脳の回転が違う。アドレナリンを常に感じる。人はこれを躁病と言うかもだけど、要は心の持ちようなのだ。
やれるからできる。やりたいからやってみせる。やらなくてはいけないから、やり遂げる。
とはいえ起床直後。
覚醒しきらない頭でスマホをいじる。
昨日から俺は分類上Vtuberになった。したがって、同日デビューの
俺──みなしごエンドレスとかいう意味不明な名前のいかにもネタに特化した出オチの三枚目ライバーはどうだっていい、まず開くのは詩星せるりの配信チャンネル。
右端の方にある小さい数字。
そこに──
──なんか、4桁くらい見えた。
何これ。
2019年前半のYovitubeはまだ視認性の最適化に乏しく、アイコン付近に情報が並んでいない。
つまるところ、この赤い四角の横にある画面右端の灰色の数字とは。
登録者数である。
1000、越えてね……?
『ミナちゃんどうしよ!? なんかすごいことになってる!!!』
朝7時くらいになると、詩星せるりからLIIVEが届いた。
慌てた様子が伝わってきたので『あんまり気にしないで今は学校行こ!』とやんわり諭す。
「大成功じゃないか」
10時、
これまでのVNIVEARTHの看板だとされる、ネットの片隅の小さな箱と言わざるを得ない底辺事務所の最大値であった一期生の登録者450を軽く超える、どころかこれまでのVNIVEARTHの合計値600を一晩で飛び越えてしまう数字。
詩星せるりの登録者数は、時間経過により今では1242まで伸びている。
「極めつけはキミ自身だね。ほら、そんな仏頂面していないで、もっと嬉しそうに自慢したらどうだい?」
社長はパソコンの画面を見せてくる。
そこには1836の数字。
みなしごエンドレスとかいう男性Vtuberのチャンネルに表示された、登録者数である。
立ち上がった社長は、椅子に座り机に向かって腕組みしている俺の方に近づくと、馴れ馴れしく肘を肩に載せてくる。
「全部キミの目論見通りかい?」
耳元で囁くな気色悪い。
「いつまで黙ってるんだい亜紀人。キミの功績だ、もっと誇りたまえ、自慢したまえ、威張り散らしたまえ」
どんどん低俗になるなよ。
軽く振り払うと、おどけた様に両手を上げる。
むかつく顔だ。こっちの気も知らず。じゃあはっきり言ってやる。
「これは──
──俺の
【誰のビジュアルを先に見たい? VNIVEARTH人気投票!!】現在公式Tvvltterにてシルエット画像を公開中。4期生デビュー後に内容が明らかになりますが、これは制作途中のラフ段階のものです。そこで、本アンケートの結果に基づいて完成させる順番を考慮いたします。皆様の推しにぜひご投票ください!(※なお一期生については、本編では未改修のためネタバレが含まれます)
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萬屋ぺすと
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佐土原恭子
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神海まりも
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詩星せるり
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遠藤
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黒宮院みやみ
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拳藤正義
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波羅劾ざくろ
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4期生の2人目