それは弐コ弐コ動画に投稿された一本の動画。
とある底辺Vtuber事務所に所属する、男性Vtuberのデビュー配信の切り抜きだ。
再生すると、男性Vtuberが無言のままこちらを見ていて、画面内には男性を排斥しようと罵倒する悪意の込められた配信時コメントが渋滞を起こしている。
そして男性がしゃべり始めると、弐コ弐コに投稿されたその動画では、画面が真っ赤なコメントで埋め尽くされる。
*
自宅──
薬を飲むために飯は食わなきゃだし、飯を食うなら歯磨きもしなきゃいけない。
風呂キャンはしても
失うものの大きさが違う。
就寝直前で思考はほぼ停止していたんだけど、何を思ったか、俺にはデビュー配信の高揚感が残っていて、少しだけ、日課というには愛着はない作業行為を、してしまおうかなと思った。
軽率にも、思ってしまった。
これは保険行為で、いつか必要があったら使おうと思っていた秘密兵器であった。
もしも自分のせいで、VNIVEARTHが落ちぶれることがあったなら、少しでもリカバリーが利くように。そんな有事の際への備え。
俺はとある目的で、TvvltterとYovitubeと弐コ弐コにそれぞれ同名のアカウントを持っている。
それは他人の配信を勝手に切り取って一部分だけを無断で投稿する宣伝行為、あるいは他人の功績を利用して再生数という数字を得て悦に浸る行為。もしくはそれにより収入を得る行為。
いわゆる『切り抜き』である。
ただし『切り抜き師』と呼ばれるような、自分の成果物にやりがいを感じていたり、金銭の取得を目的としていたり、推しへの愛を動力にした本格的な活動ではない。
ただ作業的に、やっつけで、いい加減に行っていた行為。
未来の切り抜き動画で見たことのあるような配信に気付いたら、その前もって知っている見どころまで飛ばしてそこを切り抜くだけだから、本当に、心の底から申し訳ない限りだが、そこまで手間でもない作業だ。
文字の配置などはテンプレ化してあって、すぐに編集は終わる。わかりやすいように字幕は編集で入れているし、コメントを基にしたかのようなツッコミも入れるけど、誤字確認まではしないし本当にコメントにあるものを引用したわけではない、やっつけ作業。
完成された完璧な動画ではないので、本職の人を脅かすようなものではないだろうと、俺は思っている。むしろヒントやアイデアにするために、切り抜き師からフォローされている気もする。
某未来の所属ライバー150人越えの大手企業や、某未来の女性アイドル路線で大成功する大手企業、この2つのライバーをミーハー的に乱雑にピックアップするだけの、愛を感じないような切り抜き動画を投稿するアカウント。
不本意ながらそれなりに知名度があり、そこそこのフォロワーとチャンネル登録者数を持っている。
これの何が悪手だったかと言えば。
まず、俺のよく見知っていた、未来で見た切り抜き動画たちの画面構成が標準のものだと思って使用していたこと。
次に、本格的に取り組む熱意はなかったからこそ、つい俺でも知っていたようなVtuberだけを雑に選出してしまっていたこと。
そしてそれを、2018年3月末から行っていたことだ。
俺はデビュー配信を終えた疲弊した頭で、深く考えずに詩星せるりとみなしごエンドレスの切り抜き動画を作成し投稿してしまった。
つまり。
Vtuberが生配信主体と切り替わる時期の頭から活動を始め、安定した汎用性のある画面構成を最初から備えており、切り抜いたVtuberがことごとく伸びる、界隈でもそれなりに知名度のある切り抜き師が、全く無名の箱のデビュー配信を真っ先に切り抜いて布教しだしたのだ。
それも下手に配信のノウハウを持っており、異常に高いLive2Dモデル技術を誇る、期待の新勢力として宣伝してしまったのだ。
これは俺の
Tvvltter、Yovitube、弐コ弐コでも結構な話題を呼び、祝日の夜を駆け抜け噂は独り歩きして爆走してしまった。
切り抜き界隈には、逆に俺が扱うなら伸びるんだろうと便乗して同じライバーをピックアップしがちな投稿者も多少いる。
俺がテンションハイで適当に切り抜いた部分以外にも、VNIVEARTH二期生の配信から俺が気にしてなかった部分を加えて投稿している人もいる始末。
極めつけはVtuberに特化したまとめサイトの記事。
【悲報】新人Vtuber、デビュー配信で社長に殺害予告してしまう【朗報】
【みなしご】新人ライバー♂、名前がヤバすぎる【エンドレス】
……。
完全にネットの玩具である。
しかもそれらの記事には俺の切り抜きのリンクが貼られており、俺の動画を見て作成された記事だと推測できる内容だった。
すなわち、みなしごエンドレスの今や2000にも及ぼうとしている数は、自演切り抜きをきっかけとした、炎上商法の悪目立ちによるバズで得た、実力ではない仮初のチャンネル登録者なのだ。
裏でこそこそ用意していた兵器が、一時の高揚感をきっかけに発射ボタンを押されてしまった。
押したのは俺だ。マジかよ。
俺の数字が勝手に膨れ上がるのに関してはまだいい。どうせ今後の配信回数も少ないし、今だけのハリボテの数字だ。他の所属ライバー、特に詩星せるりにはすぐ追い抜かれるだろう。
ヘイトコントロールのための良く目立つ
詩星せるりを過小評価するつもりはないが、俺と言う『毒』によって知名度が上昇したことによる悪影響が及ぶのは、想像に難くない。
そして、なによりも。
まだ駆け出しの配信者である彼女に、この数字は荷が重い。
数が増えれば当然心無い言葉は増えるし、俺もモデレーターとして対応しきれなくなる。その耐性も育たないまま悪意に晒されて、彼女が歌うこと自体を恐れてしまったら。
──俺は間接的に、俺の手で詩星せるりを殺したことになる。
*
2019年3月23日(土)。デビュー配信を終えて最初に迎える週末。
これから2回目の配信をしようとしている私の胸の中には、不安があった。
デビュー翌日は、私とミナちゃんの努力の結晶、友情の成果として浮かれていたけれど、ミナちゃんから良い事ばかりじゃないと説明され冷静になる。
歌い手をやっていた頃にはこんな数のフォロワーが付くなんて、想像も出来なかった。
いつか自分の歌で、弐コ弐コのデイリーランキングに載ってみたいなあなんて能天気に考えていたのが、今やVtuberとしての自分がサムネイルになった動画がランキングに並んでいると、現実感がないというか、なんで? ってなっちゃう。
1年前、去年の1月くらいかな、3DモデルのVtuberが弐コ弐コのデイリーランキングにいたのを見て、私はVtuberを知った。某首絞めのハムスターとして話題になっていたVtuberだ。
それと似たような場所に私の姿がある。
有名な切り抜きの人が投稿したみたいで、私ともう一人、みなしごエンドレス……? さんのVNIVEARTH二期生は、たった数日で身の丈に合わない登録者数を得てしまった、らしい。ミナちゃんがそう言っていた。
今では1500を超えた私と、2000を超えたエンドレスさん。
この数字はVtuber業界の大手企業やトップ層からしたら、大したことは無いかもしれないが、VNIVEARTHという無名の箱が手にする数字としては異常なんだって。
そう言われると、怖くなる。
デビュー配信後に動かし始めたTvvltterも、今や2000というフォロワー数が見える。
YovitubeよりもTvvltterの方がアカウント普及率が高いので、チャンネル登録者数よりもフォロワーの方が気軽になりやすいらしい。
これらの登録者数とフォロワーといった数字は、決してアクティブなものではないため、実際にこの全部を相手にするわけじゃないよとミナちゃんは言うけど……。
1回脅しておいてフォローになってないよミナちゃん。
実はSなのかな。
あの優しくてかわいいミナちゃんがSだなんて、そんなこと……まぁ、嫌じゃないけど。
配信待機画面の今でも、コメント欄はデビューの時とは比べ物にもならない速さで動いている。
目が回りそうだ。
ミナちゃんから今の状況について説明され、なんか総括マネージャーになったらしい南條さんともさっき打ち合わせをしたけど、本当にうまくいくのかな。
基本の配信セオリーはデビューの時と同じとは言うけど……。
配信中は、隣にミナちゃんはいない。心は繋がっていても、一緒に配信が出来るわけじゃないんだ。
……孤独。
デビュー配信では意識していなかった2文字が、今になって大きくなっていく。
これから始まる2回目の配信では、マシュマロを読むことになっている。
2日前に始めたTvvltterで募集し始めたマシュマロだけど、もう結構な数のマシュマロが来ている。
答えやすいものや、話題になりそうなものをピックアップして、どれを読むか、どう答えるかはざっくりと決めている。
Live2Dの技術的な話、イラストレーターやLive2Dデザイナーについて。これにはとりあえず触れないことにして、私の趣味や好きなものについて膨らませていく予定だ。
それだとミナちゃんのことになるけど、ミナちゃんの名前は一応伏せておくみたい。
私も伏せたい。ミナちゃんは私だけのものなんだ。
でも、マシュマロを読む間を繋ぐ雑談や、拾うコメントを選択するのは私のアドリブだ。
【雑談】(>ᴗ<#)マシュマロ読みます!【詩星せるり・VNIVEARTH】
配信開始の時間になる。
待機画面のループアニメーションが消えて、シンプルな背景イラストに詩星せるりがいて、下に名前のロゴ、横にコメントが流れる画面に切り替わる。
:待機画面がTvvltterの誕生日の女
:毎日が誕生日
:はじまった!
:デザイナー誰なのか教えてください
:きちゃ!
:楽しみ!
「あ──」
挨拶をしようとして、一瞬止まる。
コメントが、本当に速い。これでも表示数を制限しているらしいけど、初配信よりずっと速い。
配信が始まる前よりずっと、勢いを増している気がする。
同時視聴数は400を超えている。登録者数と比べると少ないけど、初配信の10倍近い数字だ。
「配信に来てくれたみんな、初めまして。詩星せるりです。
:はじめまして!
:俺は初めましてじゃない
:初配信と同じで草
:立ち絵エグいな
:再放送
:みっちゃん見てるかー?
:切り抜きで見たやつ
「ぁ──っ、ぁぅぁぅ……」
:かわいい
:かわいい
:あざとい
どうしよう、狙ってやってない唸り声に反応されてる。
「ぅぅ……」
:かわいい
:なんか言えよw
「み、みゅぅ……」
:しゃべれなくなっちゃった
:かわいいね
:配信出来てえらい!
ど、どうしよう、コメントを拾って膨らませるんだよね。ど、どれ拾おう。
えっと、えぇ……。
一度焦ると、それを自覚してしまう。
大きくなる心音。体が熱い。耳も熱い。汗がにじむ。手が震える。
どうしよう、助けてミナちゃん。
最終手段、LIIVEで聞こうとしたその時──
「──全く、見てられないわね!」
知らない誰かの声。まさか、ミナちゃん……?
「アンタたち、手洗いうがいはしてる? アタシ以外に感染なんて、許さないんだから!
VNIVEARTH一期生、
:誰?
:誰?
:誰?
……誰?
「ようこそ、俺の名前は『みなしごエンドレス』。VNIVEARTHの『王』になる男だ」
誰?
:!?
:出た
:なんでいるねん
:は?
「ははは。お邪魔するよ。VNIVEARTHの未来の社長だ」
:ふざけるな
:お前コラボしないって言っただろ
:誰?
:遠藤
:本当に邪魔だから帰れ
打ち合わせで、やばそうならリモートするかもとは言われてたけど、早速マウスカーソルが動かされていく。
動かない立ち絵が画面に追加され、詩星せるりの横に2人のライバーが並べられる。
1人は同じ日にデビューした変な人、みなしごエンドレスとかいう人。
もう1人は、なんか描きかけ? 完成してないイラストの、猫の女の子だ。
「ごめんごめん。ごめんて。俺は公式アナウンスとして説明しに来ただけだから、すぐ帰るよ。
あと誰が遠藤だ」
:いいぞもっとやれ
:何しに来たの?
:お前は遠藤だよ。公式サイトにも書いてある
:運営が運営してない運営
:女の間に挟まるな
「わかったわかった。これでいいか?」
エンドレスさんの姿が消えていく。
と言っても消えていくのは髪と目とループタイとかの緑色で、肌とスーツが残る。
あ、これ
:草
:怖い
:何やってんだ遠藤
「遠藤って言うな。
さて。事情の説明だけど、詩星せるり嬢は配信初心者なんだ。
「それでアタシが来たってワケ。ほら、さっさと消えなさい、みなしごなんとか」
:誰?
:ぺす……
:お前、ぺすなのか?
:お前身体が新しく……
:感染者も来てます
「ちょうど今日、運営と萬屋ぺすとの打ち合わせがあってね。この配信に備えて、総括マネージャーが頼み込んで萬屋ぺすとには来てもらったんだ。萬屋ぺすとの方も現在は配信中。音声だけそっちに共有して、こっちに来てもらってる」
「アンタたち、ちょっとは加減しなさい。コメントが速いのよ。詩星せるりも、しゃきっとしなさい。ほら、今日は何をするんだっけ?」
「あっ、はい! 今日はマシュマロを読みます!」
「アンタたち、ちゃんとTvvltterはフォローしてるかしら? そっちで募集してたマシュマロを、食べていくわ。アンタたちのマシュマロも、食べられるといいわね」
「食べます……!」
「いっぱい食べて、強くなりなさい……!」
:俺のマシュマロも食べてくれ
:ママァ……
:俺のマシュマロ(意味深)
なんか急に来て怖い人かなと思ったけど、私に話しかけるときは優しい声になる。
すごいベテランみたいな人だ……。
孤独じゃない……!
私は孤独じゃない……!
自分が笑っていることに気付いた。
手も震えてない。
上昇していた体温は、むしろ心地よい。
その時、机の上で振動したスマホの画面に通知が映った。
『頑張って』
ミナちゃんだ。
私は、頑張れる……!
「じゃあ、あとは任せるね……」
「なによ遠藤、アンタまだいたの? もしかして、アンタもアタシに感染した?」
:遠藤
:同僚からも遠藤呼びされる男
:イチャつくな
「イチャついてないわよ。アンタたち以外とそんなことして、楽しいわけないじゃない」
:ぺすぅ……!
:さっきから喋ってるの誰?
:ツンデレやね
遠藤さんの姿が本当に消える。
音声接続も切れた。
この配信には、私とこの萬屋ぺすとさんが残された。
「えっと……」
「何? もしかしてアンタもアタシの事知らない? 詩星せるり」
名前は知らないこともない。
VNIVEARTHには一期生もいるってことは知ってるけど、自分のデビューとその準備、あとミナちゃんで頭がいっぱいで、挨拶したり配信を見たりはしてなかったんだった。
「ああーっと、え、えへへ……」
「ウッ、かわいい……ううん! アタシは誤魔化されないわ。いい?
アタシの名前は『
「せ、先輩……!」
「なになに……今配信に来てくれてるのは400? こんなのアタシの登録者数と変わらないわ!」
「先輩……!」
:後輩に見栄張るな
:お前の配信に来るのは120人くらいだろ
:120/468は十分化物なんだよなぁ……
:俺たちのぺすが先輩風吹かせてる
:俺恥ずかしいよぺす姉
「詩星せるりの配信なんだから、アタシの感染者はアタシの配信枠に帰りなさい! アタシの隔離病棟から出ることは許さないわ! 詩星せるりのファンもやるなら、こっちにいてもいいけど」
:了解!
:帰ります!
:お邪魔しました!
:俺は残るぞ!!
:病棟に帰るわよー
「今、二股宣言した感染者、いたわね?」
:逃げろ
萬屋ぺすと先輩のリスナーらしい人たちが消えていく。
コメントとの掛け合いがすごい上手で、ミナちゃんから教わった配信の心得をそのまま形にしているような、お手本のようなトークだ。
リスナーの人とも深い信頼関係があるらしい。
なんか、いいな。私もこんな風に、仲良く雑談がしてみたい……!
挨拶も出来ずにいた私に、こんなに味方をしてくれるなんて。
優しくて、親切で、すごい人なんだ……!
「じゃ、詩星せるり。いーい? リスナーは味方よ。アタシたち配信者は、いつだって独りじゃない。怖気づく必要はないわ。
今回なんて、このアタシが隣にいる。
……やれるわね?」
「はいっ! 萬屋先輩……っ!!」
この日。私にVtuberの頼れる先輩ができた。
Tips:
『
コラボ名は『せるぺす』。間違っても配信中に『ヘルペス』とコメントしてはいけない。
この2人のコラボは、正史では存在しなかった。
【誰のビジュアルを先に見たい? VNIVEARTH人気投票!!】現在公式Tvvltterにてシルエット画像を公開中。4期生デビュー後に内容が明らかになりますが、これは制作途中のラフ段階のものです。そこで、本アンケートの結果に基づいて完成させる順番を考慮いたします。皆様の推しにぜひご投票ください!(※なお一期生については、本編では未改修のためネタバレが含まれます)
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萬屋ぺすと
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佐土原恭子
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神海まりも
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詩星せるり
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遠藤
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黒宮院みやみ
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拳藤正義
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波羅劾ざくろ
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4期生の2人目