過去に戻ったので、破滅する推し箱の未来を変える。   作:匿名

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#016 みなしごエンドレスエフェクト

 重い(まぶた)を持ち上げる。

 

 視点が低い。ここは床だ。俺は床に横たわっている。

 

 いや、厳密には段ボールの上。ただ床に横たえているわけではないが、布団の上とは及びもつかない、快適とは言い難い硬さがある。

 

 そうだ──昼食を摂った後、仮眠をとるために横になる許可を得て、『必要なら布団くらい買おうか?』とか言う社長を半ば無視しながら断り、ダンボールを敷いて横になったのだ。

 

 首を横に曲げると、床に置かれたスマホが目に入る。13時48分。

 寝過ごしたわけではない。時間には少し余裕さえあることに身体の力を抜き直すと、不意に後ろから声がかかる。

 

「起きたのかい亜紀人。おはよう」

 

 ──なんでお前が隣に寝てるんだよ……!!

 

   *

 

「……ってことがあってさぁ」

 

:知るか

:草

:怖い

:2度目の配信まで1週間も待たせておいて話すことがこれか?

 

 とてもごもっともなコメントをいただいてしまう。

 たぶん俺がリスナーでも同じ感想だと思う。

 

 ちなみに床に敷いていたダンボールは、社長が消耗品だとかいう名目で購入したものが入っていたダンボールだ。中身については社長が普段から飲み食いしている。なんか汚い気がするダンボールだ。

 

:同衾

:やっぱ仲良し?

:┌(┌^o^)┐

 

「やべぇ、良くない方に話が進んでる」

 

【雑談】2回目の配信するぞ!!!!!!【みなしごエンドレス・VNIVEARTH】

 

 時間(とき)の流れは速いもので、俺がVtuberとしてデビューしてから早1週間以上が経過。

 3月31日、日曜日。俺は今更のように2回目の配信を行っている。

 

「ようこそ。俺の名前はみなしごエンドレス。VNIVEARTHの王になる男だ」

 

:なんで自己紹介の前にあんな話をしたんですか?

:社長と寝た男

:見損なったぞ遠藤

 

 え、マジ? 俺もう自分でコメントしてないんだけど。

 コメント欄のノリが良すぎる。

 

(みんな)良いセンスのコメントするね。すごい面白いでもそれはそうとして俺へのダメージがでかすぎる。次のまとめサイトの記事の見出しがもう見えたぞ」

 

:草

:新人ライバー♂ 早速社長と寝てしまう

:www

 

「あと誰が遠藤だ」

 

:言ってる場合かw

:イマサラタウン

 

 デビュー配信から1週間と数日。2回目の配信もしていないのに、情報まとめサイトというかアフィサイトか知らないけれど、すでに俺にはいくつかのまとめ記事が作成されている。

 

 デビュー配信で社長へ殺害予告。

 名前がヤバい。

 ノンデリで同僚に嫌われている。

 社長と寝た←NEW

 

 これは酷い。

 俺の軽口が風に乗って遊覧飛行してやがる。

 

:なんで配信しなかったの?

:それな

:同期はもう4回も配信してるぞ

:せるりんはあんなに立派になったのに

 

「そんなのわかりきってるだろ。

 俺は新人配信者だぞ! いきなりこんなに登録者数が増えたら怖くて配信出来るわけがないだろ! 俺の配信がこんなに人多い訳がない」

 

:新人は勝手にあんな名前に変えてデビューしない

:元遠藤

:公式遠藤、自称みなしごエンドレス

 

 人が多いから配信を避けていたのは嘘ではない。

 

 俺はあまりにも目立ってしまった。

 2000以上の登録者、それが純粋な俺への好奇心からの登録であればまあ客引きパンダとしてフラダンスでもしてやらないこともないんだけど、どうも一部では使っているLive2Dモデルについて聞き出したい層が出来ていて、それについてはあまり言及したくなかったので少しほとぼりを冷まそうとした次第である。

 

 おかげで現在の同時接続数は126。

 

 配信開始時はもう少しいたが、開幕の社長ホラーエピソードで30人くらい減った。

 萬屋ぺすとの配信よりも少ない視聴者数に落ち着いている。

 

 俺はすでに、自分自身がVtuberになった目的を達成している。

 VNIVEARTHという女性しかいなかったVtuber事務所に初めて実装された男性ライバーとして、俺がリスナーからなんだかんだで無難な受け入れられ方をされた時点で、本来は苛烈な誹謗中傷を受けるはずだった人間への負荷は軽減できたと思っていいだろう。

 

 VNIVEARTH3期生、兵銅(ひょうどう)(カナメ)

 俺の知っている未来での、VNIVEARTH初の男性ライバー。

 過激なアンチによる実家への嫌がらせで限界を迎え、正義のリアル撲殺ライブストリーミングを開催してしまった男。

 この空気感ならば、もうそこまでの強行に出るほどのアンチ活動は行われないだろう。むしろどれだけ嫌われていたのか、(はなはだ)だ疑問でしかない。

 

 もっとも、順当に行けば5月にオーディションを受けるはずだった彼も、俺が干渉したこの世界ではもう現れない可能性だってある。

 

 これが未来を変えるという事。

 俺が俺の知っているVNIVEARTHを存続させたいと目標に掲げていたとしても、俺が何かをした時点でもう世界は変わってしまう。

 

 バタフライエフェクト。

 地球の裏側で蝶が羽ばたいただけで、なんやかんやあってこっちで台風が起こるかもねってやつ。

 

「つまり、みなしごエンドレスエフェクト……」

 

:?

:?????

:……?

:急に何言ってんだ

 

 やっべ。

 

:クスリかなんかやってる?

:怪しいと思ってた

:正体現したね

 

 このコメントのノリは、俺が自分のデビュー配信でスマホ5台を使用したサブ垢による自演サクラ行為で誘導していたものなんだけど、俺が自演をしていない今でもなぜだか継続している。

 

 俺はもう、俺の配信では自演コメントもセルフモデレーターは行っていない。

 数字を伸ばすことを目的にしていない以上、もはや『みなしごエンドレス』が伸びようがこのまま腐ろうがどっちでもいいからだ。

 

 なんだけど……たぶんこれ切り抜きが原因なんだよな。

 

 俺がコメントもツッコミとして、切り抜きを楽しむための要素に使っているから、というか使うものなんだと思って使っていたから、俺の動画ではこのノリでコメントするのが正しい楽しみ方であるかのように認知されている……のだと思う。

 

 俺の動画を参考にして切り抜き動画を作る少数の人間もまた、俺の切り抜いた俺を、俺の演出した延長で取り扱うから、余計に俺の配信がこういうものであると先入観を拡散してくれている。

 

 これにはリスナー側にも起因(メカニズム)がある。自分も面白いことを言って動画や切り抜きでセンスあるコメントの持ち主として注目されたいという『承認欲求』。

 前向きに言うならば大喜利として参加する『臨場感』。

 もっと前向きに言うならば、そのコンテンツを盛り上げてやろうという『自己満足』、そのコンテンツを楽しむための『一体感』。

 

 これは配信者として成功する上で大事な要素で、如何に自分の配信の強みをリスナーに理解してもらうかという戦略に通ずることでもあるんだけど、これを狙って出来れば苦労しない。

 

 要は面白いリスナーを引き込む運。

 

 いやまあ、この業界ほとんど運が全てなんだけど。

 

 業界に限らず、あらゆるものが運。

 

 努力はあくまで、天性の才を持たないものが運を少しでも引き寄せやすくするために行うもの。あるいは、運を手にしたときに少しでも活かしやすくするために行うもの。

 

 ……だからといって、このネタ的な炎上をさせようとすることを面白がる空気というのは、純粋に上を目指す為のVtuber戦略ではないので、後から応用は出来ないだろう。

 

 うん。とりあえず別の話題を出してコメントの流れを変えるか。

 

「先に言っておくと、萬屋ぺすとの新モデル会議は今回しません」

 

:は?

:は?

:ぺす!? 今ぺすの話したか!?

:したけどしてない

 

「食い付くのがはえーよ」

 

 萬屋ぺすとの人気が垣間見える……というより、これが目的で俺の配信に来てたってことか。

 

:そういえばぺすにゃんと一瞬コラボしてなかったか?

:女とコラボしないって言ったよな

:切り抜きでも保存されてるぞ

 

「絶対にしないとは言ってないし、あれをコラボに含めないでくれよ……」

 

:ギルティ!

:同じ配信に入ってくるな

 

 ノリがいいなぁ。

 俺も、萬屋ぺすとも、良いリスナーに恵まれている。

 これがプロレスじゃなくてガチだったら、怖いだけなんだけど。きっとガチじゃないはずだ。そう信じよう。

 

:殺すぞ

:4ね

:ガチのペストで死ね

:お前の自宅に火を放つ

 

「うっ……俺の配信では俺への殺害予告は許可されている。

 皆も普段は出来ない殺人予告を気軽に出来る現代のオアシスを満喫してくれ」

 

:何がオアシスだ

:思いあがるな

:オアシスで溺れて死ね

 

 誰だよこんな悪ノリコメント推奨したやつ……。

 俺だ。

 リスナーが勝手に面白くしてくれるなら儲けものだ。今の俺にはリスナーとじゃれ合うくらいがちょうど良いのだ。

 

「今はまず叩き台のモデルを作ってる。見本もなしに皆も意見は出しにくかろう。かと言って最初から詩星(うたいぼし)せるりが使ってるレベルの完成クオリティは出せない。

 あれ1体仕上げるのに丸1ヵ月かかるし」

 

:マ!?

:時間かけすぎだろ

:そんなにかかるのかあれ

 

 かかるんだこれが。しかも俺指定のカメラでしか動かない制限付き。2019年ではかなり高い部類の1万5千円カメラで実際に挙動させながら、設定ファイルの数値をいじっていく馬鹿げた作業を1ヵ月。

 明確に完成形を未来で見て来た俺にしかできない苦行である。

 

「萬屋ぺすとの希望を聞いて、詩星せるりのママが描き直してるところ。簡易的なLive2Dが出来たら萬屋ぺすとの配信でお披露目するから、萬屋ぺすと感染者の皆は、萬屋ぺすと本人からアナウンスが来るのを待ってくれ」

 

:ほな許したるか

:わかった

:しゃあないな

:まぁええか

 

 リスナーもまた配信者によく似る。

 もはやコントのような即落ちツンデレ芸を披露するコメント欄だが、萬屋ぺすと関連の話がないとわかると10人くらい減る。

 

 正直なやつらだ。

 いやまあこれも普通の事。人は目的もなしに配信を見ない。

 俺が人気になることを目指す配信者ならば、これを嘆き独自のコンテンツを用意しアピールしていくべきだが、別にそうでもないのだから、これでいいのだ。

 

 俺というやべー奴の切り抜きでVNIVEARTHに興味だけ持たせて、俺ではなく他のライバーに関心だけを残せれば御の字。

 問題はやべー奴に()てられたやべー奴が他のライバーに行くことで、それはそいつが面白い寄りのやべー奴であることに期待するしかない。

 

 この理屈だと俺は今後も狂人として振舞わなきゃいけないのか?

 

:遠藤っていつも何してるの?

:エンジニアだろJK

神海まりも:私も知りたい

:実際なにしてるの?

 

 ん? なんか今見たことある名前が見えたような。

 

:まりもいるじゃん!?

:シャベッタアアアアア!!!

:しゃべってない

:誰?

:こんなんコラボだろ

:はいマニュフェスト違反

 

「無茶言うな。あと遠藤って言うな」

 

:遠藤

:遠藤

:遠藤

:遠藤

 

 で。なんで神海まりもがここに……?

 

 あー、俺が面倒くさくなってみなエンのところに行けって言ったんだった。

 俺の軽口が原因か。そうか。またか。

 

「俺が何をしているか、か。

 俺も絵は描けるしデザイン面も出来るけど、この場合では主にLive2Dの調整だな。せるり母が描いて作ったLive2Dを、配信上で動くように調整する役割だ」

 

:どうやってるの?

:何のソフトで動いてるの?

 

 ……当然か。Live2Dの仕組みを知りたくてこの配信に来た人も少なからずいる。

 俺は2020~2023年のLive2Dモデルを見て目が肥えているから、それを出来る限り再現することを目標にモデルの設定をしている。

 

 2019年のモデルと何が違うかと言えば、主にパーツの配分や使い方だ。

 

 前提知識が違う。ただそれだけ。

 蓋を開けてみれば自社製ソフトは何も使っていない、ただ正解を知っていて、それを力技で出来るだけ再現しているだけのこと。

 

 これは未来を知る俺にある数少ないアドバンテージであり、いずれ失われるもの。

 

 将来的になくなる優位性であることに、俺は少しだけ安堵する。

 俺の『ずる』は、すぐになくなる。

 俺はずっと誰かの機会を奪い続けるわけではない。

 

 ……だからといって、全てを公表してすぐに価値をなくしてしまう気もない。

 

 もし、もしも。俺にこの箱の発展を志す時が来たとして、その時に切れる手札は残しておきたい。

 

 俺の知っているVNIVEARTHを、完全に壊すことに、なるのならば。

 

 昨日の萬屋ぺすととの会話が俺の脳を焼いている。

 VNIVEARTHは俺だけのものではない。あの未来で、俺が知らないだけの失意があったのだから、それを一端でも知ってしまったからには、それを見ないふりには、出来そうにない。

 

「ま、2Dモデルについては企業秘密で」

 

 さて、これについての真相はすでに昨日、神海まりもら一期生には言ってしまっている。

 

 黙っていてくれるか、神海まりも?

 

神海まりも:秘密ならしゃーない

 

 いい子だ神海まりも!

 空気が読めるいい子だった神海まりも。

 

 あとでお礼と今後の方針について説明しよう。

 俺は俺製のLive2Dについては詳細を伏せていくことにする。

 

 そのためには更に話題を変えていくしかないな。

 

 中身があるようでないような雑談で尺を繋ぎ、コメントで膨らませてもっと話題を脱線させていく。

 それを少し続けていると、ふと俺の中の好奇心が悪戯をはじめた。

 

 俺はみなしごエンドレスの有効活用として、数字を増やしていくための持論が正しいかの実験を考えている。

 しかし実際に数字を増やしたいとは思っていない以上、実戦的なものをここで試すのは保留として、じゃあ今のところ思いついてたのでやってみたい試みというのはあった。

 

 現在の同時接続数は……98。

 

 この数なら出来るか。

 

「じゃ、そろそろ配信終わりかな」

 

:は?

:まだ30分だぞ

:やる気なさすぎて草

 

「許してくれよ。次回からはもう少し内容を用意しておくからさ」

 

:モデル会議しろ

:Live2Dの作り方講座しろ

 

「考えておくよ」

 

 考えるだけだけど。でも簡単なLive2Dなら講座をやってもいいかもしれない。今ならクリエイティブな講座をするライバーもそう多くないはずだし。俺の数字を増やしたくなったらそうするかな。

 

「で、今の視聴者数は98? これくらいならいいかな。

 せっかくだしさ、俺の配信では出欠確認をとろうと思うんだよね」

 

:出欠確認?

:学校のHR的な?

 

「そうそう。皆がちゃんと次回も来てくれてるのか気になるし。やってみたくなったけど、俺の登録者数2000いるじゃん? 毎回2000来たらそんなの出来ないしさ」

 

:来るわけないだろ

:なに言ってんだお前

:1割くれば良いほうだぞ

 

 正論がいっぱい来る。俺も知ってるよ流石に。

 だからこそ、萬屋ぺすとの3割近い視聴率がやべーって話なんだけど。

 マジで化け物だよ、萬屋ぺすと。あの未来で、何があったらあんなに落ちぶれるんだ。

 

「はいじゃあ皆、カタカナの『ノ』をまず打ってくれ。それで名前覚える。そうそう、『黒子宮』くんそんな感じ……黒子宮!? なんだその黒棺の逆版みたいな名前!?

 そんな名前で名乗っていいのか?」

 

:お前が言うな

:み な し ご エ ン ド レ ス

:黒子宮w

:遠藤でさえ驚く名前のリスナー

 

「はい2番手『LUCKYY』くん。そうそう、こういう名前でいいんだよこういうので。Yが1個多い気がするけど」

 

 こんな調子で、50人近くの名前を読み上げメモをしていく。

 あまり固定のリスナーと仲良くするのは良くないというけど、まあ初めのうちくらいいいだろう。固定ファンを得るための戦略の実験である。

 

 こうして、俺の2回目の配信は至極無難に終えた。

 

 なお、配信終了から間もなくして、新しいまとめ記事が作成されていたのは言うまでもない。

 

【みなしご】新人ライバー♂ 早速社長と寝てしまう【エンドレス】

 

 そして、『みなしごエンドレスエフェクト……』だけが素材となったMADも作られていた。

 俺の生き恥である。

 

【誰のビジュアルを先に見たい? VNIVEARTH人気投票!!】現在公式Tvvltterにてシルエット画像を公開中。4期生デビュー後に内容が明らかになりますが、これは制作途中のラフ段階のものです。そこで、本アンケートの結果に基づいて完成させる順番を考慮いたします。皆様の推しにぜひご投票ください!(※なお一期生については、本編では未改修のためネタバレが含まれます)

  • 萬屋ぺすと
  • 佐土原恭子
  • 神海まりも
  • 詩星せるり
  • 遠藤
  • 黒宮院みやみ
  • 拳藤正義
  • 波羅劾ざくろ
  • 4期生の2人目
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