過去に戻ったので、破滅する推し箱の未来を変える。   作:匿名

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#019 亜紀人がいるから

 これは4月2日のこと。

 

 4月1日が合法的に虚偽の情報を発表できるイベントであり、この日のためだけに事前の準備をしてサプライズを行わなければいけない期待を寄せられ、また世間の反感を買わない範囲を見極めて遂行しなければいけないという現実的ハードルがのしかかる中で。

 

 つまり世間で言うところのエイプリルフールイベントなんだけど、VNIVEARTHにはそんな1日だけのためにコストをかける余裕がなく、公式も含めほぼ全員が不参加となった。

 

 唯一、萬屋ぺすとが

『「萬屋ぺすと」に感染したので語尾に「ぺす」を付けてしかはなせなくなった』

 という苦し紛れの設定で配信を始め、ノリノリのリスナーもほぼ全てのコメントの語尾に『ぺす』をつけたことでヤバめのカルト宗教の構図を作り上げていたのがVNIVEARTHのエイプリルフール。

 

(※なお本人が恥ずかしがったため、最初の数回でこの語尾をやめてしまった。ぺす語尾の部分は無事切り抜きで保管され感染者たちに重宝されている)

 

 その翌日。4月2日。

 

 依然として全くやる気のない社長に代わり、VNIVEARTH公式tvvltterの改善にも手を付けなければと思いつつも、でも実際なにをすればいいんだと他のVtuber事務所の公式アカウントを見て参考にしようとしていたんだけど、奇妙なことに気付く。

 

「……社長、風船上がってるんですけど、これなんです?」

 

「風船? 何の話だい?」

 

 話を理解してなさそうな伊能凛が、ニタつきながらデスクでパソコンをいじるこちらへ来る。

 

 ……肩に肘を乗せてくるな。

 耳元に顔がくるんだよ。いつもの悪ふざけそのものな距離感に、社長を雑に振り払うが機嫌を損なう様子はない。

 

 こいつドMか何かか?

 

 一度蹴り飛ばしてみるか……。

 

「で、風船っていうのは何の話だい?」

 

 俺がまた何か面白いことを始めた、みたいな顔をしてくるけど、その期待には応えられない。

 

「風船──今日が誕生日になってるんですけど、なんでですか?」

 

 tvvltterのプロフィールに誕生日だと設定された日には、そのアカウントのプロフィール画面を開いた時に色とりどりの風船が下から打ちあがっていく。

 

 その演出が、この4月2日にVNIVEARTH公式のアカウントで発生したのだ。

 

 この概要をわざわざ説明すると、伊能凛は納得しながら愉快そうに目を細めた。

 

「で、なんで今日なんです? 一期生のデビュー日でも、この会社の設立日でもないですよね」

 

「亜紀人。ボクはこのアカウントを作るときに聞かれたから入力したんだよ。当然なにを入れるかなんて、決まってるじゃないか。

 4月2日。今日は──

 

 ──ボクの誕生日さ」

 

 ……。

 

 そう。

 

「祝ってくれてもいいんだよ、亜紀人?」

 

 誰が祝うか。クソボケ社長。

 

   *

 

「……ってことがあってさぁ」

 

:知らねーよ

:3回目の配信告知をしたと思ったら、これ?

:死ね

:やっぱり仲良いだろお前らww

 

 天丼ギャグとして2回目の配信と同じ導入で初めてみた3回目。

 勿論俺の名前を呼ぶところは遠藤に入れ替えて話している。流石にね。

 

 2回目の配信からまた1週間空けた、4月8日(月)の配信である。

 

 現在の同時接続数は163。

 

 おかしくないかな? 2回目の初動より増えてる。

 前回で俺の配信の価値は貶めたと思ったんだけど……。しかも平日だぞ。前回は土曜日だったのに。

 

 同時接続数の話は基本的に配信では行わない方が良い。

 というのも、配信において稼ぐべきこの数字について触れてしまうと、生々しさというか、打算的な印象をリスナーに与えてしまい、それだけでブラウザバックしてしまうという人もいる。

 

 あえて言及してみようかな……いややめておくかな。

 

 なんか俺の中でもタブー感がある。

 

 数字を狙ってないみなしごエンドレスでも、進んでやる気はしない。

 

:肩に肘乗せてくる距離感の社長

:こいつら一緒に寝てます

:耳元で囁く仲なんだね

:┌(┌^o^)┐

 

「俺の名前はみなしごエンドレス!! VNIVEARTHのハーレム王になる男だぁ!」

 

:は?

:殺すぞ

:萬屋ぺすとに近づくな

:ホモじゃないアピールしてももう遅いぞ

:逆に怪しいな……

:世間の目を気にしなくていいんだ

 

「あっもう駄目みたいですね……」

 

 情けなく呟いておく。

 こっちのイジりが定着しちゃったかぁ。思い通りにいかねえや。

 同接増えたのもこれが原因とか言わねぇよな……。あるとすれば昨日の期せずして起こった箱コラボのせいか。

 なんか死亡集の切り抜き作られてたんだよなぁ。

 

 俺の死亡ログが出る度にエコーかかった『みなしごエンドレスエフェクト……』の音声がねっっとり流れるの、絶対に悪ふざけだよ。画面内に俺がいない配信なのに俺の存在感エグすぎたもん。

 投稿者、みなエンエフェクトMADの人と同じだったし。

 

 俺はもうネットの玩具だよ……。

 

「じゃあ出席を取ろうかな」

 

:それ本当にやるんだ

:逃げるな

:ちゃんと呼べよ

:100人覚えたんですか?

 

「100人は無理。というか100人も挙手コメしてなかったよ。カタカナの『ノ』ね。とりあえず先着50人ってことで、配信の最後に席取り早打ちコメント大会しよう」

 

:露骨なコメ稼ぎ

:お前に名前呼ばれてもなぁ……

:リスナーに喧嘩させるのか

 

「争え……もっと争え……」

 

:このホモ野郎が

:社長と寝てるくせに

:暗殺の機会を狙ってるんだぞ

 

「はいみんな静かに―。出席を取りまーす。今だけコメントやめてくださーい」

 

:ちっしゃーねーな

:コメントしろって言ったりするなって言ったり

:出欠をとる、な?

:うわああああおわああああ黙らないいいい

:先生が怒ってまーーす!!

 

「この学級は崩壊したんだ?」

 

 でもなんだかんだでコメントが減っていくの面白いな。

 完全には消えてないけど……コメント欄もすごいゆっくりになってるし、いいか。

 

「はい、静かになるまで15分かかりました。出席を取りまーす」

 

:15分ww

:お前が社長との惚気話してた時間だろ

:草

:静かにして欲しいならいちいちネタ入れてくるな

 

 鋭いコメントくるなあ。ちょっと控えよう。

 

「はい出席をとりまーす。『黒子宮』くーん」

 

黒子宮:ノ

 

「すごいちゃんと来てる。偉いぞー。じゃ次行くぞー」

 

黒子宮:それだけ……?

 

「それだけだけど……? あんまり特定のリスナーと仲良くしちゃうと不平等だし……」

 

:あたりまえのこと言うな

:出席とり始めた奴がなんか言ってる

:俺らよりも社長と仲良くしたいもんね

:ちょっとー先生困ってるよー

 

「ありがとう委員長。はいみんな静かに―。面白いコメントばっかりで嬉しいけど今は静かにー」

 

 ……なんだかんだコメント少なくなるのすごいな。

 こんなの自分が配信上手いと勘違いしちゃうよ。

 

「はい『LUCKYY』くーん」

 

LUCKYY:ノ はーい!

 

「元気だね。Yが1個多いのはいいの?」

 

LUCKYY:仕様でーすっ!

 

:結局会話してんじゃねーか

:お前ら突っ込みどころ用意すれば反応くるぞ

:A.仕様です

:出席だけで1時間使いそう

 

「まあ特に配信内ですることもないし、最初くらい出席で終わるのもいいでしょ。出席取りが終わったら、次回に向けた席取り挙手バトルします。それで今日の配信終わりです」

 

:は?

:は?

:は?

:お前それでいいのか? マジで社長との惚気言いに来た人になるけど

 

「それは嫌だから他の雑談もする。

 まあ出席取りでどれだけ時間がかかるかの確認と、今後も出来そうかどうかの検証ってことでここはひとつ」

 

 途中、返事がなかったり、コメントを見逃してグダったりもしつつ。

 今のところ悪くない試みではあると思う。

 ネタがなくてもリスナーとコミュニケーションをとる口実にもなるし。

 リスナーが増えてコメント欄が止まらなくなったり、あまりにも出席率が悪くなったり、飽きられるまでは適当にやっていこう。

 

 最悪やっぱやめたーで投げる。

 

 ああ、あと──

 

「──『御珍歩弧(ごちんふこ)大名(だいみょう)(なつ)(じん)EX』くーん。こういう名前、次からスルーするからねー」

 

御珍歩弧大名夏の陣EX:せんせー読み方が違いまーす

 

「黙れー」

 

:どっちも酷すぎて草

:www

 

「お前らもしも小学生が見てたらどうするんだー? 俺の配信は老若男女誰もが楽しめるグローバルな配信なんだぞー」

 

:どの口がww

:見ねーよ

:じゃあ社長とのイチャつきエピソード話すなよ

:それはそうw

 

 いや本当、コメントが面白いな。

 良いリスナーに恵まれることが、良い配信には必要不可欠だ。

 

 俺にはもったいないくらいだ。

 

   *

 

「配信、終わりかい?」

 

 防音室から出ると、開幕一番に社長が出迎える。

 

 俺の配信を見ていたんだろうけど、あの配信を見てニヤニヤしてるの怖いよ。むしろ怒るなりしてくれ。お前もネットの玩具になってるんだぞ。

 

「出席は面白いね。ボクもコメントしようかな」

 

「やめてください。社長がコメントに参加してしまったら、その時だけは盛り上がるかもしれませんが、リスナーだけの空気は崩れます」

 

「そういうものなのかい?」

 

 このVtuberのことを全くわかってなさそうな男でもVtuber事務所を起業できるなんて、世も末だ。

 そんな事務所に所属する人間の気が知れねえぜ。

 

 ……。

 

 俺か。

 

「そういえばキミ、みなしごエンドレスと南條亜紀人で別人にしてるんだね」

 

 不意を突くように言われて、一瞬だけ息が詰まる。

 

 こいつ、俺の配信ちゃんと見てるんだな……。

 どうしたものか、この男は素直に黙秘してくれるだろうか。面白がって言いふらしかねないのでは?

 

「なんだい亜紀人。安心していい、この事は誰にも言わないさ」

 

 え、マジ?

 

「これもキミの目指す箱に必要なことなんだろう? キミは無駄なことなんてしない。キミの目指す箱を見たいんだ、キミの邪魔はしないさ」

 

 なんか良いこと言ってそうな物言いだな。

 でもこいつ、飽きたら会社の金持って渡米してカジノキングになるんだよなぁ……。

 

「強いて言えば、どういう意図でやっているのか興味がある。教えてくれるかい?」

 

「……みなしごエンドレスは、(デコイ)です。もしもVNIVEARTHに悪意が近づいた時、何かが貶めようとした時に、悪目立ちしている俺がまず受け止める。

 何かがあった時に盾になる。そのために──『みなしごエンドレス(こいつ)』には悪いですが、犠牲になってもらう。だから、南條亜紀人とは切り離して振舞っています」

 

「ふむふむ、それが『南條亜紀人』と『みなしごエンドレス』を切り離している理由かい?」

 

「あとはプライバシー保護のためですよ。南條亜紀人は俺の本名なんです。簡単に結び付けられては困ります」

「なるほど。その割には、ボクのプライバシーは保護されてないね」

「……社長なんだから我慢してください。起業した時点で名前は嫌でも出る。起業するって、そういうことです」

「そうかい。そういえばキミは、社長は身を挺して社員を守るものだと言っていたかな? ボクには到底考えが及ばない世界の話だね」

 

「更に言うなら──『マネージャー』としての役割に、みなしごエンドレスのイメージは邪魔にしかならない。イベントやその打ち合わせがない現状、マネージャーに求められるのは所属ライバーのメンタルケアが主な役割です。

 真摯で中立な人間と、(デコイ)と実験が伴うみなしごエンドレスは、真逆でしょう?」

 

 ここで、伊能凛の表情が変化する。

 何でも知ったようにニヤつきながら(うなず)くこの男が、よくわからないという顔になる。

 

「メンタルケアは必要なのかい?」

 

 何を言ってるんだこいつは。

 

「必要ですよ。配信者なんて、常に不特定多数の人間から悪意を向けられるようなものなんですから。顔も知らない相手に恨まれ、妬まれ、嫌われ、無責任に罵倒される活動」

 

「キミたちの配信を見てる限り、そうは見えないが?」

 

「そんなの、リスナーの民度が良いだけです。今の俺の配信は、奇跡的なまでに穏やかです。

 俺の配信では敢えて見えないふりをしてないものとして扱ってますし。詩星せるりとかの配信ではモデレーターとして怪しいコメントは間引いたりもしてます」

 

「手間だね」

 

 手間だよ。なんだこいつ。

 

「自分でサクラとしてコメントをして、コメントの傾向を操作しようともしてます。してました」

 

 伊能凛は肩をすくめるようにして息を吐き、目を瞑る。

 そして、耳を疑うようなことを言い放った。

 

「なんというか──

 

 ──Vtuberって、面倒臭いんだね」

 

「……それ、俺以外に言わないでくださいよ」

 

 このクソ社長の、世間体を気にしない無知な物言いにももう慣れた。

 今までは口から出てくるたびに殴ってやろうかと思っていたけど、もはや無駄だと切り捨てる。

 

「なんだい? 亜紀人だけのものにしておきたいのかい」

 

 やっぱり殴ろうかな。

 

「──社長は、ずっとこのままでいるんですか?」

 

 思い切って、切り出してみる。

 一期生のデビューから、今に至るまで。

 所属ライバーへのバックアップどころか、社長としてどういう配信をして欲しいかの指示すらしない、あの未来のパワハラを思えば不気味なまでになにもしてこないこの男が。

 

 いつまでこのままでいるのか。

 

 いつまでこのままでいてくれるのか。

 

 確認してみたくなった。

 

 割と怖いもの見たさと言うか、思い切った質問だったけれど、相も変わらず伊能凛はあっけらかんと返答をした。

 

「このままだよ。ボクは何もしない。採用には口を出すかもしれないけど、運営は配信の方針には口を出さない。それはVtuberの当人たちに任せるよ」

 

 また、それか。

 

 以前にも話を聞いたことがある。

 

 この男は、Vtuberを勝手に大きくなるものだと思っている。

 某大手企業の一期生が、その1人が、圧倒的な個性とセンスで界隈の転換となったように。

 

 才能あるVtuberは、見ているだけで良いと考えている。

 

 そんなはずが、ないのに。

 

「でも良かったよ、あまり進展のなかったVNIVEARTHが、動き出そうとしている。

 ボクの思ったようにならなかった、ボクのVNIVEARTH(オモチャ箱)が、面白いものになろうとしている。これも全部、キミたち二期生がデビューしてからのことだね」

 

 やっぱり、1度殴って──

 

「全部、キミがいるからなんだね」

 

 ──。

 

「だからボクは何もしない。

 

 キミを見ていて少しは思った。一期生達もまた、才能の塊だ。そしてそのバックアップをしなかったのはボクで、バックアップをしたのはキミだ。

 

 バックアップをしたから、VNIVEARTHは変わろうとしている」

 

 俺は、俺は……たぶん、驚いた顔をしている。

 

 相対する伊能凛は、いつもの不信な微笑みのまま。

 

 雑居ビルの狭いこの一室で、伊能凛は俺に向けて言う。

 

「ボクは何もしない。

 

 だって。

 

 VNIVEARTHには、亜紀人がいるから」

 

 何も言えない、俺に言う。

 何者にもなれなかった俺に。

 かつて何も成し遂げられなかった、この俺に。

 

「そうだね。この箱には──

 

 ──キミが必要だったんだね」

 

 全てを見透かしたようなこの男は。

 

 知ったようなことを。

 

 全てを知ったように。

 

 俺に言った。

 

 俺は──。

 

【誰のビジュアルを先に見たい? VNIVEARTH人気投票!!】現在公式Tvvltterにてシルエット画像を公開中。4期生デビュー後に内容が明らかになりますが、これは制作途中のラフ段階のものです。そこで、本アンケートの結果に基づいて完成させる順番を考慮いたします。皆様の推しにぜひご投票ください!(※なお一期生については、本編では未改修のためネタバレが含まれます)

  • 萬屋ぺすと
  • 佐土原恭子
  • 神海まりも
  • 詩星せるり
  • 遠藤
  • 黒宮院みやみ
  • 拳藤正義
  • 波羅劾ざくろ
  • 4期生の2人目
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