「聞いてくださいマネージャーさん! ついに登録者数が600を越えました!」
申請してみたら、必要ならいいよとあっけなく導入された社用スマホ。
某大手企業と違ってトラッキングにiPhoneを使用していない以上は、とりあえずマネージャーとして俺のみの支給。
連絡に使うだけなので、型落ちの安価なものにとどめている。
というかとどめて貰った。当たり前のように最新機種用意しようとするな。会社の資金扱いとはいえ、俺の我儘に金を使わせるみたいで気が引ける。
企業の箱としてイベントや打ち合わせがあるわけでもないので、専門マネージャーが必要なほどのマネジメント業務ではない。
それでもマネージャーをする上で社用スマホはあっても良いだろう。ライバー全員の連絡先が登録されるスマホを、私用スマホで行うわけにはいかない。
……まあ。
俺からすると、みなしごエンドレスと南條亜紀人の切り離し──というよりもminaとの切り離しがスマホ支給を求めた理由として大きいんだけど。
理想だけなら、所属ライバー全員に仕事の連絡用スマホを支給したいところだけど、ひとまず保留。
それはさておき、その社用スマホのLIIVE通話にて。抑えきれない歓喜を礼儀正しく梱包して送り届けてきたのは
俺はいつものマネージャーとしての口調と声色に切り替える。
「おめでとうございます。この調子で頑張っていきましょう」
「はい!」
「ところで。私との会話ではライバーのときの口調で大丈夫ですよ。その方がこちらも萬屋ぺすととしての顔が浮かんでアイデアに繋がるかもしれないですし、マネージャーエピソードを語るときも会話の前後にボロが出にくいでしょう」
「そうですね──そうね! そうするわ!
マネージャー! ついに登録者数が600人を超えたわ! もう600よ。中々500に届かなくて悩んでいた頃が嘘みたい。460を大体500って言い張って見栄を張っていたあの頃が……うぅ」
なんか本音っぽいのが出てきたぞ。
萬屋ぺすと。日中は社会人として働いている彼女は、とにかく真面目なのだ。
俺が言わなければ社会人として敬語のままだし、至って常識人だ。でも俺の認識がバグるから、萬屋ぺすとらしいツンデレキャラで会話をして欲しい。
敬語だと『誰?』ってなる。
その伸び率で言えば、初動でちょっとずるい
「ただ、マネージャーについて語るときは私を男だと明言しないでくださいね。男だと感じさせるような発言もです。そのために一人称を『私』にしている側面もあります」
「そうだったのね……。配慮感謝するわ」
まあ『南條亜紀人』と『みなしごエンドレス』を切り離す為でもあるんだけど。
嫌だよ俺、あんな頭のおかしい名前のVtuberだって思われるの。
南條亜紀人はマネージャーなんだ。誰が何と言おうとマネージャーなんだ……。
「でもせるりちゃんやみなしご……エンドレス……? はまだまだ遠いわね」
「仕方ないですよ。あれはちょっとしたずるです。バグというべきか、たまたまちょっと有名な切り抜き師が取り上げちゃっただけで」
「いやあれはちょっと有名どころじゃないわよ。普通に切り抜き界隈の派閥の一角じゃない。いいわよね、アタシも『頸椎』さんに切り抜かれないかしらね」
切り抜き師『頸椎』。
聞き馴染みのある名前の気がする。
なんか、どこかで懐かしいような、それは、毎日学校へ行く通学路で必ず視界に入れている家の表札みたいな、親しみこそないけれど記憶の中に確実に居座っている名前。
普段俺のパソコンでよく見る名前。
不本意ながら、切り抜き師としての俺の名前である。
「変わった名前の人ですよね」
「そんなことないんじゃない? ネットの
うぐごごご……。
この女痛いところ突いてきやがった。
貴女様の通話相手でございます。みなしごエンドレスと申します。
バレてないよな? バレてたら会社に火を放とう(理不尽)。
「……ですが、いきなり数字が増えても苦労するだけですよ。身の丈に合っていない数字は、荷が重いだけで身を滅ぼします。
詩星せるり様の2度目の配信ではありがとうございました。3度目も途中まで補助として参加していただいて、その後も配信トラブルや疑問があればすぐに萬屋様に連絡が行き、都度、丁寧に解説してくださっているでしょう」
「そんなのいいのよ。私も呼ばれる度に初対面のリスナーたちとの接点を作ってもらってるんだから、むしろアタシの方が恩恵を受けているわ。
せるりちゃん裏で言ってたわ、運営の人にも、箱全体の知名度を上げるためにもライバー同士で相談した方がいいって言われたって。アタシのためでもあるんでしょ?」
……バラされてるのか。裏で。
全てが打算ありきではないけど、萬屋ぺすとの知名度上昇のために先輩後輩コラボをけしかけている側面があるのは事実であり、否定はしない。
萬屋ぺすとはこんな底辺の箱にいるようなVtuberではない。
そして、あの未来のような『なんか裏で悪口言ってるらしい奴』みたいな認識で終わっていい人材ではない。
せめて、初期の運営の怠慢で生じた損失は出来る限りカバーをしたい。
本人に上を目指せる技量がある。
本人に上を目指す意思もある。
俺にはもう、この熱意を裏切ることは出来やしない。
「詩星せるり様とのコラボでもリスナーからほぼ好感触なのもすごいですよ。萬屋様の知識なら予想出来たでしょう? 登録者数に差があるライバー間でコラボを行った際の反応は」
「それは、まあ……」
「にも関わらず、詩星せるり様の配信に参加してくださった。叩かれるリスクを承知の上で。そんな萬屋様が、VNIVEARTHの──社長の怠慢なんかで埋もれていいわけがないんです」
「や、やめなさいよ。やめて、やめてよ……。アタシそんな良い女じゃないわ」
出た。ちょろず屋ぺすと。
誰が言ったか、萬屋ぺすとの配信ではお約束になっているこのムーヴ。
LIIVE上の会話でもキャラ演技の完成度が高い。
「う、運営も気を付けなさいよね!
ミナちゃんからも箱の人優先にしてって言われた、って聞いてるわ。運営がミナちゃんに余計なこと吹き込んだせいでミナちゃんとの時間が減った、ってプンスコしてたわよ、せるりちゃん」
こわ。
詩星せるり最近怖いんだよな。
配信でもminaを嫁みたいに語ってるし、会ったことないのに可愛いとか言い出すし。
なんか俺の知ってるあの少女を知ってるかのような発言さえある。
そんなわけないんだけどさ。俺があの少女として振る舞いをし過ぎているせいで、俺のイメージが伝わりすぎているように感じる。
いや、詩星せるり。あの子すごいよ。
mina関係のトークに隙が無い。文字でしか会話してない相手のエピソードトークにいちいちリアリティを持たせてくる。
俺視点なら、文字に起こして細かく確認すればボロはあるんだけど、実態を知らないリスナーならそこまで疑う要素がない。
『一緒にどこに行った』とは言ってないのに、『こういうことしそう』だけで『一緒にどういうことしたい』を細かく語るから、ただ聞いてる分には一緒に行った惚気話にしか聞こえてこない。
誰だあんな狂人を生み出したの。
俺だ。
いつか真実が看破された時を思うと怖いが、それだけ俺が参考にしている、あの少女が魅力的だってことだ。
あの狭い病室で、俺の希望だった少女。
詩星せるりには申し訳ないと思わないでもないが、この箱の存続が巡ってあの少女のあったかもしれない未来に繋がるかもしれないんだ。
許して欲しい。
いざその時が来たら、俺は出来る限りの誠意を以って彼女に謝罪するしかない。それこそ、なんでもしよう。
「あーあ、アタシも頸椎さんに切り抜かれないかしらね。そうすればもう、2000人でも3000人でも余裕で越えちゃうわね!」
俺が黙って考え込んだことで何か空気が沈んだと捉えたのが、萬屋ぺすとが大きな声で突然おどけたように言い出した。
なんだこいつ、良い女かよ……。
「そうですね……萬屋ぺすと様なら、登録者が1000人くらいに増えても問題なさそうですよね」
「ええ!! 1000でも2000でもどんと来い、よ!」
わかりやすく胸を張っている様子が目に浮かぶようだった。
話し方といい、演じ方といい、リスナーたちが配信に居つくのもわかる。
そんな彼女に、俺はそれとなく、聞いてみる。
「……切り抜き師が原因で伸びるってどう思います? 運が良かったとか、そいつの実力じゃないとか、配信だけで戦えとか、そうは思いません?」
「思わないわね……? そういう難癖付ける人もいるでしょうけど、このインターネットでそんなこと言っても意味はないわ。人の目に触れること自体が難しいのだし、こういう宣伝行為はむしろないと成立しないわよ。
アタシは別に、詩星せるりも遠藤も、機会があればバズるだけの実力やポテンシャルがったんだと思うわよ」
「切り抜きで伸びたら、これまでの努力が否定される、とかは……?」
「え? アタシの? ……ないわね!
そういう手段とか戦略も含めてVtuberとしての努力の成果よ。切り抜き師に切り抜かせたい、切り抜けば伸びるから切り抜くぞ! って思わせた時点でアタシの実力だわ!」
「なるほど、その通りですね」
「でしょー?」
そして俺は……弾けた。
*
数日後。
「マネージャーさん!? 大変です!!! 登録者が1200を越えました!!!!」
興奮か、困惑か。萬屋ぺすとの弾けたような声がLIINE通話越しに俺の耳をぶち抜いた。
またツンデレキャラじゃなくなってるし。真面目だなあ。
*
朝起きて、ちょっとだけ気だるいのを振り切るようにシャワーを浴びる。
昨日は配信の準備でちょっと夜更かししちゃったし、ちょっと眠い。
身体や肌には悪いかもだけど、少しくらい無理をしないと、アタシは土俵に立つことすらできない。
そもそも他のライバーもこのくらいしているはず。
箱が代わりに準備してくれたり、学生で時間があったり、専業ライバーだったりで、自分自身がやっているわけじゃないのかもだけど。
VNIVEARTHも今なら手伝ってくれるのかしら……?
ううん。駄目ね。
ただでさえモデルの改修をお願いしてる。
デビューしたての二期生のモデレーターやサポートでも忙しいはずだし、少ないけれど他の一期生の配信も観察して長所を見つけて色々考えたりしてるみたいだし。
このくらいは今まで通り頑張ってみよう。
出勤は電車。
都内のデメリットよね。なんで上京してきちゃったのかしら。
家賃は高いし、通勤時間も長いし、夜は怖いし。
友達は誰一人会えなくなっちゃたし。
働きながら声優養成所に行くなら東京だなんて考えてたのが甘かったのね。
体験会に行っただけで若い子が多くてもう心折れちゃったし──って、変なこと考えないの。今はそういうのはいいの。
アタシはVtuberだ。VNIVEARTHだって変わって来てる。
これも全部マネージャー……それと、新しく入ってきた人たちのおかげね。
一期生の中で、アタシだけが大きな目標を見ていて、無駄にやる気で。
ずっと空回りをしていた。
二期生が来るまで同期でコラボなんて1度も出来てなかったし、箱全体でのコラボなんて夢の話だと思ってた。
でも、なんかいつの間にか、箱全員の中規模コラボをしてしまっていた。
アタシはVtuberになってるんだ。
……アタシ。
アタシ。
配信ではキャラ付けのために意識して『アタシ』と言うようにしてるけど、ときどき会社でも言っちゃうのよね。
おかげで元ギャルみたいに思われて浮いてる気がするし。
寝不足で気が抜けてるときなんかツンデレ出ちゃうものね。
『やば! 保留にしてた伝票の処理やってなかった!』
『それならやっておきましたよ、昨日帰る前に』
『ありがとう~! 本当に助かる! 桜子ちゃんと同じ部署で良かった~!』
『べ、別にアンタのためにやったわけじゃないんだから。もう。褒めたって何にもならないわよ』
『え……』
ううぅ……うわぁ……!!
思い出したら死にたくなってきた。
ああ、こんな古典的なツンデレを日常会話でやってどうするのよ。
次の日からその子の視線が痛いし、というか話しかけないでこっちを見てきてる気がするし、かといってさっきから見つめてるかなんて聞けないし、そもそも顔赤くして逃げちゃうし。
他人から見ても恥ずかしいって相当よ。
身バレしてないわよね、まさか。
……ないわね。登録者400人ぽっちのVtuberが身バレなんて、分不相応だったわね。思い上がり。それこそ恥ずかしいわね、ふふふふふ。
会社にも『情報コンテンツの開発と運用のリサーチ』として副業申請してるからバレるはずはない。はず。だと思う。
こういう副業に緩い会社で良かったわ。
もしも通行人Aとかのちょい役で声優デビューしちゃった時のために、仕事を辞めないままそれでいて身バレしないように出来る会社にしようってそれとなく確認してから就職したのよね。
なれなかった声優だけど。
なんといっても、今のアタシはVtuberなんだから。
スマホで自分のチャンネルのページを開く。
やった。ちょっと増えてる。
るんるん気分で疲労も軽減、ちょっと機嫌が良いまま挨拶をして、なんか良い事あったんですかと聞かれて恥じ入る。
しょぼしょぼ。もそもそと仕事を進めて。
そしてお昼休みにまたチャンネルを開いて──
──1000????
*
頭の中での
よよよ、よよよよよんけた、4桁!?
600人だったのが、逆に500人減って100人になっちゃったのかと思ったわ。
その理由も知らないままお昼休みが終わってしまい、嬉しいのか困惑したのかわからないまま午後の仕事を始めると、何も手がつかなくなっちゃって周りに心配される始末。
『いつも頑張ってくれてるし、なんなら有休使わなくても普通に帰っていいよ?』とまで言われながら、アタシは半休で有給を0.5日分消費して帰宅。
急にどうしてそんなに増えるの?
何か話題になることしたかしら……、まさか、エイプリルフールの!?
語尾にぺすなんてつけたアタシの痴態が、バズってしまった……?
そんなわけないか。もうエイプリルフールから1週間は経っている。
ネットの玩具になんかされてないはずだわ。と自分に言い聞かせ。
何があったのか。内容によっては電車内で正気を失ってしまうことも危惧してちゃんと玄関に入るまで我慢をして、嬉しいのかよくわからなくなりながら恐る恐るエゴサをすると、比較的すぐに答えはわかった。
【俺らのぺすがついに世界に見つかっちまった……】
という
【せるぺす】萬屋ぺすととかいう頼れる先輩まとめ【VNIVEARTH】
数日前に南條さんとも話した切り抜き師、頸椎さんが本当にアタシの動画を投稿していたのだ。
ああ、あぁ……。
アタシの登録者がページをリロードする度に増えていく。
1062、1063、1065、1066、1069、1070……。
の、脳が──
──溶ける。
「へへ、えへへ……、うへへへ……!」
アタシが正気に戻り、マネージャーに連絡をするまであと5時間。
頸椎「だって切り抜いて欲しいって言ってたから……」
Tips:
頸椎。切り抜き。
かつて、何があっても出来なかったこと。やり直したこの世界ではする必要がない。
ネタバレ。安心して最後まで読んでね。
【誰のビジュアルを先に見たい? VNIVEARTH人気投票!!】現在公式Tvvltterにてシルエット画像を公開中。4期生デビュー後に内容が明らかになりますが、これは制作途中のラフ段階のものです。そこで、本アンケートの結果に基づいて完成させる順番を考慮いたします。皆様の推しにぜひご投票ください!(※なお一期生については、本編では未改修のためネタバレが含まれます)
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