配信が始まって数分が経過した。しかしながら配信の主は姿を現しておらず、待機画面を経てから配信開始の予定時間になってなお、未だ無言の時間が続いていた。
視聴者の集結を待っているのではない。
焦らすように。
勿体ぶるように。
期待を高めるかのように。
意図的にもたらされた、テクニカルな時間の空白がそこにあった。
画面には、シンプルな背景画像とコメント欄が映されている。
まだ配信内では誰も一声たりと発言していないものの、コメントは完全に途切れることなく、絶えず緩やかに上へと流れ続けていた。
その内容は、ただの配信に期待するようなものではなかった。
明確に何かの目的のためにこの配信を訪れたであろう者たちの言葉が連なり、この配信が彼ら彼女らにとって重大な何かを含んでいることを感じさせる。
そして間もなく、飢えた獣のようなコメントが群がる檻の中に、待ち望まれた餌が持ち込まれる。
「──配信に来てくれたみんな、ありがとう!」
:きちゃ!
:どこにいるんだ?
:はじまった
:ありがとうはこっちの台詞
:早く出てきてくれ!!
興奮によるものか、緊張によるものか。僅かに震えた声が挨拶を告げると、好意的なコメントがそれを迎えた。
その多くは普段から彼女を支えるリスナー、『感染者』と呼ばれる者たちによるものだった。
本人の姿不在。声のみ。
期待を抑えきれずにいるリスナーたちが、今か今かと見守るなんか蒸したような空気の中、画面下に変化が生まれる。
三角形だ。三角形が2つ、画面下から生えるように、にょきりとスライドし画面内に映し出された。
三角形? おにぎりか? バランか? 屋根か? トライフォースか? いや違う。
それは動物のもの。頭領部の左右それぞれに、ぴこぴこと小さな揺れを見せる聴覚器官。
猫耳だ。元来、猫の耳が動くのはさして珍しくないものだが、どうやらリスナーの反応からするに、この配信にとってはそうではないようだった。
:ぺす!?
:!!!!!
:うごいdてy
:耳!?
:動いた!!!??
猫の耳はその表示された面積にそぐわぬ熱量のコメントを浴びて、しかしまた画面下に消えてしまう。
:ああ……
:どうか行かないで
:ゲームのカード落としちゃった!
:猫の耳落としちゃった! どうか行かないで!!
:カメラ仕事しろ
そして画面右下から、結われた髪がひょこっと現れる。
:!?!?!?
:髪の毛か??
:髪伸びたのか!?
:ペす……お前、髪が!!
またしてもその人物の一部分は画面外に戻り、そして次は画面左上。
細長く、ゆるやかに湾曲したロープのような何か。
:しっぽ!???
:シッポじゃん!!!
:ぺす、お前下半身あったのか!!!
コメント欄のリスナーたちを弄ぶように、また画面外へ消えていく。
それから数分に渡ってパーツや衣装の端をちらりと見せては引っ込むのを繰り返し、それだけでコメントの数が膨れ上がっていく。
いや、弄んでいるのではない、これは、じゃれあい。
花畑か、あるいは砂浜。悪戯っぽくはにかんで、自分を捕まえてみろと逃げる彼女を追いかける彼氏のような、そんな純愛のような関係性。
:ぺすとママの誕生に立ち会えるだにゃんて;;
いやきついわ。これのどこか純愛だ。
無言の時間が続く配信でありながらも、相反するようにコメントは盛り上がりを高めていく。
その昂りを受けて、ようやく、ついに音声が乗る。
「……ふふ、もう、わかるわよね?」
:来たのか!!
:ついに!!!
:この刻<とき>が……!!
:何この配信コメント怖いんだけど
:うおおおおおお!!!!
かつて萬屋ぺすとというVtuberは、チャンネル登録者数468人に対し実際にリアルタイムで配信に訪れるアクティブ数は120という驚異の数を誇っていた。
分母の少なさゆえの事とはいえ、この数はもはや狂気。彼女の固定ファンがいかに濃く、彼女の虜になっているかを体現していた。
その120の数が待望したであろう配信が、今日この日、決行される。
「アンタたち! 手洗いうがいはしてる? アタシ以外に感染なんて、許さないんだから!!
VNIVEARTH一期生、
高らかな名乗りと共に、その姿が映し出された。
黄色系の明るいオレンジの髪。肩に触れる長さのツインテール。
それらを自然に彩る
華奢な彼女が、その実態は獣であると主張するふさふさの猫耳は、彼女の挙動に合わせて小さく脈動する。
身を包む服装は、黒を基調としてオレンジのラインや装飾をあしらったアイドル衣装。随所に盛り込まれたフリルが彼女の可憐さを引き立てる。
【新デザイン】新型ぺすとモデル(仮)お披露目会【VNIVEARTH・萬屋ぺすと】
「アンタたちに、やっと会えた気がするわ……!」
:ぺす!!!!
:ぺす姉;;
:それが本当のぺすとの姿だったんだな!!
:もはや誰
:すげえちゃんとケモミミだ
:ガチ猫耳やん!!
「そうなの……そうなのよ! 見てよこのふさふさ! ちゃんと動くのよ! 耳の中に……毛もあるのよ!! 耳毛!!!」
:ナイス耳毛!
:これは良い耳毛!!
:感動した
:耳毛も動いてるぞ!!
:耳毛まで!?
:耳毛!!!!
:耳毛だ!!!!!!
なんだこのコメントのノリ。
ケモミミ少女の耳毛に興奮する生配信ってなんだよ。リスナーが濃すぎる。
俺はこんなコメントの配信を、少し他人事になりながら、モデレーターとして監視していた。
萬屋ぺすとの配信は、普段から信頼できるリスナーにモデレーターを任せている。だが今回、多少の混乱を見越して俺もマネージャーとして参加していた。
ふむ……。萬屋ぺすとのリスナーも十分モデレーターとして働いてるな。手懐けすぎだろ……。
:ぺすにゃんの耳毛ハァハァ!!
「気持ち悪いこと言わないの。でもありがとう、もっと見てちょうだい!! この、耳も、衣装も、しっぽも!!」
:しっぽ!!
:尻尾の無かったお前が立派になって……
:ご立派な尻尾(意味深)
:そもそも下半身もなかったという
:服もちゃんとデザインされて;;
「そうなのよ、村娘みたいな無地の汎用服は卒業したわ……!!」
:個性のなかったぺすのモデルがこんなにも
:髪型やっと変えられたんだな
:初代ママには悪いがあれはあんまりだったからな
:髪伸ばせてよかったね;;
「ツインテールよ、ツインテール……! なんとか伸ばせないかって髪の毛のフリー素材を貼り付けてみてた日々はもう終わりなのよ……! うぅ……」
:付け毛卒業!
:良かったね;;
:;;
:祝・カツラ卒業!!
:動くと髪パーツだけその場に浮いたままでダメだったもんな
「そう……! そうなのよ!! 模様もちゃんと髪の上に描いてあるから、動いても置いてかれないのよ!!」
:ぺす;;
:俺もう画面が滲んで見えねぇよ……
:泣いた
:元々が貧乏すぎて草
:なんであんなモデル使ってたんだ
:おめでとう;;
:今日はお祝いだ;;
「ありがとう……っ! みんな、うぅっ、ありがとう……!!」
寄せられる祝いの言葉の中には、文字上で感動し泣いていることを表現するコメントも散見され、それを見て彼女もまた感極まったのだろう萬屋ぺすとも小さく嗚咽を漏らし始めた。
たかが新衣装の配信のようなものと侮ることなかれ、ライバーもリスナーも感涙するような異常空間がここにはあった。
いや、異常なものか。
わずか3ヵ月。たった3ヵ月であるが、悲惨なLive2Dモデルにもめげずに試行錯誤して熱心に配信をしてきた彼女。
理想のVtuber活動の像があったからこそ、その落差、失望は大きかっただろう。
それでも彼女は諦めなかった。社会人として日中働きながら、コンスタントに配信をして、配信における技量を高め、そしてリスナーたちと絆を育んできた。
コメント欄は、そんな彼女の健気さに魅せられて支えて来た者たちの感動と、彼女の配信をこの枠で初めて見る者たちの困惑との、2つにわかりやすく分断されていた。
4月中旬。
新規デザインのLive2Dモデルの仮組みである、リスナーから改善案を募る為にサンプルとして提示するこの叩き台が形になった俺は、それを萬屋ぺすとへ送付した。
『うっ……ぐす。ありがとうございます……。本当に、ありがとうございますっ……!』
モデルの動作を確認した萬屋ぺすとから通話があり、その時も同じような感動する様子を見せていた。
そしてこの仮モデルのお披露目をいつ行うかという話になったので、ちょうど切り抜きにより登録者数が増えたタイミングだったから、じゃあこの波に合わせてすぐにやろうと提案。
登録者が1200人に大きく増加してから初めての配信に、この記念配信をぶつけることになったのだった。
現在の同時接続数は160ほど。
萬屋ぺすとは登録者460で120という破格のアクティブ数だったので、登録者が700人増えたものの同接は20しか増えていないという意味では、比率としては調子が良いとは言えない数字だが、そもそも1200の160でも十分に好調な数字ではある。
しかしそれでも、分母の増え具合に対して数字が少なく見えてしまったので、まあ不覚にも配信の空気に乗せられてしまった俺は、スクリーンショットを行ってから
萬屋ぺすとはこんなところで埋もれていいVtuberではないんだ……。
:でもこれもう完成してない?
:そうじゃん、遠藤の配信で意見募集するって
:あのクソ男また嘘吐いてたのか!!
「え? あ、え? 違うわよ……! ほら、これまだ仮モデルなのよ! せるりちゃんのとはまだ違うでしょう」
:これで仮!?
:十分完成だと思うが
:ちょっと動き固い気はした
:確かに詩星のガチモデルとは全然違うな
:あいつ手ェ抜きやがった……?
:テメェら文句言いに行くぞ!!
:いや、そこらのV事務所はこのくらいのを使ってるけど??
「アタシも完成度高くて驚いたけど、今の段階で早めに用意できる実用的なものが、今回の仮モデルらしいの。
前までのモデルを
:1.1……?
:バージョン1と1.1の差がデカすぎる
:これが0.1なのか??
:ver2とかなったらどうなっちまうんだよ……
「でもver.2の完成はしばらく先のことになりそうなの。1つのモデルを作るのに1ヵ月は欲しいって言ってたし、その前にアンタたちからアイデア募集する配信をやって、そこから気長に~って流れらしいわ」
:なんだよ時間かかるのか
:そりゃあんなの時間かかるわ
:1ヵ月とか高級すぎるだろ
:いや普通に考えて高級品だからアレは
:なんでVNIVEARTHなんかにあるのか謎な技術力
「VNIVEARTHは変わってきているのよ。最近入ってきた人たちの手によってね。
今なら言えるわ。アタシはVNIVEARTHに入って良かったって。今のVNIVEARTHは、夢を見ることのできる場所なのよ……!」
:すげえ
:あのVNIVEARTHが
:社長見直したぞ
:俺たちも夢見させてくれよ
涙ながらに彼女が熱弁していた、そんなとき。
「──っ!?」
俺の技術力を買い被るようなコメントに、少し居心地の悪さを感じていると、萬屋ぺすとは何かに驚愕するような声を出した。
:どうした
:なにがあった
:Gか
:しゃっくり?
「いや……その、なんでもないわ!」
いい澱んだ萬屋ぺすと。
その答えはすぐ下、配信画面枠の下にあった。
同時接続者数を示す数字。そこには250の数字。
ちょっと目を離せば90増えている。なんだなんだ。
コメント欄に、彼女の純粋なファンに紛れてLive2Dモデルに関するものが増えていくのが目に見えてわかった。
勢いを増したコメントに、悪意が込められたものがあればモデレーターとして処置をしていく。
コメントの傾向として『比較画像から』『違い過ぎて草』『まだ進化するってマジ?』といったものが明らかに多くなっていた。
ふむ。
なるほど急に同時接続数が増えた原因がわかった気がするぞ。
つまり。
つまるところ。
うん。
さっき俺が『頸椎』のTvvltterに比較画像を上げたのが原因みたいですね……。
俺が死んだ目をしながらモデレーターとして裏から必死こいてコメントの検閲をしていく一方で、萬屋ぺすとは動揺しながらも変わらぬクオリティの演技で配信を続けていく。
土日とはいえ、最終的な同時接続数が400を超えるという異常事態に発展しながらも、萬屋ぺすとは崩れることなく安定したツンデレキャラを貫き通して見せたのだった。
*
こうして萬屋ぺすとの仮モデルお披露目配信は、既存のファンの感動と、それを見た初見の困惑が入り混じり混沌と化した。
しかし急な視聴者数の増加に呑まれることなく配信を全うした彼女の姿は、彼女の一貫したキャラ演技や、キャラクターとしての魅力、そしてリスナーとの一体感を、初見の人にも強く印象付けただろう。
これがVNIVEARTH一期生、『
登録者数も微増していき、1300が見えてきている。
ただ1つ問題があったとすれば。
この配信が、三期生オーディションの受付期間中に行われていたということだ。
【誰のビジュアルを先に見たい? VNIVEARTH人気投票!!】現在公式Tvvltterにてシルエット画像を公開中。4期生デビュー後に内容が明らかになりますが、これは制作途中のラフ段階のものです。そこで、本アンケートの結果に基づいて完成させる順番を考慮いたします。皆様の推しにぜひご投票ください!(※なお一期生については、本編では未改修のためネタバレが含まれます)
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萬屋ぺすと
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佐土原恭子
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神海まりも
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詩星せるり
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遠藤
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黒宮院みやみ
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拳藤正義
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波羅劾ざくろ
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4期生の2人目